軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

真打

『スイボク、己は……己は何時か必ずお前を止める……!』

『例えお前と同じことをすることになったとしても、己はお前を許さない!』

『己は、お前に追いつき、後悔させる!』

『自分の蛮行を、凶行を! 仙道を弄んだ罪を味わわせる!』

『己は、今この時からお前を止めるためだけに生きる!』

運が良かったのか悪かったのか、三千年以上の長きにわたって武の研鑽に勤しみ、もはや不死身の怪物となった仙人を前にしても、アルカナ王国には『最初』から最後の手段が残されていた。

即ち、ディスイヤが保有していた八種神宝、災鎧パンドラ。

この鎧を操る者がいる限り、エリクサーの所有者を除いて、生存は決して保証されない。

まして完全なる適合者、浮世春がいる今の状況では勝利は確定していた。

「……この寒波が長引けば、収穫に差し障るな」

そうした詳しい状況を把握できないまでも、アルカナ国王は、突如として国全体を襲い始めていた寒波に身震いを感じていた。

ただでさえ日照が遮られている、それにここまでの寒さが伝われば何が起きても不思議ではない。

仮に勝つとしても、それまでの犠牲は甚だしかった。

「改めて、占術の重要性がわかるというものですな。いやはや、孝行息子を持ったものです」

「違いない、後手に回ればサンスイがいても手遅れになっていた可能性はある」

現地へ急行しているバトラブの切り札である瑞祭我が敗北、ないし死亡するとしても、既に一番重要な役割は終えている。アルカナの首脳陣は尋常ならざる事態に対して、ディスイヤの西端にいた浮世春へ招集をかけることができていた。

