軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四百十一話 Sideセラス 滅びの始まり

Sideセラス

私は自分の手がボロッと崩れていくのを見つめた。まるで砂で作られたみたいに指の先からサラサラと消えていく。私の本来の才能のなさを補うために、あらゆる努力をした。本来なら才能のないものにレベル1000を超えるチャンスはない。

どれほど博士が私をからくりと混ぜてもレベル1000を超えられるわけなどなかった。しかし方法はあるのだと教えられた。あれは博士がいなくなってすぐのことだった……。

『大丈夫……女神を嘘でごまかせばいい……』

あの言葉は誰が言ったものだったか……。博士は『君ももうすぐ死ぬだろう』と言っていた。そのための準備を博士はあらゆる方法で行っていた。『信じて託すしかないね』そんなことも口にしていた。

そういう考え方を博士は一番嫌いなはずだが、あの時の博士はどこか悟ったようだった。あの時博士は誰に何を託したのだろう。それももう分からない。才能のない私は長い時間の中で、博士に散々下駄を履かせてもらった。

そしてレベル999まで上がっていて、博士と共に500年もかけてルビーエリアからかき集めた素材によって、博士の死後にレベル1000を超えることに成功した。あれはどうしてだったのか……。

『そんなことに使っていいの?』

誰の言葉だったか頭に響く。

『レベル1000を超えたのだ。今日から名前をセラスと改めてはどうだ』

博士の死後はレベル1000を超える過程でできた装備をローレライは人に与えもしていた。支配にはこういうのも必要だとよく誰かが口にしていた。いつ頃からか私達と行動を共にしていた誰か……。博士のことが懐かしい。

もうあの姿すらかすむぐらい死んでから時間が経つ。最初は死体を大事に保管していたのだけど、それもいつ頃からかなくなった。

『ここに来たのは失敗だった。戻るだけのエネルギーを得られないまま、これほどの時間を過ごしてしまうとは……いいかク……、君……………ラ…はなんとか寿命を与えることができる。六条君がここにくるまでなんとか命を保つことはできるだろう。いいかい。どうか……』

死体どころか、きちんと博士の記憶だけは保存していたはずなのに、どうしてか私の頭の中で劣化して消えてる。時間が経つほどに重要な部分が消えていく。他の必要のない部分ばかり覚えていて大事なことばかりが消えていく。

『ミ………もか……も私の中から消える……。私の中から大事なものがどんどん消える……』

博士が死んで時間が経てば経つほど心の中に大きな焦燥が生まれる。ただこのままではいけない。そのことだけは確かで、そして何よりも世界を滅ぼすあの方を“私が”許せなくなった。

『この綺麗な世界が、この素晴らしい世界が、滅びるなんてお前は許せるか?』

あれは誰の言葉だった?

長い年月の中で私の体だけでなく心まで劣化していく。確かな目的を持って生きてきた。あの方を私が殺して差し上げること。それだけが全ての救いになる。あの方にとっても、世界にとっても……。それが最良の結果を産む。

だから私は絶対に全てをやり遂げなければいけない。だけれど、この世界でようやく再会できた、私にとっては1000年も昔の博士が何か言っていたように思う。それもうまく思い出せない。どうしてだろう。少しだけ蘇る。

懐かしい声……そうだった。

遠い昔。

『ク……君。六…君と……』

『約束しましたから大丈夫です』

ちゃんとそう言ったのに……博士に大丈夫だと言ったのに……寂しさのあまり私の心は分裂した。探索者特有の病気だという。博士がそんな話を聞かせてくれた。そのことに関してはちゃんと覚えている。

『ク……君。どうも君は分身心症になってるようだ。しかもかなり進行している。どうして、もう1つ心を作ってしまったの?』

残念そうな顔で博士が私を見ていた。

『私にもわからないのです。そんなつもりはなかったのにいつの間にかできてた』

1000年以上昔の博士なら容赦なく私を処分していた。でも博士はあの時、私を許して生かそうとした。今は思う。博士だって寂しかったんじゃないかと…。

『君の体を定期的にチェックしていてよかったけど、もう1つの君を消し去ることがとても難しい。他人には無理だ。君自身でやるしかない。残念だけど、僕の寿命はもうすぐ終わる。心を強く持ちなさい。このタイミングで君を消すことはできない』

