作品タイトル不明
大人
当たり前だが、普通の国は千年も維持できない。
山水がこの世界に来た時、アルカナ王国は影も形もなかった。
一万年前にこの世界へ人間が入植してから、幾度となく国が興ってから滅びてきたわけであるが、千年以上維持されている国や共同体にはたいてい仙人か天狗がいる。
普通の天狗や仙人は野心などを持たないのだが、一端請け負うと律義に守り続けるので、結果的に存続するのである。
そういう意味でも、少なく見積もっても二千年以上存続していたテンペラの里は、とても異常な里であると言えるだろう。
とはいえ、この里が安寧の中で過ごすことができたことには、それなりに理由がある。
具体的には、地理である。テンペラの里は盆地に存在し、はっきり言って交通の便が悪い辺境なのだ。
つまり、傭兵集団だとかそういうことはほぼ関係なく、攻めてくる相手がそもそもいなかったのである。
スイボクが暮らしていた森と同じ理由で歴代の権力者から狙われずに済んでいた、と言える。
おかげで、テンペラの里は安寧な日々を過ごせていた。
苛烈な搾取を受けることはなく、分家や本家の付き合いぐらいしかなく、里の者が全員希少魔法を使えることでそれなりに快適だった。
迅鉄道の使い手が秘境では耕耘をしていたように、動輪拳の使い手も耕耘をしている。四器拳の使い手は林業をさせればなんでもスパスパ切れるし、大工仕事も得意だ。無明拳の使い手がたくさんいるので照明には困らないし、爆毒拳の使い手がいるので土木工事も簡単だし、傀儡拳の使い手がいるので病気なども簡単にわかる。
お世辞にも文明レベルが高いとは言えないが、文化が育まれるだけの労力的な余裕はあった。
だからこそ、現在に至るまで各拳法が断絶せずに残ってきたのである。
「集まってもらったのは他でもない、我ら亀甲拳の使い手の全員が予知夢を見た」
そして、物理的にはともかく戦略的に一番貢献しているのは、まず間違いなく亀甲拳であろう。
彼らはお世辞にも強大ではないが、何分その土地で過去に起きたことや、自分自身が将来見ることになるものを知ることができる。
それがどれほど便利なことなのか、語るまでもないだろう。
それを拳法という戦闘術にしていることがおかしいのだが、とにかく亀甲拳は里の中で発言力が大きかった。
「十年ほどの間、収穫が見込めん」
基本的に、予知とは『変化の余地がない未来』であればあるほど簡単で確実になる。
というのも、祭我が山水と初めて戦った時がそうだったのだが、予知することによって術者に変化が生じ、相手がそれを読み取って行動を変化させるからである。
明日の天気とか、常人がどうあがいても変化させられないことなどは、外れる余地がない。
もちろん周囲に仙人やヴァジュラの使い手がいる場合はその限りではないが、農作業などではとても意味がある。
例えば『明日大嵐が来る』という未来は決して覆せないが『準備をしていたので被害は軽かった』という風に未来を修正できるからだ。
しかし、天災とはたいてい耐えるか逃げるかしかない。どうしようもない事態、というのは確実にある。
特に飢饉である。食料が手に入らない、という状況を予知できてもそんなにいいことが無い。
もちろん、予知出来ないよりは圧倒的にマシなのだが。
「……稲の病気やら、冷害やら大嵐やら、まあとにかく半分以下じゃな」
原因はバラバラだが、どれもこの狭い集落では対処の限界を超える。
その辺り、土地を動かせる大八州のようにはいかないのだ。
「よって、このままでは遠からずこの里は滅ぶ。なにがしかの動きが必要じゃな」
この里の人間は、ほぼ全員が農民である。
だからこそ『なんだ、その程度か』とは言わない。
収穫が十年も半分以下になるということは、最悪全員死ぬかもしれないのだ。
集まった各家の代表、テンペラ十拳の当主たち。
彼らはその言葉を一切疑わなかった。
彼らがそういうのなら、そうなのだろう。その辺り、信頼性は絶大である。
第一、本人が今にも死にそうな、青ざめた顔をしているので説得力がある。
「とはいえ、流石に山賊行為をするわけにもいかん。一年やら二年やらならともかく、十年も継続して山賊などできん。今のご時世にそんなことをすれば、それこそラン辺りが送り込まれかねんぞ。それどころか、荒ぶる神が現れるやもしれん」
亀甲拳の使い手たち以外は、荒ぶる神がどれだけの存在かなど知る由もない。
しかしランのことは知っている。誰もが彼女に煮え湯を飲まされたのだ、忘れたくても忘れられない。
その彼女が、荒ぶる神の弟子にぶちのめされ、反省してまともになったという。
それを知って、テンペラの里の住人たちが荒ぶる神に対してどういう感情を抱いたのか、語るまでもないだろう。
「であれば、この里の周辺にできたアルカナ王国とやらで稼ぐほかない。窮してからやるよりは、今からやったほうがよかろう」
