軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪役令嬢の執事様 3/3

「……ソフィア、いまなんと言った?」

「で、ですから、シリルとの婚約に伴い、お父様はわたくしを次期当主にするつもりだ、と」

ローゼンベルク侯爵家のお屋敷。

父親から伝えられた事実をアーネストに伝えたソフィアはそっと目を伏せた。

ソフィアはいままでシリルと結ばれるために全力を尽くした。そのためなら手段を選ぶつもりはなく、シリルを王族にするというプランさえ立てていた。だから、シリルと結ばれるための手段として、次期当主になることを決めた。その事実に後悔はない。

だけど――

(お兄様はローゼンベルク侯爵家の次期当主としての教育を受けていた。当然、次期当主になるつもりだったはず。それを妹のわたくしに奪われた、怒るのも無理はありませんね)

報告を聞いて怒りを滲ませる兄を前に、ソフィアは罪悪感を抱く。

目的のためには手段を選ばない。だけど、目的を達成したからこそ、それによって生まれた犠牲に目を向ける余裕が生まれたのだ。

そうして、必要なら次期当主の座を兄に譲ることも視野に入れる。ソフィアの目的はあくまでもシリルとの婚約であり、その婚約が維持されるのであれば、次期当主の座は必要ないからだ。

「お兄様がお望みなら――」

「シリルとの婚約を取りやめるのだな!?」

喰い気味に返ってきたのは予想と違う答え。

「は? 取りやめたりしませんが?」

ソフィアは即答した。

ついでに、ちょっぴり声が低くなっているのはお怒りだからである。

「わたくしが申し上げたかったのは、次期当主の座の話です」

「あぁ、次期当主か。うん、おまえとシリルなら大丈夫だろう」

「ええ、まぁ……衰退させるような無様は晒しませんが……いえ、そうではなく。お兄様はローゼンベルク侯爵家の後を継ぐつもりだったのでは?」

なぜ、そっちに対して無関心なのか。もしや、無理をしているのだろうかと勘ぐった。

けれど――

「留学先の隣国で名家のご令嬢と恋仲になってな。向こうは一人娘ゆえ、婿養子を求めているのだが、俺は跡取りだからと悩んでいたところだ。だから、渡りに船だった訳だ」

「は?」

再びソフィアの口から低い声が零れる。

「お兄様、聞いていませんよ。何処のどなたですか? ちゃんとお兄様に相応しい相手かわたくしが試験をします。わたくしに勝てるくらいでないと、お兄様の恋人として認めませんよ」

矢継ぎ早に捲し立てる。そんなソフィアをまえにアーネストは笑みを零した。

「ふっ、最近はすっかりシリルに奪われてしまったと思っていたけど、おまえが相変わらず私を慕ってくれていると知って嬉しいよ」

「茶化さないでください」

「紹介するのはかまわないけれど、おまえの理論でいうなら、俺がシリルを試してもかまわないのか? 俺に勝てるようでなければソフィアは任せられないぞ?」

「シリルは絶対に負けないので問題ありませんわ」

ブラコンを発揮しながら、さらっとシリルのことで惚気る。

これにはシスコンのアーネストも苦笑いを浮かべた。

◆◆◆

「――という訳で、私はあなた方の上司ではなくなります」

ローゼンベルク侯爵家のお屋敷にある俺の私室。ロイとエマを呼び出した俺は、自分が執事ではなく、貴族になることを内々のこととして伝えた。

「師匠が……貴族?」

「シリル先生が……ソフィアお嬢様と婚約?」

二人は揃って目を見張った。

それから複雑そうな顔で俯いてしまう。

もっと喜んでくれるかと思ったけど、少々予想外の反応だ。

いや……そうだな。二人はスラム街で生まれ育った子供だ。俺が上司でなくなるのなら、自分達はどうなるのかと不安が先に来るのは当然だ。

「失礼しました。二人にはこれから私とソフィアお嬢様に仕えてもらうこととなります。私が上司から仕えるべき相手に変わりますが、基本はそう変わらないと思ってください」

俺がそう口にすると、エマはぴくりと肩をふるわせた。ほどなく、顔を上げたロイがエマの背中をあやすように撫でると、顔を上げて俺にまっすぐな瞳を向けた。

「師匠、ソフィアお嬢様を幸せにしてあげてくれよ」

「ええ、もちろんです」

彼らの反応を誤解していたことに気付いた俺はしっかりと頷く。それを確認したロイは鼻を鳴らし、それからエマの背中を叩いた。その拍子に顔を上げたエマの視線が俺に向けられる。

「シリル先生……幸せになってくださいね」

「ありがとうございます」

ロイはソフィアお嬢様を、そしてエマは俺を慕っていた。それがただの憧れだったのか、それとももっと深い想いだったのかは分からない。

それを決めるのは彼らだから。

ただ、それでもなお、祝福の言葉をくれる二人は本当に良い子に育った。

二人にも幸せになって欲しいと心から願う。

だから――

「ロイ、エマ、両親に会いたくありませんか?」

俺はかねてより考えていた提案を口にした。

彼らの親は子供を売った。その事実は絶対に消えない。でもそれは、片方だけでも護ろうとした結果だった。決して、子供が嫌いで売り払おうとした訳じゃない。

なにより、彼らの両親はノーネームの保護下で更生に向けて努力を続けている。二人が幸せになるためにも、両親に会うべきだと思ったのだ。

――それを伝えた。

彼らがどのような答えを出すかは分からないけれど、これからも彼らは成長を続けるだろう。

月日は流れ、お城でローゼンベルク侯爵家が主催のパーティーが開催された。これは王家がローゼンベルク侯爵家を、そしてこのパーティーを後援しているという意思表示に他ならない。

