軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

酒曲

この戦いはインチキだ、と大声で叫びたい衝動を多くの者が堪えていた。

マジャンの王であるハーンが、これが公正で公平である、と言わなければこの状況を力づくでひっくり返そうとしたものが出ないとも限らなかった。

誰の目にも明らかなことに、相手はあり得ないほど強かった。いいや、冷静になればわかることではあるのだが、とにかく神降ろしの防御力を凌駕していたのだ。

切断であれ爆発であれ、当たってしまえば、耐えることはできない。

それはこの場の面々にとって、どうしようもない事だった。

第三戦、ドンジラ=ガヨウと 酒曲拳(しゅきょくけん) カズノ。

その戦いに対しても、諦念が見て取れていた。もしや、このまま全員負けるのではないかと思い始めていたのだ。

同時に、誰もが王の掲げている『挑戦者を何時でも受け入れる』という言葉の重さを理解していた。

相手はこちらを知っていて、こちらは相手を知らない。こんな不公平な話があってたまるか、とは誰も言えないのだ。それは諸国の王を否定するに等しい。

この国は、未知に対して無関心が過ぎた。

世界は広いと知りながら、王気以外はすべて下に見ていたのが現実であった。

「……さて、ドンジラの王女よ。旅の間では滞在させてもらい、世話になったな」

『……黙れ』

巨大な虎に転じたガヨウは、しかし攻めあぐねていた。

目の前の相手が、どんな術を使うのかわからない。分からない相手に対して、どう立ち回ればいいのか彼女は知らない。なによりも、他の行動をとることが試合では許されなかった。

「礼だ、優しく倒してやろう」

『ほざくな!』

まだ、格上と戦う方がましだった。

全く知らない相手と戦うということが、どれだけ恐ろしい事なのか、彼女は考えてもいなかった。

自分の後方で、志を同じくしている姫たちの焦燥が感じ取れる。七人全員がまったく違う技を使うということが、どう動いていいのか彼女に判断を許さなかった。

これでは、用意した反則もまったく意味を持たない。

持久戦になるどころか、速攻で二人ともたおされている。こんな相手は想定外だった。

そして、既に戦闘は始まっている。何をしているのか、祭我や山水以外には見ることができなかった。

だが、既に術は始まっている。もうどうにもなりはしない。

「祭我様、見えていますか? 私は目視できませんが、貴方はみえるのでしょう」

「ああ、見えている……もう力場を飛ばしている」

控えの席から、二人だけが酔血によって構成された『見えない球』を見ていた。

それは最初カズノの周りで膨れ上がって、そこから粘り気を持つように変形しながら前へ飛んで行っている。

球は神獣になったガヨウをすっぽりと包むほど大きく、しかしぐにゃぐにゃと歪みながら頼りなく進んでいた。

「これもまた、武術。相手へ話しかける場合、こういう意図があることもあるのです」

「そういうことも考えて行動するのか、疑心暗鬼になりそうだ……」

相手の平衡感覚を狂わせる、恐れるべき力場。それが相手の困惑の隙をついて、そのまま着弾していた。

術の対象にぶつかると同時に、吸い寄せられるようにガヨウの全身を包み込む。

その時点で、勝負は完全に決していた。

『ぐ、な?!』

二足歩行に比べて、はるかに安定している四足歩行。それによって大地に立っていたはずのガヨウは、衆目の前で何の前触れもなくぐらりと崩れ始めた。

なんとかたたらを踏みながら持ち直すも、それでもどんどんよろめいていく。

まるでいきなり酒を飲まされたように、ふらついて足元がおぼつかなくなっていく。

「酒曲拳、念動粘球。お前は私の術中にはまったのだ」

『な、なにを……?!』

ほぼ無警戒で悠然と近づくカズノに対して、ガヨウはなんとか抵抗を試みる。

しかし、走り出そうにも歩くことさえできず、攻撃しようにも体を支えることさえ難しかった。

「我が酒曲拳は、相手の立ち上がるための感覚を狂わせる。とはいえ、王気を宿す者に効きは悪いが……流石に最大濃度で全身を包めば、無力化は可能だな」

カズノにとって一番されると嫌なことは俊敏に動き回って、狙いを付けられない状況になることだった。

もちろん運が良ければ当たることもあるであろうし、何よりも自分の周囲に展開すれば遠距離攻撃できない関係上、確実に術にはまってくれるだろう。

だが、相手は神降ろしであり、神獣。酔血の生み出す力場は、あくまでも平衡感覚を狂わせるだけでしかない。仮に相手が全体重を込めてぶつかってくれば、相手が途中で転んでもそのままぶつかる可能性はある。

