作品タイトル不明
第三百十二話 Side迦具夜 六年 幻影の円環②
Side迦具夜
これほど長く彷徨っていて、まだ一度も生きている存在と出会ったことがない。その理由は何なのかと考えた時、【幻影の円環】内部はとてつもなく広いから出会わないのかと思っていた。
だが、以前通ったことがある場所に出ることが1年を過ぎた辺りから多くなった。この【幻影の円環】はブロックごとに切り分けられている。そのブロックごとに1体ずつ水の精霊を配置する。
水の精霊がいるかどうかによって、以前来た場所かどうかはっきりさせる目的と、もう一つの目的もある。そして、最近になってようやく水の精霊がいない場所に出る方が珍しくなり、何度も通った場所が多くなっていた。
「ご苦労様」
ブロックごとに切り分けられた空間には様々なエリアがある。ここは砂嵐が巻き起こる砂漠だった。大きなピラミッドがあり、こんな中でも水の精霊が勝手に水の溢れる"オアシス"を造り、そこから飛び上がってきた。
《迦具夜。ようやく会えた》
何年か前に設置した水の精霊が私に抱きつく。小さな女の見た目であるが、一体一体がレベル300以上。砂漠程度ではびくともしない。私の源泉である精霊たち。この子達を切り分けられたブロック全てに配置し終わった。
《もう出るの?》
水の精霊が【意思疎通】で話しかけてくる。普通の水の精霊は意思が曖昧にしかないが、レベル100を超えた辺りから知能を持つようになってくる。おかげで一定以上の作戦行動が取れる。
「ええ、窮屈な思いをさせてごめんなさいね」
《私たちは永遠だからいいよ。でも迦具夜はもう……》
「それはいいの。それよりも"全員同時の約束"覚えてるわね?」
《もちろん》
水の精霊が全ての方向に向かって同時に水滴を一粒だけ飛ばした。水滴にデータを圧縮して送り込む。そうすると正立方体になっているブロック。その6面ある境界面に、水滴が一粒通り抜けたことが私に伝わってくる。
【幻影の円環】はブロックごとに【意思疎通】が遮断される。だから全て同時に水滴を飛ばす時間を決めて行った。そしてそれを繰り返し、水滴が現れなかった面がないかどうかを確認していく。
何度繰り返しても、どのブロックでも水滴が現れない面は存在しない。全てで通じ合った。同時に"生きてる存在"がどのブロックにいるかも伝わってくる。生きてる存在に私自身が出会うことはない。だからこうして確認するしかない。
「感心するほどよくできてるわね。万に近いブロックがランダム転移する空間。組み合わせはほぼ無限大。この私のスピードと水の精霊の物量で、ここまで来るのに何年もかかる。それに出会うといえばこんなのばっかりね」
砂漠の空に再び魔法陣が現れる。そこからドラゴンゾンビが落ちてきた。私に向かって口を開いてくる。
【水切り】
すうっと髪の毛よりも細くした水を縦に振り下ろす。そうするとドラゴンゾンビが、2つに分かれて地面に沈んだ。これでもしばらく放置しておくとまた動き出す。死して尚、【幻影の円環】に利用され続ける。
私はそんなことになるのが嫌だ。だから出るのだ。
「ようやく分かったけど【千年郷】より広いのね」
【千年郷】より広い程度なら、本来なら私は大して広いとは感じない。それでもブロックの位置が常に入れ替わり続ける。そうなると広さは無限大になる。
「その入れ替わりを制御する制御室があればまだ話は早かった。でも、どれだけ確かめても制御室は"中"になかった」
この可能性は最悪だが想定はしていた。【幻影の円環】は人を閉じ込める役割から考えて、解けるパズルである可能性は低い。むしろ解けないパズルなのだ。
「そうね。私が解きやすいように答えなど用意するわけもないか」
さらに水の精霊が水滴を1つ飛ばして【意思疎通】のメッセージを込める。水滴が届いた水の精霊は、1秒間隔で、水滴を放ち続ける。そうすれば6面に水滴を送れるわけだから、20秒も繰り返せば全てのエリアにメッセージが伝わる。
6面の20乗でダブりがなければ3656兆1584億4006万2976の水滴が同時に飛ぶ計算になる。どれほど空間を無限にダブらせようと、これによって全てのブロックにいる水の精霊に連絡することができた。
《全ての水の精霊よ。返事をしてちょうだい。そろそろ決着をつけるわよ》
