作品タイトル不明
忘却
「なるほど……素直に言えばよかったんじゃないか?」
「いやいや……押し問答は趣味じゃないし……」
門番の顔色がおかしかったことで、ブロワが不思議がって俺が結局説明した。
ブロワの言うように、最初の時点で俺が『白黒山水です、変化しています』と自己申告するべきだったのかもしれない。
しかし、それは無体だろう。言っても絶対に信じないって、わかり切っているし……。
「そりゃあお前やレインにしてみれば、俺が金丹で成長できることを知ってるし、普通の時の俺の顔もよく知ってるから大きくなってもわかるだろうさ。でもなあ……お前の家の門番がそんなに詳しいと思うか?」
この世界には写真とか特にないので、それこそ肖像画ぐらいしか顔を残すすべがない。
しかも、俺の肖像画をブロワの家の門番がよく見ているわけがない。
もちろん俺に会ったことがないわけでもないだろうが、少なくとも一年以上は会っていないのだ。
子供の姿をしている普段の俺しか知らないのなら、それから五歳か六歳は年齢を重ねている姿の俺を見ても『ブロワお嬢様の旦那様だなあ』とは思えないだろう。
そもそもウィン家の門番でしかない者が、俺が不老長寿であることとか、金丹を呑んだら成長できるとか、結婚式に備えて礼服を着て帯剣をしているとか、そんな事情を全部把握しているのは逆に怖いし。
「大体『希少魔法で変身しているのでこの姿なんです』なんて言い出したら、キリがないだろう」
「それもそうか……確かに言った者勝ちだな」
というか、押し問答したら門番の仕事の邪魔になるし、ブロワの実家へ迷惑になる。
どうせ金丹の効果が切れたら元に戻って通してもらえるので、俺はいったん引き下がったわけだが……。
よくよく考えてみれば、金丹を呑んだ姿ですんなり入れてもらえると思うことが、まずおかしかったのだろう。俺の特徴って、お父様やお兄様、お嬢様が意図したように『着流しに木刀で子供の姿』なんだし。この世界だと、イメージ戦略がないと覚えてもらえないんだなあ。
「素のままでこの屋敷に入って、そのあとで金丹を呑んで礼服を着ればよかったな。そのあと二人に会えばよかったんだし」
「そうだな……今度からはそうしろ」
やっぱり、久しぶりにブロワやレインに会えるということで、いろいろと浮かれていたのかもしれない。
未熟未熟、修行が足りないなあ。まあ、そのあたりを俺の師匠がちゃんとできているとも思えないので、これは剣術や仙術の修業とはまた別なのだとは思うのだが。
「そんなこと、どうでもいいじゃない!」
ぷりぷり怒っているレインが、反省会をしている俺とブロワに文句を言った。
言われてみれば確かにその通りではあるが、俺もブロワも基本的に仕事付き合いが長かったので、問題が起きると話し合って改善策を練ってしまうのだ。
こういうあたりがお嬢様から見て、俺やブロワが面白くないといわれるゆえんなのだろう。
「そうだな……その、だな、サンスイ……おかえり」
「ああ、ただいま」
はっ、いかんいかん。普通に挨拶してしまった。
せっかくトオンからアドバイスをもらっているのに、これではまたレインに怒られてしまう。
「その……うむ、ブロワ」
「ど、どうした?」
「久しぶりに会えてうれしいよ。ずっと会いたかった」
「お、おおお……!」
貴族のお嬢様、という感じのしとやかな服を着ているブロワに、俺は礼服のまま抱き着いていた。
ブロワは椅子に座っていたので、軽身功で浮かせてから抱きしめている。
なんか、ブロワの反応が初々しいというか、出産前とそんなに変わっていないような気がするが……。
まあ、喜んでいるし抱きしめ返してくれているので、そう悪くないだろう。レインもとてもうれしそうにしているし。
「ああ……ああ……うう……ううう……」
「元気そうでよかった……」
「そ、そうか……私も、お前が無事でうれしい……」
なんだかんだと、一年以上離されてたからなあ……。
それに、俺は遠い国へ護衛の任務だったし、ブロワはブロワで妊娠と出産という大仕事があったし。
昔懐かしい俺の故郷ならこんなことはなかったが、声を交わすことや手紙による連絡さえ一年以上なかったわけで。
俺に抱き着いたまま泣いているブロワ、加えて椅子にお行儀よく座ったまま泣いているレイン。
