作品タイトル不明
第三百四十八話 エルダーリア森林州
当然、クエストを受けたものの伊万里を殺すなどという気は起きない。たとえ向こうが殺しに来ても俺は殺せない。俺の頭の中では、伊万里からの接触を振り払うための方法ばかりが巡る。
今のところ、伊万里にもしも攻撃されたら逃げるしかないというのが正直なところだ。米崎の見解も同じだった。意外なことに伊万里を殺そうとは言い出さなかった。
「まあ逃げに徹した場合、どうにか逃げられるよ。【転移】が得意という探索者はかなり珍しい。そして六条君の転移魔法はかなり優秀だしね。だから、今のところは、伊万里君から狙われても逃げればいい。実際、龍神様が逃げた時、伊万里君は追ってこられなかったみたいだしね」
「まあそうだよな」
しかし、ゴールドエリアで逃げ回っているだけなら、ルビーエリアにいる方がマシだ。俺はここで一刻も早くレベルアップを果たし、伊万里を殺さなくても無力化できるほどの実力を手に入れなきゃいけない。
そして同時にしなきゃいけないことが、ゴールドエリアで本来しなければいけない、ゴールドエリアの支配である。どうも玲香の話を聞く限り、伊万里は聖勇国でルビー級以上の存在を討伐していないようだ。
「それでも、この世界のもともとの支配者、絶対神セラスが伊万里に支配権を無条件で譲ったらどうなる?」
俺はみんなに向かって問いかけた。
「伊万里君はセラスが後ろ盾になったから、問答無用でゴールドエリアを支配できた。そしてゴールドエリアの後にシルバーエリアを支配するという意味不明な結果になった」
「そんな馬鹿げた話ってある? 勇者というだけでそんなのありなの?」
「結果から考えてありだったんだろう」
米崎も同じ結論を持っているようだ。
「それでなんだが……」
俺はそこから言葉を続けようとした。しかし心に引っかかりを感じて黙ってしまった。他のみんなが怪訝な顔をしている。時間にして1分ほど黙った。ここからシャルティーたちも含めた5人と行動する。
おそらくその時、俺の殺害を伊万里に納得させた相手とも会う。そいつは多分、俺が殺されるべき人間だと知ってる。それを踏まえた上で考える。俺が殺されるべき理由を言わないまま、ゴールドエリアの支配を行うのか?
いや、それは卑怯だ。卑怯なことはしたくない。何よりも俺は自分が仲間と思っている相手に嫌われるなら、自分で嫌われたい。他人の意志で嫌われたくない。だから口にする。それが俺なりの誠意だ。
「玲香、米崎、雷神様、シャルティー、玲香。ゴールドエリアの支配を始める前に、俺が南雲さんから聞いた大事な話がある。聞いたら腹が立って俺から離れることになるかもしれないが、少しだけ聞いてくれるか?」
俺が真剣な表情になると、
「もちろん聞こう」
「何の話? 何か言いにくいことなの?」
「腹の立つ話は先に聞いておこう。まあそれなりの覚悟は決めて我は今ここにいるから、簡単に心が変わるとは思えんが」
「ありがとう。じゃあ聞いてくれ」
米崎、玲香、雷神様の順番で答えた。シャルティーと切江は俺を裏切ることができない。でも話を聞いて嫌だと感じて裏切る意思を見せたら俺は解放してあげようかとも思った。そんなことを考えながらもまず説明した——。
「——だからこれから先、俺に協力すれば、世界が壊れる。その片棒を担がされるかもしれない。逆の結果になるかもしれない。その上でどうするか考えてほしい」
「ダンジョンに好かれるというのはやはりかなり特別だったんだね。実に面白い。ああ、楽しんじゃいけないか。でも僕としては楽しいな。むしろ君のそばにいる理由が増えた。離れる理由はないよ」
まず最初に米崎があっさりとそう口にした。米崎ならばそんな風に言いそうな気はしたが、本当にぶれない男である。
「我も何の問題もないな。むしろお前が凡人である方が困る。六条、お前がそこまで、ダンジョンの根幹に関わる存在であるなら、それこそ待った甲斐があるというものだ」
その次に雷神様もあっさりと俺の言葉を飲み込んでくれた。
「私も同じよ。セックスをストレス発散の一つの方法ぐらいにしか考えてなかった私が、結局あなたに嫌われるのを怖がって10年も他の相手を見つけなかったのよ。この10年つくづく思ったわ。私はかなりあなたが好きになってるって。今さら嫌だって言われてもついていくわ」
