軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百二十三話 断罪

刹那の間もなく、俺の【 羅鬼(らき) 】と、伊万里の握る【エクスカリバー】が激突した。金属音ではない。耳を 劈(つんざ) くような、概念と概念が互いの存在を否定し合う凄絶な断絶音が、壊れかけの世界を震わせる。

すでに世界の崩壊を食い止めていた美鈴たちは、天照様によって【千年郷】へと避難し、ここにはいない。【管理球】の主人を失ったこの世界は、もはや形を保つことすら許されなかった。

足元の海が、単に波打つのではなく“ズレて”いく。水平線が幾重にも重なり、巨大な水の断層が虚空へと消え、世界の留め金が完全に外れたことを示していた。聖勇国の根源的な終わりである。

【管理球】というシステムを通じて俺を成長させ、レベルアップさせてきた世界そのものが、今、灰燼に帰そうとしている。

「……見越してくれていたんだろうな。 紅麗(こうれい) 様との繋がりがあるおかげで、弱体化することだけは避けられたか」

「何の話?」

伊万里の冷徹な、それでいて何かを恐れているような声がした。

「さあな。ともかく……」

俺は手の中の羅鬼を握り直した。うっかり伊万里を殺してしまわないか、そんな心配が脳裏をよぎるほど、この武器の威力はえげつない。それは『黒き破壊の炎』であり、触れたものの存在そのものを焼き尽くす。

その熱量は凄まじく、周囲の空間は常に蜃気楼のように歪んでいた。だが、神勇者として覚醒した伊万里の振るう聖剣エクスカリバーもまた、次元が違う。そのことは戦闘サポートシステムとなるヨミが教えてくれた。

【エクスカリバーは『絶対切断』という能力を持っております。その刃に触れたものは、たとえどのような存在であれ切り裂かれます。羅鬼とのアイテムとしての格を比べるとしたら、あちらの方にやや軍配が上がるでしょう。何しろあれは機械神が、『究極系』を殺そうとして生み出した最強の武器ですから】

【それはまた……負けたとしても言い訳が立ちそうだ】

【主様。勝利する気概で戦ってくださらねば困ります】

【わかってるんだけど、どうも伊万里の顔を見てるとそんな気合が湧かないんだよ】

伊万里は冷静を装っていたが、その表情は今にも泣き出しそうだった。必死に感情を押し殺し、俺を殺そうとする彼女の決意。そうしなければ俺が救われないと信じ切っているその想いが、交わした剣を通じて痛いほど伝わってきた。

羅鬼と聖剣がぶつかるたび、その余波だけで世界の断片が消し飛ばされていく。エクスカリバーの閃光と羅鬼の黒炎が世界にまき散らされるたび、その場所の概念そのものが完全に消失し、穴が空いたように無へと帰していく。

あっちも、なんとか止められているか……。

伊万里の猛攻を凌ぐ合間、視線をわずかに流す。

三人の天使を相手に、俺のサポート兵装【十神】が死闘を演じていた。ヨミを中核とした【意思疎通】のネットワークは、限界を超えた超高速演算で十神たちを運用させている。

俺の思考とヨミのサポートが網の目のように絡み合い、兵装の全挙動がリアルタイムで脳にフィードバックされていた。独立した 疑似人格(アニマ) を持つ十神たちは、互いの弾道をミリ単位で縫い合わせ、逃げ場のない十字砲火を戦場に展開する。

光、水、そして闇。三天使の猛威に対し、九門の十神が三体一組の牙となって食らいつく。本来ならミカエラを元とする闇の天使が戦場を 蹂躙(じゅうりん) するはずだ。だが、意志を奪われ人形と化したその動きに、かつての恐怖はない。

俺は余った一門を遊撃へ。天使たちの連携を強引に引き剥がし、その綻びを突く。その瞬間、視界が白く染まった。伊万里が振るうエクスカリバーが、俺の隙を見逃さず目の前に迫った。

「伊万里、俺が全てを解決する。全てだ! だから、何も心配せずに帰ってこい!」

今更こんな言葉どれほど意味があるのかわからないが叫んだ。

「祐太はわかってない! あなたは抵抗できないの。あの女……女神がその気になったら、祐太はどこへも逃げられない!」

「逃げないで解決してみせる!」

「どうやってよ!? そんな方法があるなら教えてよ!」

叫びながら伊万里がエクスカリバーに力を注ぎ込む。

【断ち斬れ! 我が刃に斬れぬものなし!】

刹那、エクスカリバーに輝きが灯る。その言霊に呼応するように世界が激しく震える。当たれば死ぬ。今の俺と対極にある、圧倒的な光の力。

同時に、水の天使が咆哮を上げた。

瞬間、周囲の空間が歪むほどの超高圧が荒れ狂い、顕現する。

【 断界水圧壁(だんかいすいあつへき) 】

それはもはや壁などではない。数億トンもの海水を一点に圧縮し、次元の断層を強引に縫い合わせた絶対不透過の水塊。天使たちと伊万里を包み込むその鉄壁は、光すら屈折させ、十神が放つ砲火を飲み込んでいく。

