軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

生徒会の試金石 1

生徒会室に招聘されてから数日経ったある日。俺は王都にあるローゼンベルク家の別宅の中庭で、ロイとエマの戦闘訓練をおこなっていた。

剣を腰だめに構えたロイが地を這うように詰め寄ってくる。刹那、彼の輪郭がぶれた――いや、彼の背後に隠れて迫っていたエマが側面へと飛び出したのだ。

正面から剣を振るうロイと、側面から切り込んでくるエマ。さすが兄妹と言うべきか、そのタイミングはぴったり合っている。

だが、太刀筋が甘い。

ロイの懐に飛び込んで、勢いが乗る前に腕を叩いて剣を逸らす。乱れた剣がエマの進路を妨げた。その一瞬の隙、ロイに当て身を喰らわす。

ロイが膝をつくのと同時、ロイの剣を避けたエマが飛び込んでくるが――挟撃でなくなったいま、彼女の攻撃は隙だらけだ。

彼女の手首をつかんで捻り上げ、奪い取った短剣をエマの首筋に押し当てた。

「勝負あり、ですね」

「まだだぜ、師匠っ!」

一度は膝を屈したロイが跳ね起きるのを見て俺は小さなため息を吐いた。

「その選択は失格です」

潰した短剣の刃でエマの首筋を撫で、飛び掛かってきたロイを投げ飛ばした。続けて芝の上に倒れたロイの首筋に短剣を押し当てる。

「いまのでエマは死に、あなたも死に体です。不用意な抵抗は犠牲を増やすだけだと教えたはずですよ? 諦めないことと無謀を履き違えてはいけません」

「うぐっ」

大の字になっているロイが視線を泳がせた。

「で、でもさ。あそこで諦めたらお嬢様が殺されるかもしれないだろ?」

「……なるほど。そういった考えでの選択でしたか」

この訓練は、お嬢様の護衛を前提としておこなっている。ゆえに、その場から離れすぎてはいけないなどのルールを設けている。

だが、敗北したらどうなるかということは話していなかった。

「護衛として、お嬢様を最後まで護ろうとした心意気は評価いたします。ですが、あなた方が死んでは意味がありません。その状況に応じた最善を求めなさい」

「その状況に応じた最善?」

ロイが緑の瞳を瞬かせた。

俺はロイを引き起こし、それからエマを招き寄せて話を続ける。

「そうですね……たとえば、先ほど私はエマの首筋に短剣を押し当てました。それがどういうことか分かりますか?」

「エマが死んだも同然だってことだろ?」

「それだけですか?」

ロイは「え? う~ん?」と首を傾げてしまう。けれど、横で話を聞いていたエマは金色の瞳を輝かせた。答えに思い至ったようなのでエマに水を向ける。

「シリル先生は、私をいつでも殺すことが出来ました。でもすぐには殺さなかった。もしかしたら、無駄な殺生を望んでいないかも知れない、ということですよね?」

「ええ、その通りです」

さきほどの俺は二人の撃退を目的にして動いていた。ロイが不用意に飛び掛かってこなければ、場は膠着状態に陥っていただろう。

「もちろん、膠着状態が貴方達の有利に働くとは限りません」

「――師匠の援軍が現れるかもしれないから、だよな?」

ロイも追従してくる。俺がそれに同意するとロイが少し得意げな顔になって、エマが「私も気付いてましたーっ」と唇を尖らせた。

仲の良い兄妹なのに、ときどき対抗意識を燃やすところが見ていて微笑ましい。

「もしかしたら不利になるかも知れません。ですが、あの状況で二人が戦闘不能になればそこまでです。だから最後まで諦めず、その状況で出来る最善を見つけなさい」

二人は神妙な顔でこくりと頷く。

俺は「それから――」と前置きを一つ。「たとえお嬢様をお守りできたとしても、二人が死んではお嬢様が悲しみますよ」と二人の頭に手を置いた。

――と、そこへメイドがやって来た。

二人の教育係を務めるお調子者のメイド、ルーシェである。

「シリルくん、ここにいたんですね」

