軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

父兄

「ひょええ……」

バカみたいに見上げながらデカい城門をくぐって、俺は王都に入った。

もちろん汚らしい格好で馬車に入れるわけもない、俺と赤ん坊はそのまま馬車の後を徒歩で付いてきている。

「ふん、野蛮人の分際で、この城門をお嬢様と共にくぐる光栄も知らずに……」

「まあいいじゃないの。我が国の誇りである絶対防御壁を見て、感動しているのよ」

多分、俺も小説を読んでいる時は遅れている現地の人をこういう見下した目で見ていたんだろうなあ、と言う目で見られている。

馬車の窓からそういう視線が突き刺さっていた。多分、仙術を使わなくてもわかるほど露骨だった。

というか、門番だか衛兵だかの人たちも、そういう目でこっちを見ている。正に田舎者丸出しだから仕方がない。

実際王都を目指したのも農家のお母さんの進言あってだしな。下手したら、入れなくてとぼとぼ帰った可能性もある。

「ですが、よろしいのですか? あの野蛮人が屋敷に入れる価値がある様には……」

「ブロワ、あくまでも試すだけよ。その結果が抜きんでたものでなければ、その時は分かっているでしょう?」

「では、試験は相応に高いものを?」

「もちろんよ、読み書きもできそうにないし、赤ん坊まで抱えている。その辺りの投資も考えて、今現在の価値が無ければ、そのまま多少の手間賃をとらせて追い出すわ」

石畳で整備された王都の道を、二頭引きの馬車は進んでいく。

記憶の彼方にある日本の街とは流石に色々比べ物にならないが、それでも大分発展している街だと分かる。

正に中世ヨーロッパ。正に異世界転移である。いやあ五百年ぶりの文明は、なんだか騒がしいなあ。

「ううむ……」

抱えている赤ん坊は、相変わらずいい子で寝ている。

ついさっき森の中で、自分を守っていた女性が死んだとは思っていないいい顔だった。

それにしても俺も波瀾万丈だが、この子の人生も波瀾万丈だなあ。ちなみに、この赤ちゃんの性別は女の子である。気の流れでその辺りの事はあっさりわかった。

「それにしても、久しぶりの王都ね。お父様やお兄様はお元気かしら」

「きっと、お嬢様の御到着を心待ちにしていらっしゃいます」

多分、明らかに人種の異なる俺とこの赤ちゃんを見て、それなりに二人も想像を働かせているのだろうが、だとしてもここまで奇異な運命とは思うまい。

昨日までの俺だって、そう思っていたし。

そんなことを思っていると、どんどん馬車は進んでいく。それこそ、周囲の建物や人の服装が目に見えて変わっていく。

こう、どんどん生活水準が向上していくようだった。あれだ、高級住宅地に迷い込んだようなものだ。

商店ではなく、大きな屋敷などが並んでいる区画に入ると、その一つの前で馬車は止まった。

おそらく、正しい意味での『マンション』だろう。精々三階建てだが、それでも横にも広いし、多分奥行きも結構あるだろう。

「ようこそ、お嬢様。旦那様と若旦那様がお待ちです。それから……」

「ええ、そこの猿はさっき拾ったの。赤ん坊も連れているから、部屋に案内して頂戴」

ううむ、差別発言が止まらないが、結構気づかいしてくれるお嬢様だ。

こういうのも、ツンデレと言うのだろうか。ナイスツンデレ、お嬢様。

「承知いたしました」

流石に、屋敷の中で完全に同行することはない。

