軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

激突

『ううう……嫌だなあ……』

八種神宝の中でも、最も大きく硬い船、ノア。

緊急避難用のこの船は、機動力よりもむしろ防御力に秀でている。

以前正蔵が撃墜したこの船は、今の所カプトが所有し運用していた。

「まあまあ、別に戦おうっていうわけじゃないんだから」

『そもそも、使われることが嫌なんだけど……』

彼女は八種神宝の中でも唯一、使われないことを美徳としている道具である。

なにせ彼女の製造目的と存在意義は避難器具。非常用の避難船である彼女が、使われることを喜べるわけもない。

というか、なぜ避難用の船で戦場に行くのだろうか。

「大丈夫、大丈夫。戦うのは俺たちじゃないんだし」

『けどさ……危ないところに近づくなんて、馬鹿だよ。危ないことが起きている時は、逃げるか引きこもらないと駄目だよ』

「そりゃそうだけどさ、みんながそうしてたらなんの問題も解決しなかったりしないか?」

とはいえ、そこは正蔵である。彼はまともな正論によって彼女を追い詰めていく。

というか、既に関係者は全員地面の上に乗ったノアの上に乗っているため、ここで人型になられるととても困るのだ。

その辺り、変に知恵が回らない分人間的に相性が良い。ノアは不承不承正蔵に従っていた。

「それにしても便利ねえ、箱舟ノア。この船があれば、馬車なんか必要ないでしょうに」

「ええ、時折使っています。なにせ物を運ぶときには本当に便利なのよ」

ドゥーウェに対して応じる、ノアの主パレット。

船の形をしていて空を飛んで、おまけにバリアまで張れるのだからそりゃあ便利であろう。今までは正蔵を人力で浮かせていたが、しかし今後はこの船で守りながら飛べばいい筈である。

ともあれ、カプト、ソペード、バトラブ。三つの家の本家令嬢と、その護衛を務める一団が勢ぞろいしていた。

「パレット様。一応聞くけど、いざって時は周囲一帯を凍らせて逃げるんだよな?」

「ええ、本当にいざとなったときはお願いします」

今現在、船の外部には三人の最精鋭が並んでいた。

狂戦士ラン、影降ろしのトオン、次期バトラブ祭我。本来、一人が相手なら過剰なほどの戦力である。それが、仮にもドミノの城を一人で襲撃した相手でなければの話だが。

アルカナ王国の首脳陣は、それでも確実に勝てるとは思っていなかった。同様にして、アルカナ王家の切り札である右京も、勝利を確信せずにいた。

「あのさ、その……ウキョウ様。貴方は勝てると思っていないんですか?」

「ああ、まったくこれっぽっちもな」

バトラブの令嬢、ハピネの質問に対して右京はあっさりと答えていた。

勝てるとは毛ほども思っていない。そんな顔で、暗雲に閉ざされた荒野を睨んでいる。

アルカナ王国の場合、ディスイヤの切り札だという男が本命であるがゆえに、この場の面々が倒れても最悪ではないと思っていたのだろう。

しかし右京はまた違う理由で、楽観をしていなかった。

「どうにも当事者意識が強すぎる祭我は状況を軽く見過ぎだが……はっきり言って、俺は奴の底が見えなかった。まあ視る気もなかったが」

「どういうことですか?」

「簡単な話だ、世の中には俺の物差しじゃ測れない物が多すぎるってだけだ。ただ一つ言えることがあるとすれば、俺は奴が経験不足だとは思えないし、自分の状況を理解していないようにも見えなかった。まあそれも『勘違い』という可能性がないわけでもなかったが」

