軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

五殺

「スイボク、よう帰ってきたな」

「はい、カチョウ師匠。薬学を修めてきました! 免許皆伝をいただいています!」

「ふん、そんな浅学で大丈夫か? まだ三十年ほどしか学んでいないだろう?」

「はっ、俺とお前じゃ頭の出来が違うんだよ」

「スイボク、兄弟子である私に向かってそれはなんだ!! まさか、そんな調子でむこうの方にも非礼を働いたのではあるまいな!」

「お前は身の程を知らないな、なんでお前と他の仙人様がたを一緒に扱うと思うんだ?」

「これこれ、スイボク。お前はどうにも騒がしくていかん、今はゆっくりと晩飯を食おうではないか。今日は小豆飯であるぞ」

「はい、カチョウ師匠」

「お待ちください、カチョウ師匠! この馬鹿に食わせてやる飯など……善良な民からの供物ですよ?!」

「フウケイ、お主は何様だ。恵んでもらった作物を、供物などと……」

「そうだぞフウケイ、お前そんなに仏になりたいなら、俺が殺してやろうか」

「な、スイボク!」

「今のはお前がいかんぞ、フウケイ。それからスイボク、儂が叱っている時に茶化してはいかんぞ」

「は~~い」

「スイボク! 師への返事がそんないい加減で……」

「フウケイ、その師から叱責を受けているのはお主ではないか?」

「……申し訳ありません」

「まったく……まあ騒がしいのは元気がある証拠か。小言は後に回すとして……では三人で久しぶりに釜の飯を食おうではないか」

『スイボク、スイボク! 目を覚ませ!』

不意を食らったスイボクは、かろうじてエッケザックスを握っているものの気絶していた。

死んではいないが、完全に無防備だった。

それに対して、手を抜く拳法家ではなかった。

「卑怯とは言うまいな! ここを戦場と知って踏み込んだのはお前の方だ!」

跳躍し、大地へ着水する拳法家。

加速をするつもりなのか、一端遠くへ離れていった。

あっというまに姿は見えなくなり、そのまままた折り返して接近してくる。

「う、ぐ……」

かろうじて立ち上がるスイボク。

しかし、意識はもうろうとしており、敵を迎え撃つどころではない。

「鮫噛拳! 日輪魔!」

そのもうろうとしているスイボクへ、拳法家がとびかかる。

スイボクの膝を踏みつけながら、もう片方の足で膝蹴りを顎に叩き込む。

『スイボク!』

顎を砕かれながらのけぞり、ついにエッケザックスから手を離すスイボク。

己の剣の絶叫も耳には届かず、そのままあおむけに倒れそうになる。

「鮫噛拳! 首縄投げ!」

その首に片方の腕を絡め、地面へ着水しながらその表面を泳ぐ拳法家。

大地を引きずり回されながら、スイボクは手にしていた剣から離されていく。

「おおおおおおお!」

絶叫しながら泳ぐ拳法家。

スイボクを高速で引きずり回しながら、途中で腕を離す。

地面へ力なく倒れるスイボクへ、一端地中深くへ潜り、上昇しながら股の間から離陸する。

「鮫噛拳!」

スイボクの両足を掴んだまま、上空へ舞い上がる。

