軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

生徒会の試金石 5

「ご清聴ありがとうございました。どうか引き続き、お茶会をお楽しみください」

スコールのように降り注ぐ喝采を全身で浴びながら、俺はどうにか取り繕った。お嬢様のヴァイオリンを預かったところに「シリルさん、凄かったです」とアリシアが駆け寄ってくる。

隣にいたソフィアお嬢様がむぅっとうなり声を上げた。修羅場、闇堕ちの予感と警戒するが、アリシアは笑顔を浮かべたままソフィアお嬢様へと視線を向ける。

「ソフィア様もとても素敵でした。二人のデュエット、絵にしたいほど綺麗でした」

「そ、そうですか?」

「はい。途中から主旋律が入れ替わりましたよね。主旋律を奏でるソフィア様を、優しく包み込むようシリルさんの演奏。互いの音色が互いを尊重していて、凄く凄く素敵でした」

「そう見えたのなら凄く嬉しいです」

……ソフィアお嬢様、チョロすぎです。

そんなセリフが思い浮かんだが、すぐに消えてしまった。俺もお嬢様と同じ気持ちだ。さきほどの演奏はお嬢様と気持ちが通じているようで凄く楽しかった。

気を緩めてしまえば、俺もお嬢様と同じような表情を浮かべてしまいそうだ。

「私、ソフィア様と一緒に演奏してみたいです」

「え、わたくしと、ですか?」

「――はい。私はシリルさんのように弾けませんけど、だけど、ソフィア様と演奏してみたいって、さっきの演奏を見て思ったんです。……ダメ、ですか?」

無邪気に――文字通り無邪気に、悪意や他意なんて欠片もない、純粋にソフィアお嬢様と演奏をしてみたいという顔で、夜空のような瞳を輝かせている。

侯爵令嬢として賛辞されることには慣れているお嬢様も、この手の無邪気な好意には慣れていないのだろう。困ったような、それでいて嬉しそうな顔をする。

その顔を見れば、ソフィアお嬢様がどうするつもりかは明白だ。

一度は預かったお嬢様のヴァイオリンを差し出す。お嬢様はやっぱり少し困った顔で――けれど、どこか嬉しそうにヴァイオリンを受け取った。

「そのお誘い、喜んでお受けいたします。でも、アリシアさんはヴァイオリンを持っていないようですが、どうするつもりですか?」

「あ、そういえば……」

アリシアが助けを求めてメリッサに視線を向けるが、彼女は困った顔で首を横に振った。

「よろしければ、シリルのヴァイオリンを使いますか?」

「え、よろしいのですか?」

水を向けられた俺は「もちろんです」とヴァイオリンを差し出した。アリシアはそれを宝物を扱うように受け取り、自分の胸にそっと抱き寄せる。

「ありがとうございます。それじゃソフィア様、一緒に弾きましょう!」

笑顔のアリシアに連れられて、ソフィアお嬢様が舞台に上がる。

二人は軽くなにかを話し合い、お嬢様が少し驚いたような顔をする。けれど、先ほどと同じように、無邪気なアリシアの好意に押し切られたのだろう。お嬢様はこくりと頷いた後、静かにヴァイオリンを構えて――弓を引いた。

凜とした音色が会場に広がり、続いて楽しげな音色が主旋律の上を飛び回る。

副旋律のアリシアが、主旋律のお嬢様の音色の上で踊っている。どちらが主旋律か分かったものではない――と言いたいところだが、お嬢様の音色は自然と耳に入ってくる。

二人のメロディを聴いていると、無邪気な妹とそれを優しく見守る姉のように感じる。

自分の演奏にこだわるのではなく、他人の演奏を活かすようなリードが出来るのはソフィアお嬢様の才能だろう。

実に微笑ましい光景だ――と思っていると、視界の隅でアルフォース殿下が自分の使用人になにか言っていることに気付いた。その使用人が会場を飛びだして行ったのはおそらくは、殿下のヴァイオリンを取りに行ったのだろう。

