軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

原形

蟠桃を食べたことでシェットお姉さんはつややかな笑みを浮かべていた。そりゃそうだ、若返ることができなかったとしても、お肌がぴちぴちのすべすべになって喜ばない理由がない。

とはいえ、いくら何でも喜びすぎだと思われる。

そんな彼女も、人妻なので実家に帰る必要があった。というか、ヒータお兄さんが首根っこを掴んで悦に浸っているお姉さんを馬車に乗せて帰っていった。

パレット様も正蔵も、その周辺の面々もカプトへ帰っていく。途中までは右京も一緒らしい。人参果を持ち帰ったので、きっと国の人は大喜びだろう。蟠桃も人参果も食べ過ぎれば危険らしいが、その辺りの事はダヌア本人が処方できるらしい。

さて、俺の御師匠様である。何をしているのかというと……。

「今日はサンスイさんの先生であるスイボクさんがいらっしゃってくださいました!」

「どうも、カチョウの弟子にしてサンスイの師、スイボクである」

余りにも当然のような流れで、学園長先生が引きこんできた。すげえ実力を感じてしまう。流石学園長先生、抜け目ないぜ。

一応金丹の術の使用した我が師匠は、学園内の運動場で大観衆を前に講義を行おうとしていた。

これもこの国への協力の一環という事だろう。俺と違って、戦闘に特化した術しか使えないというわけでもないし、ちゃんと学があるのだ。まあ、俺には教えてくれてないのだけども。

「これだけの人を前に指導をするとなると、やはり緊張してしまうが……まあこれも修行である」

俺の名前は売れており、同時に師匠の名前も売れている。

というか、師匠が森を浮かせているので、必然的に有名になっている。

なので、それはもうたくさんの人が学園に押しかけていた。

一応学生や教員が優先されているものの、身分が高いであろうお方もたくさんいらしていた。多分、席を買収したものと思われる。

「今日は仙術を実演してくださるということですが……」

「然り、我が弟子には剣ばかり教えておったが、これも何かの縁。儂が習得しておる仙術に関して説明をしようではないか」

師匠、俺は五百年経過しても教えていただいていないのですが、それはどうなんでしょうか。

「とはいえ……まずもって誤解から解いておこう。儂が弟子に見せた術は全部で四つ、発勁、気功剣、縮地、軽身功であるが……この内、仙気を用いねば発動できぬ術は縮地だけである」

……は?

あの、師匠、それはどういう意味でしょうか。

誰もがその言葉を聞いて、唖然呆然である。第一声からして、明らかにおかしなことを言っていた。

「特に、気功剣と発勁はそれこそ誰でも使える術理である。非合理ではあるが、習得そのものは仙気を宿さぬ何者であっても可能であるのだ」

じゃあ俺が仙術だと信じていたものは一体……。

「というのも、この双方はいずれも己の中にある力を未加工で出し運用しているだけの事。仙気特有の効果によるものではない。ただ掌から出しているだけ、ただ剣に纏わせているだけ故にな。というか……この二つは昔のこの地方では『無属性魔法』なる呼ばれ方をしておったが……失伝しておるのか」

「な、なんですって?! 王国設立以前に失われたという無属性魔法が、発勁と気功剣?!」

「然りである。それこそ何者でも使える術であり、地方によってはこれが極めて発達しておるのだが……やはり、魔力の運用が普及しておれば、淘汰されて当然ではある。なにせ、気功剣や発勁がそうであるように、魔法と比べて著しく威力が劣るのだ」

確かにそうだろう。俺がこの国で見た魔法の数々は、正蔵という最たる例を除いても人間一人を殺すには過剰すぎる威力を持っていた。

気功剣や発勁とは比べ物にならない威力であり、両方が使えるのなら魔法を覚えた方がよほどいいだろう。

「千人中千人が使える無属性魔法と、千人中九百九十人が使える魔力による魔法。それの優劣が如実なら、後者の方が生き残るのは必然である……これも適者生存の定めか」

「それじゃあ貴方もサンスイ君も、どちらも無属性魔法を誰にでも教えられるの?!」

「教えてどうする? 無属性魔法が淘汰されたのは、魔力を用いる通常の魔法に比べて大きく劣るからであると言ったはず。魔法が普及しておらぬ他の地ならまだしも、この地で教えてもなんの役にも立たぬぞ?」

そう言って、微妙に期待していたトオンを見る。

「サンスイはこの二つの基本を極めているといってよいが、威力は知っている筈。応用技がないわけではないが、威力の向上など些細であるぞ? まあ覚えないよりはマシであろうが……すべての面で魔法に劣っているといってよい。よほど他の術を教えられないならまだしも、そんなものを態々教える気はないぞ」