右京は個人の力ではなく道具の力と政治の力で国家を打倒した英雄である。

その彼にしてみれば、過去の経験や情報は軽く扱えなかった。

「ぶっちゃけ、お前達が『奴』を軽く見ているのは、勝ち目があると思っているのは、粛清隊五人を相手に血を流したからだろう?」

「……はい、そうです。以前にサンスイは近衛兵を無傷で、しかも殺さずに倒していました。その彼が、今あそこにいるランは近衛兵を一人で殲滅できると言っています」

「その話は本当だろうな。疑わないさ」

「……それじゃあ、なんでそう思うんですか?」

理屈で言えば、言い方は悪いが粛清隊五人を相手に手傷を負う相手が、ランや祭我に勝てるわけがない。

仮に本気を出していないとしても、それは祭我やランでも同じことだ。二人なら本気を出すまでもなく、無傷で敵を倒すだろう。

「俺も祭我も正蔵も、色々と物語を知っている。その上で言い切るが……『粛清隊を相手に手傷を負う』ことと『下の三人が勝てない』ことは矛盾しねえ」

アルカナ王国の人間ではない右京は、その辺りの事を冷静にとらえていた。

ステンドの護衛をしていた面々もそうなのだが、どうにもアルカナ王国の人間は強さの基準が山水に寄りすぎている。

山水は近衛兵を無傷で半壊させた。その山水と違って、あの男には手傷を負わせることができた。

だから自分達でも勝てると、この場の面々も思っている。

「確かに奴は、手抜きとはいえ手傷を負っていた。そういう意味では、体術的には山水には劣るんだろうさ。本気を出してもそう変わるモンじゃないのかもしれない。けどな、体術が多少下手でも、強い奴は強いだろうが」