しばらく、このささやかな――盛大に目立ってはいるが、演奏会は続きそうだ。

話し合いのあいだ、他の参列客を退屈させないための演奏だったのだが、なにやら趣旨が変わってきている。進行に問題はないだろうかと周囲に目を向ける。

参列客の大半は演奏に聴き入っていて問題はなさそうだ。そうでない者も、新たなお菓子などを楽しんでいるようだ。

そんな風に確認をしていると、こちらに気付いたリベルトが歩み寄って来た。

「ゲストのあなたを放置して申し訳ありません」

「いや、かまわないさ」

リベルトが視線を向けたのは舞台で演奏する二人。だがその視線は不思議とアリシアを向いているような気がした。

リベルトは物語と同じように、アリシアに興味を抱き始めているのは間違いなさそうだ。

「おまえのところのお嬢様や、アルフォース殿下が本当に選民派ではなかったとはな」

「ようやく、信じていただけたのでしょうか?」

「先ほどのような誠意を見せられてはな」

アルフォース殿下の精一杯の謝罪は、ちゃんとリベルトに届いたようだ。

「……悪かったな」

リベルトが不意にそんな言葉を口にした。だが、俺には心当たりがない。なんのことだろうと首を傾げていると、彼はおもむろに頭を掻いた。

「なんでもない。それより、こうしておまえとなんのしがらみもなく話すのは初めてだな」

「いままでは周囲の耳が気になる状況ばかりでしたからね」

私達はあなたの敵じゃない。その一言が言えなくて、ずいぶんとこじれたものだ。だが、それも終わりだ。ようやく、気兼ねなく話すことが出来る。

「だが……こうして見ても、あのお嬢様に選民思想がないというのは驚きだ」

「おや、なぜですか?」

「あれだけの才色兼備の逸材。ちやほやもされているはずだ。彼女の身分を考えれば、自分が特別な人間だと認識してもおかしくはないと思うが?」

「お嬢様はどちらかといえば努力の人ですからね」

「あれが努力で到達できる領域なものか。特別だとおごっても無理はない……いや」

リベルトは俺を見て、なぜか前言を翻した。

「おまえがいるから、か」

「私、ですか?」

どういう意味かと首を傾げるが、リベルトはなんでもないと笑った。

「それより、クレープの販売の件だ」

「商談は大枠だけ決まったと聞きましたが、なにか問題が?」

「いや、詳細は後日となったが、滞りなく進むだろう。まずは王都で売り出す。材料はうちの傘下にある商家に依頼することで利益を身内に広げる予定だ」

軽い世間話のつもりだったのだが、予想以上の情報がもたらされた。

「私にそのようなことを教えて良いのですか? 販売戦略は伏せるべきだと思いますが」

「問題ない。さきほどのヴァイオリンを聴けば、おまえがあのお嬢様を決して裏切らないことは明らかだからな」

……微妙にからかわれている気がする。

だが、お嬢様を裏切らないという点ではその通りだ。クレープを販売して得られる収益の一部がお嬢様の派閥へと流れ込んでくる。それを知っている以上、クレープの販売を邪魔するなどあり得ない。むしろ、全力で協力するに決まって――

「言っておきますが、私は商売のことなど詳しくありませんよ?」

彼が俺に販売戦略を漏らした理由に気付いて釘を刺す。

「おまえに相談すれば売り上げが10倍に伸びると、ソフィア嬢が言っていたぞ?」

お嬢様の信頼が大きすぎるっ。

専属執事として、可能な限り期待には応えたい。だが、無理なモノは無理だ。出来ないと口にするのは使用人として恥だが、出来ないことを出来ると言うのは許されざる罪だ。

「申し訳ありませんが、ご期待には添えそうにありません。私が思いつくことといえば、まずは貴族に売り出して流行らせ、それから平民に売り出すくらいです」

流行は上から下へ――と口にしたところで俺は言葉を飲み込んだ。リベルトがくわっと目を見開いて俺を睨みつけていたからだ。

「失礼しました。商人にとっては当たり前のことでしたね」

「ふざけるな、なにが当たり前だ。そんなっ、そんな方法、俺は思いつきもしなかったぞ」

呆気にとられる。怒っていると思ったら、実は興奮していた。しかも、思いつきもしなかったとは予想外すぎる。流行の発信は上から下へが基本だ。

貴族の流行だって上から下に……あぁ、そうか。

前世の世界と違って、この世界は貴族社会。貴族と平民の生活に隔たりがあるために、貴族の流行が平民に広がると言うことはあまりない。ゆえに、流行を上から下に流すのが当たり前でも、貴族階級から平民に流行を広げるという発想がないのだろう。

