軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

仙術

「死にたい……」

席に戻って座り込んだ祭我はものすごく落ち込んでいた。

普段ならあそこまで興奮することはなかったのだが、それでも明らかに何かが振り切れていた。

「おそらくですが、精神的に楽になっていたことがあるのでしょうね。相手がフウケイ殿や師匠ではなく、ごく普通の相手。それを前に、相手への優越感が普段のうっ憤となってたまりこんでいたものが、噴き出たのでしょう」

「山水……分析ありがとう」

「修行が足りませんね、公の場で使うには悪血の習得が足りません」

「……正直に言うけど、お前に頭をつかまれて抑えられる可能性もあった」

「度を越えていれば、そうしていました」

最悪の場合、山水が止めてくれるだろう。

それが安易な暴走を引き起こしていたのかもしれない。

とはいえ、最悪の一線は越えなかった。

もちろん、その最悪の一線がだいぶ低いことは否めないが。

「どうして俺って、そこそこ勝負になる相手と戦えないんだろう……」

落ち込んでいる祭我は、すねたようにそんなことを言っていた。

「一生懸命頑張れば、なんとか勝てる程度の相手と戦って勝ちたい……」

山水とかフウケイとかスイボクとか、祭我のインチキさをもってしても歯が立たない相手と戦ってしょっちゅう負けている。

「なんで絶対に勝てない相手とか、勝っても面白くないし自慢にならない相手とばっかりと戦ってるんだろう……」

「それは失礼ですよ、相手は第六戦にふさわしい技量をお持ちだったと思います。心が既に折れていたため、実力を出すことはできていませんでしたが。エッケザックスの作戦勝ちといったところですね」