あの頃、寿命が来て、急激に老化していく体を見つめながら博士が口にしていた。

『僕自身は生き残る方法を残しているのだけど、おそらく君がそれを許さないだろう。ふっ、……か。嫌なやつだ。最後の最後にわざと気づかせたか。ク……君。なんとかして“…キ”この名前を覚えておきなさい。君を騙しているのは“…キ”だ』

なぜかそう口にした時、博士がとても悲しそうな顔をしたのだけが忘れられない。博士が死んでから、私の中で確実に何かが変わった。頭の中に駆け巡ることがあの方のことだけになった。そしてあの方を救える方法……。

世界を救わなければいけない。あの方を救わなければいけない。それには私の中にある“2人”が邪魔だった。

あの二人は何があろうと、あの方の死だけは望まなかった。

そうだ。

思い出した。

私はあの2人を騙そうと思ってもう一人の自分を作ったんだ。全ての大事な思いは私から別れたもう一人に任せた。もう一人の私。もう一人の私。もう一人の私。不思議ともう一人の私は、私自身と違って、才能があった。

ダンジョンにおける才能に恵まれていた。もう一人の私。もう一人の私。もう一人の私。

『そんなものいたっけ?』

もう一人の私は何百年も時間をかけて、私の中にいる天才2人の才能だけを私のものにすることに少しずつ成功した。2人が消えたことで私の水と闇は消えたけど、天才2人の才能を吸収したことで、光の才能を水程度まで伸ばせた。

本当は闇の才能ほど伸ばすことができればもっと簡単にことは運んだのだけど、私ではあの人の真似は無理だった。どれほど知識や経験を自分の中に取り込んでも、12英傑を超えるほどの天才の真似だけはできなかった。

そう考えると水のあの人は天才ではなく秀才タイプだったのだろう。まあそれもあくまで闇のあの人に比べればということだ。頭の中がごちゃごちゃする。何を考えていたのか……。そうだ。

分身心症にはいろんな症状がある。別れた心と意思疎通が全く取れず、自分が知らない間にもう1人が何かのきっかけで表に出てくる。久兵衛というのがそうだったのを覚えてる。それとは違いもう一人の自分が、別れた後も会話ができる。

隠れていた時は私もいることも知らなかったけど、2人が消えてから向こうから話しかけてくるようになったんだ。自分が作ったもう1つの心。その状態があの方のことを思い出す。

自分の中でもう1人の誰かと常に心を通わせ話すことができる。

それは、あの方と心がつながった幸せな日々と酷似していた。

私はいつ頃からかもう一人の自分に甘えた。

「セラス様。全ての準備は整っています」

ふと後ろから私の体を支えてくれる男性がいた。博士と似た姿。とても似てるけど違う。博士が用意していた自分が死んだ後の保険。試験管の中で生まれたことを除けば、私の卵子と博士の精子が使われている。

だから、性交したわけではないけれど、二人の子供と言えなくもなかった。博士は本来もっと別の生き残り方をしたかったようだが、

『仕方がない。この状況ではこれがベストだ。………君、本来こんな子供の産み方はしたくなかっただろう。だが申し訳ないけど生まれたばかりの僕は脆弱だ。何者にもなってしまう。どうかこの未熟な存在を守り育ててくれ。そうすればこの子は……』

大事なことばかり忘れてる。私は博士の言葉にも甘えていたから、言葉で覚えていたことはちゃんと守った。私は誰かに寄りかかってその相手に全ての体重を預けて、それでようやく安心できる女だ。

『君は弱いね。でもその弱さこそが君たちの強さなのかもしれない』

昔ならそんなこと言わなかったのに死ぬ前の博士はやけに優しかった。でももう君たちではない……。それでも誰かに甘えること、誰ももういないのにそれだけは変えられなかった。

「では始めましょう」

口にした私は誰もいなくなったギガノス大陸を見つめる。あちこちがギガによって破壊され、クレーターだらけになり、巻き込まれたものは容赦なく死に、巻き込まれなかったものは遠くに逃げた。しかし逃げることですら何の意味もない。

