軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

貴族としての責務 2

「シ、シリル、どど、どうしましょう?」

「お嬢様、落ち着いてください。使者は内々の話があると言っていたでしょう? もし今回の件を一方的に咎めるつもりなら、そのような言い方は致しません」

国王からの呼び出しにお嬢様が取り乱している。呼び出されたのが親ではなく、ソフィアお嬢様本人であることも、動揺を誘う要因となっているだろう。

国王に親が呼び出されるのも問題だが、国王に子供が呼び出されるということは普通に考えてあり得ない。あり得ないことが起こったのなら、なにか普通ではない理由があるはずだ。

ただ、強制的に召喚されたわけじゃなく、使者はこちらの都合を配慮してくれた。国王は内々での話を望んでいるとのことだし、最悪の事態には向かっていないはずだ。

だが、いくらお嬢様が大人びているとはいえ、経験が圧倒的に不足している。今回のような不測の事態に取り乱すのも無理はないだろう。

「大丈夫です、お嬢様。もしものときは私が命に代えてもお嬢様をお守りします」

不安そうなお嬢様を前に、その言葉は自然と口をついた。

自分が転生者であると自覚したときは、自分が処刑エンドから逃れるついでに、お気に入りの悪役令嬢も助けたい――と、そんな軽い気持ちだったはずなのにな。

「……シリル、ありがとう。でも、シリルに命を賭けさせる訳にはいかないわ。だから、わたくしもいまの自分に出来る最善を尽くします。まずは……お父様に連絡を」

背筋をピンと伸ばし、なにをすれば良いかを考えて行動に移す。

この瞬間にも、お嬢様はまた一つ大人の階段を上った。自分のためではなく、人のために強くなれるお嬢様を俺は誇らしく思う。

ちなみに、国王との面会は明日の早朝となった。

使者は可及的速やかに面会をおこなうことを提案してきたのだが、こちらが親の許可なく国王と面会することなど出来ないと伝えた結果だ。

ローゼンベルク侯爵領まではとても一日で往復など出来ないが、幸いにしてグレイブ様はこの王都で仕事中。半日もあれば連絡を取ることは可能だ。

そんなわけで、お嬢様の指示に従い、事の次第をしたためた手紙を当主に送った結果――当主の専属執事である父から、おまえが対処しろという返事が送られてきた。

意味が分からない。

たしかに、冷静に一歩引いて考えれば問題としてはそこまで大きくはない。しょせんは子供同士の喧嘩。これが原因で処刑されるようなことはないだろう。

作中のお嬢様が俺に命じた重罪とは訳が違う。

ゆえに、たとえ面会で失態を犯しても相手の不興を買う程度だろう。

だが、その相手はこの国の王様だ。国王の不興を買うことが、お嬢様の将来にどれだけ影響するか、当主や父に分からないはずがない。

呼び出されたのがお嬢様自身だったとしても、未成年である彼女に保護者が同伴するのは不思議でもなんでもない。この状況で当主が同伴しないなんてあり得ない。

そう思ったら、手紙に続きがあった。

なにやら、お嬢様と当主のあいだで取り決めがあるらしい。その取り決めの関係で、俺がこの件を対処することが望ましいと書いてある。

取り決め……なんだろう。

お嬢様からそのような話を聞いたことがない。

少し寂しい気もするが、お嬢様にだって隠し事の一つや二つはあるだろう。俺が知るべきことであるのなら教えてくれるはずだし、いまは気にするときではない。

それより問題なのは、続けて書かれている内容だ。

お嬢様の行動があまりに大人びているため、一連のあれこれに当主が裏で手を引いているという疑いが持たれているらしい。

それを払拭するためにも、自分達だけで対処した方が良いだろうという判断のようだ。

ついでに、その程度のことに対応できなくて、お嬢様の側にいられると思っているのかと、挑発するようなことが書かれていた。そこまで言われて引き下がるわけにはいかない。

俺はお嬢様に当主からの返答を伝え、今後の対応について話し合った。

翌日の朝、俺達は馬車で王城へと向かった。

今度は中庭ではなく、王城の内部へと足を踏み入れる。

入り口でチェックを受けた後、真っ赤な深い絨毯の上を歩いて城の中へ。待合室へ通された俺達が待機していると、なぜかトリスタン先生が姿を現した。

「……先生がどうしてここに?」

「主の命令で先生をしていますが、本来は執事ですからね」

だからといって、いま、ここに現れる理由にはなっていない。なにか裏がありそうだが、彼は俺が詮索するよりも早く「陛下がお会いになるそうです」と続けた。

「分かりました。では、参りましょう」

お嬢様が俺を見るが、トリスタン先生が首を横に振った。ここからは内々の話で、たとえ専属執事といえども同行は許可できないとのことだ。