玲香も思った以上に力強く答えてくれた。
「ご主人様。私も変わらぬ忠誠を」
「ご主人。俺も変わらぬ忠誠を」
緊張していたのかほっとして、うっすらと涙が出てしまった。俺はこれだけで今日は一旦休みたい気分になった。だが甘えている暇もない。ついてきてくれるという人たちのためにも、ルビー級以上の実力者を、順番に一体ずつ片付ける。
そしてゴールドエリアへと侵攻していかなきゃいけない。
「ありがとう。正直誰か1人ぐらいは離れると思った。それも仕方ないと思った。でも違ったことが本当に嬉しい」
俺はそう言うと、こういう時いつも思い出してしまうのは、陰鬱な中学生のことだった。あの頃はもっと普通のことでも誰も俺と一緒になんてしたがらなかった。今は仲間に随分と恵まれているようだ。だからすぐに切り替えた。
余計な心配をする必要はないのだ。
「玲香、まずどう行動するべきか、考えはあるのか?」
「ええ、伊万里たちが目の届かない田舎から手をつけるのがいいと思っているの。多分そこだと地球から来た探索者もいないでしょうしね。名前をあげるとエルダーリア森林州というここの隣の州の煉獄迷宮という場所よ」
「迷宮?」
「そう。迷宮はルビー級の探索者が創るダンジョンの中にあるダンジョンよ。このレッド州にもあるわ。そこから貴重な鉱石や素材、他にも宝箱が自動生成されるようになっていて、中にはアイテムが入ってたりするの。だから迷宮の周りにはそういったものを目的にした人たちが集まって、大きな街になることが多いわ」
「その迷宮を探索するのか?」
「いいえ、目的は探索というより一番下に降りて 煉獄(れんごく) 獣バルガレオルを倒すことよ」
「煉獄獣バルガレオル……」
名前からの第一印象は強そうだということと、久しぶりに敵がモンスターになりそうだということだけだった。正直モンスターを殺すことは人間の敵よりは忌避感は少なく戦いやすそうだ。
「ええ、南雲は次にこいつを殺そうとして邪魔されたの」
「ローレライたちに?」
「そ。南雲はレッド州の地方領主をまず全て攻め滅ぼした。本来支配者が決まったゴールドエリアよ。よほどのことがない限りそんなことできないけど、そこは恐怖の権化とまで言われた龍神様よ。降伏しないのならば焼き払うまで、それぐらい苛烈に支配を進めた。そしてレッド内にいたルビー級を超えたものたち。それら3体を討伐してしまいレッドの支配を終わらせた」
「レッド州にはもうやるべきことはない?」
「ないわね」
自分のレベルは650である。今更シルバーエリアの支配などとならなくてよかったとは思った。さすが南雲さんと感謝する。そしてやるべきことがないのなら次に行く。
「じゃあさっさと行くか。玲香、エルダーリア森林州の座標を送ってくれ。【転移】で行く。全員俺の体のどこかに掴まってくれ」
玲香はエルダーリア森林州の位置情報を俺の頭に送ってくれる。その情報をもとに、俺たちは【転移】を2度繰り返し、エルダーリア森林州に到着した。
「……南雲に対しても思ったことだけど、【転移】って本当に便利よね。隣の部屋に移動するよりも早く着いちゃうんだもの。エルダーリアって隣の州だとはいっても、2000㎞は離れてるのよ」
「簡単だからつい使っちゃうけど、MPは結構減るぞ」
周囲を見渡すと高い木々に覆われた森の中にいた。古くからある森のようで、周囲の静けさが心地よい。雪が積もり寒くは感じたが、木漏れ日が葉の隙間からこぼれ、地面に柔らかな光の模様を描いている。
森の静けさは時間が止まったかのようで、心の奥まで静寂が浸透していく。
「静かだな」
「【転移】って結構注目されやすいから、南雲と移動する時はいつもこういう人気のない場所を選んでたの」
「なるほど。えっと、あっちみたいだ」
みんなもいることを確認して、一歩踏み出すとゆっくりと歩き出す。ここから先に向かうべき場所は自分の空間把握能力で理解できた。足元の雪がサクッと音を立てた。静寂の中で響くその音は、どこか心地が良い。
冷たい空気に呼吸をし、冷たい空気が肺に広がるのを感じた。しばらく進むと、ふと視界が開く。目の前には、古い石の街道が現れた。雪に覆われた道は、白い足跡が点在していた。俺たちは街道を歩き始め、すぐに人を目にする。
