作品タイトル不明
六殺
この里のことを聞いて、殴り込みをかけてくる無謀な男は少なくない。
それを迎え撃つのが当主の務めであり、特権でもある。
確かに魔法を操れるものなら、各家の頂点である当主を相手に一勝や二勝をすることはできる。
だが、それでも無傷で済むわけはなく、よって十人抜きは途中で終わってしまう。
普通なら死ぬか、途中で逃げ出すだろう。
もちろん、逃がすことはない。直前で逃げ出すならまだしも、戦って怖気づく場合は当然のこと、一人二人を倒してから逃げるとしても必ず追いかけて殺す。
しかし、逃げるのは普通だ。
五人も殺したのだから、相応にケガを負ったのだから、逃げても当然だろう。
なのに、応援を待つわけでもなく、ただ一人で満身創痍のまま戦い続ける。
勝ったところで、名誉以外に何も手に入らないというのに。
金目当てだとしても大概だが、自己満足のためだけに戦うなど更に正気ではない。
「……よく、今日まで死ななかったもんだな」
呆れ半分、感心半分、嵐風拳の当主は目の前の男をそう見ていた。
この時代のスイボクは、天地法を使わない限り『希少魔法を使う剣士』の枠を大きく出ない。
仮にスイボクがこの時代に置いて世界最強だったとして、二位や三位と大差があるわけではない。
それどころか、少々の条件の変化で劣勢に立たされることもありえた。
「まあ、今日死ぬわけだが、な」
だからこそ、こうしてわざわざ一人一人戦っているわけである。
仮にこの場に祭我が現われて、明らかに系統の異なる術を同時かつ大量に発動させた場合は、流石に決闘だの格闘だの戦闘だのという段階をすっ飛ばして袋叩きにしていただろう。
それはランのような凶憑き、狂戦士の場合も同様であり、外部の脅威と判断していただろう。
今現在、審判もいない上に一切取り決めもない状況で、一応一対一の体裁を保っているのは『スイボクがそこまで強くない』からに他ならない。
確かに強い、確かに再生能力がある、確かに変な装備を身に着けている、亀甲拳の使い手たちが声を揃えて『あれはヤバイ』と言っている。
しかし、なんとか倒せそうな強さである。
先ほど爆毒拳の当主が言っていたように、相手が強敵だとしても一対一で十分倒せる余地が残っているため、誰もが一対一の戦いにこだわっていた。
「嵐風拳、中段剛砲!」
小細工の無い、全体重を込めた突っ張り。
拳を傷めないようにはなつ、掌を用いた打撃。
強血を用いているがゆえに、初速が凄まじい一撃。
見切るのが困難なはずのそれを、スイボクはかろうじて回避していた。
「ぜぇ……ぜぇ……」
息は荒く、体に力が入っていない。
連続攻撃を不得手とする嵐風拳の特性上、どうしても畳みかけが足りない。
それをやや不満に思いつつ、しかしあえて追撃を抑えていた。
流儀ではない攻撃、練習の足りない連続攻撃を行うよりも、確実な攻撃を繰り返して相手の神経と体力を削るつもりだった。
相手が一人であること、剣を遠くに置いてしまっていること、それらが嵐風拳の当主に勝負を急がせなかった。
「嵐風拳、上段牛角!」
自分の顔を守りつつ、肘を立てて突撃する。
突撃と言っても、一歩大きく前へ進むだけ。
その場から助走をせずに、爆発する。
多くの木々をなぎ倒して突き進むそれは、しかしスイボクを捉えていない。
やはり技の起こりを見切って、横へ倒れて回避していた。
「本当に、よく粘る。大した負けん気だ」
スイボクはまだ生きていた。
運が良いわけではない、手を抜いているわけではない。
ただひとえに、当主の攻撃をしっかりと『見て』から避けていた。
「ふぅ……ふぅ……」
「息も整ってきたか?」
それを、当主も『見て』いた。
このまま反撃に転じるつもりなら、あえてそれに乗るというのも手だと考えていた。
スイボクが素手で戦う限り逆転の目はない。
強血の強化は瞬間的で、一つの動作の間しか持続しない。
しかしその間は筋力、耐久、速度の全てが跳ね上がる。