執事の一人に割と雑な案内をされて、一室で待機することになった。

その一室も、子連れの猿如きを案内するには過ぎた部屋だった。

なにせ、床は絨毯だし壁紙も豪華ときている。多分、粗相をしたら打ち首獄門だな。

迂闊に動くこともできず、ただ赤ん坊を揺らすのみ。

「そういえば、名前決めてなかったな」

名前ぐらい決めといた方がいいだろう。聞かれて答えられないと悲惨だし。

とはいえ、和風の名前だとこっちじゃ不味いかもしれないし……。

とりあえず……。

「レインでいいか」

そうおかしな名前でもあるまい。

被ったらどうかと思うが、その時はその時だ。

「ほら、レイン。お義父さんだよ~~」

五百年ぐらい生きているが、よく考えたらこうやって女の子を抱っこするのも初めてではないだろうか。そう考えると人生辛いもんである。

五百年ぶりに触った女性が、死体か赤ん坊だなんて……。

「恥ばっかの人生だったが……世間は意外と優しい人ばっかりだなあ」

髪が黒いとか目が黒いとか、そういう理由で不当な迫害を受けたことは一度もない。

少々どころかかなり下に見られているが、こういう時にありがちな暴力も受けていないし、赤ん坊連れということもあって優しい対応ばかりである。

うむうむ、やはりどの世界でもどの種族でも、子供は宝なのだなあ。

「お世話になってるのだから、あんまり無礼はしないでおこう」

そう思っていると、屋敷の中で激しい怒気を感じた。

自然界でもよくある、親が子供を守るときの様な気迫が発せられているのだ。

その元は……。

「貴様が儂の娘の馬車をまたいだとか言う男かあああ!」

ごもっともすぎる怒声と共に、貴族の紳士が怒鳴り込んできた。

結構歳をいっているようだが、多分この屋敷の主であり、お嬢様のお父さんだろう。

俺よりは確実に年下だが、朝から晩まで剣を振っていた俺よりは人生経験も豊富そうだ。

少なくとも俺は、こんなに顔を真っ赤にして怒ったことが一度もない。

「は、ははぁ!」

「ぬうう! このような屈辱は初めてだ! 許せん、許せんぞ!」

おかしい、腕一本じゃ済みそうにない怒り方だ。

どう見ても俺を殺す気である。

これはもしかして、謝ったらそのまま逃げるべきだったか?

「ふ、ふぎゃあああ!」

「ぬ、む……ふん」

とはいえ、流石に泣き出した赤ん坊を前に、怒鳴り続けるほど傍若無人でもないらしい。

俺があやし始めると、冷や水を浴びせられたのか黙っていた。そして、改めて俺を品定めする。

その眼は、正に海千山千の政争を戦っている貴族のもの、だと思う。

「その赤ん坊に感謝することだな」

「へ、へへえ……」

「とはいえだ、家紋の刻まれた馬車をまたぐなど、それは我が娘だけではなく我が一族の名誉にかかわることだ。知らぬとはいえ、赤子連れとはいえ、尊厳にかかわることと心得よ」

「へへぇ……」

「とはいえ、我が娘が一度口にした約束を反故にするつもりもない。貴様の様な目立つものを刺客として送り込んでくるとも思えぬし、希少魔法の使い手は確かに『面白い』。その実力如何によっては、確かに雇ってやってもいい」

なんか、言葉からして嫌な予感しかしないのだが。

「とはいえだ、我が家に仕えるのであれば相応の荒事には対応できねば困る。一切の言い訳も許さぬ故に、試験は厳しいと知れ。無論、良い成果を出せば厚遇することもいとわん」

