作品タイトル不明
第105話 破滅の王笏
間違いない、レオ・ガルシアだ。 聖域の騎士団(サンクチュアリナイツ) のリーダーで世界一強い異能者! 僕の憧れの人がこの修道院に来てる。
五条先生に用があるみたいだけどなんだろう!?
「お前たちは宿舎に戻ってろ」
先生はそう言って、レオさんと一緒に客間に入っていった。
「おい! ノア、本物のレオさんだぞ。テレビでしか見たことない人が来てるのに、このまま宿舎に行けないよ!」
アーサーが興奮気味で言ってる。
「ねえ、何を話してるのかこっそり聞こうよ」
そう言ってサラは客間の扉に近づき耳をあてていた。エミリーだけは後ろでオロオロしているが、僕も何を話してるのか知りたい。
結局、全員で扉の前で耳を澄ませ盗み聞きすることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「君と話すのは久しぶりだね。五条」
「そうだな。あれから4~5ヶ月はたつか‥‥‥」
最初はにこやかな表情だったレオだが、席に座って向かい合うと真剣な目つきになった。
「時間が無いので単刀直入に言う。今日来たのはフランスの“塔”についてだ」
「ニュースでやってる話を、今聞いたところなんだけど‥‥‥」
情報が全然無かったからな、レオが知ってるんなら丁度いい。
「あれは“統率者”だ」
「統率者? 塔自体が?」
レオの言葉には、かなり驚いた。今まで出会った“統率者”と違いすぎる。
「プロメテウスが討伐に成功したんじゃないのか?」
「間違った情報だな。実際は失敗して、どうにもならない状況だ」
そうなのか‥‥‥こんな時のためにフランスに来ていたのに気づかないなんて。
「それで君に‥‥‥」
「ちょっと待ってくれ」
レオが少し驚いた様子だったが、俺はそのままドアに向かう。扉を開くと子供たちがクモの子を散らしたように逃げていった。
扉を閉めて、席に戻ろうとするとレオは笑っていた。
「ずいぶん子供たちに好かれてるんだな。意外だよ」
「有名なレオを見たかっただけだと思うぞ」
俺は改めて席につき、レオと向かい合った。
「五条、君にフランスの“統率者”の討伐を依頼したい。俺を含め 聖域の騎士団(サンクチュアリナイツ) では、あの“塔”を破壊することはできないだろう」
「どういう能力なのか知ってるのか?」
レオは何枚かの写真を机の上に並べた。
「これが望遠レンズで撮影した“塔”の表面だ。ヒルのような生物がよせ集まって形を造ってるようで、高さは1500メートル近くある」
「1500メートル!? そんなにデカいのか」
さすがにそこまでデカい“統率者”は見たことないな。
「更にたちが悪いのは、急速に成長していることだ。このままだと世界中に影響が拡大して取り返しのつかない状況になるのも時間の問題だ」
写真で見ると“塔”の四方から土台を固めるように巨大な 蔦(つた) が伸び、“塔”を支えるような形になっていた。
頂上は奇妙な造形でその中心には丸い球状の物があった。パッと見た感じは、まるで 王笏(おうしゃく) のようだ。
「この”統率者”の能力は生命力を吸収すること。人間を始め、あらゆる生物の生命を奪い取っていく」
「生命を奪い取る“塔”か‥‥‥生命を吸収された人間はどうなるんだ? そのまま死ぬのか?」
「人間も他の動物も老化したような姿になって衰弱死するようだ」
老化か‥‥‥生命を奪い取って老化させるだけなら、俺には“不老不死”の能力があるから近づいても問題ないか? 実際にやってみないと分からないな。
「五条、すまない。本来であれば君に頼るのは避けたかったんだ。君のことが世間に知れると大騒ぎになるだろうから。けれど我々だけではどうすることもできなくて‥‥‥」
「いいよ。必要ならいつでも呼んでくれって言っただろ。それよりも、この上にある球体はなんなんだ?」
「それは卵だ。蛾の卵だと言われている」
「蛾の卵? 虫か!」
うわっ! 俺、虫苦手なんだよな‥‥‥今さら嫌だとも言えないし。
「プロメテウスはその卵を中心に攻撃したらしいんだが、あっという間に再生したみたいだ。“塔”を破壊しないと卵も破壊できないと結論を出している」
「ほっといたら、いずれ生まれるってことか‥‥‥」
「ああ、時間が無い。成長と再生の力を持つ魔物を倒すには、君が持つ“火力”で一気に倒すしかない。急がせて悪いが頼む!」
「分かった。周りの住民の避難はどうなってる?」
「避難範囲は広げているんだが、今日の夜には大規模な避難命令が出る。明日の正午までには、一定区域の避難は完了する予定だ」
「正午か‥‥‥」
