軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

霧影

第四戦、デイアオ=ヒンセ、 霧影拳(むえいけん) コノコ。

戦いをはじめようとしている両者を見ながら、スナエは自分が感じた世界の広さを故郷の家族に伝えていた。

「母上、神降ろしは確かに強大です。私は今でもその認識を変えていません」

「……よくも、そんなことが言えますね」

「ええ、言いますとも。少なくとも私は、あの場の四人に勝つ事ができます」

「それは、彼女達の手の内を知っているからでしょう?」

「では、母上。貴方は最初の戦士、四器拳に対してどう立ち回りますか?」

神降ろしの名誉を、公然の場で汚し地に落した。

その事実を前に、スクリンは怒りをあらわにしていた。

しかし、それも想定内。スナエは冷ややかに応じるばかりだった。

そして、四器拳に対してどう立ち回るべきなのか。その質問に対してスクリンは返事に詰まった。

そう、触れれば斬れる両手両足。それは神降ろしの爪と牙を遥かに超えている。

それを相手に、どう立ち回るかなど考えたこともないのだ。

「簡単です、人の大きさで戦えばいい。頭でも腹でも背中でも、両手両足以外のどの部位でも好きに攻撃すればいい」

「……それは」

「ええ、本来神降ろしという術にとって、人間の大きさのまま戦うことは未熟者の証です。影降ろしの使い手にも負けることがあり、きちんと神獣になれる者には勝ち目がない。ただしかし、それは結局のところ……神降ろしと影降ろしだけの話でしかないのです」

この地方には、影降ろしと神降ろししか定着していない。

だからこそ、今までは神獣以外の技は磨かれることがなかった。

しかし、違う相手に対しては違う立ち回りが必要なのである。

「母上、神降ろしと影降ろしには、明確な相性差があります。ですが、どうですか。仮に一般的な影降ろしの使い手が、四器拳の使い手や爆毒拳の使い手と戦うとしたら」

その想像は簡単だった。

分身を放ち、相手の出方を見る。

相手がどんな攻撃手段を使うのかを見た上で、更なる分身を放つのだ。

認めたくない想像が、価値観と一致しない結論が、速やかに脳内で描かれてしまった。

そう、初見の相手と戦うというのであれば、神降ろしよりも影降ろしの方が向いている。

加えて、少なくとも四器拳や爆毒拳と戦うのであれば、影降ろしの方が相性が良いのだ。

「認めろというのですか、神降ろしよりも影降ろしの方が上だと!」

「違いますよ……同列だということです」

「何が違うのですか?!」

「では、母上。この状況をみて同じことが言えますか?」

今目の前では、神降ろしの使い手が異国の戦士を相手に踏み込めずにいた。

その彼女の前で、コノコは己の似姿を大量に放つ。

『なんだ、ただの影降ろしか!!』

それを見て、安堵しながらヒンセは嘲った。

そう、影降ろしの使い手では、神獣に勝てない。それは絶対の摂理だった。

名前が違うだけで、実際には同じ術だというのなら何のことはない。全く慌てることなく、その無駄な攻撃を前に身動きもしなかった。

多くの分身が殺到してくるが、しかしそれに向かって叫ぶ何者かがいた。

「違う、そいつは影降ろしの使い手ではありません!」

本来ありえざる、試合への助言。

悲鳴にも似た絶叫は、おそらく彼女の臣下の影降ろしの使い手であろう。

ある程度術を習得した術者は、同系統の資質を持つ者を見分けることができる。影降ろしの使い手は、コノコが影気を宿していない事だけは見抜けていた。

だからこそ恐ろしい。影気を宿していないにも関わらず、似たことができる。それは神降ろしにも通用する可能性があったのだから。

『な……?!』

影降ろしではない、という声を聞いてヒンセは身構えて……逆に驚いていた。

そう、影降ろしは実体のある分身を生み出す術だったが、今目の前に現れた大量の分身には実体がなかった。

幻血による術、霧影拳。それは対物破壊さえ可能な四器拳や爆毒拳、対生物に特化した酒曲拳とも違い、ただ単に幻影を投射するだけの術である。

この世界において、髪一本さえ動かすことができない『非力』を通り越して『無力』な術だった。

『な、なんだ……こけおどしか……!』

仮に人間が相手ならば、虚を突いて相手へ攻撃を当てることができる。

主に視覚で予知を行う亀甲拳に対しては非常に優位に立てるこの術は、神降ろしに対しては何の役にも立たなかった。

しかし、それは単品で見ればの話である。

「虚仮、と侮ったか」

もはや廃れた風習ではあるが、かつて霧影拳の使い手はその広い袖の中に凶器を隠していた。

乏しい攻撃力を補うために、隠し武器で敵を撃つ。それこそがかつて他の拳法の使い手と肩を並べていた戦闘民族の、本来の戦闘方法である。

もちろん、武器の威力は大きさと重さに比例する。毒でもあれば話は別だが、巨大な獣になった神降ろしの使い手を相手に、暗器など意味があるとは思えない。

しかし、彼女が持っている武器は あの(・・) スイボクが霧影拳の使い手の為に作り上げた宝貝である。

その道具の存在が、すべての前提を覆す。

「我が霧影拳を、虚仮と侮ったか……」

霧影拳の幻影は、確かに実体を持たない。しかし、相手の視界を塞ぎ隠したいものを隠すことはできる。

「 あ(・) り(・) が(・) と(・) う(・) 、おかげで楽に勝てる」

決して、早い動きとは言えなかった。避けようと思えば、避けることができたはずだった。

今、幻影に隠されて放たれた一本の 蔓(・) が、ヒンセの足を伝って登っていく。

目指すは動物の絶対的な急所、首である。

『な、なんだこれは?!』

「霧影拳……ではない。宝貝、蔓蛇。相手に絡みつき、そのまま締め上げるだけの単純な宝貝だ。とはいえ、所詮は仙術の再現。神降ろしが全力で暴れれば、引き裂くなど訳はない」

