軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

確信

さて、大ヤモンド帝国首都である。

この都に唯一の営業している薬屋の前には、早朝から客が並んでいた。

凄腕の医者が多くの薬とともに現れた、ということで多くの人たちが期待していた。

その一方で、不安そうにしてもいる。

なにせ今この国では、医者と薬師が城に集められているのだ。

その状況である、一晩明けた状況ではいつ兵隊が現われて、彼らを連行しても不思議ではない。

もちろん、スイボクを含めた四人は最初からそのつもりだった。

やろうと思えば最初の最初から『ひっくり返す』ことなど容易である。

とはいえ、できるだけ、可能な限り、穏当に話を済ませるつもりだった。

一線を越えるまではあるし、一線を越えない可能性が考えられない状況ではあるのだが。

「流石はスイボクとその弟子ね、状況を常に把握しているなんて」

「戦闘に特化しているからな、俺は。師匠が至った最強の部分だけ継いでいる、それを再確認できたよ」

「偏りは良いことではない、一人前の先の話ね。修業に終わりはないか」

若き天狗と仙人は語り合っていた。

割とリラックスしており、一国を相手取る前段階には見えない。

「とはいえ、これからこの国の皇帝と会うことになるとは思うけど……リラックスできる薬を処方する?」

「わ、私も陛下と会うんですか?!」

「この状況で、貴女をここに残せないわ。それに、大仙人であるスイボク様の傍が一番安全なのよ。一番危険でもあるけど」

「ぬ」

否定できないスイボクは、改めてばつが悪そうな顔をする。

四人は店内で支度を済ませて、食卓を囲んでいた。

これから起きることは、全て覚悟のうえで肝をすえている。

当事者である、薬屋の嫁を除いては。

「ともあれ、仕込みは済ませておる。案ずるな、フサビスの言うように儂がいる限り、お主にも義父どのにも夫にも指一本触れさせん」

「ですが、陛下はこの帝国を動かせるお方なのですよ?」

「案ずるな、儂も動かそうと思えば動かせる」

人間を動かせる皇帝と、国土を動かせるスイボク。

どちらが危険かなど考えるまでもないだろう。

まあ、薬屋の嫁がそんなことを想像しているわけがないのだが。

「まあ師匠もアルカナに行けば、たいていの無茶は聞いてくれると思うしな……国を動かせることも嘘じゃないが」

「成立以前からスイボク殿が近くにいたことを考えると、アルカナ王国というのは幸運というか悪運があるというか……」

「それにしても、改めて考えると国家単位でみれば、地動術や天動術は厄介極まりないな」

「何をいまさら。私からすればそもそも天狗や仙人が、剣を手に直接戦う方がおかしいと思うんだけど」

フサビスはある意味一般的な天狗であり、仙人でもある。

彼女からすれば、対人戦闘にとことん不向きなのが仙術であり修験道だ。

それを使って俗人と戦う意味が解らない。

スイボクがよくやったように天を動かし地を動かせば、それだけで戦うまでもなく個人も国家も滅ぼせるのだから。

「そういう意味では、まだフウケイ殿の方がましだったわね。あちらは地動術主体だったし」

「そんなにおかしいのか? 確かに俺も攻撃力や防御力が足りないとは思っていたが」

「だって修験道の戦闘術って、たいてい宝貝で補えるのよ? ロイドもそうだったじゃない」

「ああそうか、このあたりだと宝貝が一般的なのか」

アルカナ王国では、スイボクが作った宝貝ぐらいしか流通していない。

近くに天狗も仙人もいないからだ。というか、弟子である山水も、その存在さえ知らなかったし。

しかし、この近辺には仙人や天狗が暮らしている。秘境や大八州では特に簡単に手に入るだろうし、セルが売ったものがこの近くにあってもおかしくはない。

「別の術の達人が宝貝を使えば、それこそ勝負になるわけがないわ。普通ならね」

「まあ師匠だし、俺も師匠の弟子だし」