それはきっと、お嬢様にとっては予想外。俺が側にいない状況で対処しなくてはいけないことを知り、以前の泣き虫なお嬢様が顔を覗かせる。

不安げに揺れる瞳には、俺に付いてきて欲しいと書いてあった。お嬢様は縋るように俺に手を差し出そうとして――反対の手でぎゅっと押さえつけた。

その光景に、言い様のない感情が溢れそうになる。

俺が育てたお嬢様は、あの頃よりずっとずっと強くなった。

もう、一人でだって、どこまででも歩いていけるだろう。

だけど、俺の役目はお嬢様を御守りすることだ。お嬢様が自分で出来ることだとしても、お嬢様が必要ないと言わない限りは俺がその役目を負う。

だから――と、俺はとある報告書を彼女に差し出した。

「これは……」

「御守りです。お嬢様を御守りする」

中身に目を通したお嬢様が息を呑む。それからきゅっと手を握り締めて深呼吸を一つ。咲き誇る赤い薔薇のごとくに微笑んだ。

「……ありがとう、シリル。すべて、終わらせてきますね」

「はい。行ってらっしゃいませ、お嬢様」

お嬢様が国王との面会に臨んで退出した後、部屋にはトリスタン先生と俺だけが残った。

貴族用の大きな待合室が重苦しい沈黙に包まれる。

……彼はただ部屋の片隅に立っているだけで、俺に圧力を掛けているわけではない。俺が気にしているのはソフィアお嬢様のことだ。

御守りとして切り札を渡してある。ゆえに、最悪の事態にはならないといいきれる。だが、お嬢様が小さな身体一つで陛下と向き合っていると思うと気が気じゃない。

「ふむ。あなたでも、そのように緊張するのですね」

「お嬢様が国王に呼び出されたともなれば当然ではありませんか?」

俺がそう口にすると、トリスタン先生はなぜか意外そうな顔をした。

「今回の一件、あなたが裏で糸を引いているのではなかったのですか?」

当主が糸を引いている疑惑は聞いたが、俺が糸を引いている疑惑は初耳だ。そもそも、俺もお嬢様と同じ十二歳。普通はそんな発想が出てくるはずがない。

だが、トリスタン先生は俺の伯父にあたる。ローゼンベルク侯爵家との繋がりを考えれば、俺がソフィアお嬢様の教育係であることも知っているはずだ。

担任として俺の成績も知っている以上、疑っても不思議ではない、か。

「私の役目はお嬢様の望みを叶えること。彼女の意思を誘導することではありません。私が裏で糸を引くなどと、なぜそのように思われるのですか?」

「いえ、少し聞いてみただけです。……そんな簡単にボロを出すなら苦労はしませんね」

誤解は解けなかったようだ。

ちゃんと否定しておくべきだろうかと考えていると、「話を戻しますが、あなたは今回の一件でお嬢様が咎められると思っているのですか?」と尋ねられた。

「可能性はあると思っていますよ」

今回の一件、原因は間違いなく第二王子の失言だ。その次に問題視されるのは、王子の威光を笠に着た取り巻き達の態度で、俺やお嬢様の言動が問題視されるのはその次だ。

ゆえに、本来であれば俺達の行動が問題になるはずがない。

だが、お嬢様の言動を認めると言うことは、第二王子の失言を認めるということになる。その辺りの事情で、お嬢様や俺にしわ寄せがくる可能性は十分にある。

「心配はいりませんよ」

トリスタン先生が穏やかな口調で言い放った。

「陛下は、お嬢様をお咎めになるつもりではない、と?」

「結果的には、ですがね。陛下は――」

トリスタン先生はセリフを飲み込んだ。

部屋の外から「殿下、そちらの待合室はいま――」「分かっている、シリルがいるのだろう」なんてやりとりが聞こえてきたからだ。

ほどなく扉がノックされ「シリル、アルフォースだ」なんて声が聞こえてきた。

「――殿下、どうなされたのですか?」

トリスタン先生が扉を開けて応じる。

「シリルに話を聞きたいんだ。……少し時間をくれないだろうか?」

薔薇園での一件を考えるまでもなく、殿下が使用人でしかない俺に自ら会いに来ること自体が非常識。本来であれば正式な手順を踏んで、呼び出すように諫めるのが普通。

だが、トリスタン先生も諌めようとしなかった。第二王子がいままでと違い、どこか真剣味を帯びた顔をしていたからだろう。

「シリル殿、殿下の話を聞いていただけますでしょうか?」

「……私ごときでよろしければ」

トリスタン先生を通じての正式な要請として応じる。

これで、俺が出過ぎた真似として咎められる確率は格段に下がった。おそらくはトリスタン先生の機転、俺に対する気遣いだろう。

そういうことならと、俺は執事ではなく王子の話し相手として席に着く。

先生であるトリスタン先生が執事としてお茶を淹れ、生徒であるはずの俺が第二王子と向かい合って座っている。非常にカオスな状況だが、第二王子は気付いていないのか、はたまた気付く余裕すらないのか、早々に話を切り出す。

