作品タイトル不明
第三百二話 Side王 三年 水着
Side王
「そっちはどうだ?」
「ユーラシアとアフリカは順調に各国が疲弊していってるね」
「こっちも北も南ももう全部ボロボロってところまで来た。合衆国ですら自分の国だけで生きていくのが難しくなってきて、毎日助けてくれって言ってくる。責任者はどんどん責任を取らされて殺されていくから、一昔前の中東を思い出すような姿だ」
今日はゆっくり太平洋の海上で話し合い。見渡す限りの海。風が気持ちいい。弓神ロロンと2人で水着を着て海面にぷかぷかと浮かんでいた。太平洋上の到達不能極と呼ばれる陸上から最も離れた場所。魚もいない静かな海で日向ぼっこ。
「王はいつも楽しそうだ。羨ましいよ」
ロロンがそんなことを言ってきた。
「そりゃ楽しいよ。この力を手に入れてから世界を創り直してみようと思いついて、それならまず壊さないとって始めた。それがこんなにもうまくいった。ロロンも同じ感じかと思ってたけど違うの?」
「そうだな。少し違う。ただチェスをしているように思い通り人を動かせる。そのことに関しては、どうしようもないほどの甘美な悦楽を感じる時がある。国に生きる人間のことなどどうでもいいと思えるほどにな」
「私の意のままに世界が動く。嫌だと言わせない実力がある。全部壊したら次は組み立てる楽しみも残ってる。だから私は毎日が楽しい」
壊し終わったら組み立てるのに、どれぐらい時間をかけよう。100年ぐらいは混乱させたままにしておこうか。100年放置したら世界がどんな風になるのか観察するのも面白い。それからゆっくりゆっくりと私好みに世界を構築していく。
アメリカの北と南の大陸はロロンが担当して、私はユーラシアとアフリカを担当する。残ったオーストラリア大陸は、人間を使って実験する場所にでもしよう。1000年も生きるんだ。死ぬまで退屈しないようにしておかないと。
自分が大事だと思うもの以外は全て壊れてもいい。どうしてかって? だって創り直せばいいだけだから。
「結局お婆のいる国だけが残ったね」
メトとナディアは上手に潰せた。カインはどうも弱体化している様子だから、ゆっくり潰す。そして、私の考えに同調してくれるレベル900は2人いる。この2人にレベル1000を超えさせる。でもそれに関しての一番の邪魔者は"彼"だ。
その顔を思い浮かべる。何度も手を出してるのにうまく殺せない。本当鬱陶しい。今はどこにいるのかもわからない。でも理由はわからないが彼はどうも"世界にいない"らしい。
「一番厄介だったのは日本だ。だから、本来なら日本が一番先だった。やっぱり【森神の守護】を妨害した方が良かったんじゃないのか?」
ロロンはその点だけは責めているようだった。私の中にまだ残っていた甘さ。感傷的になってしまった部分。確かにあの半年は見逃すべきじゃなかった。お婆の行動は予知できていた。そしてその結果も予知できた。
「【森神の守護】で日本が守られているのは半年だけだって予知されてた。それなら見逃そうって思ったんだ。それに私の【未来予知】だと月城迦具夜が三種の神器を手に入れるのはどれほど頑張っても1つしか無理。そして1つだけなら私たちの有利は揺らがない。メトやナディアにも消えてほしかったし、多少は日本に戦力を残しておく方がいいはずだった」
「でも結果はずいぶんと違ったな」
「本当、困ったことをしてくれる。【森神の守護】が半年でなくなって【未来予知】の通りだと思ったのに、日本の中に"誰もいない"とはね」
「王が手に入れた情報だと【千年郷】だったかな。それに引きこもっているのは最長で10年だったか?」
「残念。こっちが何もしなかったら【千年郷】からずっと出てこない可能性もある」
この可能性は私の【未来予知】で結構高い。【千年郷】の中で日本人だけが悠々自適な生活を続ける。それが永遠に続いてしまう状況。その間にあの国は実力をつける。必ず私たちの対抗勢力になってしまう。