あの、師匠。そんな術を極めた俺って一体……。

確かに師匠が気功剣や発勁を使ったのって、草履を作るときとか木刀作るときでしたしね。

そもそも師匠が戦うところ自体を見たことがなかったわけで。

「加えて、軽身功と比較的近い技である瞬身功や豪身功は、凶憑きの模倣である。逆説的に言って、凶憑きが使えないとは言い切れぬ」

……俺はランを見た。というか、会場の視線がランに集まっている。

「何の因果かこの地には王気と悪血を宿す二人がいるが、その双方が肉体を強化する術であることは承知であろう。この二つは比較的近い性質を持ち、加えて仙気や聖力も近い性質を持っている」

それはそうだった。確かに俺も仙人としての気配察知能力で、なんとなく読み取ってはいた。しかし、近い性質を持っているからと言って、似たようなことができるとは思っていなかった。

「とはいえ……この地の法術使いが身体強化の術を習得することは薦められぬ。使えないわけではない、という程度であって本職には遠く及ばぬ。というか、聖力は特に特殊故、使うとすぐ疲れる上にまともに強化されまい。仙気をもって悪血や王気の真似事をしても、やはり消費が馬鹿にならぬし、持続して発動させるにはなにがしかの手立てが必要である。儂も若いころは集気法によってまめに回復するか、錬丹法によって予め備蓄しておく必要があったしのう」

なんか仙気だけできることがやたら多いと思っていたら、そんな理屈だったのか……。

「儂が弟子にまともな仙術、仙気でなければ成しえぬ特有の術を教えなんだは、はっきり言って『まともな仙術』が総じて『対人戦闘』にとことん不向きだからに他ならぬ」

師匠が軽く指を振るって、仙気を動かす。すると、学園の近くに浮き上がったままの森が近づいてきた。

会場はざわめくが、逃げ出したりしない。そりゃそうだ、師匠の術だってみんな知ってるからな。

「魔力を用いて魔法を使い、ああして森が動かせるかと言えば否であろう。しかし、別に我ら仙人が膨大な仙気を宿している、というわけではない。それは少しばかり違うのだ。確かに傍から見れば儂はあれほど重く大きい物を軽々と持ち上げているようじゃが、実際には尋常ならざる労力を割いておる」

会場に注いでいた日光が、完全に遮られた。真上に森が来て、蓋をした形である。

そのままではまずいと思ったのか、師匠はまた指をふって森を浮かばせていく。

どんどん上空へ浮かんでいき、そのまま影も小さくなっていった。

「我が弟子が己や触れた物を軽くする術を使えることは周知であろうが、こうして大地を浮かばせる術も原理から言えば同じである。ただ、費やした時間が違う。如何に自然が豊かとはいえ、あれほど巨大な森を地盤ごと持ち上げるとなると、数十年はその森の中で過ごし気血をめぐらせ、己の五体の如く御せねばならぬ。無論、長く過ごせば過ごすほどに、より自在に扱えるようになるわけじゃな」

そう、それが長い時間定住した仙人の決定的な強みだ。

仙人としては正しい言い回しではないが、自然を支配することでそのエネルギーを自在に引き出せるのである。

師匠がああして森を持ち運んでいるのも、仙気をあの森から引き出して強力な術を速やかに発動させられるからだ。

「さて、先日我が友フウケイが天を暗雲で覆いつくしたが……あれも強力に見えてそう簡単にいくものではない。さあ見せてみろ、と言われても儂をして早々見せられるものではない。数十年とは言わぬが、一月は待ってほしいところであるな。適当な雨雲でも見つかればその限りではないが」

師匠は仙術を何とか戦闘仕様にしようと苦心した。その師匠が一カ月というのだから相当だろう。

「つまり……仙術を戦闘に活用しようと思えば、数十年過ごした森に相手を呼び込むか、一月後に決闘の約束をした上で暗雲を作り雨降りしきる中決闘を行わねばならん。まあ儂の場合は何年か森にこもって、蟠桃や人参果を練ることの方が多かったがのう」

会場全体が、納得と呆然に満ちていた。

ぶっちゃけ王都近辺の者にとって、俺や師匠が見た目通りの年齢ではないことは、殆ど公然の秘密に等しい。

だとしても、師匠が何故俺に『まともな仙術』を教えなかったのかは誰もが理解していた。

というか、師匠がまともな仙術で戦っていたことに誰もが驚いている。ありえないほどの律義さと勤勉さだった。

術の修行に何十年もかかるのではなく、術の準備に何十年もかかるとか確かに想像できまい。

「結果だけ見れば神の如き力とも思うやもしれんが、実際には周囲の力を利用しているか、さもなくばひたすら時間をかけただけじゃ。まともな仙術は規模を膨らませることは容易でも、細かく精密に狙いを定めることや即効性というものが極めて欠けておる」

