軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不要

「正直、混乱と困惑がないわけではない。こちらに対して攻撃的ではないと分かっていても、スイボク殿に対して恐怖を感じていないわけでもない。だがそれはそれとして、話すべきことはある」

ソペード専用の部屋で、ソペードの関係者は集まっていた。

具体的にはソペードの当主であるお兄様と、ドゥーウェお嬢様、トオン。

ブロワとその兄妹、レイン、俺、スイボク師匠である。

ほとんど全員が、師匠の事を恐怖の対象として見ていた。シェットお姉さんはそうでもなかったが。

「まずは、ブロワ。お前の両親は息災であったか」

「はい、ご当主様から格別の計らいをしていただき、感謝の言葉もございません」

これが三流の悪役なら、ソペードがブロワの御両親を不当に扱い、実はブロワが騙されていたとかそういう話になる。もちろん、そんなことはなかったのだが。

ご両親もおっしゃっていたが、ソペードがその気になれば傘下の貴族など不当もへったくれもないのだ。普通に正当な手段で僻地に再度追いやっても、それを普通にブロワに伝えても、結局文句を言うことなどできないのである。

そういう意味でも、ブロワのお父さんは正しくまともに危機感をもって仕事をしていたのだろう。

「ヒータよ」

「はっ!」

「多少はマシになったな……期待がない。以前のお前なら、何かを勘違いしたのか私にいろいろと期待の目を向けていたが、それがなくなった。いいことだ」

ブロワの兄ということもあったのだろうが、どうやらヒータお兄さんはお兄様にも憶えられていたらしい。

微妙に冷や汗をかいて、ヒータお兄さんはうろたえていた。

「おそらく、ブロワやサンスイが何かを言ったわけではあるまい。この二人は弁舌の腕に長けるわけではないし、お前にとっては嫉妬の対象だからだ。であれば、あの凡庸な男から何かを伝えられたのだろうよ」

割とどうでもよさそうに、お兄様はため息をついていた。

「我がソペードは実力を重んじるし、失敗をした者には容赦がない。実力をある程度認めれば、重用することもある。お前の妹やサンスイがそうであるようにな。しかし、これには前提がある」

この国の頂点に立つと言っていいお兄様は、とてもむごいことを言った。

「それが国家のためになる、ということだ」

全体主義ともとれる傲慢な発言には、しかし確かなものがあった。

「爵位だの勲章だの、宝物だのはどうでもいい。所詮は箔だからな、阿呆をしでかせば剥ぎ取ってしまえばいいだけの事。しかし、地位と役職となると、そうたやすい話ではない。少なくともソペードの内部では、今の所無才無能がふさわしくない地位についている、ということはない。態々変えるうまみがない」

それは個人としての武力を認められた、特に部下を任されているわけでもない俺達にはほぼ無関係の事だった。

「もちろん全員が際立って有能というわけではないが、家という単位で個人を支えてもいる。要は仕上がった仕事が良い物であればいいのだ、補佐役が何人いても咎めることはない。その補佐役が日陰者であったとしても、国家のために奉仕できているのだから私はどうでもいい。大事なのは国家が滞りなく運営されていること、それにつきる」

妹に負けてなるか、と意気込んでいたヒータお兄さんにはとても残酷な言葉だった。

それはお兄様も自覚しているらしく、ヒータお兄さんには同情を示していた。

「とはいえ、お前の気持ちもわかる。妹のおかげで今の地位がある、と思えば男子としては面白くないであろう。それに甘んじて楽観されては返って心配になるし、領地を任せられん」

たぶんお兄様がヒータお兄さんに対して今まで何も言わなかったのは、自分が何を言っても脅しにしかならないと分かっていたからだろう。

だって、要約すると身の程を弁えろってことだし。

「だが、その上で言う。それは贅沢な悩みというものであり、浅い反骨心だ。具体的に、どんな不都合が職務で発生するのだ。お前が国家へ奉仕するために、何か障害でもあったのか」

ほとほと呆れていた。

気持ちはわかるけど、無自覚なのはどうなのよ、という感じである。

「お前の父に預けてある領地は我が領内でも最上級であるし、我らから特に口うるさく意見をしているわけでもない。お前が貴族として領地を繁栄させるために、何か問題でもあったのか」

ライヤちゃんが言っていたことだった。

ヒータの人生は、父から引き継ぐ領地でおしまいだと。

どれだけ功績を重ねても、これ以上出世する余地がないのだと。

それに対して不満を持たれても、お兄様も困るしかなかったのだ。

「お前の才覚を示し、実績を積み上げることに不都合なことでもあったのか」

「いいえ、ございません」

「婦女子ではあるまいに、華々しい成功が中央にあると思ってどうする。そんな小娘のような憧憬で執政をされては困るぞ」

ウィン家の次期当主として、一人の貴族として、ヒータお兄さんに出世などない。ある意味、もう上り詰めているからだ。

失敗して落ちることはあっても、地位が向上することなどないのである。

ある意味、一つの山の頂点に立っているのだ。他より低い山ではあるが、それでももっと高いところを目指すには、それこそ別の山を登るしかない。

「残酷なことだが、隣の国がそうであるように……政治で立身出世が 横行(・・) する国家などまともではない。お前の不満には共感できるが、お前が出世しないこの状況はとても健全だ」

