軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 お嬢様のわりと良くある社会勉強 6

侯爵令嬢の甘い囁きに、悪徳兵士は洗いざらいをぶちまけた。とある黒幕貴族がこの店を狙いつつ、侯爵令嬢の名を汚そうとしたと言うことのようだ。

それらを聞き終えた後、あらためて呼んだ兵士達に、悪徳兵士と借金取りの男達の引き渡しがおこなわれた。事情聴取ということで、関係者達も同行を求められる。

同じようにレジーナとレーナも同行を求められたが、侯爵令嬢のはからいで出頭は許され、後日話を聞かれるだけとなった。

店を放っておく訳にはいかなかったので、これは正直ありがたい。ただし、当事者であるエフィーとシエルは事情聴取に連れて行かれてしまった。

借金のこと、そして人手のこと。今回の事件がどのような結末に終わるのか、悶々としながらも、母と二人で店を回していく。

そうしているうちに店は閉店の時間となった。

片付けをしていると、ようやくエフィーとシエルが戻ってきた。

「――二人とも、大丈夫だったの!?」

「はい、私達は大丈夫です。心配掛けてごめんなさい」

答えたのはエフィーだが、言葉遣いがこれまでのお嬢様言葉でなくなっている。色々な意味で困惑しつつ、話を聞くために皆で客用のテーブルを囲む。

話を聞くのはレーナとレジーナの親子で、事情を話すのはエフィーとシエルの二人だ。

「まず、いままで嘘を吐いていたことを謝罪します。私達の本当の名はエマとロイ。私達兄妹は、ソフィアお嬢様にお仕えする使用人です」

「兄妹で使用人? じゃあお嬢様と使用人っぽく振る舞っていたのは?」

「いわゆる体験学習です。私達はまだ使用人として経験不足でして、それを補うためにシリル先生に課題を出してもらったんです」

どうやら、二人は交代で 主役(あるじやく) と使用人役を体験して、使用人としての立ち回りを勉強しているらしい。そして今回は、エマがお嬢様役だったそうだ。

「じゃあ……その、二人がここに来たのはたまたまなの? その……あの借金取りが、おまえ達もこの店を……とか言ってたけど」

「偶然ではありませんね。お嬢様からここに通うようには言われていました。ただ、レーナさんが思ってるような理由ではありませんよ。これを見てください」

エマが書類を差し出した。それを受け取ったレジーナが書類に目を通しているあいだにも、エマはレーナに向かって話を続ける。

「いま渡したのは、ソフィアお嬢様があなた方の借金を肩代わりしたという書類です」

「つまり、このお店を貴方達のご主人様に売れ、と言うこと?」

レーナの言葉が少しだけとげとげしくなる。

二人が居て助かったのは事実。そして、さきほどの借金取りよりも善良であることは想像に難くない。だけど、それでも、騙されていたのかというショックが態度に滲んでしまった。

けれど――

「いいえ。お嬢様が望んでいるのは店の継続です」

「お店の継続? じゃあ……借金を肩代わりするって言うのは――」

レジーナに袖を引かれて追及の言葉を飲み込んだ。どうしたのかと問い掛けるレーナをよそに、レジーナはエマに向かって口を開く。

「この書類に書かれていることは本当ですか? 借金の返済は無理のない範囲で良く、また利子については一切請求しないとありますが……」

あまりに都合の良すぎる内容にレーナは息を呑んだ。そうして書類を覗き込むレーナをよそに、エマが事実ですと肯定する。

「……なぜ、そのようなことを?」

レジーナの問いに、ロイとエマが顔を見合わせた。そうして二人そろって首を横に振ると、口を揃えて「お嬢様の考えには、私達では及びがつきませんから」と笑った。

むろん、レジーナ達には訳が分からない。ただ、レーナの家の借金がロイとエマの主に移ったのは事実で、実質的に借金の負担が減ったのも事実。

更には、父が復帰するまではロイとエマも手伝いを継続してくれるとのこと。

最初は疑った二人だが、どれだけ話を聞いても問題はない。こうして、良く分からないうちに危機は去り、レーナ達に平和な日々が戻った。

◆◆◆

翌日の午後。

ソフィアは中庭の片隅にあるテーブル席でくつろいでいた。そこに、シリルがティータイムのお茶とお菓子を並べていく。

「また見たことのないお菓子ですね」

「ええ、ソフィアお嬢様に楽しんでいただきたくてご用意いたしました。スイートポテトと申します。見た目は地味で庶民向けですが、ほどよい甘さで美味しいですよ」

「ふふっ、どんな味がするのかとても楽しみです」

シリルが作った時点で味は保証されているも同然だ。ソフィアは目を輝かせつつ、小さく切り分けたスイートポテトを口に運んだ。

口の中でほろほろとほぐれる不思議な食感。

どこかホッとする、ほどよい甘さにソフィアは目を細めた。

「これはなんというか……優しい味ですね」

「そうですね。手軽に作れる庶民向けのお菓子となっています」

「……もしかして、ポテトとはジャガイモのことですか?」

「いいえ。ジャガイモでも作ることは出来ますが、これはサツマイモを使っています。ですが、お嬢様が予想なさったことはおそらく正解ですよ」

それはつまり、ソフィアの考えが一歩及ばず、シリルにフォローされたと言うこと。それに気付いたソフィアだが、悔しがるでなく、シリルには敵いませんねと微笑んだ。

――今回、ソフィアが社会勉強で課せられたのはクレープの関連。

王族の名の下、リベルトの商会がクレープを提供するカフェをオープンさせることで生じる問題を把握して、周囲への影響を最小限に留めるというのが課題だった。

それゆえ、ソフィアはまずカフェの周囲についての情報を集めた。その結果、建設予定である一号店周辺の土地を、他の貴族や商人達が狙っていることを突き止めた。

だからレーナの食堂が狙われることを予想してロイとエマに見張らせた。

そしてそれとは別に、いくつかの店にジャガイモを提供した。

これはレーナの店が潰れないようにする保険でもあるが、どちらかというと、ローゼンベルク侯爵領で栽培を始めたジャガイモをこの国に広めようという意図が大きい。

一石二鳥の計画となった、はずだった。

だが、スイートポテトを見たソフィアは、自分が失念していたことに気付く。

クレープの店がオープンすることで、周囲の店に影響が出るのと同じように、ジャガイモを市場に広めることで、他の食材、特に他の芋に影響が出る。

つまりシリルは、ジャガイモによって低下するであろう他の芋――今回はサツマイモの需要を補うために、スイートポテトを作りだしたということ。

それは、ソフィアが思い至らなかった領域である。

「……わたくしはまだまだですね」

「いいえ、お嬢様は良く頑張っていますよ。とくに、ただ手を差し伸べるだけでなく、料理人達の力量を測り、今後に活かそうとした点がとても素晴らしいです」

「ありがとう、シリル。でも、まだまだ貴方には届きません。シリルに追いつけるように、次はもっともっと頑張ります。だから、これからも見守っていてくださいね?」

「もちろんです、お嬢様」

健気なお嬢様に、シリルは優しく微笑み返した。

これはシリルに課せられたソフィアのお勉強、わりとよくある風景である。