加えて、神降ろしの場合その重量が半端ではない。相手を転ばせて、その相手に潰されてはたまらない。

『無力……だと、私が、無力だと?!』

「私達四人を相手にてこずり、敗北しようとしている。正に無力だと思うがな」

勝つべくして、勝つ。

それはつまり、見ている側も戦っている側も、余り楽しいものではない。

まして、負ける側にしてみればたまったものではないだろう。

だが、それでもやり遂げなければならない仕事ではあった。

『どいつもこいつも、おかしな術を……』

「おかしいか……確かにお前達から見ればおかしいのだろうが……いやはや、世間を知らないというのは、本当に滑稽だな。今ならあの時、私達がどう思われていたのかもわかる」

カズノは自嘲していた。

世界の広さを知らないこの場の面々は、強力で強大な自分達の強さにずっと酔いしれていたのだろう。

それは規模の大小はともかく、自分達とそう変わるものではない。

「おかしい術、程度に負ける自分を幸運に思うことだ。第五、第六、第七の戦士はこの世の絶望を教えてくれるだろうよ。それを味合わずに済む、お前は本当に運がいい」

両手に、色の異なる手袋をはめる。

草で編んで作られた粗末なそれは、しかしスイボクが作った『酒曲拳』の使い手の為の宝貝だった。

掲山手(かつざんしゅ) 、 落星手(らくせいしゅ) 。

使い手が意識した時に、掴んだ物を軽くする宝貝と、掴んだ物を重くする宝貝だった。

「痛い目を見るが……本当にお前は運がいい」

ふらつきながらも、何とか行動しようとしているガヨウは、しかしもはや自分の目に映っているものを正しく認識できなくなるほどに、前後不覚だった。

その彼女の背後に回り、その尾を掴む。

それだけで、誰の目にも明らかなほどガヨウは重量を失っていた。

未だに粘性の力場に包まれながら、風船になったように浮かび上がり体をじたばたさせていた。

「うわあ……」

平衡感覚を完全に喪失している上に、重量を失って地面に触れることができなくなる。

それをかつての自分と重ねた祭我は同情の念を向けた。

そう、このあと持ち上げられた彼女がどうなるのかなど、それこそ誰にでもわかることだった。

無言の観客たちは、思わず顔を手で隠していた。

そう、持ち上げられた『猫』が、この後どうなるのかなど考えるまでもない。

後はたたきつけられるだけだった。

「落ちろ」

本来以上の重量を突如加えられたガヨウは、平衡感覚を失ったまま受け身も取れずに地面へ落下する。

その高さこそ大したものではないが、姿勢がまったくでたらめであったことから、人間に戻った彼女は完全に骨折していた。

「……これで、全勝は決まったようなものか」

痛ましい静寂が、彼女を包んでいる。

自分は武装せず、相手に武装を許す。

相手の情報を探らず、自分の手の内を晒す。

その上で、公正で公平な勝負を行う。

その全てに勝利する。

それはとても正しく、美しい。しかし、誰もこんな光景を望んでいたわけではない。

本当にいろんな参加者が訪れることを望んでいたわけではない。ただ驕っていただけなのだ、マジャンもその周辺も。

事前に決まっている、一般的なルールにのっとっていても、誰もが目を背けたがっていた。この凄惨な負け星を。

「やっぱり、スイボクもサンスイもおかしい……」

カズノも隠れ里で育った戦士だ。相手が自分より格上だということはよくわかっている。

反則云々を抜きにしても、彼女たちは皆精強だった。

だが、知らないというだけで格下の自分達に翻弄されている。

スイボクがたどり着き山水に引き継がれた境地、自力本願剣仙一如。

その盤石さに改めて感服するカズノだった。

「百戦して一度負ける可能性があるのならば、それは実力差があるとは言えない、か」