軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

年季

誰でも希少魔法が使えるようになる道具。

それが量産できるというのであれば、その作り手が一人しかいないのであれば、それをさらおうと思う国が現れても不思議ではない。

気難しい職人らしいことに、深い森の中で過ごしている。それを知って、襲撃を仕掛けることはとても当然のことだった。

いわく、この国最強の剣士の師匠でもあるらしい。相応の準備を行い、精鋭を揃えていた。

「この森か……やはり広く深いな」

「問題ない、人がいれば必ず痕跡は残る」

二人の男は、いくつもの『影』を連れて森の中へ入っていく。

周辺に街らしい街もない、原生林の生い茂る人外魔境。

その中へ入っていく彼らは、この森で暮らすという希少魔法の道具を作る職人を拉致すべく、ある国から送り込まれていた。

彼ら自身も一流の魔法使いであるが、それ以上に彼らのあとから続く『影』こそが勝算にほかならない。

いかに相手が強力な希少魔法の使い手でも、なんの問題もなく捉えることが出来るはずだった。

湿度も高く、足場も悪い。

なにより道らしい道もない。

その森の中を、彼らは進んでいく。

ただ進むのではなく、人の痕跡を探しながら進むのだ。

彼らは油断も慢心もなく、道なき道を進んでいく。

仮に何がしかの伏兵がいたとしても、即座に対応するためだ。

一応、事前に下調べはしている。しかし、奇妙なことに途中までは人の痕跡があっても、ある程度進むとなくなってしまうのだ。

手早く戻ることにしているのだが、今回が失敗に終わった場合は彼が森を出る瞬間を待つしかないだろう。

「この辺りは獣も多い、この『人数』で襲われることはないと思うが……」

「そうだな、無駄な労力は避けるべきだ」

彼らは本職だった。

そこいらの安いカネで使われるような、そんな犯罪者とは程度が違う。

国家という組織が利益を確保するために、汚れ仕事を完遂させられる人間を幼少のころから育てていた。

ただ強いだけ、ただ魔法が使えるだけではない。多岐にわたる専門的な知識があり、多くの技能を備えた『超人』であり、その装備も超一級。

彼らの後に続く『影』たちは、国家が彼らに与えた裏切らない暴力であり、たとえこの国にいる同数の精鋭と戦っても負けないほどの戦力だった。

用意できるだけの準備を行い、そのうえで彼らの心中に油断はない。

警戒を怠らずに、できるだけ周囲に情報を残さないようにしながら、しかし時間を費やさずに前進する。

そして、そのうえで彼らは理解していた。

ここで『スイボク』という希少魔法の使い手が生活している以上、地の利はそのスイボクという男にあるのだと。

「ほほう、儂を探す客のようであるな」

「あわわわ、スイボクさん、スイボクさん! どうみてもまともな人じゃありませんよ!」

「まともというのなら、儂が一番まともとは程遠かろうよ」

だからこそ、彼らは驚かなかった。

若い女性、戦闘的ではない魔法使いを連れた、一人の少年が音もなく現れても、驚くことはなかった。

スイボクという男の情報は多い。しかし、その多くが眉唾以前のものばかりだった。

しかし、ほぼ確定しているのは容姿の情報である。

黒い髪に黒い眼をしており、粗末で薄い布でできた服を着ていると。

外見は幼子と若い男の姿、両方に変わることができるのだと。

「「二人とも捕まえろ」」

二人は迷わずに捕縛を指示していた。

それによって、彼らの背後にいる十数体の影はありえないほど素早く障害物を乗り越えながら、その巨体を動かしつつ二人に襲い掛かる。

「きゃああああああ?!」

女性は絶叫してスイボクに縋り付き、彼の行動を阻害していた。

仮にスイボクが戦闘的な希少魔法の使い手だったとしても、彼女という足手まといのせいで十分な力は発揮できないだろう。

そして、スイボクは現状を把握できているのかも怪しいほどにこやかに笑いながら、腰の木刀を抜いていた。

「気功剣法、十文字」

「内功法、石鏡」

「外功法、崩城」

「外功法、玉突」

何が起きたのか、二人にはわからなかった。

けしかけた影を魔法で援護する準備はできていたが、すべての影が完全に停止する状況は想定していなかった。

「ゴーレムとは懐かしい……二千年ぶりかのう」

「ご、ゴーレム?! こんな大きさなのに速く動けて軽いゴーレムなんて、アルカナ王国にはありませんよ?!」

起きたことは単純だ。スイボクにもっとも接近した影が、スイボクの振るう木刀に触れた瞬間、関節が崩れるようにバラバラになり、そのまま弾丸のようにはじけ飛んでいた。

それらは森の木々に当たることなく、狙いすましたようにすべての影に命中していた。

胴体を破壊されたものもいるし、頭部を破壊されたものもいる。

しかし、等しく同時に、スイボクの一薙ぎによって『壊滅』していた。

