作品タイトル不明
番外/聖女を目指して
「嘘よ! 街の治癒能力者は結婚してるし子どもが何人もいるわ」
神殿の一室で少女が叫んだ。対面する神官服の女性は眉一つ動かさず、平坦に答える。
「治癒能力の強弱と子供の出来難さの高低は一致する。市井の治癒能力者なら平均的な能力値の持ち主が多いので子どもも出来る。だが、おぬしほどの治癒能力者ならまず子は産めない」
「嘘よ! 誰もそんなこと言わなかったわ! 私を神殿に取り込むために嘘を言ってるんでしょう」
「神殿内部ですら幹部や一定以上の治癒能力者しか知らぬ秘事を誰が部外者に教えるか。神殿学校に入っていれば、能力の高い治癒能力者には極秘に伝えられるが、おぬしは貴族学校に入ったからな」
「貴族学校にだって治癒能力者や神官はいたわ。誰もそんなこと言わなかった!」
「秘事だと言っただろう。神官なら情報漏洩は重罪だし、それがなくとも自分の身を守るために秘匿する。神官を辞す時は神聖契約で他言無用を誓うほど厳しく制限されるのだ」
「私は聖女なのよ! 本当ならもっと早く教えてくれたはずよ」
「不正におぬしを聖女に選んだ腐敗者どもが、おぬしを囲い込んでいた。きゃつらにすれば事実を教えて反抗されても困るので教えなかったのだろう。だが、おぬしの周囲にいたすべての神官が腐敗者だったわけではない。真っ当な神官が貴族学園在学中に何度もおぬしに忠告をしたこと、報告を受けておる。間違ってもおぬしを聖女に選んだりしないまったき神官たちだ」
「そんなこと言われな……!」
「言われただろう。聖女とはどういう存在か、何者が選ばれるのか。そしておぬしは神殿学校に転籍すべきだと」
「それで不妊なんて話が違うじゃない……!」
「神殿学校に入学すればおぬしの能力と年齢を鑑みて早期に伝えられたはずだった。学業的にはおぬしなど十二歳ごろの子に交じり初級から始める水準だが。治癒術の心得も志も何もかも足りぬ」
「私は学園一の治癒能力者なのよ!」
「貴族学園に通う治癒能力者など、貴族の一部にたまにいる軽度の能力者くらいだ。高能力者は貴族であっても神殿学校で学ぶ。貴族学園一など、神殿ではなんの勲章にもならぬ」
少女の能力は神殿学校でも一、二を争う水準ではあったが、神官は伝えなかった。
神殿学校で一、二を争うことになんの意味があるのか。大神官様は当時の神殿学校で不動の一位であらっしゃったが、二位の私とは天地の差があった。だが、それを鼻にかけるような小人物ではなかった。婚外子として蔑まれても気にかけず、戦場に、伝染病の発生地に率先して向かわれる高潔な方だった。貴族でありながら強力な治癒能力者、そう自惚れていた私の目を覚ましてくださった。
その大神官様が……。貴族の地位などとうに捨てたが、こんなことになるなら還俗して戦うべきだった!
自身の無力さに 腸(はらわた) が煮え返る。だが少女と違い、神官はその憤怒を表に出すことはなかった。
「嘘よ、私は王太子と結婚して世継ぎを産んで、聖女として称えられて、みんなそう言ったわ!」
神官の中に初めて少女への憐憫が湧いた。年の割に幼く思慮の足りない子どもを騙した者たちがいる。真に責められるべきはこの少女ではない。
「治癒能力者の不妊は、迫害をふせぐために秘事としているのだ。悪用をふせぐために」
「悪用ってなに?」
神官の何かが変わったことを敏感に察したのか、少女が初めて否定以外の言葉を紡いだ。
表情にも口調にも出していないつもりだったのに、敵意を感じ取られていたようです。大神官様、私はどうしようもなく未熟です。
「悪用にも色々あるが、おぬしにわかりやすい話ならば、そうだな……」
神官は初めて、少女の心に届く、少女のための言葉を探した。
「治癒能力は有用だ。特に強力な治癒能力は、王家や貴族家、豪商や犯罪組織、ありとあらゆる権力者が欲しがっている。その治癒能力者たちに生殖能力がないとなれば、どうなると思う?」
少女の目が左右を彷徨う。考えているのだろう。
「……誰も結婚しない?」
「あっているし間違ってもいる。貴族法が速やかに改正されるだろう。一定以上の治癒能力者なら公式の愛人としてもよいと。男も女もだ」
「どうして?!」
少女が椅子を蹴って立ち上がったが、神官は咎めなかった。
「愛人と言う名の奴隷にするためだ。形はどうあれ 家人(かじん) にしてしまえば貴重な治癒能力者を囲い込みただ働きさせられる。子は出来ないので婚外子の恐れもない。政略結婚の夫婦なら、夫も妻も互いの性欲処理のための愛人として認めるだろう。外でご乱交されるより後腐れもなく病気の心配もないのだから。治癒能力者を愛人としてもよいという貴族法の改正は満場一致で通るだろう」
「そんな……」
机に手をついてふらつく体を支える少女に、椅子を戻した神官が座るよう合図した。
