軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三百九十九話 Side米崎 認識

Side米崎

《博士。私は最近ひとつ気づいたことがあります》

《何だい?》

《以前はあまり感情面が育ってなかったので何とも思わなかったのですが、どうやら私はゾンビが苦手なようです》

《素晴らしい。ではそのまま頑張りなさい》

《少し手伝っていただきたいのですが……》

《負けそうなの?》

《いえ、もうすぐ終わると思うのですが、博士がちゃんと手伝った方が早く終わると思います》

《終わったら六条君に連絡だけ忘れないように頼むよ》

僕がそう伝えると、ヒノエは僕が全く手伝う気のないことを理解したのだろう。それ以上連絡がなかった。【意思疎通】というものは意外と脆弱で、妨害にあうと簡単に防がれる。ルビー級にもなると暗号通信が当たり前ではある。

だがそれも盗聴できないかと言うとそうでもないのだ。このため【意思疎通】は戦時の連絡手段としてはあまり向いてない。短距離ならともかく遠距離に対しては特に【意思疎通】では送りたくない。

そのために使われたのが光の精霊である。しかし僕とヒノエの間での通信はそれも利用していない。というのもヒノエに大八洲国の最新技術、【異界通信】を組み込んだのだ。これが、なかなか良好なようだ。

おかげでヒノエに【地轟獣メテオ】の相手を任せきりにして、自分は別の用事を済ませることもできた。

「それほど長くは持たないだろうな……」

今回の戦いで自分が勝つことには自信があった。ヒノエはこのまま押し切るだろう。他の者とは事前準備が違う。霊王国がまだその名前で呼ばれる以前のこと。かなりの人間が僕のゴールドエリアで死んだ。それら全てをゾンビ化した。

僕はそれを容量無限のマジックバッグの中に保存して、常日頃から持ち歩くようにしている。今回の戦いにはそれを100万体ほど投入した。数の原理というのは探索者の世界には通常通用しないことだ。

だが、ゾンビのレベルはかなり高いもので揃っている。それが100万体となるとさすがに話は変わる。一体のゾンビが1ダメージを与えるだけで100万のダメージになる。そしてゾンビは死を恐れず、全力で戦う。

むしろ死ぬことこそ彼らにとっての救いになるので喜んで死に物狂いで戦ってくれる。地轟獣メテオは弱い相手ではない。ギガの次にこの世界のモンスターで強いと言われていた。それでも勝てる見込みは高かった。

「やはりこの方法はとても効果的だな。どうして誰もやらないのだろう」

準備するのが大変だからだろうか。まあ確かに100万体用意するのは、手間ではあるがなれれば結構楽しい。それなのに、誰もこの楽しみを理解するものはなかった。

「六条君にゾンビ補充の協力が得られないか相談してみるべきだな。彼も効率重視の人間だから、きっと僕の気持ちを理解できるだろう」

僕の今いる位置は湖の中だった。空気の膜を張って体が濡れないようにしている。湖の底にある古代の施設を調べていたのだ。施設は密閉型になって、その中には水が入り込んでいなかった。かなり前に滅んだ施設としては優秀だ。

「ここに一番期待してたけど、やっぱり当たりだったな」

水中にある施設から出てきて、収穫があったことにほくそ笑みながら浮かんでいく。

「ヒノエの様子だと、メテオももうすぐ終わりそうだし、六条君にまた僕が優秀なことを証明してしまったね。くく、まあこの方法にも問題はあるのだけどね」

そうだ。ゾンビという死兵を使う。一見無敵に思えるこの戦法には、唯一弱点がある。

「準備に時間がかかりすぎる上に、消費が激しい」

ゾンビは無限に湧いてくるように見えて無限ではない。それでも無限と思えるほどゾンビを放出して相手の気力を削ぎ、この戦法で勝とうとすると、ゾンビは悲しくなるほど減る。次にゾンビ軍団で同じクラスの敵を倒すのは当分無理だ。

「さて。結論だな。やはり……」

湖面から出て体が浮き上がっていく。メテオとの戦いのほとんどを準備から何から全てヒノエに丸投げして、この世界を調べた。何を調べたか? 僕と思える存在がこの世界にいた痕跡だ。そして世界を回った。

以前からも玲香君にお願いして何度かこの国には入っていたが、その時は僕が弱すぎてその地域の超越者にばれるのを恐れていた。そのために入れない場所が多かった。でも今は違う。全ての超越者は自分の領地の中で一大事だ。

