軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪役令嬢の執事様 1

俺が拒絶した瞬間、ソフィアお嬢様もまた拒絶の言葉を口にしたのが聞こえた。お嬢様が拒絶するのは俺のことを信じてくれた結果だろう。

だから俺は、その信頼に応えなくてはいけない。

「シリル……あたしの提案を拒絶するって言うのですか?」

「はい。せっかくのご提案ですが、それに応じることは出来ません」

ダンスを止めて、シャルロッテ皇女殿下の視線を受け止める。彼女の瞳が燃えるように赤みを帯びて、俺をキッと睨みつけてくる。

「どうしてよ、これ以上の提案なんてあり得ない。貴方の大切なお嬢様を護ることが出来る上に、一介の執事が皇女の夫に成れるのよ!?」

「……申し訳ありません」

たしかにシャルロッテ皇女殿下の言うとおりだ。

ゲームが礎の世界でも、決してゲームの中ではない。現実の世界で大切な人を護ることが出来て、そのうえで自分は皇女の夫になる。

それ以上のハッピーエンドなんてあり得ない。

だけど、それは俺が望んだハッピーエンドじゃない。そんな結末に価値はない。――なんて、口に出して言うほど傲慢じゃないけどな。

だけど、シャルロッテ皇女殿下には俺の言いたいことが伝わったようだ。

「そんなに……そんなにあのお嬢様の側が良いというの? だけどこのままじゃ、貴方のお嬢様はお兄様の婚約者ですわ。それをちゃんと分かって言っているのかしら?」

「……誤解しているようですね」

ソフィアお嬢様の専属執事見習いとなって彼女に誓いを立てたあの日から、俺の願いは、ソフィアお嬢様の願いを叶えて幸せにすることになった。

「ソフィアお嬢様が望んでいない以上、お嬢様とハロルド皇子殿下の婚約はあり得ません。私の育てたお嬢様は、自分の意志を貫くためなら神々だって敵に回すんですから」

「彼女が政略結婚を拒絶するというの?」

「ええ、その通りです」

「そんなことをしたら、両国にどれだけの影響を及ぼすか分かっている?」

「最初に申し上げたとおり、ソフィアお嬢様はその覚悟をお持ちです。ですが――」

ダンスが終わるのと同時、俺はシャルロッテ皇女殿下から身を離した。そのあいだも、ソフィアお嬢様とハロルド皇子殿下は途中でダンスを止めて向き合っている。

その事実に周囲がざわめき始めた。

そして――そんな二人の元に、ランスロット殿下が歩み寄った。

「やぁ二人とも、楽しんでくれているか?」

「これは……ランスロット殿下。さすがはエフェニア国の第一王子のパーティーだと感心させられている。もちろん、楽しんでいる」

「それは良かった。そんなハロルド皇子殿下にはとても申し訳ないのだが、弟や、もちろん私も、ソフィア嬢とダンスを踊る予定なんだ。次は弟に譲ってもらってもかまわないかな?」