駄目だ、目が明らかに笑ってない。

試験にかこつけて、そのまま俺を殺す気だ。

「案ずるな。貴様にもしもの事があれば、その赤ん坊もそれなりには面倒を見てやる」

駄目だ、殺す気を隠す気がない。

もしもの事っていうか、そのもしもを全力で狙ってくるぞ。

「ではついて来い。その子を連れてな」

さて、俺は屋敷の中庭に案内された。

しかし、中庭と言ってもテニスコートが二面ぐらいはありそうである。

そこへ案内された俺は、年かさの行っているメイドの人にレインを渡すことになった。

「これが最後だからね、ちゃんとあいさつしなさい」

やっぱり、メイドの人も完全に俺が亡き者になると思ってやがる。

だって、俺と対峙している人からもすげえ殺気がもれてるし。

全身を金属製の鎧で覆っている、完全武装の騎士。こっちは木刀なのに、なぜか盾まで装備しているぞ。どう考えても無駄だ。

兜と鎧だけで、木刀なんて防げそうなものだが。

「良いな、あの子が止める前に殺せ。一撃でな。良いか、苦しめて殺そうと思うなよ」

「ええ、妹に手を出した汚い男には、後悔する暇も与えませんよ……!」

仙人なので感覚が鋭く、それ故に全身甲冑の騎士へ、お嬢様のお父さんがどう指示しているのかわかった。

というか、どういう関係なのかもわかる。

あの騎士、多分お兄様だ。それも重度のシスコンだ、見ればわかる。

「あらあら、大ピンチね。ここまで怒るとは思っていなかったわ」

「ですが、これで問題ありません。あの野蛮人は、確実に殺されるでしょう」

「そうねえ、でももしもお兄様の一撃を回避したのなら、その時は面白いわね」

お嬢様は観戦しているが、止める気がない。

多分、俺に多少の期待はしているのだろうが……。

というか、何気に俺の人生で実戦は初めてである。

初めての相手が完全武装の騎士とか、マジで勘弁だ。

身長は目測で一メートル九十ぐらい、俺からすれば見上げる相手だ。

しかも、その鎧も剣も、不自然さを感じる。多分、魔法の武器と言う奴だろう。

対してこっちは素人の作った木刀と着流し……。

もちろん、装備の貸し出しは一切許されていない。

「では、我が娘を狙う輩が、完全武装で不意打ちを仕掛けてきた、という前提で戦ってもらう。もちろん、不意打ちを受ければ心もとない装備で戦うこともあるだろう。例えその装備でもだ。まさか、いざという時に娘を守れない、ということは有るまいな」

「へ、へへえ……」

「異論がないのならば、その装備で我がむす……我が護衛と戦うが良い。言うまでもないが、これを倒せぬようでは我が娘の護衛は任せられぬ。なぜなら、これだけの装備をしてくる手練れの者を、大量に送り込んできかねぬのが我が敵だからだ。内外に置いてな。そこのブロワも、若いがそれができるだけの実力を持っている」