そして、自らごと地面へ落下する。

「重爆落とし!」

背中から地面へたたきつけられ、肺の中から空気の全てを出してしまうスイボク。

そして、そこでようやく意識が戻る。

「ぐ……ま、まだ……!」

手にエッケザックスが無いことに、遠くへ離れたことに、状況の深刻さを理解する。

その上で、何とかこらえて立ち上がる。

「む、無意識で、硬身功を使っていたのか……だ、だが……もう、そろそろ、蟠桃の効果が尽きる……」

全身の具合を確認する。

苦痛は甚だしいが、当然まだ戦える。

「……俺は」

その上で、一人、己を鼓舞する。

「俺は、まさか」

己の中の弱さを否定する。

真の強者は、決して恐れない。

真の最強は、決して迷わない。

世界最強の男は、決して……後悔などしない。

そのはずなのだ。

「まさか、だ!」

もう、花札を去って千年が経過した。

如何に仙人の住まう地と言えども、代替わりが起きているだろう。

自分を知る、自分へ指導してくれた仙人たちも、既に自然へ帰っているはずだ。

「俺は、最強だ!」

きっと、己の師匠も兄弟子も、既にこの地にいないはずだ。いるわけがない。

自分は未だに求道の最中だが、あの二人はとっくに解脱しているはずである。

「俺が、最強だ!」

だから、もうない。

この世界のどこにも、自分の帰る場所などない。

だから、もう意味がない。

後戻りなど、意味がないのだ。

だから、この弱さは、ただの夢だ。

過去の記憶が、脳裏に浮かんだだけなのだ。

「強いのなら、弱さなどない!」

だから、この胸にすこしあった懐かしさも。

乗り越えるべき、弱さに他ならない。

「俺を……殺せるもんなら!」

猛る、燃える、狂う。

己自身の惰弱さが、己自身の不覚が、スイボクには許せない。

「殺してみろ!」

「ああ、殺してやるとも!」

咆哮に応じるように、大地をバタフライで猛進する拳法家。

十分な加速を終えると、トビウオのように離陸し、腕を交差させたまま突っ込む。

「鮫噛拳! 十字撃!」

「発勁法! 震脚!」

軌道は単純、方向さえわかれば後は機を得るのみ。

途中で繊細に変化できるわけで無し、スイボクは完全に見切って迎撃していた。

「なあ?! いきなり合わせてきただと?!」

「舐める、なああああああ!」

スイボクは、体術においても右に出るものは無い。

単純な戦闘経験は語るまでもなく、その才気もまた尋常ではない。

如何に万全からほど遠いとはいっても、単純に早いだけなら対応は可能だった。

「ぐうう!」

大きく吹き飛ぶ拳法家。

彼はそのまま地面へ着水し、深く潜っていった。

(頑丈であることもさることながら、なんて学習能力だ!)

基本的に、鮫噛拳には二種類の技しかない。

最高速度で飛び上がってからの打撃と、速度をある程度抑えての組技である。

少々用途によって攻撃が異なるものの、一度見切られれば再度似た攻撃はできない。

(仕方がない……足を狙って組み付き、そのまま勝負をつける! 相手は飛べると言っても、木へたたきつければ無傷ではすむまい!)