《《《《《はーい。ここにいるよ》》》》》
全ての水の精霊から返事がくる。制御室がなく、そもそもここから出るための出口もない。完全な牢獄として機能した世界。強引に壊そうとしても、あらゆる破壊行為は別のブロックに力を逃がすだけの結果になる。
「でも解けないパズルではない」
翠聖は解けるように答えを用意している。そういう部分は信用できる神だ。
「まあ翠聖にしたら大して難しくもない仕掛けなのでしょうね」
でも私だとあの女の大したことないはかなり時間がかかる。レベルが違いすぎるからそれは仕方がない。いずれ追いついてやると意気込んでいた時期もある。追いつけないぐらい差があると気づいて少しやさぐれたこともある。
今となっては全ていい思い出と感じる。
「素直になってたらもっと早く恋もしてたのかしらね」
自嘲する笑みがこぼれた。
自分の覚悟が決まってるからだろう。
この世の全てが綺麗に思えてくる。
「落ち着いて」
頭の中で分かったことを列挙していく。
【幻影の円環】はブロックごとに分かれている。
ひとつのブロック内を水で満たしてみたところ、ブロックごとの大きさは1000km3。
それらが"空"の部分も含めて9000ブロックほどあり無限の組み合わせを形成している。
ブロックごとの空間は常に入れ替わり、完全ランダムで、生物と生物が出会わないようにしていること以外の規則性がない。
【幻影の円環】に入った当初、移動していないはずの綾歌と急に離れたことから考えて、別の生物同士が同じブロックに存在すると、ブロックの境界面を超えなくても無理やり【転移】させられる。
「あなたから私への最後の教えのつもりだったのでしょうね。結構苦労したわよ翠聖。協力しないと私でも魔力が足りない」
だからまずはこの中にいる人間に、私と一緒にいるための道を作ってあげる。私のところまで来れるように、一つ一つのブロックを精霊に命じて、つなぐ。
【この水は何者にも切断できぬ水の鎖】
1mほどの太さがある鎖の形をした水魔法を放つ。無数にあるブロック全てのつながりが完全にランダムで、協力者を求めるにしても、相手がいる場所にたどり着くのに10000ブロックの距離を進んでも繋がらない時はつながらない。
1つのブロックが1000km3の大きさなので、距離にすれば確実に10万㎞以上になり、私でもそれを鎖として保ち続けるのはかなり苦しい。しかし私は全てのブロックに水の精霊を配置した。
各ブロックの水の精霊が鎖を肩代わりしてくれる。まあ水の精霊なんて普通に使うだけでも魔力が大量にいるのだが、私の転生は【水の精霊王】であり、その権能は自分よりも階級が下の水の精霊を無条件で従わせる。
その権能によって私に従っている水の精霊は1万を超える。全てにこれほど太い鎖を自分だけで通すのは難しくても、水の精霊たちと頼めば、通すことが可能。水の鎖がどんどんとブロックの中心部から6面全てに向かって鎖を放つ。
水の鎖は網の目のように【幻影の円環】の中で全て繋がっていく。繋がったことで水の精霊たちとの【意思疎通】がよりリアルタイムでできる。そして協力者になってくれる人物を探していく。
協力者は一人でいい。目当ての1人が協力してくれれば多分ここから出る魔力は足りる。その相手は気心の知れた八代や綾歌ではない。彼女たちでは残念ながらレベル不足だ。私が水の精霊と連動しながら目指すのは、
「見つけた」
水の精霊からの映像は伝わってきた。全てのブロックをつないでしまったから、ブロックがどれほど空間移動しようとも関係がない。移動した先でどうしても別の水の鎖とつながってしまう。
私は目指すべき人物がいる場所に、私と繋がる水が到達したのを感じる。少し足元がふらついた。力を使いすぎている。きっともうそろそろ終わりだ。
「聞こえるかしら? 一ノ瀬和馬」
ここから直線距離で1043㎞離れていた。【幻影の円環】のランダムの繋がりが、全てを繰り返させ、実際の距離よりはるかに長い距離をかけさせる。それが10万㎞にも及ぶ時があるが、その問題を強引に解決するのがこれだ。
「何だこのしゃべる水?」
「あなたが一ノ瀬和馬でしょ?」
水を通して私は自分の顔を作り声をかけた。一ノ瀬は銀色の髪と水色の瞳を持っている優男だ。八代の好きそうな男である。ルビー級まで来ただけあり根性が座っていて、急に網の目のように広がった鎖の水を見ても怯えてる様子はない。