「シリル、あのときアドバイスしてくれたキミだから聞きたい。僕はどうしてソフィアさんを怒らせてしまったのだろうか?」

好意を抱く相手の怒れる姿を見て不安を抱いたらしい。その危機感を持つことは素晴らしいと思うが、それを俺に聞いても意味はない。

「お嬢様がお怒りになったのは事実ですが、切っ掛けを作ったのは伯爵家の息子達です。ですから、殿下にお怒りになった訳ではありませんよ」

対応しようとしない殿下に抱いたのは怒りではなく失望でしょう――とは口に出さない。お嬢様の使用人である俺に答えられる範疇を超えている。

「……本当だろうか?」

「誓って、嘘は申しておりません」

「そうか……」

お嬢様に不快な思いをさせたという自覚があるのだろう。俺が否定してもなお、第二王子の表情は晴れない。むしろ、どうしたら良いか分からなくて焦っているように見える。

「……お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「なんだい?」

「なぜそのようなことを、しかも他所の執事でしかない私に聞かれるのでしょう?」

「僕の教育係は、僕に多くの嘘を教えたと聞いた。正直に言えば、いまの僕は誰を信用すれば良いか分からないんだ。だが、キミはソフィアさんの教育係なんだろう?」

「……なるほど」

なぜ俺がソフィアお嬢様の教育係であることを知っているのかは分からないが、ソフィアお嬢様が相談する相手として、間接的に信用されたと言うことだろう。

「私にお尋ねになった理由は理解しました。では、なぜそのようなことを聞くのですか?」

ソフィアお嬢様と仲直りする方法でも知りたいのだろうかと考える。だが、第二王子は小首をかしげ「間違ったことをしたら、正そうとするのは当然だろう?」と言った。

第二王子は――いや、アルフォース殿下は未熟なだけで愚かではない。むしろ、お嬢様のように、向上心の強い子供のようだ。

教えられたままに振る舞える子供はいても、自ら判断して動ける子供はそうはいない。

彼が愚かに見えたのは、教育係が嘘を教え込んでいたから。アルフォース殿下は忠実に、教育係に教えられるままに振る舞っていただけだった。

ただ、それが分かったところで、他所の執事でしかない俺が介入することは許されない。あらたに選ばれた教育係に頼るように助言するのが適切だろう。

だが――一度発生したことは、原因を取り除かない限り何度だって起きる。あらたな教育係が殿下を正しく導くかは分からない。

アルフォース殿下は、作中においてはお嬢様の運命の相手。お嬢様の容姿と才能、家柄を考えても、王家から求婚される可能性は高い。

アルフォース殿下は、お嬢様の伴侶となるかもしれない相手の筆頭だ。

そうでなくとも、侯爵令嬢と王子という立場を考えれば、今後も関わっていくことになるだろう。殿下が未熟で困るのは、ソフィアお嬢様に他ならない。

だったら――

「殿下は、私のアドバイスを聞きたいのですね? たとえそれが、どれだけ厳しくとも」

「――シリル殿」

トリスタン先生が止めようとするが、他ならぬ殿下がそれを遮った。

「どれだけ厳しくともかまわない。正直に言ってくれ、僕はソフィアさんを怒らせてしまったのだろう? どうすれば良かったんだ? いや、これからどうするべきなんだ?」

「……では単刀直入に。ソフィアお嬢様は殿下に対して怒ってなどいません。ただし、取り巻き達を野放しにしていた殿下に対しては失望なさっておいでです」

「――っ」

息を呑んだのはアルフォース殿下か、それともトリスタン先生か。おそらくはその両方だろう。だが、お嬢様のために口を出すと決めた以上、ここで遠慮するつもりはない。

アルフォース殿下には、お嬢様と釣り合うだけの教養を身に付けてもらう。