全く明かりが無い土中で深く潜り、角度を付けながら一気に浮上する。

「鮫噛拳!」

その場で迎撃の構えをとっていた、スイボクのその足元から食らいつく。

「下段雷撃!」

足首を捉えながら直進する。

そして、そのまま狙い通りに森の木へたたきつける。

「な?!」

しかし、そこで違和感を感じる。

確かにつかんでいるし、確かにたたきつけた。

加速も十分な状況で、その威力は必殺の域だった。

それが、ない。

「内功法……軽身功!」

自分自身と、自分に触れているものを軽くする術。

仙術に置いて、基本とされる術の一つである。

地面に立っている時点で発動させていたそれによって、自重を極限まで減らしていた。

その上で、自分に組み付いてきた拳法家の体重も極限まで軽くした。

「お互い、空気より軽くなっている。そんな状態で体重を利用した投げ技など、通じるものか」

「お、お前は、そんなことまで!」

「できないと言った覚えはない! 外功法、投山!」

一度触れた物を軽くする術を使ったうえで、振り払う。

およそすべての体術で言えることだが、宙に浮かされてしまえばどんな技も使い様がない。

大地に潜りさえすれば飛ぶ鳥さえ追い抜く鮫噛拳の使い手といえども、森の中で宙に浮かされればもがくのが精いっぱいだった。

鮫のごとく噛みつき、喰らいつくす鮫噛拳といえども、もはや俎板の鯉。

生殺与奪の権利は、完全にスイボクへ移行していた。

「……」

鮫噛拳による奇襲でずたずたになったスイボクは、一切容赦の無い顔でとどめへと移行する。

「……」

無言のまま拳を構えて、ゆっくりと拳法家を自分の頭上へ移動させる。

それに対して、拳法家は己の宿命を受け入れていた。

目を閉じることもなく、静かにそれを待っていた。

「……見事だ!」

投山は、相手を一度軽くした後に任意で重くする術。

その真下で構えるスイボクは、硬身功と震脚を準備していた。

拳法家は天を仰ぐ形で地面と平行に浮いている。

それが意味するところは、背骨をへし折る天を衝く一撃だった。

「がぁ……!」

ぼきりと、とても致命的な部位がへし折れた拳法家は、そのまま地面へ倒れて動かなくなっていた。

それを見届けることもなく、スイボクは膝を付く。

「本当に……見事だ! そして、俺は、未熟だ!」

奇襲を受けるなど、彼の理想とする剣士には程遠い。

まして、気配を察知している時に奇襲を受けるなど、それこそあってはならないことだった。

一度、一人に勝てばいいという話ではない。

もしもこの『欠点』を補わずに済ませてしまえば、それこそ今後一切休むことなどできない。

「くそ、くそ! エッケザックス、エッケザックスを取り戻さないと!」

最強の剣士として求めた、最強の剣を取り落としてしまった。

それもまた、スイボクの自尊心を著しく害している。

肉体的にも、精神的にも余裕が一切なかった。

そうなる要素が、現在のスイボクには一切なかった。

ここに来る前の楽観がもう全く残っていなかった。

己の未熟、油断に対して、殺してやりたいほどに憎悪が燃えている。

「あいつには……俺しかいないんだ!」

神の座へ至った五百年前を思い出す。

その場所で自分を迎えてくれた、嬉しそうな彼女のことを今でも覚えている。

「俺が、迎えに行くんだ!」

幸い、彼女の気配はスイボクの気配察知の範囲に収まっていた。

自分の中に残っている仙気でケガを治すこともなく、ぼろぼろのままそこへ向かおうとする。

「いやいや、驚いた。天晴だ」

そして、最強の剣を失った最強の剣士の前に、六人目の拳法家が現れる。

「あながち、奴の言葉も間違っちゃあいなかったな」

当然のように万全で、当然のように敵意をむき出しにした、鍛え抜かれた筋骨隆々たる大男。

上半身は裸で、両手は手袋をはめている。

下半身は簡素な布を巻いているだけの、裸に近い拳法家だった。

「まあ、尤も。さすがに十人抜きができる姿じゃないがな」

大きく四股を踏む。

怪我を負っているスイボクに対して、一切の油断はないという構えである。

「まさか、待った、とか言わないよな」

「……当たり前だ」

「よしよし、そうこないとな」

スイボクも徒手空拳のまま、迎撃の構えを向ける。

このまま戦えば負け、そのまま死ぬだろう。

だが敵に背中を見せるなら、いっそ死んだほうがましといわんばかりだった。

「あんたのことは嫌いじゃないが、あんたが殺した連中のことも嫌いじゃあなかったんでな」

巨躯の男は、立ち合いの構えで力をため込んでいた。

「強血、嵐風拳の当主だ」

もはや、待ったなし。

極限まで縮んでいたバネが弾けるように、飛び出していた。

「嵐風拳、瀑布!」

全身全体重を込めた、頭からぶつかっていく体当たり。

それに対して、スイボクは重身功を使いながら地面へ倒れてやり過ごす。

「ぐぅ……」

「避けたか」

森に生える太い木々、それを軽々と十本ほどへし折って、拳法家は悠々と戻ってくる。

目の前には、疲労が著しい無手のスイボクがなんとか起き上がろうとしていた。

「大したもんだよ、本当にな」

「黙れ……俺を、見下すな!」

「負けん気は認めてやるよ……」

そのスイボクへ、再び攻撃準備へ入る嵐風拳。

「まあ、負けるのはお前だけどな」