山水が褒めるものの、己の主同様にエッケザックスも落ち込んでいた。

何もかもうまくいっていたが、その結果自分が放置である。なんでこんなことになってしまったのか、生真面目な彼女にはわからない。

「もうわかってしまった……そのうち我はまた捨てられるのだ……強くなったら我は用済みなのだ、ダインスレイフの言うとおりだったのだ……」

トラウマがよみがえったのか、どこまでも落ち込んでいる。

彼女の哀しみは、どこまでも深かった。でもまあ、仕方がないといえば仕方がない。

「さて、私の番ですね」

腰に木刀を下げている男が、気負うことなく立っていた。

今まで戦った戦士の中で一番若く見える男が、全員からの信頼を背負いながら試合に臨もうとしていた。

この世の誰よりも、全てを任せられる『切り札』が総大将として前に出ていた。

「サンスイ」

その彼の背に、彼の主であるドゥーウェが声をかけていた。

「飽きたわ」

「……」

誰がどう見ても、誰がどう聞いても、彼女は全面的に飽き飽きしていた。

「相手を一方的に打ちのめして叩きのめして、泣かせて絶望させて……それが楽しいのは最初だけよ。六度も繰り返せば、さすがに冗長だわ」

所作が、言動が、それを示していた。

「これでハーン王のお体がよくなると思う? これならおいしいお肉とお酒を、私が食べさせてあげた方がずっといいわ」

その声が、絶望で静まり返っている会場に不思議と響いていた。

「命じるわ、さっさと終わらせなさい」

「……承りました」

その横柄で傲慢な言葉の中に捉えられないものを、秘められた気配を、山水は感じ取っていた。

「お嬢様」

「何?」

「少々余計な遊びをいたしますが、飽きさせることなく速やかに終わらせます」

派手に戦う必要はない、地味に見えてもそれはそう命じられたから。

言い訳の余地をもらった山水は、観客全員の注目を浴びながら前に出た。

アルカナ王国最強の戦士。

凶憑きやすべての資質を持った男よりも、強いと言い切れる男が試合をしようとしている。

下手をすればこの地の全ての者が巻き添えで死ぬのではないか、と案じているのかもしれない。

静かな男は、質素な服装で試合会場に進み、中央でいきなりハーン王の席の前で座っていた。

地べたに正座して、ひれ伏していた。

それがこの国の礼儀ではなくても、最大の礼儀であることは目に見えて明らかだった。

「我が祖国の礼ですが……この度は、私に誉ある御前試合にて、最後の一戦を戦うことを許していただき、誠に感謝しております。改めて、ハーン王に感謝を」

それは、さほどおかしなことではない。異国の戦士が、自国の王に最大の礼を尽くすのは当然だった。

しかし、先ほどまでの戦いによって心を折られていた面々は、それに驚いてさえいた。

「……シロクロ・サンスイ。お前が、アルカナ王国最強の戦士、ということか」

ハーン王は先ほどの祭我の暴走を見て、もしや彼もそうなのではないか、と疑ってさえいた。

それを否定するように、山水はあくあまでも静かに礼を尽くしていた。

「はい、アルカナ王国では恐れ多くも、トオン王子や祭我様へ指導をさせていただいております」

トオンはこの国では敵なしとされた剣士だった。

影降しであるがゆえに神降しに及ばなかったものの、国中や諸国から剣士として尊敬されていた。

その彼に、幼さの残る剣士が指導するなど考えられなかった。しかし、それは第五、第六戦の試合を見るまでの話であった。

「先ほど祭我様が興奮し、心にもないことをおっしゃっていましたが、それも私の至らぬが故でございます。アルカナの名誉のためにも、恥じることない戦いを行わせていただきます」

「……そうか、息子が世話になっていたらしい。今後も任せていいのか、この一戦で見させてもらう」

「快気を願いまして全力で戦わせていただきます」

静かに立ち上がって、最後の戦士は対戦相手を見据えた。

落差があった。今までの猛りに満ちた戦士たちとは異なり、ただそこに立っているだけだった。

腰に木でできた剣を下げているだけで、これから戦うという雰囲気を持っていなかった。

それが不安を誘うのだが、演技にも見えないし看板だけが強そうに見せているとも思えない。

「スイボクの弟子にしてソペードの切り札、白黒山水、と申します」

矜持がある。声を張り上げることもなく、体を大きく見せる威嚇はなく、しかし語った言葉には確かな自信があった。

「バイゴウ国王女、バイゴウ=シヨキ、だ」

「よろしくお願いします」

もう語ることはない、と腰の剣を抜く。

それが木でできたただの剣であることなど、この場の誰にも分るはずもない。

しかし、バイゴウ=シヨキは目の前の彼のことを知っている。

つい先日、彼がどんな術を使ったのか、伝聞ではあるが聞いているのだ。

相手の位置を変える術、木刀の威力をあげる術を使う。

それは初見では対応できないものだったが、今は知っている。

少なくとも、先日の襲撃者ほどの無様をさらすことはないと思っていた。

「……!」

それでも、目の前に突然移動していれば、身が固まる。

予備動作も音も一切なく、バイゴウ=シヨキの前に突如として出現した山水。

木刀を持ったままたたずんでいる彼を前に、逆に彼女も攻め手が出せずにいた。

観客たちも来賓も、山水が移動したことに気づくまで数瞬という、戦闘中には長すぎる時間を要していた。

なぜ山水が動かず、ただたたずんでいるのか。

如何に神獣になっていないとはいえ、対戦相手の手が届くところに移動したのに、一切手を出さないのか。

それが分からないまま、彼女は祭我がしたように人間の姿を保ったまま体毛で体を覆う。

身体強化し、そのまま爪を振るおうとした。

「内功法、瞬身功」

当然、山水は遅かった。仙術によって速度を上げていたが、バイゴウ=シヨキよりずっと遅かった。

「気功剣法、十文字」

遅かったが、先にあたったのは山水の木刀だった。

木刀の切っ先が木刀を握っている手よりも早いのは当たり前だが、それを差し引いても山水の攻撃速度はバイゴウ=シヨキより遅かった。

それでも彼女の右腕が伸び切る前に、無防備な左腕に命中していた。

機先を制する。

術によって間合いを詰めた山水は、あえて彼女が反撃するまで待っていた。

待ったうえで、彼女が動き始める一瞬前に木刀を振るい始めていた。

彼女が無防備な状態から攻撃へ意識を傾けた一瞬をついて、不意を突かれる以上に無防備となった左腕に攻撃を当てられていた。

「……軽い!」

無防備な左腕が吹き飛ぶのかと思っていた、しかしただの打撃に対して強化された肉体は耐えていた。

さほどの痛みもなく、踏み込みながら右腕の攻撃を続行する。

それに対して、山水は膝を折りながら身をかがめて回避しつつ、頭上を通り過ぎるかという右腕を叩いていた。

「軽いぞ!」

全く無意味な攻撃をされている、とは思えない。しかし、間合いにいる以上攻撃するしかない。

踏み込んだ左足を軸にして右足で蹴り上げる。

当たるという確信があった。当たるはずだった。

当てるつもりで体重移動していた、全力で降りぬいていた右足。

空を切っていた。

第三者である観客たち、あるいは貴人を守る衛兵たち、そして実力者でもある貴人たちは見た。

一切手加減なく打ち込んでくるバイゴウ=シヨキの攻撃を、悠々と紙一重で回避しながら淡々と打撃を入れていく超絶の剣士の技を。

バイゴウ=シヨキが山水を見失う。第三者の目線を持たない彼女は、攻撃に使用している『 自分自身(バイゴウ=シヨキ) の腕や足』の影に隠れて回避した山水に対処できない。