「以前、殿下は選民派のように見えるとお伝えしたことを覚えていますか?」

「ああ、もちろん。だけど、僕はそうじゃないと否定したはずだよ?」

「重要なのは、そのように見えるという部分です。あれは周囲からそのように見えているから、言動には気を付けてくださいという遠回しな警告です」

「……そう、だったのかい? だったら、どうしてハッキリ言ってくれなかったんだい?」

「言えるはずがありません」

俺は溜め息交じりに首を横に振って見せた。横で話を聞いているトリスタン先生がこめかみを引き攣らせているが、いまはまだ介入してこようとしない。

止めないのなら伯父上も同罪だ――と勝手な理論を頭の中で構築して再び口を開く。

「あなたは王子で、私は平民の執事です」

「だけど、学園では身分なんて関係ないはずだよ?」

「そんなものはただの建前です。少なくとも、上の者が対等であることを示さなければ、下の者が対等に振る舞うことなど出来ません。ですが、アルフォース殿下は……」

「ジルクリフやサージェスの横暴な振る舞いを容認していた、と。なるほど、言われてみると思い当たることがいくつもある。ソフィアさんに失望されて当然だね……」

アルフォース殿下は肩を落とした。

たとえそれが正論でも、ここまで言われたら反論の一つも言いたくなるのが人情だが、彼は微塵もそんな素振りを見せない。

それどころか、俺に迷惑を掛けたことに対して申し訳ないと口にした。

さすがは光と闇のエスプレッシーヴォのメインルート担当。いまは未熟でも、三年で攻略対象に相応しい王子様へと成長するだけの素養を持っているのだろう。

「僕は、どうすれば良いんだろう?」

「自分の立場を良く理解し、迂遠なやりとりを理解できるように学ぶことです」

「そうすれば、ソフィアさんの信頼を取り戻すことが出来るのかい?」

「……正直に申し上げても?」

「もちろんだ。覚悟は出来ているよ」

不安と期待をないまぜにしたような表情だが、まだ認識が甘いと言わざるを得ない。アルフォース殿下のためではなく、ソフィアお嬢様のために、俺は真実を話す覚悟を決める。

「信頼とは、行動の積み重ねで得られるもの。周囲の空気を察することもなく、無邪気に自分勝手を重ねていたあなたは、最初から信頼なんてされていません」

「…………そう、か」

無礼者と断罪されてもおかしくはなかった。

現に、トリスタン先生は顔を引き攣らせている。アルフォース殿下のお付きの者に至っては声も出ないといった面持ちだ。

だが、アルフォース殿下は怒るのではなく、涙目で耐えている。王子に相応しい自制心と、他人の言葉を聞く心を持っている。

アルフォース殿下はいずれ、ゲームに登場する彼よりも素敵な王子様になるだろう。

だから――

「……だから、これから築き上げていけば良いのです」

「これから? いまからでも遅くないって言うのかい?」

絶望しきっていたアルフォース殿下の瞳に光が宿る。俺はそんな彼を更に勇気づけるように、力強く頷いて見せた。

「殿下はたしかに過ちを犯しました。ですが、それは決して取り返しの付かない失敗ではありません。失敗を糧に努力を重ねればきっと、お嬢様は殿下をお認めになり、ゆくゆくは信頼を置くことになるでしょう」

「僕が……そうなれるだろうか?」

「あなたが努力をするというのなら、運命は必ずあなたの味方をいたします」

身分と容姿を兼ね揃えた彼が、その未熟さと決別して強くて優しい王子様に生まれ変わったのなら、お嬢様はきっとお認めになるだろう。

「……分かった。周囲の声に耳を傾け、一から頑張ってみるよ。……また、分からないことがあれば、キミに相談してもかまわないかい?」

「殿下がお望みとあらば。――ただし、次からは取り次ぎのマナーを守ってくださいね?」

「うぐっ、わ、分かったよ、シリル」