「貴方にとってもいい刺激になるといいわね、大八州にいくことが」

フサビスも山水も、既に気持ちはこの国を離れている。

そんな二人を薬屋の嫁はとても尊敬している目で見ているが、実際には単にこれから起きることから目を背けようとしているだけである。

なお、スイボクはバツが悪そうだった。

「さて、嫁よ。先に言っておくが……そろそろ兵隊がこちらに到着する。昨日同様に、儂に任せておとなしくしているがよい。悪いようにはせん」

なんかさっきも似たようなことを言っていた気もするが、他に言うこともないのでそう言っておく。

そうしていると、にわかに表が騒がしくなってきた。

店の前で並んでいる客たちが、追いやられている。

それは仙人でも天狗でもない薬屋の嫁にとっても、よくわかることだった。

「安心しなさい、私を信じて」

フサビスは、彼女の手をとって落ち着かせる。

そう、きっと大丈夫。彼女は。

「頼もう! 我らは皇帝陛下からの使者である! この店に滞在している蛮地の医者とは、お前たちのことか! 怪しげな術で、皇帝陛下のお膝元を騒がせたと報告があった!」

「いかにも、縁あって滞在し、都の者を治療しておった。それを罪というのならおとなしく従おう」

中華風の鎧を着た男が、店の戸をこじ開けて入ってきた。

とても大きな声で、周囲へ聞こえるように叫んでいた。

それに対して、スイボクはおとなしく従っていた。

「そうか、ならばお前たち三人を連行する!」

「しかし、一つ願いがある」

「なんだと! この場で切って捨てられないだけ、ありがたいとは思わんのか!」

「なに、大したことではない。我ら三人もそうであるが、この薬屋の嫁も一緒に連れて行って欲しい。この薬屋を借りておったのだ、一緒に連れていく道理が無いわけでもあるまい」

「……」

代表らしき男は、店の中にいる薬屋の嫁を見る。その上で、店の外を見る。

なるほど、と納得して頷いていた。

「良かろう、おとなしく縛につくのなら許す。その代わり、沙汰が甘くなるとは思わないことだ!」

山水もスイボクも、あるいはフサビスも、彼から悪意や圧迫感は感じなかった。

少なくとも、彼は暴力は振るわなかった。それだけでも、少しは救いがあったといえよう。

もちろん、誰にとってとは言わないが。

「さて、おとなしくついてきてくれて感謝する。都の民を癒してくれた貴殿らへ、荒いことはしたくなかったのでな」

四人を入れた連行用の馬車の中には、さきほどの兵士の長がいた。

先ほどまでの発言とは違い、明らかに下手にでていた。

薬屋の嫁にもわかるほどに、彼は今回の任務はおろか今回の暴走に関して思うところがあるようである。

「貴殿ら三人、いや四人は……これから、畏れ多くも皇帝陛下へ謁見する栄誉を与えられる。とはいえ、それは言うまでもないだろうがな」

困ったものだ、とため息をつく。

それはそうだろう、医者が消えれば兵士たちも困るのだ。

都に親戚がいる兵士もいるだろうし、普通に考えて従うのは嫌だろう。

「できれば、貴殿らには皇帝陛下の望みをかなえていただきたい」

「どんな願いかしら、それ次第ね(この国の命運は)」

「……とてもではないが、私の口からは」

「準備もあるのよ、早い方がいいのでしょう?」

「賢人の水銀を知っているか?」

「まさか、錬銀炉がここにあるの?!」

「知っているのか、やはり……」

兵士長の言葉を聞いて、フサビスは仰天する。

薬屋の娘は何が何だかわからないという風だが、それでも非常事態だと察したらしい。

「知っているのなら話は早い。錬銀炉から染み出る賢人の水銀が、盗まれていたことが分かったのだ」

「盗まれて、いた?」

「うむ、錬銀炉は厳重に封鎖された専用の宝物殿に保管されていた。皇帝陛下がそれをいざ使おうと思った時に赴いてみると……『数十年分』はあろうかという賢人の水銀が盗まれていたらしい。幸い錬銀炉は無事だったのだが、皇帝陛下の失意は重く……」