出稼ぎという言葉を聞いて、比較的若い当主たちは微妙に嬉しそうになり、少々歳を重ねた当主たちは照れながらもまんざらでもなさそうだった。
別に死にたいわけではないが、鍛錬はしているのだし戦ってはみたい。
正当な理由があるのなら、嫁などにも言い訳ができる。
「いやあ、腕が鳴るなあ!」
「くっくっく……まさか俺が現役の内にこんなことになるとはな」
「参ったな、いや、参ったな」
「うむ、尻の青い子供ではあるまいになあ」
そんな彼らを見て、年老いた亀甲拳の当主は微妙に切なそうであった。
なにせ、自分はただ代表として話すことしかできないのだから。
「儂も戦いたかった……」
※
さて、現在である。
理由こそ情けないものであるが、彼らはアルカナ王国の傭兵として参戦した。
まあ理由はわかりやすいし面倒もないので、むしろ好意的にみられていたと言っていいだろう。
戦い方こそ納得がいかない面もあったのだが、彼らは大いに自尊心を満たしていた。
「いやあ、旧世界の怪物なにするものぞ!」
「まったくだ、我らテンペラ十拳の敵ではない!」
それはそうだろう、彼らも成果を持ち込むまでは不安でいっぱいだったのだ。
なにせアルカナ王国と言えば、あのランさえも歯牙にかけない戦士が片手の指ほどいるという、彼らの価値観からすれば魔境であった。
そんな国に自分たちが雇われても、邪険に扱われるのではないだろうか。そう不安に感じでも不思議ではあるまい。
実際には、なにやら偉いらしい人から感謝され、さらにでかい家をあてがわれ、食べきれないほどのごちそうまでもらえたのだ。
それを冷遇とは誰も思うまい。
まあ、ノアに乗ってダヌアが国中を回っている関係上、アルカナ王国の食料は実質無限であるし、彼らへ与えられた屋敷も兵舎などを大急ぎで掃除して準備しただけなのだが、アルカナ王国の首脳陣が彼らを本気で歓待していることと戦力的に有望視していることも本当なので、真実を直視しても気にすることはないだろう。
「我ら四器拳の前には、旧世界の怪物も紙同然よ!」
「なに、我ら爆毒拳をもってすれば、鎧袖一触だ!」
「我ら霧影拳なくば、どこへ行けばいいのかもわからぬくせに……」
「はっはっは! 我が傀儡拳が無ければ死んでいる者たちがほざくものだ」
誰もが上機嫌で酒をあおっていた。
まさに勝利の美酒であろう、二千年ぶりに彼らはその名を轟かせたのだ。
どれだけ飲んでも、先祖が許すだろう。
「いやあ、みんな楽しそうで何よりだな。なんか、亀甲拳の人がお前を見ておびえてるけど」
「仕方あるまい、我がスイボクに使われていたときのことを見ることができたようであるしな」
そんな彼らの歓待を任されているのが、他でもない祭我である。
テンペラの里の五人を引き受けているのはバトラブであるし、暴れだしたら鎮圧できるし、相手の指名もあった。祭我、というよりはエッケザックスに興味があったらしいのである。
亀甲拳の面々は用意された料理を食べて酒を飲んでいるが、祭我には近づこうともしていない。
他の九の家は、祭我とエッケザックスを呼び寄せていた。
「おおう、神剣とその所有者か!」
「ちょっとこっちこい!」
「飲め! 飲め!」
認めたくはないし、認めるわけにはいかないし、正直心中複雑ではあるのだが、バトラブの切り札である祭我はランよりも強いと聞いている。
あの、ランが、ぶちのめされて泣かされてしまったとか。
山水と混じっているが、彼らにしてみればありがたい話だ。
ランざまあ。
一言でいうとそれまでであるが、小娘に負け続けた彼らの尊厳を保つには必要なことである。
伝説の剣を持つ『男』の方が強い、というのはとても大事なのだ。
これで本当にランが世界最強だったら、彼らはそのままテンペラの里へ帰って拗ねていたかもしれない。
「お前がランを泣かせたんだって?!」
「公衆の前でぶちのめして泣かせたんだって?!」
「みっともなく泣き叫んだんだって?!」
「なあ、どんな感じだったんだ?!」
酒が入っているとはいえ、体を鍛えぬいている男たちが寄ってたかって小娘の醜態に興味津々である。
その小娘が暴れん坊で、彼女に彼らがぶちのめされていたのだから、気持ちはわかる。
「フウケイさんも、スイボクさんが誰かに泣かされたら大喜びしたんだろうか……」
「死人のことは語るな。アレの名誉はスイボクが守ろうとしたのだからな」
祭我としては、天狗になっていた自分の鼻を折った山水がスイボクに負けたところを見て心中複雑だったのだが、見た目こそ貧相でも一応男で、しかも精神的に成熟している相手だったからだろう。
これが、自分よりも強いチートをもらっただけの調子に乗っている男だったら、それこそ根に持っていたに違いない。
「……それ、俺だな。よく考えたら、スナエはよく俺に敗北を認めてくれたもんだ」
