軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

泣言

祭我は人間離れした姿になりながら、人間離れした表情を浮かべていた。

その場の面々を見下しながら、神から直接力を手渡された彼は、己の優位を隠すことなくすべての力を開帳していた。

「どうした、とっとと神獣になれよ」

「あ」

「俺に殺されたくないんならな!」

「ひっ……!」

およそ、これほど情けない神降しの神獣もいないだろう。

恫喝され恐怖におびえながら、生存のためだけに最大強化を行うなど前代未聞だった。

しかし、誰がそれをとがめることができるだろうか。

今までの五人とは格が違う。

燃えたち飛びあがっている銀色の狼は、二頭の分身を配下にして絶望を告げていた。

誰がどう見ても明らかだ、彼は今まで見た、あるいは初めて見る術を同時に単独で使用している。

影気、王気以外の全てを知らないマジャンや周辺諸国の面々も、前提として知っている。

一人の人間には、一つの力しか宿っていないはずだと。だからこそ、一人につき一つしか術はないのだ。

それをすべて同時に使うなど、余りにも前提が狂いすぎている。

まして、それが今までさんざん猛威を振るった、異国の技であればなおのことに。

「それでいい……これで、お前が死ぬことはなくなった!」

悪血を最大に活性化させた状態を常時保てるのは、凶憑きであるランだけだった。仮に一切傷を負うことが無く、最も消費の激しい再生能力を使用しなかったとしても、祭我が銀色の体毛をなびかせることができるのはせいぜい数分が限度。

悪血が尽きても火の魔法と法術だけで十分勝てる身ではあるが、それでも戦闘能力は激減する。

とはいえ、それまでには確実に勝負がつく。

既に決着を予知している、ということもある。

もう一つは単純に、今の祭我が凶憑きになっているからに他ならない。

本来祭我は、自分におびえている相手に対して大喜びで攻撃できる性格ではない。

しかし、これはスナエの指示であり誠意でもある。

どんな理由であれ、国を割ろうとする者を許すことはできない。

それは理解できる理屈だった。この場に右京がいたなら、それこそ皆殺しを指示していたかもしれない。トオンを王にするために内戦さえ起こそうとしている相手だ、それが利益ではなく恋愛感情であっても、相応の目にあってもらうのは当然だった。