そして私と同じくここに何年もいるはずなのに、目の光も消えておらず、諦めた様子もない。
「誰だ?」
警戒して声をかけてくる。しかし一ノ瀬が私に期待しているのも分かった。
「何年も迷っててその元気。出るのを諦めてないわね?」
「あ、ああ、諦めてない。その声、この顔ひょっとして月城様か?」
「そうよ」
「よし!」
すぐにガッツポーズを作るのが見えた。
「正直半分泣きそうだったぜ! あんた出る方法わかるか!?」
「試してみないと100%じゃない。けど分かってるつもりよ」
「よし! これで【千年郷】と合わせて2つ目だよな! マジで俺たちが勝てる!」
私たちは他家にこの場所がバレないために、決められた場所以外で探索を他のものはしないことになっている。誰かが行方不明になってもそれは探さない。探せば怪しい場所があると判断される。だから自己責任でそれぞれ探索をする。
助けが来る可能性は低かった。それでも諦めなかったのなら、さすがルビー級だ。
「一ノ瀬。この水の鎖は私のところまで繋がってるわ。だから水の中を伝って私のところまで来てちょうだい。流れはつけてあげる」
「ちょっと待て。このブロック分けされた空間、ランダム転移してるだろ。月城様のところまで行けるのか?」
「ええ、全ての空間にこの鎖を張ったわ」
「マジかよ。えげつない魔力だな」
「その辺は工夫したのよ。でも時間をかけて"管理者"に対策を取られたくないし、勝負は一瞬でつけましょう。まずあなたがここまで来れるように、2人でブロックを固定化するの。水の中に入ったら、あなたは魔力をありったけ水の鎖に流し込んでくれたら、私が強化するわ」
「わからんが、ありったけでいいんだな?」
「ええ、でも、あなたと私が離れた位置だと、【幻影の円環】を掌握することまでは無理よ。固定化したら水の流れを作るから、こっちに来てもらえるかしら?」
「了解だ」
一ノ瀬が水の中に入り込んだ。その瞬間、一ノ瀬の魔力が流れ込む。
思った以上に大きな魔力だ。
同時にこちらへ水の流れを作った。
一ノ瀬は次々とブロックを超えていき、
「おお、おお! そんなに急がなくても俺は逃げないぞ!」
こいつ何年も迷ってたくせに本当に元気だ。制御を誤って他の場所に投げ出したりしないように気をつけて、どんどん一ノ瀬が近づいてくる。八代や綾歌にも協力させてあげたいし、本当は最後に会いたい。
私が何年もいなかったからだろう。月城家の子たちが他にも何人か迷い込んでる。だけど、体から魔力とは違う生きる力がなくなっていくのを感じる。貴族は死ぬ時が近づくと、今まで衰えなかった分、急激に衰えてくる。
貴族はその姿を人に見せることを嫌い。死ぬ数年前から外に出ることをやめる。私ももうその時期が近づいてきてる。衰えが始まるとできてたことができなくなる。ただでさえ【呪怨】に蝕まれた体だ。急がないと間に合わなくなる。
「おお、本当に姫様だ!」
一ノ瀬がたどり着いた。額の【鑑定眼】を開く。そしてレベルを確かめる。813だった。ギリギリでルビー級だと無理だったかもしれないが、これならいける。でもやっぱり最後はあの人が良かった。
「あんたすげえな! 全部水で繋いじまったんだろう!? よくこんなに魔力があるもんだ!」
「とりあえずポーションでさっさと魔力を全快させて私と手をつなぎなさい」
「え? ああ、握ればいいのか?」
私が手を差し出すと自分のマジックバッグからポーションを取り出して飲み、理由は分からないながらも握ってきた。なぜか顔が真っ赤になる。以前ならそれも無視したのだが、私にはあの人がいるからちゃんと説明した。
「ここに入った時に別の部下と一緒にいたのよ。その部下とは手を離した瞬間に別々のところに移動してしまった。このことから同じ場所に動く物体は、2つ以上、存在しないようにプログラムされてるのだと思うわ。もちろんゾンビや精霊以外でね」
「ああ、そういうことね。うん、分かってた。この手、離さないように気をつけるよ。なんか悪いな。ほら、あいつの方がいいんだろう?」
「余計なこと言わなくていい」
それでも水で手の繋がりを強くしておく。これで多少気が緩んでも手が離れる心配はないだろう。
