軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

敗者

「もっとだ……もっと、もっと、もっとだ!」

「ああ、受け止めてやる……全力で来い!」

よく知っている身としては、二人の高揚や全力具合も未熟だなあ、としか思えないのだが、それは俺がある程度相手をどうにかできる武力があるからだろう。

少なくとも、今の二人を見て腰を抜かしそうになっている、クローとその部下たちは正常であろう。

いきなり祭我が象ぐらいある狼になって、全身の体毛が銀色に燃え盛って、さらには金色の鎧で覆われて、すさまじい咆哮をしているのだ。そりゃあ怖いだろう、神降ろしだけでも怖いのに、それが銀色に凶暴化して武装しているのだから。

そう、今の祭我は最大強化形態。前足と後ろ足の爪は常時四器拳で硬質化しており、全身を法術の鎧で保護し、さらにはその法術の鎧は赤く燃え、その隙間からは銀色の炎が漏れ出ている。

防御、強化ともにこれ以上ない形態である。もちろん、今の俺ではアレを突破する手段はない。

攻撃を当てることができても、傷一つ負わせることができないし、急所に当てることもできない。

魔法で全身を薄く燃やしているので、近づくのも困難だろう。

継続戦闘度外視の、無茶苦茶な強化だった。正直、継続戦闘能力の方を鍛えたほうがいいとは言っているし本人も思っているのだが、何分こっちのほうが簡単なのだ。というか、祭我にしてみると、全部同時に発動させるというのはさほど労力を伴わないので、練習の必要があんまりないらしい。

「これが……バトラブの切り札!」

律義に驚きつつも、しかし感嘆しているのはクロー・バトラブだった。

部下と違って彼だけは、この光景にある程度の納得をしているらしい。

俺と同等扱いされている人間が、これぐらいできても不思議ではないのだろう。

確かにさっきまででも大分派手ではあったが、近衛兵が十人ぐらい集まれば普通に倒せそうだしな。

「あの……サンスイ様、いざという時はお願いします」

「ええ、お任せを」

「できるだけ、早めに……」

ツガーがとても心配そうにしている。

確かにはたから見ても、今の祭我は大分興奮状態だ。

悪血を最大に発揮しても、緊張具合などによっては普段よりも冴えた精神になることはある。

しかし、不安定になりやすいという悪血の弊害は、今の祭我には最悪手前状態だった。

要するに、普段と比較しても、とても興奮しているように見えるのだ。

『ぐるぁああああああああ!』

咆哮する祭我の体から、複数の祭我が飛び出していた。

神獣になっている本体自身と違って、一応人間の大きさを保っている。

おお、そんなこともできるのか。意外と考えてるなあ、と感心する小技だった。

四体の分身は、狂戦士になっているランを包囲し突撃していく。

神獣になると小回りが利かなくなるので、発勁を習得している狂戦士を相手にするとやや不利なのだが、その点を通常サイズの分身で補っているのだ。

悪血のおかげで分身の動きも精度がいい。たぶん先行入力じゃなくて、遠隔操作型だな。

「はぁあああああ!」

気功剣や発勁による攻撃力強化、悪血による身体能力強化、それらをエッケザックスで増幅している今のランは、複合強化している祭我の分身を破壊できている。

というか、よく考えたら今の祭我の分身はかなり悪質だ。影降ろしの分身はある程度損傷を負うと消えるのだが、法術で身を守っているのでそう簡単には消えない。熱や雷の魔法を当てれば消せるだろうが、悪血と王気で強化しているので俊敏過ぎて範囲の狭い上位属性を当てることは困難だろう。

