軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

未来

ありえないことではあるのだが。

そう、ありえないことではあるのだが、山水が荷物を届けることを誰も止めなかったなら。

ここまで凄惨なことに成ることはなかった。

白黒山水という男の、戦闘における偏り。

それはつまり、実態に見合った外見をしていないという事だろう。

一言で言えば、山水は威嚇が苦手なのだ。

己の強さを見せて、相手を下がらせようという思考が殆ど無い。

戦闘スタイルが如何なる物であったとしても、白黒山水はスイボクという男が最強と認めた唯一の弟子に他ならない。

若き日の師がそうであったように、やろうと思えば一国を相手どっても一切不安などない。

だからこそ、その実態を相手に教えて、ある程度殺傷を済ませた時点で逃がす、という選択肢もある。

挑んでくる兵士全員を斬り殺すのではなく、半数を斬り殺した後で逃げるなら追わない、とでも言えばいい。

それを積極的にはしようとしない、というのは主命に忠実である以上に価値観が大きい。

山水の精神性のほとんどは師であるスイボクが構築したものであるので、当然スイボクに酷似している。

そして、スイボクは相手に敬意を持つ、という境地に達している。

相手がどれだけ自分と比べて弱くとも、決して軽視せずに向きあうという、ある意味では過大な対応をする。

それが今回の惨禍にどうつながるかと言えば、相手の立場や職種、役割を尊重する余りに相手の生命を相対的に軽く観ているのだ。

相手が自分の敵であり、自分を殺す使命があるのなら、それを尊重して殺す。

逃げる相手を積極的に追うことはないが、あえて逃がそうとは思わない。

相手に敬意を持つからこそ、相手の使命に付き合う。

忠義云々以前に、相手へ敬意を持ち律儀だからこそ、死者を大量に残す。

それはさながら、かつてのスイボクが一度敵対した国が滅ぶまで戦い続けたことに似る。

とはいえ、それは酷であろう。

さすがに相手がたった一人で、普通に剣術で戦うのだ。

それを前に逃走する、というのは余りにも使命感にかける。

おそらく、威嚇という手段に最も長けた切り札は正蔵であろう。

彼が魔法を使えば、国家単位で即座に降伏するに違いない。

さて。

山水は帰った。

ここに、オセオを襲っていた災いは去った。

しかし、その嵐の過ぎ去った後にこそ、本当の地獄は待っている。

つまり、この『嵐の間』に何が起きたのかを把握し、それを復旧させなければならないという事だった。

耕作地帯であっても、勝手に米や麦が生えてくることが無いように。

鉱山であっても、勝手に鉱石が採掘されることが無いように。

戦場の死体が、勝手に地面に埋まっていくことが無いように。

台風で壊れた建物が、勝手に再建されることが無いように。

結局、何が壊れたとしても、人間が把握して、人間が予算を出して、人間が直すしかないのだ。

「陛下、ご無事ですか!」

オセオの城に務めていた将兵は、極めて優秀だった。

山水という暴虐を前に、誰一人引くことなく立ち向かい、結果全滅した。

それはつまり、山水に痛めつけられた国王を救助する兵士が、城の中にも城の外にもいないということだった。

生き残っていたのは非戦闘員だけだった。給仕や料理人、あるいは庭師や掃除婦。

山水が帰ってからしばらくして、空が夕焼けに染まりかけた時刻に、后の絶叫を聞いて怯えながらも謁見の間へ、そうした面々が恐る恐る入ってきた。

普段なら入ることなど許されない、国威の象徴謁見の間。

破壊された扉を通って、彼らは呻く国王にようやく救いの手を差し伸べることができていた。

遅きに逸したが、それでもなんとか国王は自室へ運ばれ、城付けの法術使いから治療を受けることができていた。

すっかり疲れ果てた国王は、ベッドで横たわりながら法術使いへ訪ねていた。

「余はもう良い、城の中の負傷者を診てやれ」

「陛下……恐れながら、この城の兵士は皆、陛下を守るために名誉の戦死を遂げました」

守りきれなかった、とは口が裂けても言えまい。

痛い沈黙が、二人の間に流れていた。

「一人もか?」

「はい、報告によりますと……その、この城の中にも外にも、あの剣士と交戦し、生きている者は一人もいなかったそうです」

人間の死体など、一般人には刺激が強い。