そして今の僕の気配を消す技術なら誰にも見つからずに各地を回る自信もあった。そうして調べた結果、

「“ローレライは僕ではない”。僕の思想ぐらいは継いでいてくれるのかと思ったが、どうにも僕と考え方が合わない。かなり昔に残されていたものから年代を減るごとに微妙なズレが大きくなって、かなりズレてる。このズレはどこから来たのかと思っていたが……」

元から分かっていた範囲では、僕はここではないどこかの時間軸で、六条君に何らかのトラブルがあり過去に戻った。過去に戻った方法は六条君に頼ったものだと思うから、その状況でよく彼は僕を過去に戻せたものだ。

戻った年代はずいぶん昔で1000年前。僕は1000年前のここに来て、いろんな場所に自分の痕跡を残したようだ。理由はおそらく自分の死を悟ったからだろう。自分が死んだことによって、自分の意思が残らないことを恐れたのだ。

「この辺の用意の良さはさすが僕だ」

僕が見つけた痕跡は、ほとんどの人間が気づかないように、隠した場所にあった。しかし僕自身だと気づきやすい場所にあった。というのも僕のゴールドエリアである霊王国で僕が築いた重要拠点と遺跡の場所がとても似ていた。

「僕はその点に関して誰にも話さなかったわけだ」

湖面に浮かんで立ちながら、思索を続ける。ゴールドエリアは世界の卵であり、その大陸の場所や形はほぼ全て同じである。この点を僕は活かしたわけだ。そしてこれらを全て消し去ることがローレライにはできなかった。

かなりの遺跡を破棄した痕跡はあったが、全部はできなかった。おかげでいくつかを調べることができた。そして僕が何をしようとしていたのかその予測は立ってきた。

「過去の僕は六条君を殺そうとはしていなかったはず。僕が世界のためとか、彼自身のためとかで、そんなもったいないことを考える人間でないことを僕はよく知っている」

だってそんなばかばかしいことどうでもいいではないか。

「専用装備華という竜のストーリー。それをいじって殺そうとしていたことにしたか。魂をいじることが得意なのは僕と変わらなかっただろうから、時間をかければできたのだろうな。そして千年以上の過去がこの世界にないのは、今の僕をなんとか騙したかったか。それもこれもやはり彼女……」

だんだんと考えがまとまってくる。僕は何事においても事前準備を大事にする。ゾンビを用意するのもそうだし、どんな相手と戦うことになっても相手の意図は理解してから戦わないと怖いから嫌だ。そしてローレライの意図の結論は出た。

「さて、後は六条君に知らせるだけだね」

結局、六条君は僕を疑うべき材料がこれほど揃っているのに、今の僕を疑おうとはしなかった。僕などという人間を六条君はずいぶんと信じてくれているようだ。それがかつて一番大事なものすら信じられなかった自分には眩しく見える。

「僕にその強さがあったらか……ふ、僕らしくないね」

そんなことを考えていた時、近くに1つの気配が現れた。とてもとてもなじみのある気配。それでいてとてもとても不快な気配。

「同族嫌悪かな。来ると思っていたよ」

僕はそう口にする。いくら僕が気配を消すのが得意になったとはいえ、一刻も早く調べ終わる必要があったから、完全に気配を消して世界を回れたとは思えない。気配を消すのが得意で、人の気配にも敏感で、

「きっと誰よりも今の僕を警戒しているであろう。君なら気づくだろうとは思ったよ」

「おや、我が父よりはるかに気配を消すのは上手くなったと思っていましたが、見つかるとは残念です。子供はいつまでも親の後を追うものなのでしょうか」

「子供ね……」

とある古代の遺跡から出てきた僕の目の前、湖に沈んでいた場所にあったから、湖のほとりに僕よりも豪華な白い装束を身にまとう男がいた。どこか僕の面影を残しながら、それでも僕ではない何か。おぞましい。

どうしてこんなものを残してしまった。

「もっと早く気づかれる心配をしていたけど、さすがに伊万里君の対応に追われたかな」

「あれはとても困りましたよ。我が父よ。何も知らないとはいえ、どうしてあんなことをしてしまったのか」

「君から父などと言われるととても気味が悪いのだけどね。造られた君を僕は子供と呼んだのかな?」

「いいえ、呼びはしませんでした。残念ながら私が生まれた頃あなたはもういませんでしたから。私はローレライの2代目です」

「何か用?」

特に興味を惹かれない言葉だった。

「それはもう用しかありません。優秀なる我が父ならば必ず真実にたどり着くと思っておりました。ですが辿り着かないことも願っておりました。できれば実の父をこの手にかけたくはありませんでしたよ。ですが我が父はやはり優秀だ。辿り着いたのですね。なんと悲しきことでしょう」