だからこそ、意図して暴走する。

どのみち、ランと違って長くは凶憑き状態を維持できないし、最悪山水もいるのでどうとでもできる。

「ジェット、ナックル!」

火の魔法による加速、それによって全体重込めて飛び込んでいく。

三体まとめて、地上の流星となって眼下の獣へ着弾する。

『がっ……』

「この手ごたえだ……予知できない、殴った感触だ! これが欲しかった!」

暴力の愉悦に震える。

己の拳で敵を打ちのめす快感さえ増幅されて、顔が喜びにゆるんでいた。

あまりにも隙だらけな瞬間だったが、しかし反撃はない。

三体分の打撃、その拳の痛みは神獣に抵抗を許さない。

「さ、い、こ、う!」

祭我は油断していた。

予知うんぬんではない、相手が弱いと知っているからこそたるみ切っていた。

自制できていれば避けられる慢心は、しかしこの状況では適切と言えるだろう。

なにせ、これは御前試合。観客たちに己の強さを見せつけなければならないのだ。

何が何だかわからないうちに、対戦相手をズタボロにしても意味が無いのだ。

誰の目にも明らかに、わかりやすくズタボロにするべきだった。

「はっはっはっ!」

殺すつもりなら、体に触れた時点で爆毒拳を使えばいいだけだった。

無力化するなら、酒曲拳で前後不覚にして打撃を見舞い続ければよかった。

「優しく、優しく優しく、や、さ、し、く!」

だが、それをしない。

それをするつもりが最初からなかったから。

「優しくいたぶってやるよ! こんなふうになあ!」

本体が獣の頭部をつかんでいる間に、二体の分身が飛びのいて法術の壁を形成していた。

「ブライト・ジェットプレスぅうううううあああああ!」

法術の壁を前方に展開し、挟み込む形で火の魔法で推進しながら神獣を押しつぶす。

観客の誰もが、その攻撃が命中する前に目を閉じていた。

痛い、見ているだけで痛い。

『ぎゃっ……あああああ、ああああ……』

「おいおい、そんなに痛いわけがないだろう? 法術の壁は軽いからな、こうやって……」

挟み込んでいた法術の壁が同時に消え、代わりに本体が振りかぶった拳の周りに巨大な籠手が出現していた。

本来存在する意味が無い、光り輝く法術の攻撃用防具だった。

「ぶん殴って! も!」

『……!』

「効かないよな! 法術の壁や鎧は軽いから! 殴っても、殴っても、殴っても、致命傷にはならないよなあ!」

地面に降り立ち、両手を籠手で覆って打撃を行う。

既に心が折れている神獣は、なされるがままに受けるしかなかった。

「殺す、気、なら! 四器拳で殴るもんな! 殺意はないぜ! 全身全霊で、手抜き全開だ!」

軽い、と言ってる拳が降りぬかれるたびに、赤い血が飛び散っていく。

当然、地面を染めていく血は祭我の血ではない。

「楽しい! とっても楽しい! 鍛えた力で、敵をぼこぼこにするのは楽しいなあ!」

己を鍛え抜き、この試合に選び抜かれた女性の顔を、殴打する。

「お前も、そのつもりだったんだろう?!」

恋する男の前で、その顔を打ちのめしていく。

「俺のことを、こうするつもりだったんだろう?!」

当然のことに怒りながら、癇癪を起している。

「スナエの前で、恥をかかせてやるつもりだったんだろう!」

大きな声で、大きな拳で、圧倒して打ちのめしていく。

それは恐怖であり、相手の抵抗する気力を削りえぐるものだった。

「その爪で、牙で! 俺のことを引き裂いてずたずたにするつもりだったんだろう!」

最初から負けるつもりはなかったはずだ。

第一戦から第四戦まででその確信が失われ、第五戦では恐怖に変わっていた。

だが、それより前はそんなことを考えていなかった。

「俺に王気が宿っていないと思って! 俺に勝てると思って! 見下してたんだろう!」

それは普通のことだった、いちいち怒ることではないだろう。

だが、沸点が下がっている彼は、自分が下に見られていたことに耐えられない。

この程度の分際に、自分が劣っていたと思われていたことが許せない。

「今だって、俺のことを勘違いしているだろう! 俺が反則だって、でたらめだって、こんなの勝てるわけがないって思ってるだろう!」

二体の分身が、地面に手を触れていた。

爆毒拳の侵血が二人の足元に染みわたり、その足場を染め上げていた。

「俺が、今まで負けたことが無いとでも思っているんだろう!」

興奮が極まって、理不尽を通り越してただ愚痴を叫んでいるように感じられた。

それでもあらかじめ決めておいたように分身が動いていく。

上に乗っているものを、吹き飛ばす程度の爆発。

それによって、殴打されている神獣が土煙とともに上空へ舞い上がる。

「全ての力を宿しているから! それだけで楽勝だとでも思っているんだろう!」

多くの観客に見えるように、二メートルほどの高さの法術の『台』を作り出して、その上で打撃を加え続ける。

「んなわけ、ねえだろうがあああああああああ!」

『あっ……!』

「それならなあ! こんなに強くなるわけねえだろうが!」

『うっ……!』

「もっと強くなりたいって、思うわけねえだろうがぁ!」

『……』

「こっちは負けっぱなしだ、この野郎! 女の前で、情けないところを見せてばっかりだ! 傷ついてるし、恥かいてばっかりだ! しょっちゅう落ち込んで、何時もかっこよく勝ちたいって思ってるわ! ボケが!」

法術の台を解除して、上空から踏みつける。

地面に落としながら、火の魔法で押し込む。

「期待してたか?! スナエのお母さんが集めたから、こっちが気を使って負けてやるとでも思ったか?! ねえよ! そんな気はな、俺が使ってほしいぐらいだよ! 死ね!」

地面に倒れている神獣を、力任せに蹴り飛ばす。

法術ごしではなく、四器拳で足を強化したうえでの蹴りだった。

切断こそ不可能なものの、その強度は神獣を越えている。

「この戦いの後、スナエがお母さんと仲良くなるとかな、こっちは期待してねえよ! そんな都合のいい妄想で、こんなことするとでも思ってるのか!」

誰かに嫌われる、誰かに恨まれる、誰かに憎まれる。

それが悲しいことだということは、祭我もよく知っている。

スイボクでさえ、取り返しがつかないことだと嘆いていたことを知っている。

だが、誰かに嫌われることを、スナエもトオンも恐れていない。

そんなことよりも重要なことがあると、彼らは知っているからだ。

というよりも、誰にも嫌われずに生きていられるなど、そんな甘い考えはただの妄想だ。

「負けるのはみっともないし、カッコ悪いし、がっかりされるんだよ! お前もそうなるんだよ!」

地面に倒れている、ぼろぼろの神獣。

命惜しさに最大強化を維持している彼女のわきに、二人の分身が歩み寄った。

「俺は!」

爆毒拳に侵された、二体の分身が爆発する。

「スナエの男だ!」

爆風が終わった後、そこには倒れている女性の姿があった。

「スナエが望むなら、スナエの母親だって敵に回す!」

銀色の炎が収まり、そこには脱力した男が立っている。

「……俺は、『対戦相手』に優しくできるほど お人好し(バカ) じゃない。それは、一緒に戦ってくれるみんなへの侮辱だから」

びくりとも動かない、倒れた女性に背を向けていた。

「そうありたい、そうあるべきだから」