ただの事実として、神降ろしの奥義である神獣は、人間の発揮できる最大の筋力強化である。それが全力で暴れれば、仙術の縛りなど引き裂いて当然だった。

「一本や二本ならな」

かつてスイボクはテンペラの里を滅ぼした。

それを後悔した。あの里に存在していた拳法は、どれも魅力的だったのだから。

だからこそ、生き残っていると知って本当に喜んだのだ。その子孫たちに、多くの品を贈るのは当然だった。

「 千(・) 本(・) だ、さあ千切り切って見せろ」

隠されていた物があらわになる。

すなわち、地を這う大量の植物の群れだった。

その尋常ならざる量に、観客たちが恐怖した。

一本が既に彼女の首に絡みつき、強い力で締め付けている。

それが虚仮ではないと知ってしまっている。だからこそ、ヒンセは混乱してしまっていた。

『ぐ、ぎゃあああああ!』

その蔓から下がりながら、なんとか首に絡みついた蔓を切り落とそうとしている。

しかし、中々切り落とせない。確実に首を絞められているが、それを切ることができなかった。

「聞こえるか、その蔓を簡単にほどく方法を教えてやろう」

『かっ……かっ……』

体毛に隠れて皮膚に食い込んでいるそれによって、巨大な獣はもがき苦しんでいた。

どれだけ肉体を強化されても、脳への血流が止まれば生きてはいられない。そして、この戦いは死を前提としている。

「神獣化を解け、そうすれば体が小さくなるぞ。まあ、気絶すれば勝手に解けるかもしれないがな」

その助言が届いたのか、ヒンセは一瞬で縮小して人間の大きさに戻った。

同時に呼吸は楽になり、そのまま息を整えようとして……。

「しまいだ」

手に何かを握りながら、隙だらけのヒンセの顔に一撃を入れるコノコ。

その一撃で、気も力も抜けきっていたヒンセは地面に倒れて動かなくなっていた。

と、同時に地面を埋め尽くすか、という大量の蔓が一本残らず消えていた。

加えて、良く見なければわからないほどの、細かい何かをコノコは回収していた。

そう、この場に蔓など最初から一本もなかった。コノコは蔓を持ち込んでなどいなかった。

全ては騙すための幻覚に過ぎない。蔓蛇なる宝貝は存在もしていない。

「宝貝、 心中髪(しんじゅうはつ) 。これがお前の首を本当に絞めていたものだ。蔓と違ってとても細いだろう? これでお前の首を絞めると、肉に食い込んでしまって中々切れない。切ろうと思えば、自分の皮や毛ごと抉らなければならない。あとは、燃やすぐらいだな」

当然、そこまで無茶が効く代物ではない。

動かせる速度はそう早くないし、足に絡みついた時点で振りほどかれればそれまでである。

一旦首を絞め始めれば、それこそ普通の頑丈な糸と変わらない絞殺が可能にはなるが、単純に相手が厚着だったり鎧を着ていれば、それだけで無力になってしまう。

もちろん、自分の首に『手』が届きにくい獣の姿であったことも、少なからず影響していただろう。

「混乱していたこともあるのだろうが、これが現実というものだ」

一番軽い怪我で倒れた相手へ、勝者は残酷な言葉を送る。

「お前を倒すには、虚仮おどしで十分だったようだな」

王族の精鋭が、雑兵四人に全敗。その事実を前に、国民も来賓も静まり返っていた。

例えば彼女達が圧政者であれば、暴君であれば、或いはこの状況に喜んでいたかもしれない。

しかし、実際には皆が悲しんでいた。王気を宿す者が最強であり、王気を宿す者の中でも最も強い者が王になるのだと。

その王が国を治め、よりよい国を作っていくと信じていた。そして、実際にそうしていたのだ。

だからこそ、この状況に喜べない。むしろ悲しいのだ、王と共に国を支える王族の戦士が、力なく倒れていくこの状況が。

全七戦で、既に四敗。

それでスクリンに明るい未来など待っているわけもない。

仮にここから全勝しても、結局全体としては敗北である。

しかも、ここから先の三人は今までの四人とは比べ物にならない実力者ばかりだった。

七戦全敗の可能性が濃くなってきた。

「母上、王は強くなければなりません。ですが、王の強さは国を守るために在ります。まさか、こんな卑怯な真似をするなど、と王族が言うのですか?」

その母親に、スナエは現実を語る。

侵略者が現れて、卑劣な策を練って、それで国が亡ぶ。それで侵略者を卑怯者と罵って、それで国が戻ってくるのだろうか。

「別に、戦い方を変えろと言っているわけではありませんし、政治体系が間違っているというわけでもない。ただ、遠い異国にはこうした強い力を持った戦士達が多くいます。このまま、狭い世界で生きていれば……いつか悪意に満ちた敵に王は討たれ、大地は荒らされ、民は奴隷となるでしょう」

「これは、そのための戦いであると?」

「はい、国民や各国の王に見ていただきたいのです。一目見てわかるほどの未熟ものでも、油断し戦い方を間違えれば敗北をすることもあるのだと。加えて……」

第五の戦士、ラン。スナエの従えた戦士の中では、別格の強さを持つ女だった。

「人は、自分の意思で変わることができるのです。それを、ランを見ることで知っていただきたいのです」