どうにか席に着いた少女にゆっくりと語り掛ける。
「もともと神殿は迫害や奴隷にされやすい治癒能力者の互助組織だった。程度の差があれ子どもができにくい治癒能力者は血族の結束という手段は使えない。だからこそ血に拘らず誰でも受け入れてきた。
初めは小さかった集団が大きくなり、神殿という拠点ができ、権力が生まれ、利権も大きくなった。そして初心を忘れ私腹を肥やすものが出てきたが、本来は治癒能力者を迫害から守るための組織だったのだ。
大神官様は治癒能力者の庇護、その体現者だった。たくさんの治癒能力者が彼に守られ成長した。
まさにおぬしのような者が守られたはずだった」
その大神官様をおぬしらが排斥した。
言葉にはしなかったが、少女には伝わった。
「罷免は取り消されたって……」
少女の顔は泣き出す寸前だ。わかっていても事実を告げ、覚悟を迫らねばならない。
「取り消されはしたが知らせるすべはない。戻ってこられないのなら探すすべもない」
自分を唯一守ってくれたかもしれない人はどこにもいない。戻ってきてもくれない。先ほどまでは周りが敵ばかりだと苛立って強気に戦えたが、最大の味方を失った気がして今は震えるほど不安だ。
だが神官の声は止まらない。少女に現実を突き付けてくる。もう怒鳴って遮ることもできない。
「総崩れの王太子にとって子ができることは唯一の慶事、勝利とも言える。それが不可能とわかれば、おぬしをどうするのか。楽観視できないことはわかっていような?」
力なく頷いた少女の目から涙がこぼれ落ちた。
「今、わが国の神殿は柱となる大神官が不在だ。さらに神官長の半分近くが破門され、代理を立てての綱渡り状態。神官どもの腐敗はおぬしのせいではないが、おぬしは王太子と婚約という大罪を犯して壊れかけの組織に最後の楔を打ち込んでしまった。ああ、それもそなただけの責ではない」
大罪という言葉に震え上がった少女だが納得もできて肩を落とす。
自分だけの責任ではない。それだけが救いだった。
「他国の神殿では王族貴族から神殿への婚姻攻勢が始まっておる。いわく有能な治癒能力者を後継者の婚姻相手にと。当然受けることは出来ないが、理由を説明することもできない。おぬしと王太子の婚約は悪しき前例となった」
問題はこの国だけではすまないのだ。少女の恐れがさらに増した。
「この状態でも神殿は治癒能力者の不妊について公表はできない。この国の治癒能力者のためでもあるし、この大陸のすべての治癒能力者のためでもある。国を問わず、すべての神殿が黙秘を誓っている。協定を破り勝手に公表することはできないし、しない」
王族貴族からの脅迫に近い申し込みに各国の神殿が混乱しているのだろう。
「おぬしらのしたことで、わが国の神殿は他国の神殿からも睨まれておる。本来なら王族貴族と確執のある神官は他国の神殿に受け入れてもらうのだが、混乱の起因となったおぬしを引き受けてくれる神殿はない。大神官様の頼みなら引き受けてくれたかもしれぬがな……」
大神官は他国の神殿とも交友が深かった。そも彼の存在を知らしめた戦争において、敵味方を問わず治療をし名声を得たからだ。当時の敵国さえ戦後に勲章を贈ると称えた。彼は、神殿の神官としての活動だからと個人への顕彰を辞退したが。
「大神官様はどこに?」
「こちらが聞きたいわ」
うっかり地が出てしまった。元貴族としての仮面を脱ぎ捨てたら、この浅慮な少女に八つ当たりをしてしまいそうで、神官は自身を律する。
「ごめんなさい。本当に何も知らなかったの」
「何も知らずとも、婚約者を持つ異性と不貞など、冤罪捏造などしなければこうはならなかった。悪事と知っていただろう? 子爵家と母親の神殿籍を改竄したことも」
少女は首を大きく縦に振った。いけないことだと知っていた。でも王子が笑っただけでみんなが頷いたから、大したことではないと思ったのだ。
「それでも大神官様はおぬしを守る手立てを残してくださった」
少女の顔が上がって初めて神官の顔を見た。
打ちひしがれている時間などない。神殿に余力がない以上、少女にも自分の足で立ってもらわなければならないのだ。
「おぬしが無事王太子と婚姻しても、子が出来ぬことで排斥を受け神殿に助けを求めるだろう。その時は、聖女の地位を取り消し、神殿の神官として身を粉にして働かせるようにとの言付だ。
この勢いで働けば晩年には本物の聖女に顕彰されるかもと噂を流し、実際に神殿で広く一般市民の治療を大量に行えば大衆は軟化する。自分を治してくれる者を悪く言う者はいない。王太子がおぬしを消そうとしても世論が邪魔をする。わかるか?」
少女が理解するのを十分に待ち、言葉を続ける。
「働け 治癒術士として 神官として」
涙に濡れた少女の目に、確かに力が宿った。