軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戯曲 光と闇のエスプレッシーヴォ 前編 5

「そうか……キミは、あのときの少女か」

訓練室の真ん中で、アルフォース殿下が王子アルフレッドのセリフを口にする。俺は「はい、覚えていてくださったのですね」とオレリアのセリフで応じた。

「忘れるものか。初めてキミを目にした瞬間から、忘れたことなど一度だってない!」

アルフォース殿下はなかなかに迫真の演技だ。オレリアを思う気持ちが、読み合わせの相手をしている俺にまで伝わってくる。

フォルの演技は見たことがないので除くが、ソフィアお嬢様が一番上手い。それに続いてアルフォース殿下。それから越えられない壁があってアリシアといったところだ。

「僕には親が決めた婚約者がいる。だけど、あんな婚約者よりも、オレリア、キミの方がずっと素敵――なわけないじゃないですかっ!」

――ふぁっ!?

アルフォース殿下のご乱心に、思わず執事らしからぬ声を上げそうになってしまった。

「ソフィアさんの方がずっと素敵に決まっています! なのにヒロインを選ぶなんて、アルフレッドは馬鹿なんですか!?」

自分がモデルのキャラ全否定二人目である。

「落ち着いてください、アルフォース殿下。悪役令嬢はエルヴィールであってソフィアお嬢様ではありませんよ?」

もっとも、そのエルヴィールのモデルはソフィアお嬢様なのだが……ややこしいな。

「たとえ演じる役が悪役令嬢であろうと関係ありません。ソフィアさんが演じるのなら、たとえごろつきAであっても美しいに決まっています」

……ふむ。

ソフィアお嬢様ならむしろ、完璧なごろつきを演じて周囲をドン引きさせそうな気がする。

とはいえ、あの美しい声でドスを利かせて、冷ややかな目で詰め寄ってくるのは破壊力がありそうだ。なにかに目覚める者が現れるかもしれない。

「お気持ちは分かりましたが、演技はなさっていただかなければ困ります。それにほら、フォルさんも美しいではありませんか」

「まあ、たしかに綺麗かもですけど、僕にとっては……」

あぁ、そういえば従姉にあたるんだったか。一部の者しか知らない事実みたいだから、その辺りは深く追求しない方がいいだろう。

だが、自分の従姉と結ばれるために、初恋の相手を捨てた上に処刑するというのは、たとえ演技であったとしても精神的にキツそうだ。

アルフォース殿下が闇堕ちしないか心配になってきた。

――と、そんな感じで個々の稽古を続け、あっという間に一ヶ月が過ぎた。

少しずつ良くなっているが、問題はやはりアリシアとアルフォース殿下だ。どうしても演技が白々しく映る。やはり感情移入できないというのが演技の妨げになっているのだろう。

俺はその対策を講じるために生徒会室へと顔を出した。

執務室のシステムデスクに座るフォルは相変わらず風の流れを作る魔術を行使している。最近はだいぶ暑くなってきたので、それなりに効果はありそうだ。

自ら発動させた魔術で涼みつつ、フォルは黙々とペンを走らせている。

無垢な少女のように微笑んだかと思えば、寂しげな吐息を零す。書いているのは日記だと言っていたが、一体なにをそんなに書いているのだろうか?