今更ながら、過去の自分を客観視して落ち込む祭我。
まあ仕方がないと思われる。ランは常に狂暴化していたが、それを抜きにしても普通の人間は力があると調子に乗るもんである。
「そのスナエを連れてこずにすませて良かったな。アレがいればこの場で大暴れしていたかもしれん」
まさに田舎の酔っ払い親父たちの集団である。
年頃の娘がいれば、それこそセクハラの嵐だっただろう。
王女としての誇りを持つ彼女は我慢しないだろうし、神降しを全力で発動させて大暴れすれば、援軍を壊滅させることになりかねない。
「とにかくまあ……ランは山水に二度負けて、スナエにも負けて、すっかりおとなしくなりました」
ただ事実を口にする。
実際、それは彼女も認めるところだろう。
「ははははは!」
「がはははは!」
「わはははは!」
それを聞いて、それこそ誰もが心の底から嬉しそうに笑っていた。
中には涙ぐんでいる男さえいる。
確かに娘ぐらいの女の子からボコボコにされれば、自尊心もボコボコだろう。
先祖代々受け継いできた拳法の使い手なら、なおのことに。
「やったぜ!」
「ひゃっほう!」
「ざまあみろ!」
無邪気に喜ぶ大人たち。
もしかしていじめっ子へ復讐する系の主人公は、はたから見るとこんな感じなんだろうか。
そう思うと、なんとも言えない気分になる祭我である。
もしもここで、発勁やら気功剣やらを習得したので、格段に強くなりました、とか教えたらどんな顔をするのだろうか。
しかし祭我も大人になったのだ。自分の女の部下であるランの名誉も大事だが、援軍の士気はもっと大事である。
彼女たちは自分の非を認めているし、黙っていた方がいいだろう。
彼らはこれから命を懸けて、この国の為に戦うのだ。その点に敬意を表して、いい酒で酔わせてやるのがいい大人である。
「……大人ってなんだろう」
「まあ気にするな。お前は求められたことをやっているだけであろう? スイボクに比べれば大分マシであるぞ」
と、エッケザックスはただの事実を口にする。
今まさに、己の人生の決着を付けるために故郷へ帰っている、かつての主。その傍若無人さを知る彼女は、今の主を労った。
彼が道中でまた国を滅ぼすことになるとは、まあそういうこともあるだろうなと思っている神の剣である。
ひと騒ぎや乾杯が終わった後に、テンペラの里の男たちは赤い顔を真面目にして、エッケザックスへ訪ねていた。
当時最強と謳われた、傭兵集団だった頃の先祖の話である。
「なあ、エッケザックスよ。我らの先祖はどうだったのだ?」
今のテンペラの里は、それこそ普通の農村である。
というか、普通の農村になって二千年が経過している。
それこそ、実際に滅ぼしたスイボクとエッケザックス以外に、誰も覚えている者はいない。
もちろん、子孫である彼らも、である。
何があったのかは聞かされているが、それこそ遠すぎる昔の話だった。
「亀甲拳だけが戦わず、我らの先祖は全員返り討ちにあったというが……」
「……そうさな」
エッケザックスは久しぶりに思い出した。
もっともスイボクが迷惑をかけていた、二千五百年前から千五百年前にかけての千年間のことを。
スイボクに捨てられてから、千五百年間、ずっと思い出していた輝かしい過去のことを。
「お前たちの先祖は……」
※
※
※
「なあ、聞いたか?」
今から二千年ほど昔の話である。
当然アルカナなど存在せず、四大貴族の前身となった家さえ存在していなかった。
「この前の戦争で、またテンペラの里が大活躍したんだと」
「へえ、またか。あの連中はとんでもなく強いよなあ」
「あいつらを雇った方が必ず勝つってはなしだぜ」
「それじゃあ、どこの国もそいつらを召し抱えようとするんじゃねえか?」
「それがよ、雇われるが仕えるつもりはないってよ」
そんな、とても昔の話である。
「へえ、テンペラの里ってのは強い奴らがいるのか?」
「……なんだ、ガキ」
「そいつらの話を聞かせてくれよ」
「若造が、ずいぶん偉そうな口を利きやがる」
「ずいぶん立派な剣を持ってるじゃねえか、剣が立派だから自分も強くなったつもりか?」
「兄ちゃん、もうちょっと口の利き方をお母ちゃんに習ってから表に出るんだな」
「何だったら、俺たちが教えてやるぜ。授業料は、その立派そうな剣でってことでな」
その星が、最も危険だった時代である。
「なんだ、お前らこの剣が欲しいのか?」
荒ぶる神が、最もあらぶっていた時代である。
「じゃあ命は要らないんだな」
国家というものが、人命というものが、最も失われやすかった時代である。
「なあエッケザックス、テンペラの里には強い奴がいるかな?」
『いたとしても、お主には勝てんさ』
「当たり前だろ? 俺は最強だからな!」
『うむ! その通りだ!』
世界最強の男が、最強の剣と共にあった時代である。