「おや、二人ではなく私に用事ですか?」

「はい。先日頼まれた調査の報告です」

「なるほど。少しお待ちください」

ロイとエマにしばらく自主練習をするように言い付ける。それから俺は邪魔にならないような隅っこへと移動した。

「これが報告書です。でも、こんな重要そうな書類、私に預けて良いんですか? もしかしたら、中身をこっそり見ちゃうかも知れませんよ~?」

俺に報告書を手渡しながら、ルーシェがイタズラっぽい顔をする。

「そういえば言ってませんでしたね。ときどき偽の情報を紛れ込ませているので、もしその情報を悪用すれば破滅しか待っていませんよ」

「シリルくん、怖っ」

「……冗談ですよ?」

一応否定してみるが、ルーシェは「シリルくんなら本当にやりそうだからなぁ」と疑いの眼差しを向けてくる。

……まあ、嘘ではなく事実なので、ルーシェの勘は正解である。

もっとも、ルーシェを疑っているわけではなく、使用人全員に対しての警戒だ。このお調子者のメイドは、どちらかといえば信用している方である。

なんて言ったら調子に乗るのは分かりきっているので言わないが。

それはともかく――と、俺は報告書に目を通す。これは俺がフォルの試験に合格するための足がかりとして、フォルのことについて調べさせた調査結果だ。

俺が独自にアリシアの実家を調べたときとは違い、今回はお嬢様の名誉に関わることなので、ローゼンベルク侯爵家の力を最大限に使っている。

そのため、短期間で集めた割に、調査報告はかなりの情報量だ。

その報告書に素早く目を走らせる。

現在は中等部の三年で、成績はトップの学年主席。もともと優秀だったようだが、ここ数年は特に成績を伸ばしている。

そしてその素性。

伯爵家の縁の娘と言うことだが――その正体は王弟の娘、つまりは王族だ。巧妙に隠されていたので、詳しく調べなければ分からなかっただろう。

トリスタン先生が彼女のことを話さなかったのは、俺に彼女の素性を調べさせるためだったと思うのは考えすぎだろうか?

そんな考えが脳裏をよぎったが、すぐにそれが不自然であることに気付く。フォルが無茶な試験をふっかけてきた時点で、彼女の素性を詳しく調べるに決まっている。

妙にちぐはぐ……そうか、ちぐはぐか。トリスタン先生、もしくは何者かが俺達の生徒会入りを望んだが、フォルはそれを拒絶した。

あくまで仮説でしかないが、おそらく大きくは間違っていないだろう。

そこで気になるのが、彼女が光と闇のエスプレッシーヴォに登場しないという事実。

彼女の生まれ、スペック、そのどれを取っても主役級。彼女が作中にいれば、光と闇のエスプレッシーヴォの展開は大きく変わっていたはずだ。

現在の彼女は中等部の三年。ゆえに、ゲームが始まる三年後には高等部の三年。普通に考えれば生徒会に所属しているはずだが、生徒会はアルフォース殿下が仕切っていた。

考えられる理由はそう多くない。

だとすれば、彼女がお嬢様を拒絶した理由も見えてくる。

「師匠ーっ。しーしょーおーっ! 俺、俺が勝ったから!」

「あっ、ちょっとズルイわよ! その前は私が勝ったじゃない! シリル先生、私、私が勝ち越していますからねっ!」

組み手をしていた二人が俺に向かってアピールをしてくる。

それで現実に引き戻された俺は苦笑いを浮かべる。

「シリルくん、私よりも好かれてますね」

ルーシェがからかい口調で言い放った。

もちろん、俺だって二人に慕われていることには気付いている。そうじゃなければ、師匠だの先生だのと呼んだりはしないだろう。

だが――と、俺は顔を伏せた。

「あら、嬉しくないんですか?」

「いえ、そういう訳じゃないんですが……私は、ソフィアお嬢様の名の下に二人を保護しただけ。むしろ、お嬢様には関わらないように進言した人間です。二人の好意を受ける資格があるのかと、少し複雑な気持ちになりまして」