「大八洲国の大森林とちょっと似てるな」
頻繁に耳の長い種族が歩いていて、
「エルフだよな……」
俺が呟くと玲香も頷いた。
「ええ、ゴールドエリアにはゴールドエリアの生態がある。それは私たちがいるダンジョンとはちょっと違う。具体的に言うと、長命種というのが存在していて、エルフは300年の寿命を持っているの。ドワーフも200年ほど生きたりして、ホメイラ族も200年生きたりするわ」
「ルビー級みたいなものなのか?」
「いいえ、必ずしもそうではないの。長生きだからといって、レベルが高いとは限らないのよ。犬と人間の寿命が違うのとほとんど同じよ。長く生きることでレベルの高い者が多くなることは確かだけど、大抵はレベル100までが普通」
「それ以上はいるよな?」
「それ以上の者もいるけれど、日本の方が多いぐらいね。ダンジョンはダンジョンが定めたように成り立っているけれど、この世界は聖勇の支配者である伊万里と、今は影の支配者となってるセラスの定めに従うわけね」
そして必ずしもエルフだからと言って300年生きるということもなく、平均寿命は240年ぐらいだと言われているらしい。その辺は人間とよく似ている。長生きだと300年を超えるものもいるそうだが、滅多なことでは存在しない。
そんな話を聞きながら道を歩いていくと、目の前が開けてきた。そして、見えてきたのは大きな穴だった。森の中にぽっかりと開いたその穴は、まるで地獄へと繋がっているように見えた。
「これが煉獄迷宮か……」
覗き込みながら呟く。そうであることは玲香から位置情報をもらっているので分かってる。その場所に近づくにつれて、熱気が漂ってきた。50度ぐらいあるんじゃないかと思えるほどの暑さが、俺の肌をじりじりと焼いた。
季節は冬で寒かったせいか、あまりの熱気に驚いた。穴の向こう側には、大きな街が形成されていた。迷宮に隣接した街で、森の中にあるにしては商業施設が立ち並び、騒がしい声が響いている。大きな木の上にまで建物が建設されていた。
街全体が活気に溢れている。ダンジョンによって潤っているのだろうか。迷宮の入り口に差し掛かり、穴の下へ通じる階段が足元にある。ダンジョンのように入り口は消えたり現れたりせず、そこにずっとあるようだ。
入り口には門番のように立っている男が2人いた。空に浮かび上がり、もう一度穴を覗き込む。穴の側面には、さらに道が続いていて、無数に枝分かれしているようだ。雷神様や米崎が一緒に空に浮かんでついてきていた。
その姿に門番はどうしたらいいのかという様子で、お互い顔を見合わせている。おそらくレベル50ほどのやつらだ。空を飛ぶ人間はあまり見たことがないようだ。
「煉獄獣は最も深い場所にいるのか?」
「そうよ。煉獄迷宮は下に行けば下に行くほど危険で、体が燃えるほど高温になる。最深部に住む煉獄獣バルガレオルは近づくだけでも大抵の探索者が、あまりの高温に燃え上がって骨も残さず死ぬと言われてる。普通の冒険者なら、まず手を出さない方がいいわ」
「へえ、なんだかこういうのは久しぶりだな」
「煉獄獣はこの迷宮を創ったルビー級の支配者を殺して、もう200年ぐらいこの地で居座ってる化け物だと言われてるわ」
「200歳以上か」
「そうよ。たまに迷宮から出てきて、気ままに街を襲い人を殺す。10年に一度のこともあれば、毎月のように現れる時もある。勝手気ままに行動し、それでいて誰も倒せない。新たに現れた支配者伊万里は名前だけ公表されただけで、煉獄獣を倒してくれるわけでもないみたい。だから『いるのかいないのかわからない支配者様』なんて陰口を叩かれているらしいわ」
伊万里の陰口と聞くとなぜか頭に来てしまう。自分のこと以上に腹が立つ。こんな状況でそんな気持ちが湧き上がることに自分でも笑えた。
「まあともかく煉獄迷宮に勝手に入って問題視されたくなかったら、冒険者登録が必要よ。門番さんごめんなさい。もう行くわ」
門番2人がいい加減降りてほしそうにこっちを見ている。でも主に雷神様が怖くて、どちらが注意するかで揉めていた。
「ここでは探索者じゃなくて"冒険者"だったな」
「ええ、博士にも聞いたけど、他の人のゴールドエリアでも同じく冒険者みたいよ」