そして、別の山には既に誰かがいる。

すでに役割を果たしている誰かと蹴飛ばし合いをするなど、国が乱れるだけ。

残酷な言葉を、ご当主様はいい結んでいた。

「お前の父に伝えろ、これはドゥーウェとも協議した正式な決定だ。ブロワは任務を全うした、護衛の任を解く。これまで妹を守ってくれて感謝する」

「はっ!」

「ブロワはサンスイと結婚し、ブロワ・シロクロと名乗る。サンスイにはブロワと結婚して問題ない爵位を与え、レインに関しても義母として正式に養子縁組させる」

「はっ!」

「サンスイに関しても……護衛の任は解く。今までは護衛を主な仕事としていたが、今後は剣術の指導者として正式に任官し、新しい兵士や各地の指南役を教導する立場になってもらう。もちろん、必要に応じてはドゥーウェの護衛に就いてもらうこともあるがな。以上だ、手紙も後で渡すので必ず伝えろ」

「承知しました」

流れるように、俺の今後もこの場で伝えられた。

要するに、今までとそんなに変わらないということである。

「それから……その、マジャン=トオン」

「はっ!」

「結果が全てだ、結果がな。お前にとっては不本意な経緯ではあったが、ドゥーウェは無傷で今ここにいる。兄として、他の事はすべてがどうでもいい」

結婚する相手に格好いいところを見せられなかった。そのことは、ある程度聞いている。

しかしそれはトオンの内心の問題であり、今後の課題だった。失敗ではない。

「父も私も嬉しく思っているわけではないが、それでも妹の結婚相手としては認めよう」

「……ありがとうございます」

「ふん……ただ、それはあくまでも我らは許可するということだ。お前の実家には父が挨拶に出向くが……そこでお前の国がどう動くかまでは保証せんぞ」

「十分です、妹のことは、ドゥーウェ殿の事は、私にお任せください」

「……今後は、お前をドゥーウェの正式な護衛とする。サンスイが指導している者たちの中から信頼できるものを選び、お前の部下としろ。流石に、二人かそこらで守るのは無理であるしな」

今まで、本当に無理を通してきたからなあ……。

俺もブロワも、色々走馬燈が浮かぶ。

「それから、スイボク殿」

恐怖を抑えつつ、後回しにしていた俺の師匠へ声をかける。

微妙に震えているが、それも仕方があるまい。

「うむ」

「今回の一件、貴殿の過去の行状が原因だとはわかった。しかし、その上で国家としては救われた形になっていることを、改めて伝えておく」

「法と律からくる判断に口は挟まぬよ」

「とはいえ、貴殿が気に病み、先ほどおっしゃったような品を差し出してくれるならば、それはありがたく受け取らせてもらう」

「そうしてくれると助かる。周囲に迷惑をかけるのは、もうこりておるのでな」

申し訳なさそうにしている師匠。

しかし、そう思うなら森の位置をもうちょっとずらしませんか?