「――ぷっ。シリルくんってば、そんなことを気にしていたんですか? 二人だって馬鹿じゃないんです。シリルくんが優しいから、慕っているんですよ」

なにやら笑われてしまった。

「そうでしょうか?」

「そうなのよ。大人びて見えても、そう言うところは子供ですね」

やっぱり笑われてしまった。

昼休みは、お嬢様のお友達とのお茶会だ。

週に二度ほどに落ち着いたお茶会では、俺がご用意したお菓子と紅茶をお出しすることになっている。俺の淹れるお茶だけでなく、俺の作るお菓子も特別だと知られたからだ。

こちらのレシピについては、紅茶のように広めたりはせず、お嬢様のお茶会に出席した者だけに与えられるご褒美となっている。

急に広めるのは影響が大きすぎるとの懸念があったからだ。

お菓子一つで大げさなと思うかも知れない。

俺も最初は思っていた。けれど、ショートケーキの噂を聞きつけたお嬢様方が、派閥入りを望んで群がってくる。そんな光景を見せられれば納得せざるを得ない。

いまでは、お嬢様の派閥もそれなりに大きくなっている。昼休みのお茶会で集まるのはさすがに苦しくなったため、派閥の集まるお茶会は別に開催することになった。

ゆえに、昼休みの参加者は基本、お嬢様がとくに懇意にしている者達だけだ。

だが、俺としては派閥の集まりのときの方が安心できる。

昼休みの集まりでは――

「ふわぁ、今日もシリルさんの作ったお菓子美味しいですっ」

「わたくしのシリルが、丹精込めて作ったお菓子ですからね」

「ですね。きっとソフィア様のために心を込めて作ってるんですよね。いいなぁ、ソフィア様、羨ましいなぁ」

「そ、そう、ですか……?」

――と、今日もソフィアお嬢様とアリシアのあいだで、修羅場スレスレのやりとりが続いている。いまにも修羅場に発展しそうなのに、アリシアは驚異的な回避能力で避けていた。

それだけの回避能力があるのなら、わざわざ危険地帯に突入しないで欲しい。

――なんて感じで二人を見ていると、ソフィアお嬢様の意識がこちらを向いた。お嬢様は以前と変わらず分かりやすい。

俺は素知らぬ顔で、紅茶のお代わりはいかがですかと問い掛ける。

そんなこんなで、お茶会を終えて教室に戻る。それからは午後の授業。いつものように一日を終えると、またもやトリスタン先生に話しかけられた。

「シリル、生徒会長がお呼びだ」

不覚にも笑いそうになった。生徒会長がお呼び――先生が生徒に使う言葉ではない。俺がフォルの正体に気付いたのか探りを入れたのだろう。

だが、笑いそうになっても笑ってはいない。

無反応を装ったので、こちらの反応には気付かれていないだろう。

「……シリルに一人で来て欲しいそうだ」

「一人で、ですか?」

お嬢様を呼ばずに俺一人だけ。それだけでなんとなく用件を察する。

「生徒会長が、おまえ達の生徒会入りを拒んだそうだな? にもかかわらず生徒会に入ろうとしていると聞いたが、おまえにはトゲのある花を愛でる趣味があるのか?」

迂遠な貴族の言い回しは複数の解釈が出来る場合がある。

トゲはフォルの悪態をさしているようだが、もしかしたら王族の青い薔薇という意味も含ませているのかも知れない。口の悪い娘が好みなのかと問い掛けているように見せかけて、王族に取り入るつもりなのかと問い掛けている、というのが正解かな?