なるほど……二人とも、泣いて当たり前だろう。
俺は良くも悪くも、明日死んでも仕方ないという覚悟ができているので、ここまで感情が揺さぶられることがない。
それでも、共感はできる。
うむ、二人とも元気でよかった。
「今お嬢様やお父様……じゃ、なかった……前当主様はバトラブから王都に向かっているはずだ。俺は先行してソペードに戻ってきたんだが……。しばらく家族水入らずで過ごせと言われたよ」
「そうか……それはありがたい」
椅子に座りなおして涙をぬぐうブロワ。
ソペードは武門なので任務は厳しいが、任務が終わったらちゃんと報酬もくれる。
こうして家族で過ごせる時間は、俺たちにとって最高の報酬になるだろう。
「ねえねえ、パパ。そのお洋服で、大人になって、ブロワお姉ちゃんと結婚式をするの?」
「まあそうなるだろうな……結婚式の時ぐらい、俺にも恰好をつけさせてくれるだろう」
「そ、そうか……いやあ、良かった……正直心配していたんだ。金丹がないと、私のほうが背が高いのでな……」
「そうだなあ……ブロワもレインも大きくなったなあ……」
レインを抱えた俺が、お嬢様とブロワの乗った馬車をまたいでからもう七年ぐらい経つのか。
少年老い易く学成り難し、一瞬の光陰軽んずべからず、とはよく言ったもんである。
俺は老いたことないけどな。
「いや、パパも大きくなったよ! 自慢のパパだよ!」
「そうだな、お前も大きくなったぞ、サンスイ」
「いや、完全に薬の効果なんだが……」
師匠が作った金丹の効果による、疑似的な成長を『大きくなった』と言っていいのだろうか。
言い訳の余地が一切ないほどに、完全にドーピングである。
ドーピングして大きくなったね、というのを喜んでいいのだろうか。
「とにかく、俺とブロワの結婚式はソペード内でやるらしい。そこは完全に、ブロワの実家にお任せだ」
「そうだな……その点に関して、父上はそれを最後の仕事にするとおっしゃっていた。そのあとはヒータお兄様がウィン家を継ぐだろう」
「そっか……お嬢様の結婚式の後が楽しみだね!」
あの小さかったお嬢様が、もう結婚か……人生って、本当にあっという間である。
「それで、お嬢様はどうだった? マジャン王様から、何か言われたりは……」
「トオン様のお父上からは、結婚を祝福してもらえたよ。残念だが、お母上とは決裂に近くなってしまった」
「そうか……まあ王家なのだ、そういうこともあるだろう。それで、お嬢様は道中退屈そうだったか?」
「トオン様が一緒だったからな……半年馬車に揺られていても、とても楽しそうだったよ」
「凄いな……トオン様は……」
「本当にすごいね……」
俺もブロワもレインも、お嬢様の短気さをよく知っている。
国内で旅行するときでさえ、退屈だから山賊に襲われましょう、とか言い出すし。
俺やブロワがお嬢様からみて退屈な護衛だったこともあるが、それを抜きにしても往復一年退屈させなかったんだもんな……。
「そういう二人はどうだった? 暇じゃなかったか?」
「ソペードの傘下に仕官している、お前の生徒たちがたまに顔を見に来てくれたからな。それに、スイボク殿もたまに心配しながら来てくれたし」
俺の生徒たちは比較的近隣から集まってくれたんだろうが、師匠は師匠で足取り軽いなあ。
もしかして師匠も、久しぶりに俗世とかかわって楽しいのだろうか。
なんだかんだで、千五百年もあの森でこもってたわけだし。
考えてみれば、五百年前に俺と出会った時の会話も千年ぶりだったわけで……。
「みんな優しかったよ、パパ!」
「お前の人徳だな……本当に良い夫を持ったと思っている。私にはそれがなかったからな……」
「そういうなよ、ブロワ。お前はお前で、ちゃんと実家を守ったしお嬢様だって守り切ったじゃないか」
よくよく考えてみれば、スイボク師匠はともかく俺の生徒たちがブロワのことを案じてくれたのも、結構凄いことなのだろう。
クロー・バトラブのことを思えば、俺の生徒たちが俺を慕ってくれていることは、俺が成し遂げたことなのかもしれない。
もちろんお父様やお兄様のおかげでもあるし、本人たちが努力した結果でもあるのだが。
「そういえば、お姉ちゃんの先生も来たよね」
「ああ、お前への愚痴を言っていたぞ。レインのいないところでだがな」