裸同然の格好で木に激突して問題が無いのは、そのためだ。
そして、それを抜きにしても体格差がある。
スイボクが少々自己強化をできるとはいえ、疲労などもあって万全とは程遠い。
そんな状況で、少々反撃ができる状態になっても、スイボクに負けるとは思っていなかった。
もちろん、逃げようとすれば流石に残った他の当主へ声をかけるつもりだったが、スイボクの表情にそんなものは無かった。
縮地のような大味の回避もせず、ひとえに体術で対抗している。だからこそ、腰を据えて戦っていた。
(術を使わずに回避へ専念して、反撃までつなげる気か……)
回避に専念されれば、まあ避けきれないということもないだろう。
しかし反撃を視野に入れれば、当然回避しきれなくなる。
嵐風拳の当主はそう踏んでいた。実際、そう間違ってもいない。
「ふぅ……」
一旦息切れすれば、少々呼吸を落ち着けても、すぐにまた戦えなくなる。
それはそうだが、仙人の場合はその限りではない。
仮にこの場に傀儡拳の使い手がいれば見抜けていたが、スイボクは己の中にまだ少々の仙気を隠していたし、集気によって仙気を補充できていた。
もちろんそれでも全快には程遠いし、備蓄分も体の傷を全回復させるほども残っていない。
それでも、いやさそれだからこそ、スイボクは神経を研ぎ澄ませていた。
スイボク本人の理想とする強者は、決して追い込まれることはない。
しかしスイボクという男は、窮地に陥れば陥るほどに負けまいと強く反発する。
「……」
「来るか?」
追い込みつつ、しかし相手に反撃を許す。
それは油断というよりは敬意だろう。
己に許す範囲での『優性』の中での妥協。
嵐風拳の当主は少なからずスイボクへ敬意を抱いていたからこそ、徹底することができなかった。
「俺の勝ちだ、お前はもう俺に殺される……!」
それはある意味、スイボクも同じだった。
スイボクもまた、似た価値観の持ち主。
相手の情けによって、反撃の機会を許されたことを理解していた。
もちろん、相手が苛烈な攻撃を続けても回避しきるつもりだったが、それでも確率が多少下がったことは事実だった。
「なにか、言い残すことは、あるか」
「下らんな」
決して、ブラフではない。
スイボクが自分を殺す算段を立てたのだと理解したうえで、それを下らないと断じていた。
「勝つのは、俺だ」
絶対の自信をもっているのは自分も同じ、と拳法家は裂ぱくの気迫を見せていた。
戦術通りに、スイボクの反撃を叩き潰して殺す。その点に関して、情などない。
「言い残すことなどない」
死ぬ気はない、勝つ気だけがある
だからこそ、何かを残す必要などない。
その態度に対して、スイボクは己の非礼を悟った。
その非礼に秘められたものに、己の弱さを感じた。
それゆえに、振り切る。
「……最高の一撃で、来い」
「言われるまでもないな」
スイボクは構えた。
それは回避を捨てたことを意味している。
両手を広げて、肘を軽く伸ばし、体の前で縦に並べる。
両足は軽く開いて、右足を前にする。
ある意味、剣道らしい構えだった。
一つ違いがあるとすれば、手に何も持っていないことだろう。
「嵐風拳」
それが何を意味するのか解らない。
しかし嵐風拳の当主は、迷わずに強血を高めて力を溜めていく。
「 両手(もろて) 轟砲!」
もはや、待ったなし。
スイボクは一切回避の動きを見せず、むしろ間合いを詰めていく。
それに対して、拳法家も両手を突き出しながら『爆発』した。
「発勁法」
スイボクは極限に集中していた。
一瞬たりとも機を逃すまいと、相手の爆発を待っていた。
「震脚!」
轟音と共に、拳法家の技がスイボクを捉えていた。
一瞬たりとも拮抗せずに、スイボクは吹き飛ぶ。
木々に激突することはなかったものの、地面に転がって無様をさらしていた。
「ぐ……あ……」
天を仰ぐ。
体の中に残っている気血を使い果たしてでも、己の肉体を復元したかった。