「お役に立てたのなら良かったです。クレープにいくつかランク付けをして値段を分けたり、季節限定の商品などを作るのもありだと思いますよ」

いくつかぱっと思いつくアドバイスをして、そろそろ曲が終わるからとお嬢様のもとへと向かおうとした。その瞬間「待て――」とリベルトに袖を引かれた。

「おまえの知っていることをすべて話せ。無論、相応の対価をおまえのお嬢様に支払う」

「それはやぶさかじゃありませんが、いまはお嬢様のお世話がありますので」

「心配するな。先ほど、おまえから話を聞く許可は取ってある」

「……そうでしたね」

だからこそ、売り上げが10倍なんて話が出てきたんだろう。

と言うことで、俺は根掘り葉掘りと質問攻めに遭う。

ソフィアお嬢様とアリシアのデュエットが終わって、さすがに話を切り上げようかとも思ったのだが、今度はお嬢様と殿下がデュエットを始めた。

それを見た俺は、溜め息交じりに話を続ける。俺から根掘り葉掘りと話を聞いたリベルトは、満足そうに頷いた。

「……なるほど、たしかにおまえの知識はどれもこれも役に立つモノばかりだった。これなら本当に、売り上げが10倍も夢ではないかも知れないな」

「それはようございました。ところで、リベルトさんはアリシアさんとデュエットをなさらないのですか?」

早くお嬢様のもとへ向かいたい俺は、さり気なく水を向ける。だがリベルトは少し考えた末に「今回は止めておこう」と口にした。

「なぜですか? アリシアお嬢様であれば、快く受けてくださると思いますよ?」

「まぁ……そうかもな。だが、今回は止めておく。おまえやソフィア嬢の演奏を聴かされた後で、アリシア嬢に演奏を申し込む勇気は俺にはない」

リベルトは自嘲気味に笑うが、どうやら俺達の演奏が褒められているらしい。

「俺はせっかくだから、他のご令嬢方にも顔通しをしてこよう」

リベルトはそう口にして立ち去っていった。

それからしばらくして、ソフィアお嬢様とアルフォース殿下のデュエットが終わる。すぐさまお嬢様のもとへとはせ参じ、ヴァイオリンを受け取る代わりにタオルを手渡す。

「ありがとう、シリル。わたくしの演奏はどうでしたか?」

「お嬢様の演奏はいつだって素敵ですよ」

「もう、シリルったら。わたくしはアドバイスを求めているのに」

そう言って拗ねるが、その顔はまんざらでもなさそうだ。

だが、本当にお嬢様の演奏は素敵だった。技術面でも向上しているが、なによりその音色に宿る感情が豊かだ。お嬢様の音色を聴いているだけで、その想いが伝わってくる。

これはきっと、音楽に愛された者にしかない才能だろう。

「シリル、わたくしは少し席を外します。しばらく賓客のおもてなしをお願いします」

「かしこまりました」

汗を掻いたので服を着替えるのだろう。ソフィアお嬢様はメイドを伴って部屋を退出していった。それを見送っていると、どことなく落ち込んだアルフォース殿下がやってくる。

「……なぜ落ち込んでいらっしゃるのですか?」

「さっきの演奏を聴いていたのなら分かるだろう?」

俺は分からないフリをした。

だが、想像はつく。ソフィアお嬢様とアルフォース殿下のあいだには、技術や華やかさにおいて圧倒的な隔たりがあった。殿下はダンス以上にヴァイオリンが得意ではないのだろう。

「分かります。私も演奏していて同じように感じましたから!」

唐突に賛同したのはアリシアだ。

俺は分からないフリをしたというのに、アリシアは怖いもの知らずだな。

だが、アルフォース殿下は気を悪くするどころか「やはり、ソフィアさんとヴァイオリンを弾くと、自分の実力不足を痛感しますよね!」と共感した。

「ええ、本当に。私はシリルさんとダンスをしたときも、自分の実力不足を痛感しました」

「分かります! 僕もソフィアさんとダンスを踊ったとき、あまりの実力の差に泣きたくなりました。ホント、自分が不甲斐なくて……」

「殿下、元気を出してください。次は落ち込まなくてすむように、良かったら私と一緒に練習しませんか?」

「良いですね、ぜひ練習しましょう!」

なにやら、二人は物凄く意気投合しているが……アリシアはこの国の王子様を練習台にするつもりなのか? なんというか、ツワモノ過ぎる。

お付きのメリッサが顔を青ざめさせてるぞ……?

だが、舞台に上がっていく二人は、王族と下級貴族という隔たりを感じさせない。二人の演奏は未熟だが、聴いていて楽しくなるような音色だ。

……意外にお似合いだったりするんじゃないだろうか?