煉獄迷宮の大穴に隣接しての造られた街の中へと入る。レンガ造りの建物がいくつもそびえているのが目に入った。人混みの中を進むと、やはり耳の長いエルフたちが多く、そして容姿も結構様々だった。エルフでも普メンもいた。
エルフだから人数が少ないなんてこともなく、エルフはかなり見かけた。そしてエルフだけがいるわけではなく、あれがホメイラ族だろうか3mほどの身長を持つ巨人たちもいた。
彼らの存在感に圧倒されながらも、俺はなんとなくやってみたいことを思い出して、雷神様にもお願いして威圧感を抑えると、目的の冒険者ギルドの中に入った。そしてエルフと目があった。
「ぬあっ!」
俺の顔を見たエルフの一人が驚いたように叫ぶ。俺に目を向けた彼は、周りの仲間たちとも目を見合わせた。俺を視界に収めた者たちは、例外なく一歩下がり、道が開けた。
「お、おい、な、ななんだよあの超絶美形兄ちゃんは!?」
「知るかよ、本人に聞けよ」
「やだよ、怖い。あの顔で睨まれたら、変な性癖が目覚めそうだ」
「領主家か?」
「いくら領主家のエルフでも炎の翼はないだろう。あれ燃えないのか?」
そのコソコソ話が全部聞こえてくるが、俺は内心残念だった。冒険者ギルドといえば、チンピラ冒険者に絡まれてからの実は強いんですムーブがやってみたかった。しかしそれ以前にこの顔の性能は良すぎる。
せっかく威圧感を消したのに、性能の良すぎるこんな顔で見られたら、誰でも怖がるかもしれない。おまけに、炎の翼を生やしている俺の姿は、間違いなく異彩を放っている。
そんなわけで、受付まで特に何か言われることもなく、すんなりと進むことができた。
「つまらん」
「何かしたかったの?」
「いや、いいんだ」
伊万里のことを思い出すとハメを外しすぎるのも良くない。これでいいんだと前を向く。なかなか綺麗なお姉さんが立っていた。彼女は緊張した様子で俺たちに声をかけてきた。
「ぼ、冒険者ギルドへようこそ。私は受付嬢のベリッタです。きょ、今日はどんな御用でしょうか?」
彼女の緊張が伝わってくる。そしていつもの手順なのだろう。
「あの、字は書けますか?」
そう聞かれる。そう言われて俺は目を大きく見開き、少し困惑したように顔をゆがめた。目の前の文字は、俺にとって全く知らない文字だった。ちらりと横を見ると、玲香がすぐに反応していた。
《玲香。早くしろ》
《はいはい。申し訳ありません》
彼女は【意思疎通】を使って、この国の言語データを俺の頭の中に送信してくれた。すると、瞬く間に新しい言語の知識が俺の中にインプットされていく。思考を加速させて、10秒ほど沈黙していただろうか。
俺は何とか理解した。
「大丈夫です。書けますよ」
俺は自信を持って返した。そうして、俺は名前、性別、種族名、所属領を記入していく。最後に目の前に置かれた水晶球のようなものに触れるように指示される。
「では、これに触ってもらえますか?」
《何これ?》
《レベル測定球ね。魔法の力でレベルを測るの。わかるのはレベルだけだし普通に触ればいいわ》
《了解》
俺はその水晶球に手を伸ばし、触れる。すると、球の中に数字が浮かび上がり、俺の目の前に表示された。650という文字が、独特の数字で浮かび上がった。
「ちょ、超越者!?」
受付嬢が思わず声を張り上げた。周りの人々はその声に反応し、さらに騒がしくなった。周囲の冒険者たちの視線が一斉に俺に向けられ、ざわめきが広がる。この世界では、レベル650は、滅多にいない存在か。
まあ日本でもルビー級が目の前にいたら大抵の人はビビる。この聖勇国には人族が10億人ほどいると言われており、超越者は10名ほどしかいないと言われている。
《よくわかった。ありがとう》
《祐太様、いつでもクミカを呼んでください》
俺の戸惑いを感じ取りすぐにクミカがベリッタの心を読んで教えてくれた。
「し、失礼しました! すぐにギルド長を呼んできます!」
呼び止める暇もないほどベリッタは慌ててその場を離れた。彼女の背中が見えなくなると、まあこうなるよなと呑気に考える。どの道支配者にならねばいけないのだ。目立つことは避けられない。
肝心なのは伊万里に知られる前に決着をつけること。さて、どうしてそこまで早く物事を進めるか。俺は考えながらギルド長が来るのを待った。