その瞳から本当に涙がこぼれてきた。これは僕が造ったのだろうか。僕が造るなら泣く機能なんてつけないのだが。

「褒めてもらえて嬉しいな。でも僕は自分で戦うのが嫌いな臆病者だからね。できれば邪魔はしてほしくないんだけど」

「そのことはよく承知しております。ですが父よ。そうもいかないのです。これも世界のためなのです。1人の命で世界は救われる。なんと尊きことでしょう」

「それは君が最初から持っていた考えなの?」

「答えるべきことでしょうか?」

「いや答えなくても別にいいよ。僕なりに君の頭の中身には結論が出てる」

「ほお、それは素晴らしい。いえ、だからこそ悲しいのですね」

ローレライは目元を抑えて首を振った。やはり僕ではないな。僕はこんな行動は取らない。どこでこんなに違ってしまったのか。実に残念だ。本来の形で残っていてくれればきっと相当役に立ったはずなのに。

この調子では僕が残したものにも手が加えられてる。誰がした? 彼女はきっとここまでできない。ああ、本当に不快だよ。

「君は僕にとっての千年の“無駄”だな」

「親の言葉とは思えません。あなたは父としては失格ですね」

「ふん、理解しているかい? 君自身も“伊万里君と同じ”なんだと」

「何がでしょうか?」

やはり相当“馬鹿”になってるな。仕方がない。彼女にしてみればバカになってくれなければ、思うように“操れなかった”のだろうし。

「教えて欲しいかい?」

「必要ないとは思いますが一応聞いておきましょう。先人の古い知恵が必要な時もあるかもしれません」

ローレライは余裕の態度を崩していない。僕が相手ならば勝てるだろうと思っているのだ。実際その見立ては正しい。僕自身は戦闘が苦手だ。苦手だけど強いなんていうこともない。苦手だし弱い。

人はなかなか嫌いなことを得意にならないものだ。僕の弱さを補うためのゾンビ軍団であり、それはほぼ全てメテオを倒すためにヒノエに貸し出している。そのゾンビ軍団もメテオにほとんど壊滅させられるだろう。

まあレベル983もあるメテオにそれで勝てただけでも御の字である。だから、ここでの最良は決まっていた。

「ああ、先に言っておきますが、時間稼ぎをしようとしているのは理解していますよ。ですから父よ。できれば手短にお話ください」

「ふふ」

どうにもだめだな。笑ってしまう。

「君はさ。最初、伊万里君が全く自分の言葉を信じず、自分の方には靡くことがない。そのことを承知していたよね?」

「確かにそうですね。承知していました」

「でも納得はできていなかった。だから君は彼女が自分から逃げられない状況を作り出した。世界から嫌われるようにして、自分だけはその理解者だと彼女に甘い言葉を囁いた。世界に行くところのなかった彼女は君を頼ったわけだ」

「ふむ、よく調べましたね。彼女の状況についてはできるだけ秘密にするようにしていたのですが」

「僕より優秀な諜報員が彼の元にはいるんだよ。おかげで僕もずいぶんと君の真実に近づくことができた。彼女は事実を調べてきて、考えるのは僕の役目という感じでね」

しかしそうか時間とは残酷なものだ。

「まあこれはいい。君は話を急ぐんだったね。では手早く話そう。君にとって伊万里くんの問題はそこからだった。彼女の思いは強固で簡単には崩れない。ただ君には勝算があった。それは時間という勝算だ。何しろ六条祐太は10年後にしか帰ってこない。いくら伊万里君が彼を好きでも、それは長い。彼女が六条君と一緒にいた時間よりも長いのだ」

笑顔のままローレライは聞いていた。きっと自分の予想から外れる言葉は出てこないと信じているのだろう。

「その時間の中で君は伊万里くんの認識をずらした。人は認識をずらされることに弱い。少しずつ変わっていくことに意外と脳は気づかない。30秒ほどかけて赤を黒にしただけで、その色が変わっていると気づく人間は少ない。10年かけて少しずつ過去のデータや世界の書物。世界の状況。君は伊万里君の認識をゆっくりと変えていった。その結果、伊万里君は六条君を好きなまま殺さねばと認識するようになった。ここまでどうかな?」