ざわりと、ダンスホールがざわついた。

「知っての通り、彼女は聖女とまで噂される我が国の宝でね。多くの者が彼女とのダンスを楽しみにしている。ハロルド皇子殿下にだけ独占させるわけにはいかないんだ」

そこまで言われて理解できない者はこの場にいない。

ソフィアはこの国の宝で、王族ですら伴侶にと望んでいる。ゆえに他国の皇子に渡す訳にはいかないと、ランスロット殿下はそう宣言したのだ。

「――それは、すまなかった。ソフィア嬢も、案内役なのに色々と頼んで申し訳なかった。今日はもう良いから、他の者と踊ってくると良い」

ソフィアお嬢様は優雅なカーテシーで応え、静かにその場を離れた。

そうして残されたランスロット殿下とハロルド皇子殿下が話を始める。そんな二人から視線を外した俺はシャルロッテ皇女殿下に視線を戻す。

彼女は信じられないとばかりに目を見開いていた。

「なにを……したの?」

「私はただ、執事としての役目を果たしたまでです」

「ふざけないでっ! あんな風に事を荒立てて、どうやって収拾するつもりよ!?」

ソフィアお嬢様と同じ、アメシストの瞳が怒りに赤く染まっている。魔力過給症……かもしれないが、それは微々たるものだろう。

少なくとも、彼女本人がそれに苦しんでいる様子はない。

けれど――

「シャルロッテ皇女殿下。貴方の大切な方が魔力過給症で苦しんでいますね」

「――なぜ妹のことをっ」

その瞳が大きく見開かれた。前夜祭の知識があるトリスタン先生からそういった情報がなかったため、最初はその可能性に思い至らなかった。

だが、魔力過給症について話題が上がったとき、シャルロッテ皇女殿下自身が口にしたのだ。皇国は魔力過給症の治療法をあらゆる角度から探した――と。

隣国の依頼を受けただけにしては少々大げさな表現だ。

それに、シャルロッテ皇女殿下は魔力を放出する技術に並々ならぬ興味を抱いていた。なにより、留学の予定を繰り上げて飛んできた。

だから思ったのだ。

シャルロッテ皇女殿下自身、もしくは近しい人が魔力過給症なのではないか、と。

だが、シャルロッテ皇女殿下はフォル先輩のように魔力を普段から消費するような素振りは見せなかった。だからきっと後者だと思った。

もちろん、その時点では誰が魔力過給症なのかまでは分からなかった。だが、重要なのはシャルロッテ皇女殿下が、誰かのために魔力過給症の対策を求めている事実。

それが分かれば十分だった。

だが、念のために裏を取る必要がある。だから闇ギルドに依頼して調べてもらったのだ。シャルロッテ皇女殿下にとって弱みになり得る人物が誰で、どういった人物なのか、と。

そうして浮き上がったのが彼女の妹。半分しか血の繋がりがないが、シャルロッテ皇女殿下が物凄く可愛がっている――とても病弱な女の子。

魔力過給症であることは隠していたようだが、そうだと思ってみると符合する点が多い。

妹がそうであるという確証はなく、最終的にはハッタリをかます必要があったのだが……彼女が自ら妹のことだと教えてくれたのでその必要はなくなった。

やはり、シャルロッテ皇女殿下は隙が多い。

だが、ハロルド皇子殿下にしろ、シャルロッテ皇女殿下にしろ、原作をプレイした姉によると非常に優秀な人物だという話だった。

おそらく、いまの彼女は時間がなくて焦っているのだろう。

そしてゲームで切れ者と評価されたのは、時間の制限が取り払われた後だから。魔力過給症が完治したのなら良いが……フォルの件を考えてもそれはない。

つまり、妹の余命は残りわずか。

シャルロッテ皇女殿下が取引はパーティー後でも良いと言ったことから考えて今日明日と言うことはないはずだが、放っておけば残り数ヶ月の命ということだ。

「……なるほど、ね。魔術の研究を持ちかけたのも、魔力を放出する技術を後で公開すると言ったのも、あたし達を油断させる罠だったという訳ね」

彼女の瞳に諦めの色が滲んだ。

ソフィアお嬢様と同じ色の瞳に、そのような感情を映すことに軽い苛立ちを覚える。

「違います。間違っていますよ、シャルロッテ皇女殿下」

彼女の身内が魔力過給症ならば、俺は誰よりも有利な立場にいる。その時点で、ソフィアお嬢様の政略結婚を阻止することは造作もないことだった。

ただし、一介の執事である俺がそのような駆け引きをすれば角が立つ。

だからこそ、俺はこの件を丸く収めるために動いた。その結果が――と視線を向ければ、ハロルド皇子殿下がランスロット殿下に抱きついているところだった。

ご令嬢が黄色い悲鳴を上げているが別に腐っている訳ではない。

「……なによ、あれ。兄様はどうしちゃったの?」

「ただの執事である私が口にすることではありません。どうかランスロット殿下や、ハロルド皇子殿下からお聴きください」

恭しく頭を下げる。そうして頭を下げ続けていると、少し迷った様子のシャルロッテ皇女殿下はランスロット殿下達のもとへと向かって行った。

それを見届けたところで、今度はアーネスト坊ちゃんがやってくる。

「シリル、一体なにをした?」

「私はただ、ソフィアお嬢様の政略結婚を穏便に阻止しただけでございます」

「誤魔化すな。公の場で皇子殿下に恥をかかす寸前だった。最悪でなくとも、それに近い状況に陥っていたはずだ。それがなぜ――」

アーネスト坊ちゃんの視線の先で、ランスロット殿下がシャルロッテ皇女殿下に腕輪を見せている。その効果は分からずとも、魔導具であることはすぐに分かるだろう。

「シリル、あの魔導具はなんだ?」

「エフェニア国からフレイムフィールド皇国への友好の証、だそうですよ?」

あれは、俺が作った魔導具。

使用者の魔力を強引に引き出す特注品だ。

あれがあれば、魔術抵抗が高くとも関係ない。本人が病などにより魔力を放出することが叶わなくとも、魔力を強引に抜き出すことが可能となる。