手が届く場所にいる相手に触れない、鼻先に触れるかという距離にいる相手を見つけることもできない相手に、バイゴウ=シヨキは焦燥していく。

「ど、どこだ!」

山水を完全に見失った彼女は、うろたえながら左右を見渡していた。

確信があった。相手は何かの術によって身を移動させたのではない、ただ体さばきで死角に移動しただけなのだと。

それを裏付けるように、山水は一服しているような表情で彼女の背後で背中合わせに立っていた。

滑稽にも見えるそれを、誰もが冷や汗と緊張で瞬きもできずに見守っていた。

仮に、不完全とはいえ神降しとある程度追い付ける速度があったとして、相手を優越する技量があったとして、それをこの場で平然とこなし続ける神経が分からない。

「後ろか?!」

「そうです」

振り向く彼女に合わせて、振り向きざまに木刀で頭部へ打ち込む。

流石に頭部へ直撃すれば、軽く火花が脳内を飛び交う。それが不意を突かれたならば当然だった。

そこへ、畳み込むように連続で攻撃を行う。腕を、足を、腹部を、防御しようと抵抗する、木刀を掴んで封じようとする彼女に何もさせずに打ち込み続ける。

「がっ……!」

最初からできたことを、わざわざ待ちながら行う。

自分にこれだけの技量があるのだと、相手をあしらいながら掌で踊らせる。

速度はともかく、技量でいえば理解できるし納得できる。

一つ一つの動きは、単純でわかりやすい。

しかし、連続で成功させ続けるなど尋常ではない。

なすべきことを、最善の行動を行い続けることができる。それを人は理想と呼ぶ。

武術の基本を誰が相手でもどんな時でも『平常』に行える究極の境地。

「ぐ、があああああ!」

全速力で後方へ離脱する、バイゴウ=シヨキ。

体術の次元が違う、と理解できたのは当然だった。少なくとも、目の前の相手に格闘をするのは無謀極まりない。

不安は残るが、どのみち他に選択肢はないのだ。

王気を高ぶらせて、巨大な獣に転じる。

防御力を底上げして、ひるまないようにする。

この御前試合が始まるまでは一切疑っていなかった、四足歩行の獣に変化する。

『がああああああああああああああああああ!』

「仙術、外功法」

それを見届けると、山水は静かに腰へ木刀を戻していた。

目を閉じて、戦闘が終わったと、演出が十分だと判断していた。

「崩城」

『あーーーーーーーー』

見上げるほど巨大な獣が、崩れた。

慣用句として膝を折るとか、腰を曲げるとか、そういう問題ではない。

巨大になって四足歩行へ移行した彼女の、その肘関節や肩関節、手首足首。動物が行動するために必要な四肢の関節が、 全部(・・) 同時(・・) に『脱臼』していた。

言葉を失い続けていた誰もが、何の前触れもなく壊された彼女を見る。

神獣が解除され、地面にひれ伏している彼女を見る。

手足をもがれた虫の様に身動きの取れなくなっていた彼女を見る。

「バイゴウ=シヨキ様、これも試合の習い。どうかお許しを」

人体の重要な部位が、全部同時に外されるという激痛に、二重三重の意味で身動きもできない彼女へ山水は一礼した。

「ハーン王、これにて第七戦を終わらせていただきます」

その後、余りの結果に開いた口が塞がらないハーン王とその親族の集まっている席へ一礼する。

「お嬢様、お待たせして申し訳ありません」

最後に自分の陣営に一礼すると、そのまま試合会場に出る前と変わらずに平然と己の席に帰っていく。

地味、というにはあまりにも鮮烈な結果。

致命傷ではない、というにはあまりにも絶望的な結果。

剣術仙術、憂いなしと言い切れる男は底を見せることなく試合を終えていた。