二人は迷わずに、最大速度で風の魔法を使って離脱していた。

いったん森の木々の上まで上昇して、そのまま森の外へと向かう。

その鮮やかな逃走とは裏腹に、心中は混乱を極めていた。

今回作戦に投入した影は、彼らの所属する国家が膨大な費用によって完成させていた次世代の兵器だった。いずれ遠からず戦場に投入されて、敵国の兵士を蹂躙するはずだった。

それが如何なる希少魔法によってか、一撃で十数体、まとめて完全破壊されていた。

ありえない、人間よりもはるかに頑丈で、痛みも感じない不死身の兵士のはずだった。

しかし、破壊されたのなら仕方がない。

影を簡単に破壊できる使い手がいる、という情報を持ち帰る義務が生じた。

これは宝貝を製作できる人間を拉致すること以上に、国防にかかわる問題だった。

どうやって破壊したのかなど、彼らは考える必要がない。

それはまた別の人間が調べればいいことのはずだった。

いそげ、いそげ、もうすぐ森を出ることができる。近くに馬を止めているので、それまで魔力が持てばいい。

風によって飛翔する彼らは、事前に計画していた通りに逃走ルートを使用するつもりだった。

「縮地法、牽牛」

突然、視界が切り替わる。

彼らは森の上空を飛行していたはずだった、しかし突如として森の中に戻っている。

「気功剣法、毛釘」

そして、体がマヒして動かなくなっていく。

魔法を使って空を飛ぶどころか、這うことさえできなくなっていた。

「鍼灸法、糸切」

彼らはうつぶせになりながら、森の泥にまみれつつ横たわっていた。

何が何だかわからない彼らは、かろうじて、全力で歯を食いしばるのがやっとだった。

「つ、捕まえたんですか?」

「うむ、しかし様子がおかしい。こ奴ら、服毒しておるな」

「毒?! 毒って……自殺したんですか?!」

彼らは己を命を絶つことをためらわなかった。

この国には呪術師がいる。偽りの情報をもたらして混乱させることもできないと知っている。

作戦が失敗したのなら、彼らは国のために仕込んでいた毒薬によって自決しようとしていた。

否、自決したのだ。

「然りである。しかし、こうした密偵は進歩がないのう、二千年以上前から進退に窮すると簡単に命を絶つ。己を粗末にし過ぎというものじゃ」

「一体、どこの国の人だったんでしょうか……このゴーレム、とても高価だと思うんです。相当力のある国の兵器ですよ……」

「それは今からこ奴らに聞くとしよう」

毒の激痛が全身を駆け巡るが、それも長く続かないと知っている。

ある意味楽に死ねるこの毒は、速やかに意識を奪うからだ。

「蟠桃を使うんですか?」

「否、そんなことをする必要などあるまい。普通に中和するか解毒すればよかろう」

意識がもうろうとしていた彼らは、服を脱がされて仰向けに姿勢にされた。

そのうえで、冷たくなっていく体を触られていく。どうやら毒の症状を調べているようだった。

「仙術ではなく薬学であり鍼灸術である。儂が業を修めた花札では、整体を含めて医に通じる術を極めんとする仙人も多かったのでな。これも武に通じるかと思い学んでおいたのじゃ」

「では、私たちでも使えるんですね」

「無論である。興味があるのなら、後日教えて進ぜよう。儂に術理を教えてくださった師たちも、それを悪いようには思うまいしな」

二人は戦慄していた。

言葉を発することもできず、眼球を動かすことぐらいしかできないが、心中は焦っていた。

自分たちは治療されている。このままでは自分たちから情報を抜かれてしまう。

それだけは、それだけは避けねばならなかった。

スイボクを回収して合流するはずだった、近辺の街に潜む仲間が捕まってしまう。

そのうえ、アルカナ王国と祖国の関係が悪化してしまうのだ。それだけは、それだけは避けねばならない。

「さて、そろそろ口を割らせるか。自立呼吸も可能であろうしな」

せめて、時間を稼ぐ。

仲間が自分たちと合流する時間を過ぎて、失敗したと判断して逃走するまでの時間を稼ぐ。

二人は決して言葉にできなかったが、互いにその決意を固めていると信じて、踏みとどまろうとしていた。

「発勁法、母胎。胎児のころの記憶を呼び覚ます波長である、体の力と心の力を抜くがよい」

その決意は、春の雪のごとくたちどころに溶けていた。

「スイボクさん……そんなこともできるんですか」

「伊達に千年修行しておらんわい。ほれ、おぬしらの所属と儂をさらった後にどうするつもりだったのかを言うがよい」

彼らは検討もせずに、虚偽だと判断していた情報がいくつもあった。

いわく、スイボクは森を浮かせることができる。

いわく、スイボクは天候を自在に操れるという。

いわく、スイボクは切り札たちさえも凌駕する力を持っている。

いわく、スイボクは叡智を蓄えており、あらゆる術を使うという。

そんな情報が、一切誇張なく真実だとは、夢心地の彼等は夢にも思っていなかった。