その最たる例が、この船に乗っているカプトの切り札であろう。

その彼を知りながら、誰もが楽観しているのは正直不安材料だった。

「それは……」

「安心しな、ハピネ。お前の婚約者がそのまんま負けると決まったわけじゃねえよ」

不安ではあるが、口出しをして彼らの自信を砕きたいとも思っていない。

そもそも右京は、自分では一切打てる手がないからこそ、恥を忍んでヴァジュラを差し出し、更にアルカナへ救援を求めたのだ。

その時点で、偉そうなことを言う資格はほぼない。加えて、アルカナはパンドラの使い手をこの場に招集しようとしている。

「それに、最悪でもパンドラとその使い手が来るんだろう? それならまあ、問題ないだろうさ」

右京はパンドラの性能を知っている。他の神宝からすでに聞いているのだ。

それでも絶対に勝てるとは言い切れないが、アルカナ王国は既に最善手を切っている。であれば、それを信じるのが為政者の務めだ。

現場が既にやる気に満ちているのなら、逃げ道を用意しておくだけでいい。

「……二人とも、来たぞ!」

祭我は、未来を予知していた。

既に先日見た光景と、目の前の風景は完全に一致している。

そして、暗闇しかないこの暗雲の下、正蔵が作った大地に一人の影が現れていた。

「これは……尋常ならざる雰囲気だな」

「ああ、これはとても強そうだ!」

ヴァジュラを手にしているその男のただならぬ気迫、風格に対してトオンは闘志を増し、ランはもはや抑える必要なしと銀色に髪を染めていた。

同様にして、ノアに乗り込んでいる面々も緊張する。

はっきり言って、見るからに強そうな男だった。そういう意味では、どの家の切り札とも明らかに異なっている。

感じるのは、圧倒的な力。ただそれだけだった。既に国全体を覆うかという規模に拡大している暗雲のヌシは、身に宿したその力を隠すこともなく周囲を圧倒していた。

「……これは、強い」

改めて、威圧を受ける祭我。

彼の姿はあらかじめ夢で見ていたが、それでも目視するとやはり違う。

仮にも一国の城に単身で攻め込んだ男だった。そう納得せざるを得ない。

この胆力は、はっきり言って右京以外には感じたことがない。

切り札級、という表現は決して誇張ではなかった。

『おお、我が主! 奪い返しに来てくれたのか!』

ヴァジュラが叫んでいた。

哀しいかな、反抗できずに使われている彼女は、声を出すことができても主の元に戻れなかった。それでも、ノアの上で待ち構えていた主には感動しているようである。

「ヴァジュラ! 何か情報は引き出せたか!」

声を張り上げて、堂々と情報を要求する右京。

その容赦のなさに、誰もが閉口する。確かに、今の所完全に謎の男だった彼から何かを聞けたのは、彼女だけだったのではあるが。

『うむ、聞き出せたぞ! この我にその程度の事が出来ぬわけもない!』

本来なら不利になるはずの、情報の漏洩。それを彼は、あえて許していた。

それは、彼にとって隠すことではなかったのだから。

『というよりも、我が頭脳を持ってるすれば言い当てることなど……』

「お前のどこにあるかもわからん頭の事なんぞどうでもいい! さっさと本題を言え!」

『うう……良いか、我が主よ! それからエッケザックス! 今すぐあのバカ仙人を、スイボクを呼んでくるのだ! こやつは奴の同門だ!』

エッケザックスを構えていた祭我が、その脇を守っていたトオンが、唖然としていた。

同様に、ノアに乗り込んでいる面々も、山水の素性を知っている面々であれば愕然とするしかない。

そして、不老長寿の事を知らぬ面々でさえ、スイボクという名前は一度聞いたことがあった。

この国で一番強い剣士、山水。その彼が師と仰ぎ、殊更に師ほどではないと言っていた、この世界で唯一山水よりも確実に強い男だった。

『スイボクの、同門? 我はそんな男、聞いたこともない……少なくとも、二千五百年以上前じゃぞ!』

「……お前がスイボクに使われていたというエッケザックスか。如何にも、己はフウケイ。カチョウという仙人の元で、スイボクと共に仙術を習った同門である。齢は既に、四千五百歳。奴よりも、五百歳ほど年上だ」

スケールのデカすぎる過去の会話に、その辺りの事情を知らぬ面々は首をひねるほかない。

その一方で、山水の師と同門であるという事実は、楽観していた先ほどまでの空気を完全に拭っていた。

「我が目的は、ただ一つ。スイボクの首である。奴の首を故郷に持ち帰るために、己はここまで旅をしてきた。邪魔立てするならば、斬るのみだ」

ここにきて、彼の目的も素性も完全に理解されていた。

それはつまり、彼の目的はアルカナ王国とは全く関係ないところにあり、このまま看過しても都市などに一切被害は及ばないということだった。

それだけを見れば、彼を見逃すことも許される。ただしそれは、個人としての考えであってアルカナ王国としての判断ではない。

「ふざけんじゃねえぞ、この耄碌ジジイ!」

他ならぬ、白旗を上げて要求されたものを引き渡した右京が叫ぶ。

例え敗色が見えた相手でも、自分にはなさねばならぬことがある。

例え虎の威を借る狐であっても、言わねばならぬことがある。

「人様の城に乗り込んで、物ぶっ壊してチャンバラこいて、挙句に俺のもんを奪っておいて、そんな話が通るとでも思ってんのか! 人間の世界を舐めるんじゃねえぞ! ここはサバンナでもジャングルでもねえんだ!」

「……その通りだ、フウケイ。貴方の事情は分かったが、それは貴方の事情でしかない。貴方の要求に従うつもりは一切ない」

祭我は確かに予知夢を見た。それによって、フウケイがこの場に現れることを知っていた。だが、だからここにいるわけではない。

自分が此処にいるのは、その予知夢をアルカナ王国の首脳に説明し、その彼らから指示を受けたからなのだ。

「アルカナ王国の友好国、ドミノ共和国の城を襲い、至高の宝であるヴァジュラを奪った貴方を、アルカナ王国へ入れるわけにはいかない」

一つの事実として、スイボクは王都近くの森に棲んでおり、その周辺に彼のような危険人物を通すわけにはいかない。

何よりも……。

「俺は、別にスイボクさんから直接エッケザックスを託されたわけじゃない。でも、俺はスイボクさんの弟子である山水の……弟子だ!」

言い切っていた。

彼の弟子であると、言い切っていた。

「昔はどうあれ、スイボクさんを殺すという貴方を、このまま会わせることはできない!」

「スイボクの、弟子の弟子……仙人でもないお前がか」

「そうだ、仙術ではなく剣術のな!」

もしかしたら、彼を素通りさせても、スイボクならどうにでもできるかもしれない。しかし、それは立場的にも心情的にもできない。

高揚ではなく、義務感や使命感が芽生えていた。自分が戦って、自分が勝たねばならない。この役割は、ディスイヤの切り札に譲れない。

「同感だ、サイガよ。思わぬ強敵だが……引けぬのは当然だ」

トオンも同調する。

祭我同様に、スイボクに会ったことがあるだけに譲れない。

剣聖の師である彼を、自分の存在を喜んでくれた彼を、自分はどうしても守りたかった。

「相手が何千年生きていたとしても、それほどの時間修行に費やしていたとしても、それで勝敗が決するものではない。そう言ったのは彼だったな」

「スイボクの事は知らんが……強敵なら望むところだ!」

狂戦士に、凶憑きになったランに細かいことはどうでもよかった。

とにかく、目の前に敵がいるのならば戦わねばならない。

そのシンプルさを、今の彼女は取り戻していた。

「ふむ……スイボクの流れを汲む者か……面白い、我が力を試すには十分そうだ」

底知れぬ余裕を持つ彼の表情、雰囲気を右京は見ていた。

引き際は早く見極めねばならない。その時に決断できるのは、この場では自分だけだと理解して。