そんな二人の様子に、周囲からも囁き声が聞こえてくる。その話の内容までは聞き取れないが、彼らの表情は総じて好意的だ。図らずも、二人の行動はお茶会に参加する者達に、第二王子に選民思想がないと思わせる切っ掛けになったようだ。

「――本当に、上手くやったものね」

背後から澄んだ声が響いた。

その声の主の名は、俺が作った招待客リストに存在していない。――けれど、彼女の身分を考えれば、なんらかの手段でこのお茶会に潜り込むことは可能だろう。

俺は内心の動揺を抑え込んで「ご機嫌よう、フォルさん」と振り返った。

そこには俺の予想通り、生徒会長のフォルがドレス姿でたたずんでいた。青いドレスを身に纏う彼女は、王家が誇る青薔薇のように高貴な笑みを浮かべている。

「あら、せっかく驚かそうと思ったのに……驚いてくれないのね」

「これでもずいぶんと驚いていますよ。一体どんな手を使ったのですか?」

「もちろん秘密よ。淑女はミステリアスな方が魅力的でしょ?」

口が上手いお嬢様だ。

そんな風に言われたら、冗談めかして聞き出すことが出来ない。

もっとも、侵入手段にはいくつか想像がつく。王族としての地位を使ったのだろう。あとで係の者に確認は必要だが、ここで大事にしてまで問い詰める必要はないだろう。

「それで、そのミステリアスなお嬢様は、なにをしに来られたのですか?」

「あら、あなたなら訊かなくて分かると思うのだけど?」

「……試験の成果を見に来られたのですね?」

俺の問いには答えず、フォルはにこりと微笑んだ。

「今回の一件でアルフォース殿下が選民派ではないと見事に印象づけた。貴方達の手腕は見事と言うほかはないわね」

フォルが手放しと言っても良いレベルで俺達の手腕を褒める。だが、俺はむしろ警戒レベルを最大にまで引き上げた。この状況は俺にとって想定外だ。

そもそも、フォルの出した課題は客観性に欠ける。周囲の者がアルフォース殿下の地位が向上したと思うかは二の次。フォルが合格とするかどうかが基準となっている。

従来の方法では絶対に合格できない試験だ。

ゆえに、俺はその前提条件を覆すつもりだった。

お茶会でのアルフォース殿下の評価を噂として流し、更には殿下を介して、平民と取引をしたという実績を彼の両親――すなわち王族に評価させる。

学園の誰もが、そして国王までもが評価しているという事実を作り、「国王までもが評価しているのに、まさか不合格だなんて言いませんよね?」とフォルに迫る予定だったのだ。

にもかかわらず――いや、だからこそ、だろう。

フォルはこのタイミングで合否を告げに来た。客観的評価が事実として学園に広まっていないいまなら、フォルの個人的な視点で合否を決定することになんの問題もない。

たとえ後から世論が味方しても、あのときはそう思ったと言えばそれでお終いだ。フォルが評価を正したとしても、合否の結果まで正す必要はない。

俺は完全に出し抜かれたというわけだ。

「合格よ。文句なしの、ね」

けれど、フォルの口からこぼれたのは、俺の想像していたのとは反対の言葉だった。驚いて彼女の顔を見ると、そこには拗ねるような表情が浮かんでいた。

なぜ――という疑問が真っ先に浮かぶ。だが、フォルの少し拗ねたような、それでいて感情を消したような、透明感の高い微笑みを見て理解する。

「ヴァイオリンのデュエットが決め手、ですか?」

「……やっぱり気付いていたのね。気付いていて、私にあんな楽しげな光景を見せつけるなんて、あなたって意外とイジワルなのね」

多くの可能性を想定していたが、その中のいくつかが現実味を帯びていく。

もしその仮定が正しければ、お嬢様を生徒会入りさせようとした者の思惑も、それを拒絶したフォルの理由も想像がつく。

外れていて欲しいとは思うが……

「あれ、フォルね……っ。フォルさんがどうしてここに?」

アルフォース殿下の声で我に返る。

どうやら、アリシアとのデュエットを終えて戻ってきたようだ。

「シリルさん、その女性はどなたですか?」

アリシアが笑顔で問い掛けてきた。

笑顔なんだが……明らかに凄味のある笑顔だ。

どうしてアリシアが怒っているのかと思っていたら「ソフィアさんに、シリルさんが綺麗なお姉さん相手に鼻の下を伸ばしていたって言い付けますよ?」と耳打ちされた。

妙な誤解をされそうなのでそれだけは止めていただきたい。

「彼女はフォルさん。中等部の生徒会長ですよ。今回の橋渡しは、お嬢様や私が生徒会入りするための試験も兼ねていたのです。彼女はその関係でここにいらっしゃっているのです」