逃げるならこの大陸から、いや、この世界から逃げなければ意味がない。

「ようやくですね」

ローレライが感慨深げに口にし、私が大事な言葉を発した。

【全ての命はここに】

力ある言葉を世界に向かって放つ。その言葉が世界のあらゆる生物の耳に届くはず。そして力ある言葉が鍵になる。……この世界の力ある生物を1箇所に集める。雑多なものたちなどどうでもいい。ルビー級になれた子達だけでいい。

大事に大事に育ててきた。

『お前の卵子を使う。そうすれば後で一つになれる』

後で一つになれるように私の卵子から全て生まれさせた。この世界の有力なモンスターに私の遺伝子を分け与えた。ローレライとともに何度も何度も実験を重ねて、十分に強い個体を生み出すことができるようになり、この世界で育てた。

死ねばローレライによって魂は回収され、神域に造られた別のボディに宿るように全ては製作してある。

天災獣ギガ

煉獄獣バルガレオル

巨鬼獣カオスオーガ

恐炎竜ドルティラノ

蠱惑蝶ベラミス

地轟獣メテオ

海王獣アトラディオ

三首獣ケルベロス

氷霊獣フロストリオ

毒蛇竜アスピクス

残ったのはこの10体。最後の2体は南雲に殺されてからもう世界に配置することはなかった。その他たくさん殺されたモンスターがギガノス大陸に現れた。氷狼王グレイシスはいない。あれはこちらが造ったものではない。

できれば、こちらに取り込もうとしたが、紅麗様から生まれたグレイシスに手を加えることは不可能で、私の遺伝子など受け付けなかった。そして、それがいても、まだ、もう一体欲しかった。欲を言えば本当は12体欲しかった。

それでこそ儀式が完璧になるのだが、

「……雷光獣テスラが現れませんね」

ローレライがそう呟いて、その目を閉じた。ルビーモンスターの管理は全てローレライに任せていた。目を閉じると管理しているモンスターの姿を見ることができるようだ。

「申し訳ありませんセラス様」

「何かありましたか?」

「どうやら雷光獣テスラは雷神に取られたようです。それによって雷神もレベル1000を超え神になった」

「……予定にはありませんでしたね」

「おそらく女神の仕業かと」

何もかもすんなりというわけにはいかない。これまでの道のりにも困難はたくさんあった。正直よくここまで来れたものだと思う。雷神は私が以前の世界でいた頃からどうしてレベル1000を超えないのか不思議なほどの存在だった。

それはきっと女神の気まぐれで止められていた。そして今回、女神の思惑に雷神というピースがはまったのだ。

「困りましたねセラス様。どうしましょうか? 完全な形で実行するにはあと一体どうしても必要です」

「今さら都合よく用意することはできません。予備のボディだけでも配置しましょう。それだけでも実行することはできるはずです。本来なら先延ばしにしたいところですが……あの方はきっとそれを待たない」

どうしてあの方の名前を口にすることができない。いつ頃から口にできなくなった。あの方の名前を口にした瞬間全てが壊れてしまいそうなほど、自分の心が痛むのだ。どうして自分はこれほど苦しい道を選んだ。

博士の予定通りにしていれば……。

『それでは何も救われない。あの男は自分のことしか考えてなかった』

ああ、そうだ。博士は自分のことしか考えてなかった。人類のこともあの方のことも考えてなかった。

『本当に?』

本当だ。本当に決まっている。だから私の博士が死んでからの500年の苦しみには意味がある。全てを救うための意味がある。

『油断するな。あの男は必ず、最後の最後に大きな牙を向けてくる』

あの方は今何かをしている。多くの場合究極系は自分が死ぬことを回避するために、かなり強力な手札をいつも用意することができる。誰かからそう聞いたことがある。それでも今までレベル1000に到達した究極系はいない。

いつもどこかで必ず邪魔が入った。

今回、私がその邪魔として選ばれたのかもしれない。でもそんな思いなどどうでもいい。全部どうでもいいんだ。全部あの方のために……。

『あの方って誰だい?』

不意にそんな声が頭の中に響く。最近ノイズが多い。もうそれも全てどうでもいい。もうすぐ終わる。もうすぐあの方とともに終われる。私ももちろんあの方とともに死ぬ覚悟はできている。その日をずっと待っていたんだ。