少し興味はあるが、乙女の日記を盗み見るなど、業火に焼かれても文句は言えない。俺はこちらに気付いていないフォルに呼びかけた。

「あら、来てたのね」

「来てたというか、フォルさんが招き入れたんですけどね」

俺のノックに応じたのはフォル自身だ。

一つのことに集中すると周りが目に入らなくなるタイプかと思ったが、おそらくはそうじゃない。彼女は日記を書きながら魔術を発動させている。

二つのことを同時にしているがゆえに、周囲に対する意識が散漫になっているのだろう。

「ところで、フォルさんフォルさんって、いつまでそう呼ぶつもりかしら?」

「失礼いたしました。フォルシーニア殿下」

反射的にかしこまると、なにやら凄く嫌そうな顔をされた。

「私はとある伯爵家縁の平民と言うことになっているはずよ?」

「たしかに巧妙に隠されていましたが、少し調べればすぐに分かりましたよ」

「……分からないから巧妙って言うのよ?」

なにやら呆れられてしまったが、巧妙に隠されていたのは表面的な部分だけだ。

学園でフォルのことを調べても伯爵家縁の平民らしいという情報しか出てこないが、王家を調べればフォルシーニアという娘がいることはすぐに分かる。

「……はあ。知られてしまったことをどうこう言っても仕方ないわね。それで、そのことは当然、ソフィアさんにも報告してるのよね?」

「いいえ、ソフィアお嬢様には報告していません」

「……なぜかしら。自分の見聞きしたことを主に報告するのが執事の務めでしょう?」

「フォルシーニア殿下がそれを望まれていないようでしたので。必要があればご報告いたしますが、そうでないのであれば報告しない方がソフィアお嬢様の為だと判断いたしました」