ここでいう数十年分が、数十年かけて溜まった分という意味なのか、数十年若返る分という意味なのかわからない。

しかし、それはさぞがっかりするだろう。それはよくわかる。

「ほぼ確実に、もう使われているだろう。盗人がいつ盗んだのかもわからんが、普通に考えれば自分で飲んだのだろうな」

「それと医者や薬師を捕まえていたことに何の関係が? まさか天狗や仙人を探していたわけではないのでしょう?」

「いいや、探していたのだ。天狗や仙人が医者や薬売りに混じっているという逸話は多かったのでな……」

四人とも呆れている。

最終的には成功しているが、誰がどう考えても無茶な作戦である。

少なくとも長命な三人からすれば、くだらないことの為に労力を割き過ぎである。

「改めて確認するが、貴殿らは天空に住まう仙人か、それとも隠れ里に住まう天狗のどちらだ?」

「私は天狗で、そっちの二人は仙人よ」

「ならば話は早い。おそらく、皇帝陛下の望みは賢人の水銀を得ることだ。貴殿らはそれを服用して長寿を得ているのだろう?」

微妙に、というか深刻な勘違いが生じている。

決定的な間違いではないが、この場合は勘違いでは済まされない。

「……勘違いしているところ悪いけど、仙人も天狗も賢人の水銀は使わないわ」

「なんと?!」

「賢人の水銀は、仙人や天狗以外を若返らせるための薬よ。天狗や仙人は、そんなものに頼らなくても長寿なのよ」

見た目はとても若々しいフサビスの、長寿だという発言。

それを聞いて兵士長は、なんというか気になってしまった。

目の前の三人が長命なのは何となく聞いていたが、本人の口から出ると具体的に知りたくなってしまう。

「……その、失礼だが、三人は何歳なのだ?」

「四千ぐらいであるな」

「五百ぐらいだ」

「言いたくないわ」

「そ、そうか……」

揺れる馬車の中で、いちど沈黙が訪れる。

「ご、ごほん……そ、それで、賢人の水銀は用意できないと? 遺失した錬銀炉の正しい使い方も知らないのか?」

「……スイボク殿、ご存知ですか?」

「知るわけなかろう」

フサビスもスイボクも知らなかった。

俗人を若返らせたいという意味不明なことに手を出した仙人と、大天狗セルの合作である。

そんな珍しくて奇異な道具の使い方など、セル以外が知るわけもない。

「そ、そうか……しかし、それで皇帝陛下が納得して下さればいいのだが」

「するといいわね(この国の為に)」

いよいよ三人は、この国の命運をあきらめつつあった。

まあ放っておいても滅びるだろうし、誤差だよ誤差。

「……この国に来たばかりであろう貴殿らは誤解しているかもしれないが、皇帝陛下は本当に偉大なお方なのだ」

呆れているフサビスに対して、兵士長は皇帝への弁護を行っていた。

確かに誰がどう考えても、今回の皇帝は暴挙に出ている。確実に、この国の為になることはないだろう。

しかし、それでも彼は偉大なのだと言っていた。

「この中原では長く戦乱が続いてた。それを治め、武力と智勇で統一したのが皇帝陛下なのだ。陛下がいらしゃらなければ、今もこの平原は戦火があふれていただろう」

「それとこれと、何の関係があるのかしら。尊敬しているのはわかるけども、今回の騒動は擁護のしようがないでしょう」

「……貴殿ら永遠を生きる者には、きっと理解できないのだろう。老いて衰えていくことの、その恐ろしさと寂しさが」

若々しく、瑞々しく、時には幼くさえある。

そんな天狗や仙人が実在すると知っていれば、権力者は忌まわしく思うだろう。

その辺り、実際には三人の方がよく知っている。

「皇帝陛下のお心を、救っていただけないだろうか。私からも頼む」

「……あいにくだけど、誰もが納得して幸せになるなんてありえないわ」

「陛下は、この国そのものなのだ」

兵士長の言葉を聞いて、秘境に住まう天狗は共感半分軽蔑半分だった。

「陛下がお倒れになれば、お隠れになれば、それこそ中原は千々に乱れてしまう」

「……はぁ、そう都合のいいことにはなりませんよ」

改めて、フサビスは大天狗と大仙人の偉大さがよく分かった。

同様に、山水もアルカナ王国の人々に敬意を表していた。

いつだって、悪い見本はいい見本を輝かせるものである。

「陛下に永遠の若さと命が宿れば、この国は永遠の繁栄と平和が約束される。これは、私の偽りない確信だ」

「勘違いです」

「そんなことはない。以前の陛下を知らないからこそ、そんなことを言えるのだ」

当たり前だが、皇帝は神格化されているらしい。

こんなことをしても慕われているだけ大したものだとは思うが、それでも外国人である三人からは一種滑稽だった。

いや、その幻想を築きあげたことこそが、彼の偉業そのものなのかもしれない。

だが、幻想だけでは現実を維持できない。そんなことは、ある意味当たり前だ。

「私にも故郷に尊敬する先人がいます。そういう意味では、私も貴方も変わりません」

永遠を生きている大天狗によって維持されている、秘境セル。

規模こそ小さいものの悠久の時を越えて存続している、一種の楽園なのだろう。

もちろん、そんなに楽しいところではない。

しかし……。

「ですが、尊敬することと全てを肯定することは違います」

少なくとも、彼が作った錬銀炉が騒動の発端であることは事実だろう。

今までも、こうしたことが起きていたに違いない。

実際に効果がある、若返りの薬。それはきっと、世を大きく乱す。

「過ちまで肯定すれば、どうしようもないことになってしまうのですから」

そうだね、と山水は思っていた。