なにか重要な発表がされるに違いないと、人々はそのパーティーに大きな関心を抱いていた。

そうして多くの参加者が集まるパーティーの会場で、俺はソフィアお嬢様と連れ添って歩いていた。そこに、ライモンド、それにクロエやルークを連れたフォルがやってきた。

「シリル、しばらく見ないうちに背が伸びたわね」

「フォルシーニア殿下、お久しぶりですね」

「フォルでいいって言ってるでしょ。貴方は友人で、恩人なのだから」

フォルがフワッと笑うけれど、俺は思わず苦笑いを浮かべた。

死の影を振り払った彼女は美しく成長し、いまでは山のように縁談が舞い込んでいるという。彼女に想いを寄せているものも多く、親しくしてもらっている俺はわりと針のむしろである。

唯一の救いは、フォルの想い人を知っているがゆえに、ソフィアお嬢様が嫉妬しないことだ。これでソフィアお嬢様にまで嫉妬されていたら俺の胃が保たなかったと思う。

「ライモンドも、すっかり彼女に仕える姿が板に付いてきましたね」

話しかけるが、フォルに仕える立場で、執事同士の立ち話は――という思いがあるのだろう。彼は頷くに留めたが、気を利かせたフォルがソフィアお嬢様に声を掛ける。

こうして生まれた猶予は、使用人にとって情報交換の機会となる。そういう状況をフォルが作ってくれたことに気付いたライモンドが、俺に向かってさきほどの答えを口にする。

「フォルお嬢様が王族だと知ったときは心底驚いたが……まぁ、なんだ。おかげで家族を救うことが出来た。これも全部おまえのおかげだ、シリル」

「……急になんですか?」

「ちゃんと礼を言っていなかったと思ってな」

「貴方の努力が報われただけ。私はなにもしていませんよ」

「おまえはそう言うと思ったぜ」

悪態を吐くライモンドの姿が懐かしい。

そうして笑っていると、今度はルークが話しかけてきた。

「よっ、久しぶりだな、シリル」

「ええ、久しぶりですね。最近はずいぶんと活躍しているそうですね」

「おう、おまえが学園で補佐役を任せてくれたおかげだ。感謝してるぜ――っと、そういや、おまえとこうやってタメで話せるのもこれで最後かな?」

「――ちょっと、ルーク」

誰が訊いているか分からないから余計なことを言うなと、クロエがルークの腕を引く。

「わーってるよ、俺だってあの頃の俺じゃないんだぜ」

「だといいけど。……シリル、久しぶりね。出会ったときからただ者じゃないとは思ってたけど、まさかここまでだったとはね。ほんと、予想もしてなかったわ」

ルークに対して目を瞑って溜め息を吐いたクロエは、片目だけを開いて俺に呆れ眼を向ける。

「みなさんも活躍しているではありませんか。王城での活躍は聞いていますよ」

「ありがと、まぁ私も負けてられないなって」

思い出話に花を咲かす。

ほどなくして、ソフィアお嬢様と会話を終えたフォルが俺に視線を向ける。

「そうそう、シリル。そろそろダンス会場に向かったらどう?」

「え? あぁ、そうですね……」

今日は俺が爵位を授かり、ソフィアお嬢様との婚約が正式に発表される日だ。ダンスはその後にと思っていたのだけど……ソフィアお嬢様が期待に満ちた顔をしていたので同意した。

そうしてソフィアお嬢様と二人でダンスフロアに向かう。

煌びやかなダンスホールの前、音楽に満たされたその場所でソフィアお嬢様が俺を見た。

何処か懐かしい光景。

そこに――

「久しぶりですね、ソフィアお嬢様」

リベルトが現れた。

どうしてここにリベルトが?

俺が疑問を抱いているあいだにも、彼はソフィアお嬢様に話しかける。

「大変不躾ではありますが、私と一曲踊ってくださいませんか?」

意味が分からない。

学園のときと光景が被るが、ここは貴族が集まるパーティーだ。彼がここにいるはずがないし、ここにいたとしても彼がお嬢様をダンスに誘うような不躾をするはずがない。

「見つけました、シリルさん!」

混乱する俺に声を掛けたのはアリシアだった。

「アリシアお嬢様?」

「シリルさん、私と踊ってください!」

ど、どうなっているんだ?

まるであのときの焼き直しだ。

「ソフィアさん、僕と一曲踊っていただけますか?」

そこに現れるアルフォース殿下。

いつかの修羅場の再現だ。

いや、あの頃よりも俺達は成長している。だからその分、あの頃よりも修羅場感が強い。でも、そんなことはあり得ない。まさかと視線を巡らせれば、悪戯っ子のように笑うフォルがいた。

そして、ソフィアお嬢様は目をキラキラとさせている。

あぁ……本当にもう、まったく。

仕方ないな――と、俺は背筋をただした。

俺が正式な貴族になり、ソフィアお嬢様の婚約者になるのは発表後だ。だが、ここにいるのはそういった事情を知っている者達ばかりだ。ここまでお膳立てされたのだから迷うことはない。

俺は、あのとき口に出来なかった言葉を皆に向かって口にする。

「申し訳ありませんがご遠慮ください。彼女と踊るのは俺なので」

ソフィアお嬢様を背後に庇うようにして言い放つ。それを聞いた彼らはニヤニヤと笑い始めた。乗せられている気はするけれど、ここは友人達のサプライズに感謝するとしよう。

俺は晴れ晴れとした気持ちで振り返り、ソフィアお嬢様に手を差し伸べた。

「ソフィア、俺と一曲踊っていただけますか?」

「――はい、よろこんで」