「なんか光栄だな。でも人妻に興味はないんだけどな」
うん? 少しだけ何を考えてるのか気になって【心眼】を開いた。
《やべー。月城様と手をつないじゃったよ。帰ったらみんなに自慢しよう。でも人妻はダメだよ。人のもんに手を出しちゃいけない》
どうやら思ったより純粋な男のようだ。それに思った以上に日本側の探索者は私が祐太ちゃんのお嫁さんだとしっかり認識しているようだ。祐太ちゃんと夫婦……。
やっぱり心なんて読まなければよかった。そうするしかないのに最後にするのが嫌になってくる。やっぱり祐太ちゃんともう一度逢いたい。吐息が漏れた。
「はあ……」
「どうした?」
「一ノ瀬。私にもっとありったけの魔力をちょうだい。【幻影の円環】を手に入れるわ。終わったら私かなり疲れると思うから、うちの子たちの面倒と【幻影の円環】をしっかり守って弁財天まで届けてね」
「任せとけ。月城様が疲れて寝てたって、ちゃんと旦那さんのところに届けてやる。六条もさすがにもう帰ってるだろう」
なんだか可愛い男である。祐太ちゃん以外にもこんなことを思うのか。やはり私は変わったな。一ノ瀬から魔力が流れ込むのを感じる。これが終われば、私の役目も終わる。だから私はここで"死んだ方がいい"。
実はずっとそう考えていた。
きっと最後の最後に必ず【黄泉孵りの卵】を手に入れた陣営との一騎打ちになる。それは私ではなく神になる弁財天が受けなければいけない。全てが私がやってしまったのでは弁財天が神になることなど認められない。
でも私が生きてたら、弁財天は覚悟を決めない。だから私が終われば……。
一ノ瀬からの魔力。
全ブロックに設置した精霊。
それによって全てのブロックに無理やり魔力を流し込む。
私と一ノ瀬の膨大な魔力によって、【幻影の円環】が全て連動した。
「制御室がここにないなら無理やり造る。そして無理やり操る」
【操り人形】
【幻影の円環】のブロック全てが私と一ノ瀬の魔力で満たしてしまうのだ。八代と綾歌も生きてるのが見えた。はっきりと覚悟を決める。後々弁財天が迷わないようにここで全て出し切る。私はいなくていい。
「一ノ瀬」
「なんだ?」
「迦具夜は一瞬だけだけど恋ができて楽しかった。そう、祐太ちゃんに伝えてちょうだい」
「は? そういうのは自分で伝えるべきだと思うぞ」
「自分じゃ伝えられないから頼んでるの」
体から急激に命が抜けていく感じがする。正直言えば結構きつかった。【呪怨】で蝕まれた命が完璧には戻ってなかった。あと一度無茶をすれば死ぬとは思っていた。500年生きることができる貴族も、最後は哀れなものである。
「お、おい、何をする気だ?」
やっぱり最後がこの男で良かった。祐太ちゃんにも、知り合いにもこんな姿を見せなくてすむ。
「美しさなど儚い夢のようね」
「おい、ちょっと待って! それ以上したら死ぬぞ! 俺が頑張る! あとは俺がめっちゃ頑張るから!」
「いいのよこれで……こんな体、祐太ちゃんに見せたくないもの」
でも最後まであの人のそばにいたらきっとこんな姿でも、離れてくれなかった。そして泣きながらさようならなんて言いたくなかった。【幻影の円環】を掌握していくとともに、自分の命が消えていく。
立っていることが困難になり膝をついた。一ノ瀬が倒れる寸前で支えてくれた。
「こういうのは祐太ちゃんがいいから放っておいてほしいのだけど」
「はあ!? 何を死ぬ前みたいなこと言ってるんだよ! 諦めたらそこで試合終了だ! 諦めんなよ!」
「うるさいんだから。これでいいの。それより静かにして。長く生きてきたけど最後に思い出すのは祐太ちゃんとのことだけにしたいの」
完全に【幻影の円環】を制御下に置いたことを感じる。
「これで私の役目は終了よ」
役目が終わったら死ぬだけだ。
「いやいやそれは違うだろう! 月城様と六条の結婚式俺結構楽しみにしてたんだよ!? 絶対招待してもらえるように南雲さんに——」
それなのに一ノ瀬がギャーギャーわめくのだけが鬱陶しかった。俺の魔力を分けてやるとか、俺の命を3年だけあげるとか、マジでうるさいわ。
最後の相手を間違えたなとつくづく思った。
でも、パチンッと、
不意にあの一番嫌いな女が扇を閉じる音が聞こえたのは、きっと幻聴だったのだと思う。
「ほんに仕方のない……」