フォルが身分を偽っているのは、かしずかれるのが嫌だから。俺がフォルシーニア殿下と呼んだときの反応から考えても、その想像は間違っていないだろう。

もし迂闊な主に仕えていれば、フォルが王族であることを報告して、決して粗相をしないようにと言い聞かせる必要があるが、ソフィアお嬢様ならその心配もない。

であれば、フォルの正体は知らせない方が自然に接することが出来ると判断した。

「……そう、そこまで考えていたの。噂通り優秀なのね」

「お褒めにあずかり光栄ですが……今後はなんと呼ばせて頂ければよろしいでしょうか?」

「これからは同じ生徒会の仲間として、フォル先輩と呼んで欲しかっただけよ」

「かしこまりました。今後はフォル先輩とお呼びいたします」

俺がノータイムで応じたのが意外だったのか、フォルがパチクリと瞬いた。

「驚いた。私の正体を知った以上、絶対にそんな風に呼んでもらえないと思っていたわ」

「フォル先輩はソフィアお嬢様と同じ生徒会の仲間。であれば、可能な範囲で要望にお応えするのは当然のことですから」

「そう……ありがとう」

フォルはどことなく嬉しそうな顔で自分の髪を弄り始めた。

王族ともなれば日々重責に晒されることとなる。ソフィアお嬢様がときどき本当の自分を曝け出すように、彼女も息抜き的なことがしたくなるのだろう。

フォルに、ソフィアお嬢様の友人になってくれるように求める以上、俺も彼女の要望に応えるのが筋というものだ。

「――っと、話がそれたわね。私になにか用事かしら」

「演劇の練習についての報告です」

「ああ、なるほど。私はまだ合わせていないけど、みんなはもう合わせ稽古を始めているのよね? どんな感じなのかしら?」

フォルに促され、ソフィアお嬢様はなんの問題もないこと。アリシアとアルフォース殿下は感情移入が出来なくて手こずっていることを伝える。

「……アリシアさんとアルフォース殿下が感情移入できない?」

「ええ。そのように仰っております」

台本を書いたのはフォルの教育係である女性。

だが、それが事実とは限らない。

フォル自身が台本を書いた転生者である可能性もある。そうでなくとも、俺が転生者であるかどうか探っている可能性は十分にあるので、出来るだけ客観的な報告をした。

だけど――

「ふぅん。まあ、あの二人は腹芸とか苦手そうよね」

少しだけズレた答えが返ってくる。二人が感情移入できないという報告を聞いて、二人の演技が下手な理由を、俺がフォローしたと解釈したのだろう。

だが、それは非常に興味深い反応だ。

戯曲『光と闇のエスプレッシーヴォ』に登場する人物のモデルが彼ら。そのことをフォルが知っていれば、彼らが感情移入できない事実を興味深く受け取るはずだ。

なのに、フォルは普通に、演技が下手なことに対するフォローだと受け取った。もしかしたら、フォルは光と闇のエスプレッシーヴォについてなにも知らないのかもしれない。

だが問題は、転生者が誰にしろ、他の転生者を探す目的がなんなのかと言うことだ。フォル自身に悪意や敵意は感じられないが、彼女の教育係とやらが善人であるとは限らない。

目的が分かるまでは慎重になる必要があるだろう。

「まだ猶予はあるけれど、早急に対処した方が良いわね」

考えに耽っていた俺は、その言葉で我に返った。それがアリシア達の演技のフォローであることに気付いて即座に同意する。

このまま練習を続けていてもある程度は上達すると思うが、ソフィアお嬢様の演技が上手すぎる。彼女と一緒に舞台に上げたら、アルフォース殿下とアリシアが確実に恥を掻く。

「私もなんらかの対処が必要だと思いご相談にあがりました」

「……そうね。感情移入が出来ないのなら、集中的に役作りをしてみるのはどうかしら?」

「集中的に、ですか?」

即座に合宿という言葉が思い浮かんだ。この世界には緩やかながらに四季が存在していて、暑くなり始めたこの時期は一週間ほど休校になる。

だが、さすがに王族や貴族令嬢が合宿するのは問題がある。他の手段だろうと考えていたのだが、フォルは「どこか良い合宿場所に当てはないかしら?」と問い掛けてくる。

「……合宿をなさるつもりですか?」

「短期的に集中してその役になりきる。感情移入するには最適でしょう?」

「たしかにおっしゃるとおりですが、アルフォース殿下の合宿が許されますか?」

「アルフォース殿下の両親は私が説得するわ」

フォルがそういうのなら、両陛下は説得できる自信があるのだろう。アルフォース殿下が同意したのなら、子爵家が拒絶できるはずがない。

問題なのは、ソフィアお嬢様だが……グレイブ様はよほどのことがなければお嬢様の行動を咎めることはない。おそらく、事前に話を通せば許可は下りるだろう。

「かしこまりました。お嬢様とご当主には私から話を通しておきます」

「そう。話が早くて助かるわ」

フォルはどこか安堵するような表情を浮かべる。それを見た俺は少しだけ意外に思う。

「一つ、うかがっても良いでしょうか?」

「なにかしら?」

「フォル先輩は、他人と関わることを避けていらっしゃったのでは?」

ソフィアお嬢様を受け入れた時点である程度の歩み寄りは見せていたが、演劇をすることを受け入れるだけでなく、随分と積極的に関わろうとしているように見える。

「……意地悪ね。最初はあなたの言う通り避けていたわよ。でも、どうせ関わることになるのなら、いっそ思い切って関わってみようと思っただけよ」

「そう、ですか」

彼女が人を避けていた理由の候補を思い浮かべ、俺は少しだけ複雑な感情を抱いた。

俺自身が悔やむことはきっとない。けれど、いつかソフィアお嬢様に恨まれる日は来るかも知れない――と、そんな風に思ったからだ。

「それで、合宿先はどこが良いと思う?」

「……そう、ですね」

とっさに思いついたのは、リベルトルートのイベントだ。

リベルトと恋に堕ちたアリシアは、けれどリンドベル子爵に反対され、お屋敷に閉じ込められてしまう。そうして学園を辞めさせられ、リベルトとは二度と会えない――はずだった。

そこで暗躍したのがメリッサだ。

屋敷を抜け出した彼女が、アリシアの現状をリベルトに伝えたのだ。それを聞いたリベルトはリンドベル子爵のもとへと乗り込んだ。

最終的に、彼の情熱にほだされたリンドベル子爵は一つの条件を提示する。それは彼が子爵家の婿に相応しい教養を身に付ければ、娘との婚姻を許すというモノだ。

その結果、リベルトはアリシアと共にとある避暑地で教養を学ぶために合宿をおこなった。

設備は上々、場所も学園からそう遠くない。

だが――その場所の存在をこの世界の俺が知るはずはない。もしもその場所をあげれば、俺が転生者であることを悟られてしまう。

無難に考えるのなら、ローゼンベルク侯爵家の避暑地を提案するべきだろう。

だが――

「リベルトさんに伺ってみるのはいかがでしょうか?」

俺はあえて危険な選択を選んだ。

「……リベルト。庶民派のリーダーである彼に頼む、と?」

「はい。前回のお茶会で我々は庶民派と和解いたしました。ですが、それだけではまだ不十分だと考えます。ここで更なる関係を強調するのはいかがでしょうか?」

アルフォース殿下やソフィアお嬢様が所属する生徒会が、リベルトの持つ避暑地の一つで合宿をおこなう。それは俺達と庶民派の関係が良好であると映るだろう。

もしも俺が光と闇のエスプレッシーヴォを知らないのなら、そんなチャンスを逃すはずがない。だから、俺はあえてリベルトに話を持ちかけるという提案をした。

フォルはそんな俺の顔をジッと見つめ……やがて小さく頷いた。

「……なるほど、悪くないわね。じゃあ、リベルトとの交渉はお願いするわね」

「かしこまりました」