どちらにせよ、フォルのことを狙っているのかと聞いているようだ。

「私はローゼンベルク侯爵家の薔薇以外を育てるつもりはありません。その薔薇を育てるために必要なことをしているまでです」

生徒会入りはお嬢様の望みだから俺は知らない。実際はなんとなく予想は付いているが――確信がないので知らないというのもあながち嘘ではない。

そんな風に受け流し、フォルに会うために生徒会へと向かった。

生徒会室。

扉をノックした俺は、返事を聞いて部屋の中へと入る、シンプルな執務室では、システムデスクの向こう側に座ったフォルが植物紙にペンを走らせていた。

なんとなく、この状況にはデジャヴを感じる。彼女は主ではないが、先輩で生徒会長。身分を隠しているとはいえ王族の娘である。

ひとまずは待機してようと、フォルの様子を無言で見守る。

ソフィアお嬢様に負けず劣らずの整った顔立ちだ。会話をしているときの様子はお姉さんめいた感じがするが、黙っているとわりと儚げな雰囲気がある。

そんな小顔を縁取るのは、桜のような色味を帯びた金髪。サラサラの髪がキラキラと煌めいている。よく見れば、風もないのに毛先が揺れている。

意識を魔力サイドに向けると、部屋に微かな魔力の流れを察知した。よく見れば、フォルの身体から淡い光が滲んでいる。

どうやら、風の魔術を使って涼んでいるようだ。

……たしかに最近暑くなってきたが、魔術の風で涼むというのは決して楽じゃない。魔力の消費は微々たるものなのだが、それ以上に精神的な疲労が大きい。

女の子だし、汗を掻くよりは気力を消耗しても――というところだろうか? そこまでするのなら、空調の魔導具を使えば良いと思う。

むしろ、彼女の背後に控えるメイドに扇がせれば良いんではないだろうか――と視線を向けると、なぜかメイドが困った顔をした。

そして――

「こほんっ。――んんっ」

なにやら咳払いを繰り返した。どうしたのかと思ったのはフォルも同じだったようで、怪訝な顔をして顔を上げる。

そんな彼女が俺を見て――

「え、どうしてシリルがここにいるのよっ!?」

なぜか驚かれてしまった。

「なぜもなにも、先ほどノックの返事があったので部屋に入ったのですが?」

「え……?」

フォルが視線で問い掛けると、メイドがこくりと頷いた。

それを見たフォルが少し焦った様子を見せる。どうやら意図的に無視していたわけではなく、無意識に返事をして俺に気付いていなかっただけのようだ。

「ご、ごめんなさい」

「いえ、お気になさらず」

「そんなこと言われても気にするわよ。声を掛けてくれれば良かったのに」

「では、次からはそう致しましょう」

そんな風に答えつつ、使用人を待たせ慣れていないのだろうかとの疑問を抱く。

彼女の地位を考えれば慣れていそうな気がするが……そういえば、お嬢様も、プライベートで人を待たせることを嫌っていたな。

フォルもそういう性分なのかも知れない。

「ところで、私をお呼びだと伺ったのですが?」

「ああ、そうだったわね。呼び出したのは貴方達の試験内容を伝えるためなんだけど……」

「生徒会入りを諦めるよう、お嬢様を説得して欲しい、と?」

「分かっているのなら話が早いわ」

「――お断りいたします」

「まだ理由も言っていないのだけど?」

頭ごなしに拒否されたフォルが眉を寄せる。身分がどうのという以前に、人のセリフを遮ることは望ましくない。彼女が不満に思うのも当然だ。

けれど、彼女から理由を聞くわけにはいかなかった。

「フォルさんがお嬢様の生徒会入りを望んでいない理由にはいくつか心当たりがあります」

「だったらどうして断るのよ? あなたのご主人様のためでもあるって分かるでしょ?」

その言葉には静かな怒りが滲んでいた。やはり、ソフィアお嬢様を心配しているようだ。そう考えれば、彼女がお嬢様の生徒会入りを拒絶する理由も絞られてくる。

だが、だからこそ、俺がお嬢様をお止めする理由はない。

「ソフィアお嬢様は私に手を引かれて歩く幼子ではありません。ゆえに、今回の一件で私がお嬢様をお止めする理由はありません。決めるのはお嬢様です」

「――っ」

キッと俺を睨みつけてくる彼女の青い瞳が怒りからか赤く染まって見える。けれど、いくら睨まれても引き下がるつもりはないと、俺はその視線を真っ向から受け止めた。

「お嬢様は、あなたが思うほどに弱くはありません」

「だからって、傷付けていい理由にはならないわ」

「無意味に傷付けるのなら、私が必ず阻止いたします。ですが、そうはならないでしょう」

「……なぜそんなことが言えるのよ?」

「他ならぬ私がそう感じているからです」

しれっと答えると、フォルは目を見開いた。それからどこか嬉しそうな顔をして、続いて困った顔をする。そうして最後に深々とため息を吐いた。

「……あくまで、止めるつもりはないって言うのね?」

「私の意思は変わりません」

「……分かった。そこまで言うのならもう止めないわ。ただし、試験は受けてもらうわよ?」

「望むところです。お嬢様は既に覚悟を決めておられます」

「良いわ。貴方達に課す試験の内容を教えてあげる」

フォルはそこで一度言葉を切って、それから試験の内容を口にした。

たとえどんな内容であれ、失敗してお嬢様の名を汚すわけにはいかない。完璧に成功させる覚悟で試験の内容を聞いたのだが――思った以上に厄介そうだった。