しかし片付けなければ、腐乱しさらに悲惨なことになる。

だからこそ、怯えながらも城に務める人間たちは、兵士たちの死体を片付けていった。

片付けている人間たちの中には、退役した元兵士もいた。

敵兵の死体が一つもなく、すべてがオセオの兵士という異常事態の中で、さらなる異常を発見していた。

この死者はすべて白黒山水という剣士に斬り殺されており、完全武装でありながら一切抵抗の後がなかった。

死んだ後に転倒し、それによって傷があるものもあったが、全員が例外なく一太刀で『即死』していた。

防御させる間もなく殺したのか、そうしなければ数を捌けなかったのか、苦しめずに殺してやろうと思っていたのか。

あるいはただ単に、そうしようと思っていただけなのか。

とにかく、すべての兵が死体になり、すべての死体が即死していた。

「アレは……何だったのだ」

ベッドの上で、両手で顔をおおった。

ベッドの天蓋を遮るのではなく、この現実から遮断されたかった。

「悪夢でも、あんな者は思い描けんぞ……」

アルカナ王国最強の剣士、白黒山水。

彼は立ちふさがるすべてを斬り殺し、その上で己の前に立った。

ブラック王子の一部を、己に受け取らせる、それだけのために。

「あの剣士にとって、我が国とはその程度の存在だったのか……!」

無理やり受け取らされた息子の一部は、おそらく謁見の間に残されているだろう。

白黒山水が一国を相手どってまで届けた、ブラック王子にとっては命の次に大事であろうそれらは、しかし城の中に放置されていた。

つまりは、本当にただ嫌がらせのために、ソペードはアレだけの剣士を送り込んできたのだ。

一国の王に殴りこみをかけてこいと、絶対に成功する自信をもって送り出したのだ。

さすがにこんな嫌がらせで、あそこまでの剣士を使い捨てることはあるまい。

そして、剣士は剣士でそれに答えていた。

「我が国は……奴に血を浴びせることも、汗をかかせることも出来なかったのだ!」

返り討ちにすることなどできるわけもなく、傷を負わせることさえ夢幻。

鮮血を服につけることも、呼吸を乱させることさえ無理だったのだ。

それこそ、まるで散歩のような調子で、アルカナからオセオへ進軍し帰還したのだ。

「陛下、お気を確かに……」

「余の気がおかしいと? ああ、それなら良かったのだ! 余が狂っているのならよかったのだ! 余一人が、実体のない剣士に怯える程度で済んでいるのだからな!」

王が乱心した、という問題ではない。

これは現実の大敗であり、現実とは思えないほどの大敗だ。

「おかしいのは、あの剣士だ!」

絶叫する。

もしも自分が気を静めて、それで世界が元に戻るのならいくらでも気を静める。

だが、実際には違うのだ。もはや絶叫するしかないからこそ、絶叫に絶叫を重ねているのだ。

「アルカナは、ソペードは、この国を試し切りにしたのだ!」

おそらく、この信じがたい情報は世界に広まるだろう。

そしてそれはアルカナ王国の地位を、絶対のものとして固定するのだ。

「余は呪うぞ、アルカナ、ソペード。この恨みは、必ずや我らが子孫が……!」

怨恨は生じた。因縁は結ばれた。

もはやオセオという国が、アルカナを許すことは永劫にない。

オセオの正規兵、その家族達。彼らは決して、アルカナとソペードを許すまい。

今は無理でも、その子どもらが国力を発展させ、アルカナへ返礼するに違いない。

彼は、そう思っていた。

そう、まだ折れていなかった。

今は無理だ、アレには勝てない。しかし、死なない人間はおらず、老いない人間はいない。

だからこそ、オセオの子孫が先祖の恨みを晴らし、アルカナの子孫が先祖を呪う日がいつか来るはずだった。

そう、まだホワイト国王は信じていたのだ。

雌伏の時であったとしても、この国に未来があるのだと。

「なんなのだ、これは……」

日の沈んだ王都に、夜でありながら徒歩で数十名の兵士が入ってきた。

すっかり暗くなった王都は、それ以上の暗黒に包まれていた。

そのとおりには、自分たち同様のオセオ兵が、ただの一太刀で地面に倒れていた。

それこそ、鎧袖一触。死神の鎌に全員で突撃したかのように、誰もかれもが死んでいた。

「進攻されていたのか?!」

「いや、敵兵の姿がない……」

「馬鹿な、王都を守る軍がただの一人も殺せずに、壊滅したというのか?!」