魔力過給症の人間に対するいざというときの安全装置となり得る魔導具だ。

それを王族の名の下、隣国にプレゼントすることになっている。むろん、実際には相応のお礼をぶんどることになるのだろうが、両国の友好の証としては十分だ。

そして、あの魔導具は二つ用意した。もう一つはフォルシーニア殿下の非常用として、ランスロット殿下がプレゼントすることになっている。

それが、この交渉に王族を引っ張り出したカラクリだ。

ただし、シャルロッテ皇女殿下が自分の妹が魔力過給症であることを公表するかは分からない。ゆえに、あの魔導具の効果を俺が口にする訳にはいかない。

「あの魔導具の効果が気になるのなら、ランスロット殿下にお尋ねください。少なくとも、私の口からアーネスト坊ちゃんにお話しする訳にはまいりません」

「……ふむ。それだけの理由があの魔導具にある、という訳か」

重要なのは、穏便にソフィアお嬢様の政略結婚を阻止できたという事実。それを理解してくれたようで、アーネスト坊ちゃんは「ならばいい」と引き下がる。

続けて「俺は父上にこの話を報告する」と立ち去っていった。

それを見送った俺はシャルロッテ皇女殿下の動向をうかがう。いまの俺はまだ、彼女の案内役という任を解かれていないからだ。

そうして待機しているとほどなく、話の途中だったシャルロッテ皇女殿下が戻ってくる。

「シリル、やってくれたわね」

「おや、お気に召しませんでしたか?」

問い返すと、シャルロッテ皇女殿下は少し迷ったあとに首を横に振った。

「いいえ、貴方にはとても感謝しているわ。でも……あたしは貴方も欲しかったのに、とても残念よ。やっぱり、あたしの元に来るつもりはないかしら?」

「もったいないお言葉です……が、以前にも申したとおり、私はソフィアお嬢様の専属執事です。ゆえに、ソフィアお嬢様のもとを離れるつもりはございません」

「――そうです。シリルは渡しませんよ」

追随する声に驚いて視線を向ければ、いつの間にかソフィアお嬢様が隣にいた。

「ソフィアさん……あたしは、貴方が羨ましいわ」

「良く言われます。だからこそ、わたくしはこの幸運を決して手放しません」

むぅ……と言いたげに、シャルロッテ皇女殿下がソフィアを睨んだ。どことなく、闇堕ちしそうなときと同じオーラが二人から漏れているような気がするのは気のせいだろうか?

……そう言えば、中途半端に攻略した場合の三つ巴バッドエンドって言うのがあったな。まあ、ここにフォルがいない以上は大丈夫だと思うが。

「手放す気がないだけなんて、飼い殺しも良いところじゃありませんか。あたしなら、シリルを夫に迎える用意がありますわ。シリルにもそう伝えましたもの」

「へぇ……シリル。シャルロッテ皇女殿下と結婚、するんですか?」

ソフィアお嬢様の目が三角形になった。いわゆるジト目で睨まれるが、その瞳が赤く染まることはない。どうやら、この件に関しては信用されているようだ。

まぁ、ここまでソフィアお嬢様のために頑張ったんだから、信用されなきゃ悲しすぎる。

「私はこれからもずっと、ソフィアお嬢様の専属執事です」

「あら、執事だって結婚くらいするでしょう。なんだったら、あたしが嫁いでも良いわよ?」

「……シリル?」

再び疑いの眼差しを向けられてしまった。

さっきと違って瞳が少し赤く染まった気がするのは気のせいだと思いたい。というかあれか。側にいると約束したが、約束してないことには信用がないと、そういうことか?

「ソフィアお嬢様が望まぬ限り、私が誰かと結婚するなどありません」

きっぱりハッキリ断言すると、ソフィアお嬢様は何処かホッとした様子で息を吐いた。対して、シャルロッテ皇女殿下はどこか残念そうな顔をする。

「仕方ないわね。ならせめて、あたしがエフェニアに留学しているあいだは、シリルに研究のお手伝いをお願いしても良いかしら?」

「それくらいであればかまいませんわ、シャルロッテ皇女殿下」

問われたソフィアお嬢様が承諾する。

だが、彼女は続けて「ですが――」と人差し指を立てて微笑んだ。

「今日のわたくしは案内役としての役目を終えたばかりでパートナーを伴っていません。ですから、シリルをお返しいただけますかしら?」

研究のお手伝いはともかく、それ以外では貸さないと言わんばかりに主張。ソフィアお嬢様と相手の地位を考えれば、相当に攻めた発言だろう。

それが分かったからか、シャルロッテ皇女殿下は苦笑いを浮かべた。

「シリル、聞いての通りです。案内役はもう結構です。いままでよくやってくれましたね」

「もったいないお言葉です、シャルロッテ皇女殿下」

この瞬間をもって、俺はシャルロッテ皇女殿下の案内役としての役目を終えた。そしてこの瞬間から、ソフィアお嬢様の専属執事として復帰する。

「ではシリル。さきほど申したとおり、今日のわたくしはパートナーを伴っていません。これよりは、シリルがわたくしのパートナーを務めてください」

「かしこまりました」

執事としては後ろに控えるべきだが、パートナーならエスコートする必要がある。

そして、エスコートの方法には主に二種類の方法がある。

一つ目は手のひらを上に、手を差し出してエスコートする方法。これは階段の上り下りなど、足場が不安定な場所でエスコートするときに使うことが多い。

そしてもう一つは、腕を差し出してエスコートする方法。これは一般的なエスコートの方法で、並んで歩くときなどはこちらを用いるのが普通である。

だが、ソフィアお嬢様は手を差し出してきた。その手を下から掬い上げれば、一つ目のエスコートになるのだが、いまこの状況ではそぐわない。

なぜ――と考えたのは一瞬。

俺は片膝をついて、ソフィアお嬢様の手を下からそっと持ち上げた。

「ソフィアお嬢様、一曲お相手いただけますか?」

「――ええ、喜んで」