そのわずかな空白で、光と闇、そして聖剣エクスカリバー。十神が防がれたことで三つの力が、俺という一点を消滅させるために完全に同期した。

「祐太……ごめんね。ちゃんと早く、痛くないように終わらせてあげるから!」

声は震えていた。それとは裏腹に、放たれた一撃は残酷なまでに完璧だった。もはやこちらの話を聞く余裕のない伊万里の声に呼応するように、天使たちがその“断罪”を執行した。

光の天使が天を指し、宣告する。

【 聖域断罪光(せいいきだんざいこう) !】

幾千もの光の矢が降り注ぐ。同時に闇の天使が、口にした。

【 虚無冥府葬(きょむめいふそう) !】

足元から魂を絡め取る黒い影が這い回る。そして伊万里自身が、叫んだ。

【 神威聖光刃(しんいせいこうじん) !】

光の奔流が振り下ろされた。

《ヨミ、なんとか耐えるぞ!》

《お任せください》

天地を埋め尽くす光と闇が上下から壁のように押し寄せてくる中、俺は羅鬼を逆手に持ち、黒炎を爆発させた。そして同時に【十神】を展開させる。

「全門、迎撃開始!」

放たれた【十神】の弾道はすべてが超重力となった重力弾であり、接触した光と闇を飲み込み、超重力の彼方へと吸い込んでいく。だが、伊万里の【神威聖光刃】だけは、その重力弾すらも紙のように切り裂いてきた。

《伊万里がマジで強すぎて憧れるな》

《主様、のんきに感想を言ってる場合ですか! 下がって!》

ヨミの焦燥に満ちた言葉と同時に、俺は【転移】でその場を脱した。瞬時に数キロの距離を稼いだはずだった。だが、視界が定まるよりも早く、目の前には既に伊万里が肉薄しており、逃れられぬ死の白光が、俺の視界を埋めた。

【死んで!】

止まらない伊万里の追撃。死という、あまりにありふれた、しかし重い言葉に呪いでも込めているようだ。伊万里相手に自分のスイッチが入らなかった。伊万里が強いと殺されそうなのに嬉しくなる自分がいた。

そして相手は本気であり、俺のスイッチなど入るのを待たない。これは死んだ。そう直感した瞬間だった。一門の【 十神(とつかみ) 】が、主を護らんとする機械の意志を剥き出しにして俺の前に躍り出た。

盾となり、至近距離から伊万里に向けて重力弾を叩き込む。主を護らんとする機械の意志。しかし、伊万里の剣は止まらない。俺はそれで頭が冴えてくるのを感じる。何をのんきに考えてる。

俺ごと死ぬ覚悟が、伊万里にはあるんだ。

つまり俺が死ねば伊万里も死ぬ。【十神】が放った重力弾の軌道は伊万里を完全に飲み込み、その存在を圧壊させるものだったが、彼女はその致命的なダメージを負うことも厭わない、相打ち覚悟の攻撃だった。

《【十神】の攻撃を受け止めなければ、お前が死ぬぞ、伊万里!》

思考加速による【意思疎通】を全力で叩きつけるが、伊万里の瞳に迷いの色は微塵もなかった。自分ごと俺を殺す。覚悟は既に決まっている。だが、その断固とした決意を阻んだのは、伊万里に従うはずの配下——。

光の天使が、主である伊万里を護るためにその身を投げ出した。重力弾は光の天使の腹部を、その場にある空間ごと無残にえぐり取った。凄まじい衝撃波が走り、光の天使が大きくのけぞる。

伊万里がそのまま聖剣を振り下ろせば、盾となった自らの天使をも一刀両断にすることになる。……刹那、伊万里は、握りしめたエクスカリバーを止めた。

「何してるの……! そんなことしろって言ってない! なんで、勝手なことを!」

伊万里が、倒れ込む光の天使を見て怒る。その声は激しく震えていた。俺はなんとかギリギリで死なずに済んだことに荒い息を吐きながら、伊万里を真っ向から睨み据えた。

「自分の操り人形に腹を立てても仕方がないぞ。……そいつは、俺たちを護る。その最低限の心ぐらいは宿しているんだろうよ。クリスティーナは、ただその本能に従っただけだ」