「貴殿の弟子であるサンスイは、我が家や国家にとって最高の剣士だ。それを育てた貴殿には感謝している」

「いやいや、そちらの妹殿には森に出向かせてしまったし、恐縮させてしまってすまんと思っている。ただまあ……森を出て人と積極的に接触することが怖くてのう……」

なんか、正蔵と似たようなことをおっしゃる師匠。

確かに術の練習で街を潰したり国を氷漬けにしたら、そりゃあ懲りる。

「本来はこちらから挨拶へ向かうべきであった。改めて許してほしい」

「……今回こうした形とはいえ、顔を出してくださったのだ。遅くなったことなど些細である」

こうした形……森を浮かせて、王都へ横付け。

やっぱ師匠、森を元の場所に戻しましょうよ。

「ともかく、今回の一件は完全に儂の不始末が原因。宝貝の製作、サンスイへの指導に関しては全力を尽くさせてもらう。特に、サンスイへの指導はな」

そう言って、トオンを見る。

結婚が許されたけど、それはそれとして失意から抜け出せないトオンを、である。

「トオンよ、お主は我が友フウケイの縮地を見切ったな?」

「無様に転がって、命を拾っただけです」

「儂はアレを見た時、本当に驚いた。如何に縮地を知っているとはいえ、あれだけ迷いなく動けるとは思っていなかった。影降ろしの使い手を、心底恐れた」

もしも昔の自分であれば、と思っているのだろう。

いいや、今の自分でも、と思っているのかもしれない。

「我が弟子が仕込んだとはいえ、アレだけ練り上げた我が友と戦えるとは思っていなかった。おそらく、遠からず我が弟子に一太刀届かせることができるであろう」

「……ありがとうございます」

「ランにしても、サイガにしても、本当に強かった。不完全ながらも、無限遠の一を体現しておった。問題は……我が弟子がそれを完全に喜んでいることである」

昨晩、その辺りの事を指摘されてしまったので、俺はとても恥ずかしかった。

「弟子が己に及びつつあることを喜ぶ、それは仙人としては良くとも武人としては志が低いにもほどがある。加えて、トオンたちへの侮辱である」

ううむ、一字一句返すところがない。

「トオンよ。我が弟子はな、お前やサイガの成長を素直に喜びすぎていた。これでいいと諦念し達観していたのだ」

「そ、それは……どういう意味でしょうか」

「この馬鹿者はな、この俗世にいる間は奉仕に回ろうと思っておったのだ。自分は未だに未熟であるがゆえに、勝てなくなっても仕方がない、とな。お主たちが生きている間は未熟なままでもいい、お主たちが死に絶えてから儂のいる森に帰って、再度己を高めればいいと思っていたのだ」

馬鹿、と言われてしまった。

その言葉を聞いて、トオンとお兄様はショックを受けているようだった。

「不義理にもほどがある、少なくとも儂は、そうされたら嫌であろうな」

気まずそうにしている俺を見て、それが真実なのだと理解するととても悲しそうにしている。このご両人にとっては、俺の方針は受け入れられないことだったようだ。

「最強を志し最強に至り、最強と称えられているのだ。その地位を維持するために、尚強くあろうとすることこそが礼儀と知れ。長命ゆえに好々爺を気取るな、それは見下しているに等しいぞ」

きつい指摘だった。

たぶん、今まで師匠に言われた言葉の中で、一番強い言葉である。

「……サンスイ殿」

懇願するような顔で、トオンは口を開いていた。

「スイボク殿のおっしゃる通りです、どうか最強であることを放棄しないでいただきたい。押し付けであり我儘であることは理解していますが、どうか高みの存在であり続けてください。貴方にとって私達との出会いは一瞬の事でも、私達にとっては一大事なのです。きっと、サイガもランも、他の誰に聞いても同じことを言うでしょう!」

「その通りだ」

お兄様も、それに同調していた。

「お前が鍛えた結果、バトラブの跡取りが強くなっていることは聞いている。それはお前の有能さであるし、お前が惜しむことなく鍛えた結果であることはわかっている。だが、お前がサイガに勝てなくなる日が近い、と聞いて心中は穏やかではない」

それは政治家としてではなく軍人としてでもなく、一人の男としての懇願だった。

「妹がお前に命を預けていたように、私も父もお前を信じている。お前こそが最強である、とな」

らしくもなく、とても寂しそうである。

「もちろん、身内びいきもあるし対抗心もある。しかし、それを抜きにしても私はお前こそ理想の剣士だと思っている。職務に忠実で己の分を弁え、常に油断なく如何なる任務も丁寧にこなす。怠慢や野心とは程遠い、最高の護衛だった」

俺が祭我に勝てなくなる。

元々エッケザックスを得たことで、数値的に突き放されていた。

以前は経験不足が原因で勝利することができたが、そんな奇襲ももう通じないだろう。

祭我の攻撃を避けることができても、倒せない日が遠からず来る。

それは仕方がないことだと思っていた。しかし、それを仕方ないと思うのは俺だけだったらしい。

「お前の師ほどではないが、私も長い付き合いだ、お前が我らソペードに反することを考えていたとは思わない。おそらく、自分が強くなることよりも我らの要求にこたえることを優先してくれたのだろう。それはそれで嬉しいし、ありがたく思っている。お前は確かに我らの望むことをすべてこなし、期待した以上の事をしてくれてきた」

師匠の前だからということもあるのか、改めてお兄様は俺の事を褒めてくれた。それは正直嬉しい事だった。

「そのお前に自己鍛錬する余裕や、師の元に戻る余暇があったかと言えば、まったくなかっただろう。であれば、この状況はすべて我らの責任だ。師から馬鹿呼ばわりされるいわれはない。お前風に言うのであれば、それこそ俗世のしがらみであり、我らの都合だった」

謝罪しているようにも見える発言だった。

王に対しても一歩も退かないお兄様らしくない態度で、とても困ってしまう。

「しかし……そうもすんなり諦めないでくれ。お前はソペードの誇りであり、武の象徴なのだ。怨恨のある王家でさえ、お前に対して一目置いている。我の弱いお前の事だ、我らに気を使って今勝てないことを諦めたのだろう。だが、それは我らにとって好ましい事ではない」

それは依頼でも命令でもなく、しかし俺にとって価値のあることだった。

「確かに、お前は今でも我らの期待に十分応えてくれている。これ以上強くなる『必要』は何処にもない。だが、我らこの時代を生きる者を重んじてくれるならば、自分を軽く考えないで欲しい」

そうか、俺はそうあるべきなのか。

それが、とても嬉しかった。

「サンスイ……お前が最強であることは、一つの目標だ。お前がそうもすんなり悟ってしまえば、皆が悲しむ。師の言うように祭我やトオン、ランと張り合ってくれ。それが本当に我らが望む、誠実ということなのだ」

そうか、俺はそう望まれているんだな。

「承知しました。ご期待に沿えるように、全力を尽くします」