“塔”への攻撃はフランス時間の明日の正午に行うことで合意した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜、避難命令がでる前に衝撃的なニュースが流れた。フランスに現れた謎の塔がどんどん巨大化し、人間の生命を吸収しているという内容だ。
情報元は欧州議会議員の一人だとされたが、確かなことは分からない。
そして何より人々をパニックに 陥(おとしい) れたのは、その塔が成長し続けると二週間後には人類が絶滅するという情報だった。
この情報を確認しようと世界中のマスコミが国連や欧州議会、フランス政府に殺到した。
「どういうことだ! どこから情報が漏れた」
「分かりません。ただハンス先生が 聖域の騎士団(サンクチュアリナイツ) を追い出し、情報を隠蔽した人物だとマスコミに流した者がいるようで‥‥‥」
「なんだと!? 誰がそんなことを」
その時、憤慨するハンスの携帯に見覚えのある番号から着信があった。頭に血がのぼる思いで、その電話に出ると――
『やあハンス、大変そうだね。気持ちはお察しするよ』
「おのれ‥‥‥サルマン!」
『情報を公開するのも大変だと思ったからね。お手伝いしておいたよ。ああ、お礼はけっこうだよ』
「こんなことをして、ただで済むと思っているのか!!」
『君は政治家としては終わりだよ。いや、一般人としても今後の生活は大変だと思うが‥‥‥まあ困ったら、いつでも連絡をくれ』
高笑いするサルマンの電話を震える手で切ったハンスは、茫然自失となって立ち尽くしていた。
内部情報が次々と漏れていく中、これ以上の情報統制が不可能となった欧州議会と国連が会見を開くことになった。
国連の本拠地で行われた記者会見は、怒号が飛び交う異例のものとなる。
「なぜ、こんな事態に!? 国連と欧州議会は今まで何をしてたんだ!」
「情報の隠蔽は欧州議会ハンス議長の指示と噂が流れていますが本当ですか?」
「そもそも 聖域の騎士団(サンクチュアリナイツ) を何故、活動停止にしたんだ! 彼らがいれば、ここまでの事態にはならなかったんじゃないのか!?」
「責任は誰が取るんだ!」
記者たちの矢継ぎ早の質問と糾弾に、会見に出た国連職員や欧州議会議員はしどろもどろになっていた。
そして、その狼狽した様子は世界中の通信状況が改善した国々に生中継され人々の不安を増幅させている。
そんな中、 聖域の騎士団(サンクチュアリナイツ) が“塔”の討伐に本格的に乗り出したことが発表された。 聖域の騎士団(サンクチュアリナイツ) 待望論が巻き起こっていただけに、この発表は人々に希望を与える。
色々な感情を飲み込んでいった夜が、徐々に明けようとしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の朝、僕たちはアーサーの部屋に集まっていた。昨日来たレオさんと、その後フランスに現れた“統率者”が関係ないわけが無い。
今はフランス全土に避難勧告が出ていて僕たちも修道院を出なくちゃいけない。
「どう思う、 聖域の騎士団(サンクチュアリナイツ) が討伐に行くのにその前にレオが五条先生に会いに来たってことは‥‥‥」
サラは意味ありげに言葉を切った。僕がその後を続ける。
「五条先生に討伐の手伝いを頼みに来たんだ」
五条先生の強さは、ここにいる生徒ならみんな知っている。フレイヤさんやカルロさんとも知り合いなんだから一緒に戦ったことがあってもおかしくない。
そんな話をしてた時――
「おい! 五条先生が出かけるみたいだぞ」
ビクターが慌てて部屋に入ってきた。僕たちは全員で部屋の外へ飛び出し、エントランスで 修道女(シスター) と話す五条先生を見つける。
「先生! 行くの?」
「ああ、少し出かけてくる」
先生は近所に買い物でも行くかのように、軽い感じで答えた。
「戦うんでしょ。大丈夫なの?」
「なんだ。心配してたのか? 大丈夫だよ。お前たちは心配せずに避難しろ」
「死なないで‥‥‥必ず帰ってきてね」
先生は笑っている。僕たちに心配させないためだろうか? 先生が出ていった後、残された僕たちは言いようの無い不安に襲われていた。
正午、 聖域の騎士団(サンクチュアリナイツ) から公式のコメントが発表される。今回討伐を行うのはレオやカルロではなく、 聖域の騎士団(サンクチュアリナイツ) から依頼を受けた別の異能者であるということだ。
この発表に世界中の人は困惑する。討伐を行うのは当然、レオ・ガルシアだと思われていたからだ。
世界的な英雄ではなく、情報の無い異能者による討伐――
多くの人が不安を口にする中、フランス時間12時18分。望遠カメラによる撮影が行われ“塔”の様子は生配信されることになった。
その映像は世界で数十億の人たちが見ることになる。