これに関しては、俺も師匠から習った。

仙術を使って相手を攻撃するぐらいなら、近づいて殴った方が早い。

そう、仙人が他の術者と戦闘を行うにあたって、圧倒的なアドバンテージとなる術はただ一つ。

「縮地、これを除いてではあるがな。虚空を操るこの術は、集気法や錬丹法、地動法や天動法と違って速やかに発動できる。豪身功や瞬身功、気功剣や発勁と違い、他の術の劣化版ということもない。故に、まともな仙術の中でこれだけは見せたのじゃ」

うむうむ、と師匠は頷いている。

なるほど、熟慮の末に今の戦闘法に至ったという事か。

修行開始当初は色々聞いてたけど、最近は俺も剣術に夢中になっていたし、改めて聞くと中々壮大だった。

「とまあその様な理屈でなあ、学園長殿には申し訳ないのじゃが『まともな仙術』を見せるとなるとああして森を浮かばせるのが手いっぱいであってな。まあ使えなくもないが……魔法に比べると地味でのう……派手な術となると下準備が必要過ぎる上に、範囲がやたら広くて軽々にはつかえんのじゃ。昔はそれでいくつも国を滅ぼしたし、流石にこりておるのじゃよ」

「い、いいえ! とても為になるお話でした!」

流石に学園長もあんなデカい森を自由自在に動かせる師匠に向かって、『国を亡ぼすかもしれないまともな仙術』を実演してくれとは言えまい。

国家反逆罪ってレベルじゃなくて、国の自爆スイッチを押すに等しい。

「宝貝をいくつか作っておるので、それが出来上がれば少しばかり面白いこともできようが、まあそれはまたの機会であろう。とはいえ、このまま講義を終える、となれば流石に心苦しい。なんのためにこうして広い場所に皆を集めたのかもわからんしな」

「い、いいえ、そんなことはないです。あとで詳しくお話をお聞きしたいぐらいで……」

「少々見栄えして、しかし規模が大きいことはなく、仙術の戦闘的優位を示せる術。やはり、いくつか縮地の技をお見せしたいところであるな。別に知られてどうという術ではないし」

そう言って、師匠は学園長先生の肩に手を乗せた。

余りにもさりげなかったので反応できなかったが、自分が何かをされるのかと気付いた学園長先生は硬直してしまっていた。

流石に、昔よく国を滅ぼした人に対しては、普通に恐怖を感じるらしい。というか、師匠が前置きしなさすぎである。

「縮地は位置を操る技であるが……こうして、触れさえすれば相手を離れた場所へ動かすことも可能である。これを縮地法、織姫という」

師匠の隣に立っていた学園長先生の姿が消えていた。

というか、運動場の端の方へ一瞬で移動していた。

いきなり周囲の光景が変わったので、学園長先生も大慌てである。

「しかし、触れていなければ動かせないかと言えばさにあらず。こうして相手を手元に引き寄せる術もある。これを縮地法、牽牛と呼ぶ。いずれも地面に固定されているものを対象とすることはできんし、余り多くても大きくても難しい」

今度は引き寄せていた。学園長先生は元の位置に戻っている。

これには観客も安堵して拍手していた。師匠の言うように、極めて分かりやすく、しかも派手ではない術だった。

「より高度な術として、退歩という術もある。これは非常に高度な割に使いどころが難しい術なのだが……ざっくり言って消える術である」

師匠はわかりやすいように学園長先生から離れると、そのまま姿を消した。そして、その気配がまったく感じられなくなった。

どこかへ移動したのではない、と俺にはわかる。しかし、会場の誰もが師匠の影を探してしまっていた。

「これは少しばかり分かりにくい術であったな……ようは一時己を世界から消して、攻撃などから身を守る術である。しかし、現れる瞬間のことなど術者にはわからんので隙だらけであるし、そもそも普通の縮地で回避した方が良い。面白い術ではあるのだが、儂も結局これを有効活用できたことがない」

見るからに駄目な術なのに、なんで習得したんだろう。

たぶん滅茶苦茶難しい術だし、相当時間がかかったと思われる。

面白そう、という理由で真面目に習得する辺り師匠は凝り性だ。

それを俺に引き継がない所は嬉しいけども、逆に引き継がな過ぎた気もする。

「では、最後に我が縮地の極みをお見せしよう。いいや、見せられないが……見せられないことを見て欲しい」

並べられたいくつもの的が、時間差なく粉々に粉砕される。

それを見て観客たちは唖然呆然として帰っていった。

きっと、誰もが帰ってこういうのだろう。

童顔の剣聖は自分が未熟だと言っていた、いつも師匠の方が凄いと言っていた。

謙虚なのかと思ったら本当に凄かった、嘘であって欲しいほどに化け物だった。

と。

いやあ、師匠は本当に次元が違うなあ。