「いや、そもそも王都の前に、多くの軍が入ってきた跡はなかった……」

それこそ、周辺の街や城へ救援を出す暇もなく、短時間で全滅したのだろう。

現れた形跡がない軍隊は、この夜の王都に影さえ残していなかった。

「……陛下は、陛下はご無事なのか?!」

地方から大急ぎで王都に参上した彼らは、疲れた体に鞭を打って更に走っていく。

たどり着いた王の城の中は、王都同様の地獄だった。

門番の一人さえおらず、ただ非戦闘員が泣きながら死体を片付けている。

嵐が過ぎ去った様な光景を前に、彼らは更に立ち尽くすが……。

「あ、兵の方……生きていらっしゃったのですか?!」

「いいや、我らは王都の兵ではない! 一体何があったのだ!」

給仕の女性が、数十人の兵士たちに気づいて感動に震える。

しかし、あいにくと生きているのではない、今ここにたどり着いただけなのだ。

「何があったのかも、我らのこともいい! 陛下はご無事なのか?!」

「そうだ、陛下は?!」

「ご無事、ではありません。賊に襲われ……その、部屋でお休みです」

死んではない。

それを幸運と思うことはできないが、しかし唯一の吉報だった。

「そうか……急ぎの知らせがあるのだ。我らはそこへ行かせていただく!」

数十人のオセオ兵は、大慌てで報告に赴く。

どうやらこの城の兵は、最後の一兵まで義務を果たしたらしい。

本来自分たちが王へ直接報告するなどありえないが、この状況では仕方がない。

彼らは自分の首が落とされることも覚悟で、国王の寝室へ向かっていった。

「陛下、失礼いたします!」

一切争った形跡がない王の寝室。

その扉を叩いて、彼らは入っていった。

「……おお、お前たちは!」

憔悴していた王は、己の兵が蘇ったかのように喜んでいた。

その喜びを曇らせることは心苦しかったが、兵士たちは最上級の礼を取りながら報告した。

「お休みのところ申し訳ありません、我らは王都の兵ではなく地方の兵でございます」

「各地方の領主様が、陛下へ急ぎの報告をするべく、我らを送り出したのでございます」

王都、王城の兵が全滅した。王が賊の手で負傷している。

それらはたしかに尋常ならざる事態だ。だがそれをも上回りかねない、深刻な問題がこの国で起きている。

「……何があったのだ、アルカナ王国か」

なんとか己を奮い立たせて、国王は起き上がって話を聞く。

絶対に聞きたくなかったが、それでも聞かねばならないのだ。

「その……橋が爆破されました。川や谷にある橋が、火薬によって破壊されたのです」

「なんだ、そんなことか……この状況で、よくもそんな小事を!」

国王は、想定をはるかに下回る報告にうんざりしていた。

確かに橋が爆破されたことは、とても問題であろう。橋とは必要だから存在し、橋がなければ交通には多大な不便が生じるのだ。

しかし、この状況でそんなことを、一々報告されたくない。はっきり言って、そんなことはその地方で解決して欲しかった。

「なぜお前たちは、それだけ大勢で余の前に立つのだ! 鬱陶しい、お前たちの主は何を考えてそんなにも多くの伝令を……」

王は、あることに気づいた。

加えて、あることを連想してしまっていた。

「お前たち……まさか、全員別の領主が送り込んできたのか?」

「さようでございます」

「橋が爆破されたといったな? いったい、何処の橋が爆破されたのだ」

誰もが、鎮痛だった。

今の王に、こんなことを報告したくなかった。

それでも、報告しなければならないのだ。

だからこそ、彼らは『自分の足』で走ってきたのだ。

自分同様の要件を抱えた伝令と合流しながら、絶望しながらここまで走ってきたのだ。

「主要な橋は、全てです。国中の橋という橋が、全て爆破されているのです……!」

「それだけではありません、諸外国との間に存在する国境の関所も、把握しているすべてが爆破されています」

「主要な道路も、広範囲にわたって爆破されています……!」

「我が国の交通網は、完全に破壊されきっています!」

「物流は停止し、各地で食料の供給ができなくなっております!」

「流言が流布され、暴動も発生しています!」

ホワイト国王は悟った。

もはやこの国に、明日さえないという事を。

そして思い出していた。

アルカナ王国には、先ほど現れた白黒山水に匹敵する切り札が、まだ四人もいるという事を。