あの方とともに私がいなくなる瞬間こそ、私に許された最後の救いだ。

「その幸福までもう少し……」

私はローレライに向かって頷いた。不確定要素はあるが、始めることにした。私の中から力が抜けていく。全ての力がこれから行うことへと注ぎ込まれていく。それと同時にギガノス大陸の全てが振動を起こしていく。

まだ生きていた生物たちが動揺してざわついているのがわかる。なんとか逃げようとしている。でももう逃げることも意味がない。意味がないんだよ。この大陸は長い年月の中でできるだけ、真円に近づくように造り替えた。

それは儀式に最適な形になるようにしたんだ。ギガノス大陸に振動と共に亀裂が入る。地震で起きる亀裂などという生易しいものではなかった。大陸自体が完全にひび割れていく。そこから光が溢れ出す。そして図形が描かれた。

図形は五芒星で光り輝いていく。

完全に大陸が割れたところに、かろうじて生き残っていた脆弱な生物たちが落ちていく。そしてそれらは光に飲み込まれた。私の遺伝子を持つルビーモンスターたちそれぞれに現れた五芒星の1つ1つの星の先、そして線が交わる箇所。

合計10箇所に配置されていく。雷光獣テスラのところにも魂はないがそのボディだけは配置された。大陸の全てで魔法陣を描く。どんどんと完成していく。この弱い体を捨てるためにたくさん考えた。

「一番重要なのはあなたでした」

体の大部分を失っても、それでもほとんど再生してきたギガを後ろから抱きしめた。才能がない。それを無理やり引き出すために、ダンジョンが現れる前の世界ならスポーツ選手は薬を使った。

結果一瞬の力は手に入れられても長い目で見れば体が弱くなる。それを解消するとすれば、才能ある体のあらゆる可能性の中で最高を詰め込んだ体を造り上げ、そこに自分を宿すことができれば人はどこまでも強くなれる。

ローレライと私がたどり着いた答えだ。

『これなら君は彼を死なせてあげることができる』

また余計な声が聞こえる。ダンジョンが現れるまでならそんなこといくら考えても無理だった。

「でも今はできる」

五芒星の星の中心点にギガと私の体が移動する。そしてその他のモンスターの全ての才能が中心点に宿っていく。この世界であの方をまず強くする。それと同時に行った私達のもう一つの目的。

結局ほとんどのモンスターは殺されただけで、強くなる現象は起きなかった。しかしギガだけは違った。元より才能に恵まれていたこの子が、最も凄まじい結果を叩き出し神にさえ届き、何よりも私が使えなかった神気を宿した。

「ありがとうギガ。あなたは本当に母親を思いの優しい子供でしたよ」

ギガの体が純粋なエネルギーへと変化して、人の形を手放していく。それに続いていくようにアトラディオも、ドルティラノも、そして全ての子供達が生物としての形を手放していく。私と1つになるために……。

「全ての子たちよ。お前たちはすべからく私の一部となる。すべて同じになれることこそが、この世における最高の幸せでしょう。ああ、やっとだ……」

私には神気を操る才能などあるわけがなかった。雷も炎も水も土も闇もない。私が所持していたのは光だけだ。それも水と闇のあの2人の才能を借りて、下駄を履かせてもらって、何とかここまでやってきたんだ。

そして私が持っていない才能のある可能性を世界で育て続けた。私の遺伝子を宿し造り上げた存在の中で一番才能があったのがギガだった。ギガは素晴らしい。まさかここまでの才能を自分自身で作り上げてくれるとは……。

「ギガ。ありがとう。そして全ての子供たち。もう一度お礼を言わせてください。お前たちは本当に私の役に立ってくれました。ありがとう……本当に感謝しているのです。ですから、私の中に帰ってきてください」

ギガは嬉しいのか体を激しく動かそうとする。人の形を手放したこの状況でもまだ抵抗ができるなんて、お前は本当に素晴らしい。でも、今は大人しくしていてね。お前は私に逆らえないように造ってあるんだよ。

全てのモンスターが私の中に集まってきて、ギガノス大陸の全てが光り輝く。しばらくあと、ギガノス大陸はこの世から跡形もなく消え去り、聖勇国という世界の滅びの始まりがやってきた。