流石にそこまでの力は、という顔をしているブロワ。多分、多少は誇張が入っている。

もちろん、雇い主に口を挟むほど愚かではないが。

「つまり、『倒せ』と言っている。それができるのであれば、雇ってやっても構わん」

そして、その言葉にも嘘はない。

実際、それができるだけの実力者なら雇う価値があると思っているのだろう。

基準厳しいな、おい。多分誰も達成できないと思われる。

おかしいな、俺はただ縁があったレインを育てようと思っただけなのに。

どうしてこうなった。

「では息子よ、殺せえ!」

「応!」

もう完全に殺す気だ。

片手で持つにはどう考えても大きい剣が、一気に燃え上がった。

彼の魔法なのか、或いは剣に込められた魔法なのか。流石にそこまでは分からない。

しかし、火力が過剰なことも明白だ。こっちは素肌なのだから、どう考えても普通に剣で斬ればいいはずである。

「我が愛する妹に近づく男に……死を! バーニング・スピリットぉおおおおおお!」

良いのだろうか、此処まで妹への愛を叫んで。

完全に引きながらも、俺は木刀を中段に構えた。

剣が金属製だろうが木製だろうが、燃えてようが片手剣だろうが、斬りかかってくる以上は剣術の範疇である。

そして、彼の妹に対する愛はともかく、剣を振るった年月は俺に勝るまい。

確かに彼の一撃は、俺を殺すに余りある。

だが、此処で負けたら俺の五百年も師匠の指導も、全てが無為と化す。それは流石に許容できない。

重要なのはタイミングだ。格闘ゲームではないが、当たり判定に気を使えば絶対に当たらない。

「しねえええええええ!」

右上段に振りかぶり、そのまま斜めに切り込んでくる。

剣が燃えているとしても、全身甲冑の割に足が速くとも、盾で左半身を守っているとしても、剣術としてはただ斜めに切りかかってくるだけだ。

そして、隠す気の無い殺意はこちらに攻撃のタイミングを教えてくれる。

「ふう」

気功剣。自然の気を剣に流し強化して、その強度を上げる仙術の基本。

それによって木刀を強化すると、俺は何の小細工もなく中段から振りかぶって、そのまま兜を狙う。

流石に燃え盛る魔法の剣と打ち合えば、気功剣も折れる可能性が高いだろう。

だが、要はタイミング。相手に空振りさせて、その兜を叩くことができれば、相手の剣の威力など関係ない。

流石に熱量によって熱さは感じるが、小細工抜きの『面』が騎士を打っていた。

「……一本ですね」

もちろん残心は怠らない。

間合いを確保すると振り向いて、中段で距離を測る。

渾身の一振りが空を切り、後の先をとって兜を殴打した。

その手ごたえは確かにあったが、彼自身の強度と兜の強度がわからないので、何とも言えない。

「まだ続けますか」

ふらつきながらも、こっちを見る騎士。

顔が見えなくなるほどの兜で視界が遮られているにも関わらず、俺を見つけて振り向いていた。

普通に凄いな、この装備で戦いなれている。

「ただの、剣術、だと……!」

燃えていた剣が鎮火して、そのまま地面へ杖の様に突き立てられる。そして、そのまま膝を付いた。

おそらく、倒した、に分類される状態だろう。流石に、殺すのは忍びない。

さて、判定は……。

「隙ありぃいいいいい!」

殺気を放ちながら、腰に差していたサーベルで斬りかかってくる紳士。もちろん俺の背中からだ。

しかし、俺に油断は無い。というか、隙ありって叫んだら意味がないような気がする。

振り向きざまに一閃し、サーベルを持っていた掌を叩く。

折ってはいないし、気功剣も解除している。それでも、手製の木刀でも人間の手を叩くには十分な威力がある。

「……そこまで!」

そこでようやく、お嬢様から勝負ありとの宣言があった。

「お父様、お兄様。あわせて二本、これはもう議論の余地はありませんね」

そう言って笑うお嬢様は、悔しそうな旦那様や若旦那を滑稽そうに笑っていて……。

凄く楽しそうだった。

「見事な腕ね、ええっと、サンスイ。まさかお兄様だけではなく、お父様の不意打ちまで捌くとは。これはもう、ブロワもうかうかしていられないわね」

「そ、そりゃあどうも……」

「それにしても、私にはまるで見えなかったのだけど……貴方は何時、どんな希少魔法を使ったのかしら? ブロワ、分かる?」

「いいえ、お嬢様。私にわかったのは、木刀を強化した術と、たぐいまれなる剣の術のみです。そして、木刀を強化する魔法など聞いたことがありません」

俺は剣以外には仙術しか知らないし、当然魔法の事は分からない。

しかし、木刀を強化する魔法は無いらしい。

すると、魔法の武器とかはどういう原理なのだろうか。

「お嬢様もご存じのように、剣に魔法を使ったとしても、剣そのものの強度は鍛冶屋の腕に依ります。ですが、あの男は魔法ではなく木剣で直接叩いたにも関わらず、魔法の兜をかぶった若旦那様を倒し……失礼、一太刀浴びせました。木の剣どころか、鉄の剣であっても逆に砕けるはずです」

「あらそうなの……じゃあ後は単純に、彼が強いのかしら」

「そう、としか言えません。少なくともあの男は……あの燃え上がる剣に怯みもせず、初見で見切っていました……危険です」

そう言って、俺への警戒心を露骨にしているブロワ。

そりゃあそうだ、レインを預かっているメイドの人もすげえびっくりしてるし。

「あらあら、何がどう危険なのかしら?」

「あの男がその気になれば、お嬢様をいつでも殺せるということです」

「でも、その心配はないじゃない。だって、私よりも価値のあるお父様や、お兄様を殺さずに倒しているじゃない。やろうと思えば、そのまま殺せたのに」

若旦那様と旦那様がどれぐらい強いのかはともかく、どれぐらい偉いのかはよくわかる。ぶっちゃけ、お嬢様よりも重要だ。確かにこの上ない証明である。

でも、そんな偉い人が不審者を殺そうとするなよ。

「お父様、まさかこの上二言を口にするつもりはありませんわね?」

「……ああ、家名にかけて誓おう。シロクロ・サンスイ、お前は我が一族の剣となれ」

悔しそうに認めるのはもういいんですけど、いい加減家名を教えてください。あと、個人のお名前も。

とはいえ、俺は就職先をどうにかゲットしたのだった。