それを、全身の力と気功剣と発勁を込めているとはいえ、一太刀で両断できるランがおかしい。

エッケザックスはやっぱり強力なんだなあ、と思いつつも、しかしその切り込んでいる隙を狙って祭我が突撃すれば、流石に対応できなかった。

「発勁、震脚!」

『させるか!』

全力で切り込んで、前傾になっているラン。彼女はその乱れた体のまま震脚を撃って逃れようとするが、予知でその回避方向を読んでいた祭我が分身を回り込ませて衝突させる。

分身もろとも、燃え盛る狼は体当たりをして、大柄ではない彼女をそのまま吹き飛ばしていた。

まさに、それこそ交通事故。天に高く舞い上がった彼女は、そのシルエットだけでも体が損傷していることが分かった。つまりは、体がぐしゃぐしゃになっていた。

「……見事だ」

悔しそうに、スナエがそう呟いていた。

そう、吹き飛んでいるランだが、首とエッケザックスを握っている手だけは守っていた。

着地、というよりは地面に衝突するであろう場所に、祭我は分身を配置して追撃の構えをとっている。

しかし、着地するまでのわずかな時間で再生を終えたランは、痛みなど忘れたように空中から反撃に転じていた。

「気功剣法、十文字!」

エッケザックスの刀身から、なにかもやもやとしたものが沸き上がっていた。

それは仙人の知覚によれば、気功剣のオーラというべきものそのもので、それが刀身を肥大化させているようだった。

そう、これが本当の意味での気功剣法、十文字。十字槍の如く、通常の刀身から横側へ気血の刃を生み出すもの。

ランのもつ膨大なエネルギーとエッケザックスの増幅によって、ありえないほどの巨大な刃を形成したそれは、地上の分身を空中のまま薙ぎ払う。

「受けるだろうな……だが!」

それを、分身たちは四器拳で受け止める。

如何に増幅しているとはいえ、所詮は無属性魔法。それがあらゆる希少魔法の中でも最強を誇る、四器拳の守りを突破できるわけもない。

しかし、分身たちの動きは止まっていた。

着地までの隙を作った彼女は、悠々と地面に降り立って……。

「くっ……!」

分身が爆毒拳によって爆発させた地面により、視界を封じられていた。

いや、本当に質が悪いな祭我。見ててランがかわいそうになるほどだぞ。

いやもちろん、その状況でも全くひるまないランもたいがいではあるのだが。

「ふっはああああ!」

全身から放つ、増幅された発勁。

それによって土煙を吹き飛ばし、分身さえも押し飛ばす。

そして、その隙を狙って放たれた、武装している神獣を迎え撃とうとする。

「震脚! 十文字!」

流石に両断とはいかないものの、その巨体を吹き飛ばしながら半分まで切り込んでいた。

法術の鎧を切り裂き、王気の巨体と悪血の強化をものともせず、最強の神剣は神獣を打ち破る。

『おおおおああああああ!』

その『分身』が消えて、その背後から本命の本体が突撃する。

神獣の分身を牽制として放った祭我は、その硬質化した爪で切り裂こうとしていた。

「ちゃりやあああああ!」

返す刀で、不十分な体制から再度迎撃するラン。

両者が同時に吹き飛び、回転しながら着地していた。

ランというか狂戦士の弱点、限界は、自己治療によって悪血を使い切ることにある。

自分の体の傷を治せることこそ、悪血の最大の長所ではあるのだが、怪我の具合によっては膨大過ぎる悪血も消費しきってしまう。

だが、今のランはエッケザックスを装備している。

悪血の効果を増幅させるということは、自分の体の損傷に必要な悪血の量が少なくて済むということ。

それでも限界はあるだろうが、被弾を抑える工夫ができる今のランなら、一対一で使い切ることはまずない。

それに対して、祭我は悪血の量が乏しいし、強化増幅できるエッケザックスもない。

だからこそ、元々の防御力が生きている。二年以上前に俺と戦った時と違って、今の祭我は法術の防御力が上がっている。

神獣になっていることもあって、不完全な体制からの攻撃を受ける程度なら、怪我が軽くて済むのだ。

「二人とも、良く戦っていますね」

俺は素直に褒めていた。二人とも俺と戦って負けたときとは、比べ物にならないほど強くなっている。

これが、師匠が俺に託した理想の姿なのだとしたら、なんとも皮肉な話ではある。

一度も屈辱を味わったことがない俺が、他人に敗北を与えることで強くさせるなど。

負けたことは失うことと同義ではなく、失わないのなら次がある。

一度倒した相手にまだ伸びしろがあったことに気づき、それを見ることができなかった我が師の苦悩。

戦うことそのものが目的である、仙人の傲慢ともいえる理想だった。

まだ弱いから、殺さずに倒す。

鍛えてあげれば、もっと強くなれる。

それは、ある意味では……クローもやったことなのだろう。

結局師匠の理想は、誰もがやっていることなのかもしれない。

「あ、あの……本当に、止めなくていいんですか?」

「まだ二人とも冷静ですから……正直に言えば、止めるに止められません」

ツガーが縋り付いてくるが、それでも断るしかない。