「違う! これはあの子じゃない! 意志なんてない、ただの人形よ!」

「ひどいことを言うな。ものは大事にするものだぞ、伊万里」

皮肉混じりにそう告げると、伊万里の表情が激しく歪んだ。そして、まるで糸の切れた人形のように、あるいは疲れ果てた子供のように弱々しく肩を落として呟いた。

「祐太……もう、やめようよ。それ、痛いでしょう?」

伊万里の手が、クリスティーナを避けようとしたことで剣筋が逸れ、俺の肩を切り飛ばしていた。おかげで俺も助かった。この程度ならすぐ治る……そう思った瞬間だった。

「が……はっ!」

肉体が、切り落とされた断面から急激に消滅し始めた。酒呑童子の防御力を誇るはずの肉体が、嘘みたいに光の粒子となって崩れ去っていく。

《強力な神の呪いを検知。直ちに体を切り離します》

ヨミの冷徹な判断が下り、あまりの消滅速度に腕だけでは足らず即座に首から下をパージした。切り離された俺の肉体は同じく光の粒子となり、この世から消滅した。

「な、なんて攻撃するんだ! 本気で殺す気か! そんな風に育てたつもりはないぞ!」

宙に浮く頭部だけの状態で、俺は叫んだ。

「そのまま死んで良かったのに」

伊万里が苛立つように、冷たい眼差しで俺を射抜く。なんとか冗談で和ませようとするのに、マジで聞く耳がない。

「それはお断りだ。俺だけなら伊万里のために死んでやってもいいけど、後を追うとか言うから死ぬに死ねないんだよ」

「なんでよ。二人で一緒なら幸せじゃない!」

「相変わらずだな……。なあ二人で、生きようじゃダメか?」

俺の体は瞬時に再構成され、再生を果たした。鳳凰神の器となり、かつてを遥かに凌ぐ不死性を備えている。この体は何度でも、死から蘇る。羅鬼からも漆黒の炎が再び猛烈に燃え上がる。

「一緒に死のうなら受け入れてあげる!」

「マジでヤンデレすぎて嬉しいんだかなんだか」

《ヨミ!》

《いつでも》

脳内でヨミの声が鋭く弾ける。直結された【十神】の十の頭脳に向けて思考を飛ばす。

《全機同期、並列演算最大! 防御陣形【蜂の巣】を展開せよ!》

俺の周囲に浮かぶ十門の銃口が円陣を組み、互いの死角を完璧に補い合うように高速で位置を調整する。高精度のネットワークが、来るべき神の裁きとも呼ぶべき苛烈な攻撃を迎え撃つための、結界を形成した。

直後、逃れられぬ破滅の光景が、視界のすべてを塗りつぶした。

「裁きを――」

伊万里の静かな、だが拒絶を許さぬ宣告。それが機械神によって創られた勇者としての意思なのか、三体の天使が同時にその巨大な翼を広げた。

水の天使が、技を放つ。

【 深海水牢陣(しんかいすいろうじん) !】

俺を取り囲む空間そのものが、粘度の高い超高圧の水の檻へと変貌した。俺の自由を奪い、同時に【十神】の機動力を物理的な重圧で封じ込める。続けて、光の天使がその頭上に圧倒的な力を顕現させる。

【聖王の光冠!】

それは逃げ場のない“面”による広域破壊攻撃。上空から光そのものが落ちてくるような圧倒的な熱量と質量が、水牢に閉じ込められた俺を焼き尽くさんと迫る。さらに闇の天使が、呪詛を口にした。

【冥界の葬列!】

光の熱に焼かれながらも、足元は闇の黒で染まり、そこから闇そのものがせり上がってくる。光と闇。相反する属性が上下から迫るアギトのように俺を襲い、その矛盾する力が激突することで生じる“対消滅”の衝撃が、俺を内側から崩壊させていく。

しかしこの攻撃も、伊万里の一撃を確実に通すための布石に過ぎなかった。

伊万里が、黄金の輝きを放つエクスカリバーを中段に構える。絶対切断の理が、水の檻を、光の圧力を、闇の触手を、まるで最初から“存在しないもの”として透過し、一直線に俺へと導かれるように突き進んでくる。

