作品タイトル不明
第110話 その統率者の名は
その異様なまでに気持ち悪い光景に世界中の人は絶句した。だが本当に恐怖を覚えたのは、この後起こる出来事を目撃したからだ。
井戸から溢れ出した巨大な“柱”は、優に3000メートルを超えている。
山に等しい大きさでそびえ立つ柱は、中央から六つに割れ始めた。割れた部分が細い柱のようになり、重力に従って地上に向かって落ちてくる。
細い柱は落下途中でポッキリと折れ、そのまま大地に突き刺さるように落下した。フランス全土を揺らすほどの衝撃が広がり、六ケ所の落下点は地面がめり込み土と砂が爆散して空に舞う。
それは遠距離から視認すると、まるで足のように見える。
バッタの後ろ脚のような形だ。六本の足は踏ん張るように力を込め、中央の井戸から何かを引き抜こうとしていた。
バキバキと大地が割れ、地面が崩れる音がする。
六本の足の中央から巨大な体が現れた。一瞬、蜘蛛のようだとも思ったが六本足で頭部・胸部・腹部に分かれていることから人間の常識で言う“昆虫”で間違いない。
俺は鑑定を行使した。
ヴィシュヌ(幼体)
神格種 Lv9936
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◇◇◇◇◇◇◇◇
映像に映し出された化物を見て人々は絶望した。あれほど攻撃した後に出てきたこともそうだが、何よりもその巨大さだ。
近くにいた巨人や竜が比較にならないほど小さく見える。
人類は忘れていた。“厄災の日”から始まった絶望を、いつの間にか過去の物にしようとしていたのだ。
アメリカ、中国、ロシア、そしてイギリスと討伐困難と言われていた“統率者”が次々倒されていったことで、順調に平和になると思い込んでいた。
だが、多くの人が気づき始める。突然消えた破壊の象徴“タイタン”、倒すことが不可能と言われた竜の“統率者”。これらを倒したのが誰なのか……。
映像の中で姿を確認できず、多くの人が名前も知らない異能者。
その名もなき英雄が、戦い続けているのに倒すことのできない敵。その現実を目の当たりにして、人は滅びる運命なのかと世界中の人が 諦(あきら) めかけていた。
ただ一人の男を除いては――
◇◇◇◇◇◇◇◇
「………いけそうだな」
ヴィシュヌか、とてつもないレベルの魔物だけど名前の横に“幼体”と表記がある。恐らく塔を破壊したことで不完全な姿で生まれたんじゃないのか?
だとしたら今までの攻撃は無駄じゃない。
それに―― 俺は風魔法でヴィシュヌの足に軽い傷を付け、少し待ったが再生しなかった。やっぱり塔にあった再生力が無くなっている。
これなら充分勝てる! 問題は………
俺は三体の召喚獣を見た。わずかにだが体から淡い光の粒子が漏れている。
召喚のタイムリミットだ。もう長くは維持できない。
その時、ヴィシュヌは足を一歩踏み出した。たった一歩動いただけで地震が起こる。巨大な昆虫は体にある無数の 管(くだ) から、大量の 瘴気(しょうき) を吐き出した。
瘴気は一瞬で数十キロ先まで広がり、触れた物を腐食させ溶かしていく。
タイタンとヒュドラは瘴気に触れても無事のようだが、シヴァは危ないと思い高度を上げて触れないように命令する。
俺自身も念のため瘴気から離れた。ヴィシュヌは頭を持ち上げ超高音の鳴き声を発し、その衝撃波で辺りの物を粉々に破壊する。
それが終わると腹部を持ち上げた。よく見ると腹部の表面に小さな卵がびっしりと付いていて、外に出ようともがいているようだ。
卵が次々割れ、中から大きい蜂のような魔物が現れ飛び立っていく。
この魔物も鑑定した――
キラービー
昆虫種 Lv203
高速で飛び、針からは生物の体
を溶かす液体を出す。
数万匹は生まれているが、厄介なのは魔物が俺の方ではなく四方八方に飛んでいこうとしていることだ。
この“統率者”は人類を殺すことに特化しているように見える。俺は手を上に 掲(かか) げ魔力を込める。
「 万雷(ばんらい) !!」
雷鳴が響き、数万の落雷がヴィシュヌから生まれた魔物を叩き落とした。
キラービーが煙を上げながら落ちていった時、心なしかヴィシュヌが俺に憎悪を向けた気がする。大きな震動と共に一歩踏み出し臨戦態勢に入った。
「ヒュドラ!!」
俺の呼び掛けに反応するように空中で口腔内に光を集束していく。ヴィシュヌの左前足の最も高い位置にある関節に攻撃するよう命令する。
ヒュドラの全力の消滅の光はヴィシュヌの足の関節を貫いた。どれだけ巨大でも足一本だけなら攻撃は通用するだろう。ヒュドラは光を移動させ更に消滅の箇所を広げていく。
遂には重さに耐えきれず、関節の先から折れて地上に向かって足が落ちてきた。凄まじい衝撃音の中で粉塵が舞い上がる。
ヴィシュヌが大きな鳴き声を上げた。
「まずは一つ! シヴァ!!」
炎竜王は空高く飛翔し、左中央の足に狙いを定める。シヴァが放った滅却の息吹はヴィシュヌの足の関節に直撃した。
凄まじい爆発が起こり、辺りに火の粉が飛び散る。だが――
足の関節は大きく破損しているが、完全に叩き折るにはまだ火力が足りないみたいだ。「ダメか」そう思った時、ヒュドラが急上昇して向かっていく。
ヒュドラの体からは光の粒子が大量に漏れ出している。もう消える寸前だ。三つ首の竜は最後の力を振り絞り、右端の首だけが消滅の光を放つ。
足の関節に光が当たり大きくグラついてへし折れ、足は地上に落ちていく。
ヒュドラはそのまま光になって消えていった。
「二つ目! これで決める」
俺は胸の前で構え、光を集束させていく。この技は連発できない。一度撃ち出せば一定時間がたつまで待たなきゃいけないからな。この一撃で終わらせる――
「ドラゴン・ブラスト!!!」
光が一直線に伸び、右前足の関節を貫いた。ダメージは与えることができたが、足を落とすには至らない。「シヴァ!」俺の叫びに竜は咆哮をもって応える。
シヴァは火球を放ち淡い光となって消えていく、最後の火球は破損したヴィシュヌの足に着弾し爆発した。
三つ目の足が地に落ちた時、巨大な“昆虫”はバランスを崩し頭から落ちていく。轟音を響かせヴィシュヌの胴体が大地に激突した。
ヴィシュヌの目の前にはタイタンが待ち構える。
「行け―ーー!! タイタン!!!」
巨人は斧を右手で振りかぶり、大地を爆散させる勢いで左足を踏み込んだ。タイタンは“破滅の斧”をそのまま投げ、回転した斧はヴィシュヌの頭に直撃する。
まるで豆腐に刃を入れるように頭部から胸部にかけて斧は深々と突き抜けた。斧が通った箇所はマグマの如く融解し重要な器官を全て破壊していく。
タイタンもまた淡い光となって上空へと昇っていった。
全ての召喚獣が消えた後、残ったのは痙攣して次第に息絶えようとしている“統率者”の姿だけだ。
「テイム!!!」
一際巨大な魔法陣が展開され、ヴィシュヌの体は光に変わって消えていく………テイムのリストボードには倒した魔物の名前が刻まれていた。
俺は辺りに何も無くなった焦土に座り込む。
「疲れた………」