それ故にバトラブもソペードも、どちらも泰然としていた。もはや打つべき手は打ってあるがゆえに。

「しかし、ここまで大ごとになると民衆が騒ぎを起こす可能性がありますな」

「そうは言うがのう、事態を把握している我らをして、シュン坊がカプトに到着するまでは何もできん。ここまでの事態では、騎士や兵達も浮足立つであろうしな」

カプトの懸念に、ディスイヤの老体が開き直っていた。

ここまでわかりやすい異常事態である、誰もが不安を感じるだろうがそれだけだ。それに対して国家ができることなどほとんどない。

はっきり言って、政治でどうにかなる領域はとっくにはみ出している。

「ご報告いたします! 国王陛下、現在王宮にディスイヤのウキヨ・シュンと、パンドラが到着いたしました!」

その意味では、吉報は届いた。

パンドラが現場に到着すれば、もはや勝利は動かない。それはエッケザックスが保証していることである。

しかし、その報告は一種奇妙なものを感じさせていた。

「馬鹿な……王都に寄れなどとは命じていないはずだ!」

一秒でも早く、カプトへ向え。ディスイヤの老体も含めて、アルカナ王家はそう厳命していた。

些か薄情ではあるが、一々首脳に挨拶などさせている場合ではないのだから。

できる限り状況を速やかに解決する必要がある。とにかく今すぐ向かわせる必要があった。

「それが……その……もうディスイヤに帰るから挨拶に来たと」

言いよどむ報告を受けて、誰もが絶句していた。

態々国の端から呼び寄せた、今回の一件を完全に解決する能力を持った唯一の男が、これから帰るとはこれ如何に。

挨拶しに来るのだから、離反ではないだろう。だが、はっきり言って意味が分からない。

「それから、その……もう一つご報告が……」

パンドラは、当然ヴァジュラを知っている。

それ故に、今回の一件がヴァジュラの機能を遥かに超えたことだともわかっている。

そこから推理をする、というのは簡単だった。

はっきり言って、元々気象操作能力を持っている仙人が、更にヴァジュラを使っているのだ。それ以外に可能性は一切ない。

そして、そんな仙人が態々この国へ向かってくる可能性など一つしかないのだ。

「王都近くにある森が……消失していました」

「どういうことだ?」

「その……森があったはずの場所には、大きな穴だけが残っていたと」

何が何だかわからない、という報告をせざるを得なかった兵士に対して、首脳陣は誰もがある人物を脳裏に描いていた。

「何時からだ?」

「そ、それが……どうやら、数日前から調査されていたようでして……余りにも信じられない事態のため、報告が遅れてしまい……」

森が浮かび上がる、という事に対しては誰もが信じられなかった。

しかし、一つだけはっきりしていることがある。

その森に、誰がいたのかということだった。

人間を軽々と殺傷して余りある雹の爆撃に対して、しかしノアはその防御力を発揮していた。

元々、災害に対する救命船として機能する彼女である。彼女に乗り込んでいる限り、もはや安全は保障されていた。

しかしそれは、大海に浮かぶ木の葉から、他の状況を見守るに等しい状況だった。

「ある意味、俺と同じって感じだ……」

「ああ、ヤバいな」

既に、ノアで待機している面々は、本領を発揮したフウケイを前に心が折られていた。

暗雲を生み出すヴァジュラと、暗雲の下にいる限り万能に近い仙人。最悪の組み合わせが目の前に存在している。

如何に正蔵が常識外の力を発揮できるとは言え、国家全体に対してその魔法を使用できるわけではない。それが可能だとしても、それが国家を救うことにはつながらないだろう。

引くべきだった。正蔵が一旦でもフウケイを吹き飛ばせば、そのまま離脱する時間を稼ぐことはできるはずだった。

しかし、未だに船の外では三人が戦っている。彼らを見捨てるという選択肢は、この場の面々にはなかった。

「サイガ……ラン」

「サイガ……兄上」

「サイガ様……」

ある意味では、順番が少々変わるだけでノアに乗り込んでいる面々の生還は保証されていた。

外の三人が戻ってから正蔵が吹き飛ばして逃げるか、外の三人が死んでから正蔵が吹き飛ばして逃げるか、それだけの話でしかない。

だからこそ、純粋に彼らの事を心配していた。

「トオン」

ドゥーウェの言葉も、もはや意味を持たない。もはや、人間の思惑などとっくに超えた状況である。

天災を意のままに操る不死身の男に対して、切り札以外の面々は見守ることしか許されない。

仮に、この場に山水がいれば、撤退の時間を稼ぐことは可能だっただろう。

同時に、それが限界でもあっただろうが、それでも確実に外の三人は助かっていた。

ドゥーウェがそれを呪ったとしても、もはや手遅れだった。

安全圏を出ることができない彼らは、正蔵の太陽が照らす戦場でフウケイが縮地を行い、トオンの脇へ移動するところを見たとしても、目を閉じることぐらいしかできなかった。

「無念だ……?!」

だからこそ外で戦っていたはずの三人が、ノアの甲板の縁で観戦していた面々の背後に現れた時は、その声を聞いても信じることができなかった。

少なくとも、突如として安全地帯へ移動させられていた三人は、自分の置かれている状況を把握しきれず、周囲を見渡していた。

ほんの一瞬前まで、自分達は地面の上に立っていた。それが、船の上で集まっている。

その状況に対して、三人は困惑することしかできなかった。

「縮地法、牽牛。さてさて、どうやら上手くいったようだ」

その『少年』が口を開いたことで、ようやく誰もがその存在を認識することができていた。

はっきり言えば、フウケイとは対照的に全く存在感がない相手だった。

強そうとか弱そうとか以前に、そこにいてもまるで異物感がない。空気か何かのように、そこにいるのが当然という雰囲気を持っていた。

「人の世の時間で言っても、久しいというほど懐かしいわけではないが、二人とも随分と腕を上げたものだ」

その少年に、会ったことがある者もいれば会ったことがない者もいる。

しかし、その場の誰もがその少年の格好を見て、察するものがあった。

素人が作ったであろう、粗末な着流しに草履。何よりも、腰に下げた木刀。

その姿を見て、察することがない人間などアルカナ王国には存在しない。

「サンスイめ、指導者としては儂の思った以上の才覚を発揮したな。如何に元々スジが良いと言っても、ここまで強くするとは思わなんだ」

ある意味では、この状況の元凶にして発端となる男が現れていた。

その彼を見て、以前の所有者を見て、エッケザックスは人間の姿となりその名を呼んでいた。

「……スイボク」

「うむ、久しぶりだなエッケザックス」

この場の面々は、知らないことではある。

しかし、他ならぬ山水がこの世界に転生するにあたって、始まりとなったことが存在する。

つまりは……神が認めた、最強の存在がそこにいた。

「どうやら、儂の……いいや、僕の因果でたいそう迷惑をかけてしまったらしい。本当はもう少し早く到着していたのだが、近くの街に蓋をしていてな……」

つまりは、不死身に至ったフウケイが、未だに『個人の力ではどうにもならない』と心底から畏怖している絶対強者が、己のけじめをつけるために参上したということだった。

「スイボク殿……」

「スイボクさん……」

「というか、凶憑きまでいるとは流石に驚いたぞ。妙な縁があったものだ」

そう言いながら、スイボクは瑞々しい匂いのする果実を、腰を抜かしている三人に渡していた。

生命力にあふれたその果実は、疲れている三人には生唾を呑み込むほどに魅惑となっていた。

「食っておけ、蟠桃じゃ。直ぐに気力体力が復活するぞ。色々と、年寄同士の諍いに巻き込んで済まなかったが……」

登場した真打が、事もなげに笑っていた。

「ここからは、任せておけ」