アルフォース殿下は名前を知っていたので、アリシアに向かって紹介する。それからフォルに向かってアリシアと、念のためにアルフォース殿下の紹介をする。

「へぇ~、生徒会ですか。シリルさんが……」

アリシアがぽつりと呟いた。

それから俺にクルリと背を向けて、フォルに向かって詰め寄った。

「――私も生徒会に入りたいです!」

いきなりの申し出にフォルが驚いた顔をした。

「生徒会に入りたいの? どうしてかしら?」

「私、ソフィアさんやシリルさんに凄くお世話になっているんです。だから、生徒会に入ってお二人の仕事をお手伝いしたいです」

「そう……でもごめんなさい。生徒会はいま席が埋まっているのよ」

アリシアの無邪気な態度も、人との関わりを避けようとしているフォルには通じない。彼女はそれとなく理由をつけてアリシアを拒絶した。

けれど――

「そんなことはないはずです。生徒会にはフォルね――さんしかいないと聞いたことがあります。本来は五、六人ほどいるはずなので、席が空いてないなんてことはないはずです」

口を挟んだのはアルフォース殿下だった。

たしかに、アルフォース殿下の言うとおりだが、そのうえでフォルは断りを入れた。方便だと理解して追及するべきではない。

殿下はその辺りの空気がまだまだ読めていない。貴族社会で生きる以上、そういった空気を察することは必要だ。これは後で注意するべきだなと思ったのだが――

「と言うことで、僕も生徒会に入れてください」

今度はアルフォース殿下までもがフォルに詰め寄った。どうやら空気を読めなかったのではなく、読んだ上での発言だったようだ。

「え、いや、あの……アル――いえ、殿下までが生徒会に入りたいのですか?」

「はい。僕もシリルやソフィアさんに凄くお世話になっているんです。だから、生徒会に入ってお二人と一緒にお仕事をしたいんです」

こちらもアリシアと同じような動機らしい。

「……言いましたよね。人手は足りていると」

「足りているからと言って、増やせないわけではありませんよね?」

おぉ……フォルの微妙なニュアンスに、アルフォース殿下は即座に突っ込んだ。いままでの殿下なら気付かなかったはずだが、成長している……と言って良いのだろうか?

とにもかくにも、アルフォース殿下は畳み掛ける。

「そもそも、今回の一件は試験の一環なのでしょう? それはつまり、今回の一件に生徒会が協力してくださったと言うことですよね?」

「まあ、そう、なりますね」

今回の一件――つまりはアルフォース殿下と庶民派の橋渡しであり、アルフォース殿下の立場を向上させるという依頼を指している。

アルフォース殿下がなにを言いたいか理解したからだろう。フォルは少し目線を逸らしながら肯定した。だが、肯定したことには変わりない。

「であれば、僕を生徒会に入れてください。その方が、僕のためになると思いませんか?」

いま考えたにしては悪くない理屈だ。殿下の地位向上を試験にしておきながら、殿下の地位向上に繋がることを拒否するのかと言われれば断りづらい。

だが、ここまでだ。

「殿下、それくらいになさいませ。それ以上は強制になってしまいます」

本来なら、二人とも王族であるのでそのような心配は要らない。だが、表向きは第二王子と、伯爵家縁の平民という設定。

せっかくアルフォース殿下が選民派であるという誤解が解けつつあるのに、立場を使ってフォルに言うことを聞かせたなんて噂が立ったら困ると諭す。

さすがにその言葉は効果があったようで、アルフォース殿下は引き下がった。

だけど――

「私は身分なんて関係なく生徒会に入れて欲しいです。下働きでもなんでもしますから!」

今度はアリシアが引き継いでフォルに詰め寄った。本当に身分なんて関係なく、ただ一緒に働きたいという純粋な意思が見えているだけにたちが悪い。

困ったフォルが、俺に視線を向けてくる。

助けを求めてきたのかと思ったが――違う。

彼女は試験の結果が合格だと告げた時点で自分の考えを翻している。彼女は、事情に気付いているであろう俺に聞いているのだ。

彼女達を巻き込んで、本当に後悔しないのか――と。

不安がないわけじゃない。

アリシアが生徒会入りすることで、ソフィアお嬢様が闇堕ちする可能性は高まるだろう。アルフォース殿下が闇堕ちする可能性もゼロじゃない。

なにより、ソフィアお嬢様達を悲しませる結果になるかも知れない。

だけど、俺はソフィアお嬢様に本当の意味で幸せになってもらいたい。あらゆる危険を排除した箱庭で、静かに暮らすような寂しい目に遭わせたくはない。

この選択が、お嬢様のためになると信じている。

だから――

「良いではありませんか? 人は多い方が、きっと楽しいですよ」

フォルの背中を押す魔法の言葉を口にした。