しかし、それでもあえてそれを止める。
まだ、まだ戦いは終わったわけではないのだから。
『スイボク! 大丈夫か、スイボク!』
遠く、己の愛剣の声が聞こえる。
それに返事をしたいが、肺に空気が入らない。
木に激突しなかったからこそある程度衝撃を抑えられたが、それでも受けた打撃は決してぬるくなかった。
『スイボク! スイボク!』
焦った声が聞こえる。
心配する声が聞こえる。
それに対して、応えなければならない。
最強の剣へ、最強の剣士として健在であることを報告しなければならない。
「エッケザックス……」
腕を地面について、無様に起き上がる。
その上で、なんとか己の剣へ話しかけていた。
『スイボク、無事だったか?! 無茶な真似を!』
「まったく……ああ、まったく……」
殺すには惜しい相手だった。
その言葉を、呑み込んでスイボクは立つ。
そうして、『すでにこと切れている』拳法家へ歩み寄っていく。
「 お前(・・) が(・) いなかったら(・・・・・・) 、勝てなかった」
スイボクは、立ったまま死んでいる拳法家の、その胸に刺さっているエッケザックスを引き抜いた。
「縮地法、牽牛。まったく、勝った気がしない」
スイボクは剣を手放していたが、なにかに刺さっていたわけではない。
よって、縮地法の高等技である牽牛で、手元へ引き寄せることが可能だった。
相手の突撃に合わせて手元へ縮地させ、そのまま突き刺す。
如何に相手との腕の長さに差があるとはいえ、剣を持っていれば十分以上に優位だった。
拳法家は、無手だとおもって突撃した。
しかしエッケザックスへ、全体重を込めてぶつかっていってしまった。
自分へ深々と突き刺さる刃に気づいたのか、気付けていなかったのか。
それでもスイボクを吹き飛ばすことはできた。
そして、そのまま即死したのである。
『……このまま続ける気か?』
「当たり前だ」
目の前には、立ったまま死んでいる男がいる。
その彼へ、何かをしたいと思う心がある。
しかし、まだ何も終わっていない。
「あと、四人」
※
「……流石に、これ以上抜けるのはよくあるまい」
「そうだな」
残り『三人』の当主たちのうち、二人がそろってスイボクへ向かっていく。
それを見送るのは最後の一人だった。
「二人で行くのか?」
「確かに我らを見下していた他の家の当主が負けるのは、まあ溜飲が下がった」
「あれだけの剣士を相手に、一対一で戦い勝利したいとも思っている。しかし、命こそ惜しくはないが、確実な勝利を目指すべきだろう」
「好きにすればいい、骨は拾ってやる」
「お前は来ないのか?」
「たしかに順番は最後だったが」
当然ながら、挑戦者を迎え撃つにあたって、順番を事前に決めていた
四器拳の当主が一番手だったのは、それこそ勝つ自信があったからこそ。
爆毒拳の当主が四番手だったのは、地の利を活かすため。
嵐風拳の当主が六番手だったのは、他に譲るためだった。
そう、確かに一人一人で戦うつもりだったが、それでもまさか六人も倒されるとは思っていなかった。
「こうなったからには、最後の一人としての戦いを心待ちにするさ」
そう言って、二人へ順番を譲っていた。
それはおじけづいたからではなく、二人を見下しているわけでもなく、ましてやスイボクを軽く見ているからでもない。
「万全ではないのは申し訳ないが、あれだけの剣士との戦いでトリを務められるなら、それはそれで本望だろう」
「……負けを許容するのか」
「テンペラの誇りなど、どうでもいいと?」
「なに、どうせもう、奴の末路は決まり切っている。万が一奴が俺に勝っても……怒り心頭の九家が、それこそ仇を討ってくれるだろうさ」
既に半分以上の当主が討たれている。
その時点で、誇りは断たれているだろう。
「死んでも憂いはない、俺は戦いを楽しむだけだ」
「ならば、後のことは任せました」
「頼みましたよ、動輪拳」
「ああ、達者でな。無明拳、霧影拳」