今止めようとしたら、流石に太刀打ちできない。

正直に言って、今の祭我もランも、俺の手には余る相手であり強者だった。

もう少し待って、気が緩むのを待つしかない。

「あの二人を今まとめて止められるのは、師匠ぐらいなものです」

クローの部下たちは、完全に戦意喪失していた。

流石に今の二人を見て、切り札である二人を見て、太刀打ちできるとは絶対に思えまい。

それが元々の目標だったので、それはすでに達成されている。

あとは、いつ止めるかだった。

「そ、そうですか……すみません」

「いえいえ……力不足で申し訳ない」

いや、本当に師匠って何なんだろう。

今の二人は大分無茶苦茶なのに、師匠と戦ったら短期決戦でもボコられて終わりそうだった。

いや、それは今に始まったことじゃないな、うん。

それは置いておいて、ふと思ったことをツガーに伝えておこう。

「祭我様は本当に強くなりましたが……貴女がよくお分かりのように、それだけではありません。分別がついてきました。そうでなければ……もう少し別の方法を選んでいたでしょう。それこそ、バトラブの利益を度外視して、自分が気持ちよくなる手段で相手の正当性を打破する形を望んでいたはず」

「それは……そうかもしれません。それも、サンスイ様のおかげだと思っています」

「いえいえ、それは貴女の功績です」

お互いの手の内を知っている二人は、全力でぶつかり合っていた。

激高しているように見えて、互いの命や周辺被害に関してはきちんと気遣いができている。

だが、それも長くは続くない。それに備えて、俺は金丹を飲んで多少自己強化しておいた。

「貴女は、とても普通の女性だ。その普通な感受性が、呪術師の家系ではつらい物だったと想像はできます」

「はい……家業の大事さはよくわかっていましたが、それでも私にはできませんでした」

「資質と気質は必ずしも一致するものではありません、仕方がないことでしょう。ですが……貴女の普通さが、祭我様には必要でした」

体が成長する違和感も、最近は慣れてきた。

当然年相応ではないが、戦闘に最も適した肉体へ変化していく。

「集団で最も恐ろしいのは、思考の硬化です。柔軟性を失った組織ほどもろいものはありません。それは、頑固な個人よりも質が悪い」

ある意味当たり前で『普通』のことではあるのだが、俺と祭我が再戦することに、再々戦することに、ツガーだけは反対していたという。

ただ試合で負けただけの相手に、なんで何度も挑むのか。そんな当たり前の考えが、彼女以外の全員ができていなかった。

ただ悔しいというだけで、試合の結果を受け入れられず、勝敗を覆そうとしていた。その異常に、あってはならないことに、彼女だけが抗議していたのだ。

それは、とても大事なことである。祭我にとって、必要なことである。

「たしかに、組織や集団の中で異議を唱えることは、排斥の対象になりかねない。連帯感に支障をきたし、不和の原因にもなりえる。ですがね……組織の結束力がどれだけ強くても、外部の人間にそれは通じないんですよ」

それが、クローの部下には決定的に欠けていた。

同じことを考えている人間しかいないうえに、同じ境遇で同じ地方の人間しかいないからこそ、客観視がまるでできていなかった。

クローの場合はそうでもなかったが、クローの部下は彼のことを特別扱いしてしまっていた。

「人には、肯定してくれる人が必要です。ですが……周囲に全肯定してくる人間しかいない、などとは、とてもではありませんが健全からほど遠い」

さて、そろそろだ。

二人だけの世界に突入している二人を眺めながら、ランを寄せる機を探る。

「これからも、今のままの貴女で、祭我様のそばで支えてあげてください」

「おおおお!」

『があああ!』

「縮地法、牽牛」

俺はランの頭をつかむ形で、彼女を縮地で引き寄せる。

そのまま頭部へ直接、揺さぶる形で……。

「発勁」

「あ……」

「いい加減にしろ、お前」

ランは確かに強くなったが、防御力そのものはそこまでではない。

如何にエッケザックスで悪血を増幅しているといっても、頭を直接つかまれて揺さぶられては、流石に気絶するしかない。

一応俺も金丹で強化したが、しなくてもそんなには変わらなかっただろう。

「サンスイ……殿、ですか」

「ええ、その通りです」

二人の戦いに見とれていて、唐突に終わったことに驚いているクロー。

彼の部下たちも、いきなりランが消えたこと、俺が彼女を気絶させて抱えていること、俺が大きくなっていることで混乱している。

確かにあれだけの暴虐を尽くしていたランが、いきなり俺の手元で気絶していれば、混乱するしかないだろう。

気絶しているランの手から、エッケザックスを抜いて、気まずそうに戻ってきた祭我に返す。

ランに関しては、取り巻きの面々に渡していた。

「サンスイ殿……そのお姿は、もしや、本来の……」

いいえ、ドーピングです。

驚嘆しているクローに対して、俺は祭我と同様の引け目を感じてしまうのだった。