【因果断罪! 境界の彼方へ!】

放たれたのは、一筋の銀の閃光。

「だから、本気で殺す気かっ! 【十神】、全門【蜂の巣】を反転させろ!」

俺は叫び、羅鬼を振り抜く。十神の銃口が円陣を組んだまま内側へと向いた。俺を守るための結界を、俺を襲う全方位からの攻撃を外へ弾き出すための反転エネルギーへと転換する。

水の檻が内側からの重力波によって爆発し、光と闇の同時攻撃が、漆黒の業火と真っ向から衝突した。だが、やはり伊万里の放った銀の閃光だけは、その爆発の中を音もなく、幻のようにすり抜けてくる。

羅鬼の黒炎を容易く割り、銀の刃が俺の胸板を浅く、だが確実に、魂の芯を削るように切り裂いた。

「なんとか躱せた……か?」

これなら再び首から下をパージすればいけると思った。

「うん、祐太……今度こそ、これで終わりだよ」

銀の閃光が通り抜けた後、伊万里の奇妙に明るい声が響く。

「何を言ってる……?」

《警告:存在強度の致命的な低下を確認。主様、今のこの一撃は単なる『死』ではなく、概念そのものの『消去』です!》

脳内で響くヨミの警告は、悲鳴に近い声だった。視界の先に、伊万里の顔が見える。……やっぱり、泣いていた。嫌なら嫌と……やりたくないならやりたくないと……俺に泣きつけばよかったのに……本当に昔から、救えないほど素直じゃない。

「本当、手のかかるやつだな……」

「安心して。私もすぐに、あなたの後を追いかけるから」

俺の完全な消滅を確信しているのだろう。伊万里の瞳からは、堰を切ったように涙が溢れ出していた。

「誰を追いかけるつもりなんだ?」

「祐太だよ。こんな私じゃ嫌かもしれないけど、一緒に死にたいの」

「バカが。悪いけど、俺はまだ死んでない」

魂の芯を削り取ろうとしていた傷口から、命の奔流たる紅の炎が勢いよく吹き出した。その瞬間、霧散しかけていた俺の体が、強引にこの現世へと繋ぎ止められる。

ありがとうございます。

なんとかまだ頑張るのでどうか最後まで……。

「どうして……今ので絶対、終わるって……消えてなくなるって思ったのに……っ」

「伊万里」

俺は息を吐きながら、伊万里を正面から見た。言葉を交わしている間にも、俺の肉体は鳳凰神の力で消滅しかけた部分も修復を終えていく。だが、状況が振り出しに戻ったのだとしても、戦況が伊万里に傾いている。

《主様、客観的事実として、あらゆる指標で劣勢です。解析データを送ります。……視覚同期開始。直視しないでください、心が折れますよ》

《なら、送るなよ》

■戦力比較解析レポート

【攻撃出力】

・六条祐太 + 十神:羅鬼

・東堂伊万里 + 三天使:エクスカリバー

≫ 比率 1 : 1.5(概念干渉により測定不能域を含む)

【防御強度】

・六条祐太 + 十神:空間干渉障壁

・東堂伊万里 + 水天使:断界水圧壁(次元断絶)

≫ 比率 1 : 2.5(貫通確率 2.002%以下)

【並列演算】

・六条祐太 + 十神:ヨミ/十神超高速ネットワーク

・東堂伊万里 + 三天使:天使核による神速演算

≫ 比率 1 : 2.8(意志の統合により向こうが優位)

【存在階梯】

・六条祐太:第3種・半神(高位)

・東堂伊万里:第1種・半神(守護者)

≫ 警告:格差「特級」。まともにぶつかれば、主様の存在が消えちゃいますよ。

【活動限界】

・六条祐太:精神摩耗限界まで残り180秒(頑張ればもうちょっといける)

・東堂伊万里:聖域供給により理論上は無限(無限に頑張るのは無理)

≫ 判定:このままの継続戦闘は、ちょっとおすすめできません。

ヨミの解析が正しければ、装備の格、そして三天使という圧倒的な物量において、俺は依然として劣勢の淵に立たされている。というか最後の方にヨミも俺を気遣った形跡がある。それぐらい絶望的ということか。

「……私の方が、ずっと強いんだよ?」

「そうかな? そっちだって無理やりレベルを上げたから、もう体がしんどいんじゃないのか? そんな無茶、そう長くは持たないだろう」

「そっちこそ一緒でしょ。祐太だって、長くその状態で戦い続けることはできない。私はこの戦いをやめて眠れば回復する。祐太は戦いをやめて、そのアイテムがまた使えるようになったら復活する。……結局、状況は変わらないよ」