「……お前の先生って、あの……俺の前の、筆頭剣士だよな」
当たり前だが、ブロワにも剣や魔法を教えてくれた先生はいる。
ソペード本家の令嬢を護衛するのだから、その師匠は当然筆頭剣士だった。
俺と初めて会った時には結構なお年だったが、それでも近衛兵クラスの実力者だった。
「そうだぞ。お前に負けてお前に弟子入りを希望して、袖にされた私の先生だ」
「そんなことがあったんだ……」
「ああ、レインはまだ小さかったが……当時の私は、とてもショックだったよ」
強かったなあ、ブロワの先生は。
魔法も刺突剣も、どっちも超一流だった。
まあ……七年前でも、俺は縮地と剣術だけなら師匠の領域だったので、負けるわけがなかったのだが。
流石に、近衛兵の統括隊長だった、雷霆の騎士殿よりは弱かったし……。
「わかるか、レイン……自分を育ててくれた、自分を強くしてくれた偉大な先生。そんな人が当時の私と大して年齢の変わらない姿だったサンスイに負けて、ひれ伏して弟子入りを希望したときの、私の心境が」
「パパ、最低~~」
自分で言うのもどうかと思うが、俺は最近になって急成長をしている祭我とちがって、森を出た時点で師匠から『お前は十分最強を名乗れる』と太鼓判を押されていた。
その俺が、フウケイさんやパンドラの完全適合者以外に負けるわけがないんだが……。
それは俺の理屈である、当時のブロワはそれはもう……とても拗ねていた。
「お前ときたら、師匠から一人前の認可をもらっていないと言って、私の先生が弟子入りすることを断っていたのに、そこいらのチンピラを生徒にして送り出してしまったのだからな。それはもうご立腹だったぞ。そのあと、埋め合わせだと言ってスイボク殿が稽古をつけてくれたらしいが……」
師匠本当にいろいろやってるな……実は暇なんだろうか。
仙人というのは、基本無職なのだけども。
「やはり、ソペードに里帰りをしていると、いろいろな人が顔を出してくれるよ。王都だとこうはいくまい」
「うん、パパはソペードの切り札だもんね!」
「ああ、そうだな。これも当主様から格別の待遇をしていただいているおかげだ」
なんというか、帰ってきた感がある。
ものすごくこう……ほっこりするというか、安心できるというか……。
「……」
「……」
「……」
穏やかな沈黙が、俺たちの中であった。
しかし、ブロワとレインは、なんか歯切れの悪い顔をしている。
「……どうした?」
「なんか、こう」
「なんだろうね、こう……何か忘れてるような」
「赤ん坊のことか?」
俺はさっきから感知している、この屋敷の中の赤ん坊の気配について二人に確認してみる。
すると、露骨に反応があった。
「そうだよ! パパとブロワお姉ちゃんの子供だよ! すっかり忘れてた!」
「いかん、門番とのもめごとがあったから、つい……後回しにしてしまった……」
結構楽しみにしていた俺はいったい……。
まあでも一年以上待ちに待っていた亭主がわけのわからん気を利かせた結果、何の罪もない職務に忠実な門番を困らせたことで、いろいろと頭が真っ白になってしまったのかもしれない。
「ひどいお姉ちゃんとお母さんだな……」
「パパにそんなこと言われたくない……」
「正論だな……お前が急に帰ってきたので、浮かれ過ぎていたよ」
やっぱり事前に連絡を入れておくべきだったのだろう。
二日か三日前にでも一報を入れてから、ソペードの馬車で訪れるという普通の帰宅方法を選べばよかった。
それなら門番だってすんなり俺を通してくれたし、二人だって赤ん坊を抱えて迎えてくれただろう。
一刻も早く帰って顔を出したかったのだけども、やっぱり短気は損気で、何事も普通が一番なのだなあ。
トオンは男女や家族の関係にも、スイボク師匠の教えが有効だと言っていたが、こういうことなのかもしれない。
服とか剣とか金丹とか、形だけ取り繕ってもスマートな解決はできないのだろう。
「まあでも、俺もレインのことは結構ソペードの人にお任せしていたし……そんなに気にしなくても」
「いやいや、ちゃんとあってくれ。できるだけ早く」
「そうだよパパ! ちゃんと顔を見せてあげて! パパなんだから!」
そう、俺はパパなのだ。子供が生まれて、パパになったのだ。
いや、レインを拾った時からパパなんだけども。