「なるほど。大筋で確かにあなたの言葉通りです。しかしあなたは私が間違っているように考えている。その点は違います。私は間違っていない。六条祐太の殺害。これこそが正しい選択なのです」

「そして君のその認識もずれている。おそらくそのずれは彼女によってなされたものだろう」

「彼女? どなたのことを口にしているのか知りませんが、私がその彼女に操られているとでも?」

「そうだよ。君何歳?」

「……426歳ですが何か?」

少しだけ笑顔が小さなものになった。きっと“不安”を感じたのだろう。

「君は伊万里君の認識を少しずらすのに10年かかった。彼女は何年かかったんだろうね。君だと5年ぐらいかな? どうかな? 当たってる? きっと君最初からは六条君を殺そうとは考えてなかったよね? その認識が5年目ぐらいで変わらなかった?」

「いいえ、私は最初から六条祐太は殺されるべき人間だと思っていましたよ」

「嘘つきだな」

ほらもう笑ってない。彼女が育てたバカでも気づいたか。やはり親の教育とは大事だな。

「あなたがどう思おうと個人の自由です。ですが本当に早く話してくれて助かりました。今、ここで、あなたを殺しても関節的にあなたに造られた私自身に影響が出ないことは調査済みです。さて、欲を言えばあなたのお仲間にはもう少し死んでおいて欲しかったのですが、意外とたくさん残ってしまいました。それでもあなたを始末できるのはとても大きなことだ」

「僕を殺す? できるかな」

そんなこときっと誰にもできない。そんなことも知らないのか。

「強がりは必要ありません。あなた自身、自分が弱いことを認めていたでしょう」

「どうかな」

「我が父よ。どうかこの親不孝をお許しください。でもあなたがいけないのだ。間違っているあなたが全ていけないのだ」

「他に言うべきことある? 大事なことで何か教えてもらえることがあるなら、話してほしいんだけど」

「いいえ、死にゆくあなたにこれ以上語るべき言葉はありません。ではさようなら」

ローレライの後ろにスッと“彼女”が現れた。こちらを見て微笑んでいる。ローレライだけならどうにかなるのだが、ここまでか……。まあ僕にしてはよく頑張った方だ。僕がここでいなくなれば、それだけでももう以前とは違う。

全て問題はない。

《ヒノエ》

《はい》

《ゾンビと共にその場に残って六条君を【管理球】までできるだけ早く案内しなさい。僕はどうもここまでのようだ。彼にここまで僕が考えた全てを伝えておいてくれ。今から送る》

《畏まりました。博士、他の言葉はありませんか?》

《ない》

《ブリュンヒルデ様には何も残されませんか?》

《必要ない。僕がいなくても霊王国が問題なく進んでいけるように、全ては調整してある。彼女も僕がいなくなれば他の相手を探さざるを得なくなるだろう。それが彼女の役目だ。僕の私有財産を全て六条祐太と南雲友禅に譲渡する。その場合の手続きは、兼ねてより僕が死亡した場合のプロセスにのっとって動きなさい》

《……それで良いのですね?》

《問題ない》

《……》

ヒノエが何か不満を感じていることが伝わってくる。その不満の原因を僕の良すぎる頭が、答えとして僕に教える。僕は少しだけどう答えようか考えた。

《……ヒノエ》

《はい》

《元気で頑張りなさい》

最後に一言ぐらい自分らしくないことを言っておこうと思った。光の渦が目の前を埋め尽くす。彼女は微笑んだ顔のまま、光を振り下ろしてきた。やはりそうか……。

「父よ。ご安心ください。あなたの魂は私がちゃんと天へと導きましょう」

ローレライがそう言ってきた。そして誰かから意思疎通が入った。

《博士》

《……》

《私に命をくださりありがとうございました。私はあなたがいてくれたのでここまで来れた》

最期に聞いた言葉は確かに“彼女”のものだった。そうか、君の言葉を聞けるとは嬉しいよ。だがこれは良くない。最後の最後に耄碌したものだな。クミカ君と同じ系統の光の精霊を操れるのなら全ての僕たちの通信を操れる。

そのことに気づいてしまう。なんとか全て伝えたかったが、六条君、後は自分で頑張りたまえよ。君ならきっとすべてうまくやれ——。