伊万里の口から漏れた言葉に、俺は眉をひそめた。

「よく知ってるな。……ローレライとかいうやつが教えてくれたのか?」

「うん……」

「悲しいぞ。俺の言葉じゃなく、あんな映像で見ただけでもいかにも怪しそうな男の言うことを信じるなんてな。伊万里、もう一度言う。戦うのはやめて、俺のところに帰ってこい。俺がなんとかしてやるから」

「やだよ!」

伊万里が強く、血が滲むほど唇を噛んだ。本来の伊万里なら、俺のそばで何も考えずに笑い、俺の言うことを聞いているのが一番楽なはずなのだ。こんな心中紛いの選択肢、自らの意志で選ぶはずがない。

心は完全に囚われている。勇者という存在には、催眠や精神干渉の類は一切通用しないという。だとしたらこれは、ダンジョンに仇なす者を排除しようとする、勇者としての本能なのか。それとも、やはり虚言神ロキの仕業……。

「絶対に、一人では死なせないから。それだけは安心していいからね」

「むしろそれが、俺の一番安心できないポイントだよ。伊万里、万が一、そっちが勝利したとしても……お前だけは、絶対に死ぬなよ」

「やだ!」

俺と伊万里は再び同時に動いた。それと呼応するように、世界は加速的に壊れていく。ダンジョンの宇宙から見た、世界を包む透明な膜。そこに、もはや修復不可能なほどの巨大な断裂が走り、大気を逃がしていく。

《主様、この世界はもう限界のようです。完全に崩壊した場合、管理プログラムである機械神によって、世界は『完全撤去』される決まりです。そうでなくとも、ゲートの繋がりが不安定になってきています。このままここで戦い続けるのは、極めて危険です》

《……宇宙に出て戦えばよくないか?》

脳裏に、以前赤様に乗せてもらった時に見た、宇宙から眺めるダンジョンの姿が浮かぶ。今の俺の力なら、宇宙空間であっても生存は可能だ。そもそもダンジョンの宇宙には空気がある。生きていくには困らない。

《推奨できません。このゴールドエリアの宇宙は、主様の想像を絶するほど広大です。常に新たな世界が産生され続けているため、座標は秒単位で狂い、空間そのものも極めて不安定。ゲートなしでの帰還は、大海原で一滴の真水を探すより困難です》

《……ブロンズエリアより外宇宙は、俺でも出られるようなもんじゃないと?》

《答えは『はい』です。ともかく、この世界はもう保ちません。戦うとしても、せめて大八洲国へ移動してから行うのはいかがでしょう。あそこの海であれば、どれほど派手にやり合っても、誰にも文句は言われません》

世界そのものが悲鳴を上げた。空の端からバキバキと空間が剥がれ落ちる不快な割れ音が鳴り響き、欠落した場所からは、桜千をして『不安定だ』と言わしめるノイズのような虚無が覗き出す。

本来そこにあるはずのない地磁気の乱れが極彩色のオーロラとなって狂い咲き、反転した重力は、行き場を失った海水を天へと猛烈に吸い上げ始めた。【管理球】を主点にしたエネルギーの流れが完全に断絶し、大地を芯から震わせる。

世界の骨組みそのものが軋み、目に見えるすべての風景が細かく震え、大地からは噴き出したエネルギーが光の柱となって立ち上っている。それは正真正銘、この宇宙からひとつの箱庭が消滅する断末魔の瞬間だった。

【警告:まもなくこの世界は崩壊します。ただちに避難を行ってください。まもなくこの世界は崩壊します――】

いつも聞こえる女性のシステム音声が、世界に無機質に響き渡る。

「伊万里、とにかく大八洲国に行くぞ! ここでは死ぬのを待つだけだ!」

「私は行かない。祐太が行くというなら、一人で行けばいい。私は、ここに残る!」

「伊万里ッ!」

怒声をぶつけるが、彼女が首を縦に振る気配はない。自分自身の死を前提に戦っている伊万里にとって、ゲートが閉ざされ、崩れゆく世界と共に消滅することは、むしろ望むところ。

なんてわがままな……。

不思議とここまで来て尚、壮大な喧嘩でもしてる気分だ。こちらを心配しすぎて病んでしまった彼女に困り果てる彼氏なんて、馬鹿なことを考えてしまう。彼女が本気なところが泣けてくる。

【聖勇国崩壊までのカウントダウンを開始します。残っている方は避難されることを推奨します。……58、57、56……】

無機質な数字が、世界の終わりを刻一刻と刻んでいく。砕け散る空、割れる海、崩れ去る概念。その混沌の中心で、俺たちは互いの武器を構えたまま、命を削り合うように激しく睨み合っていた。