「放置はできないんだな?」
「できない。そのうちまた"あの子"が帰ってくる。帰ってくればまた引っかけ回してくる。おまけに私たちを"惚れさせる"可能性を否定できない。そうなると私たちは彼に従いたくなっちゃうだろうからね。情報収集した限りだと向こうで500年生きる大貴族が2人落ちてる。あの千代女もだ」
「魅了系の魔法?」
「魅力は80らしいけど、そうではないと思う。とにかくあの子に気づいたら3人とも夢中になってたようだ。私たちがそうなりたくなければ帰ってくるまでに決着をつけておく必要がある」
今まで大八洲国に何人か潜入させている。諜報専門の機関に所属して、レベルが上がってルビー級になった探索者を潜入させたこともある。だがそれほど間を置かずにすぐに死んでしまう。千代女が育て上げた忍穂家の仕業だ。
大八洲国に入り込もうとしても忍穂家ががっちり守ってて手が出せない。異物が入り込むとすぐに忍者がやってきて、拷問にかけられ、全てを吐かされた上で殺される。1人だけなんとか逃げてきたやつの話では、諜報は不可能。
『 王(ワン) 。あの国にエージェントを送り込むのは諦めた方がいい。どうしてあれほど昔ゆるゆるだったのか理解できないほど今はガチガチだ。俺ですら最終的には逃げるしかなかった』
ゲオルグ。その昔、神聖ローマ帝国に所属しており、昔から諜報で活躍した男。千代女と同じくこちらとあちらを行ったり来たりして、かなりレベルを上げていたレベル900越えの存在。
私がベルリンのダンジョンに入った時に助けてくれた人物で、あまりに大八洲国の情報が少ないから、最終手段としてゲオルグに頼んだ。そして少し【千年郷】などの情報は手に入れた。だがそれ以上の情報が入ってこない。
私が最初に殺しておきたかった人間は3人でお婆とあの子供と千代女。その判断は間違いなかった。お婆がいる限り世界は壊れない。あの子はダンジョンから好かれすぎてる。これだけ殺そうとしても結局10年先送りにするのが精一杯だ。
そして殺したいのに無傷の千代女。
千代女がいなければ【未来予知】の精度はほぼ完全になっていた。
「どうする? 【千年郷】も探し続けているが見つからないようだな」
「探して見つからないなら向こうから出てきてもらうしかないね」
ある時を境に急に南雲がやりにくくなった。挑発を色々してみたけど乗ってくる様子がない。南雲は『とりあえず殴ってみたらいい』と考える男だ。それがお婆が死んで散々暴れて以来、3年も大人しい。
「【千年郷】からどうやって引っ張り出すんだ?」
「月の魔女となったナディアはたくさんの国を滅ぼしながら東に向かってる」
どうして東かといえば日本があるからだ。ナディアの本質的な欲求は南雲を手に入れること。そのために途中で何を壊してもいい。そして世界を腐らせてもいいと思ってる。生まれたばかりの悪神。
その力がこれほどとは知らなかったが、自分が存在する場所に瘴気を撒き散らし、土地そのものが使い物にならなくなっていた。
「自分たちの土地が腐って使い物にならなくなる。それは日本人にとって嫌なことだと思うんだ」
「なるほど悪くない。でも国土に国民がいないのだし、それだけで【千年郷】から出てくるかな」
「こっちは四英傑、向こうは三英傑。この状況で悪神に国土を蹂躙されそうになり、それでも私たちに怯えて引きこもり続ける? 南雲が我慢できたとしても、他の探索者たちはどうだろう」
「それでも逃げたら?」
「その行動はどう考えても南雲らしくない行動だ。誰かが入れ知恵してると吹き込む。これは日本中の放送施設を動かして、スピーカーで大きく国中に流しまくる。南雲に入れ知恵をしているやつのレベルはどれぐらいかな。可能性が高いのは絞られてくる。こういうのが得意な人間というのは探索者には少ないからね」
「誰?」
「米崎秀樹」
「有名人だ」
「だがこの男、人物が好かれてるとは言い難い」
【南雲の命令をしているのは米崎!】
「そんなことをみんなが知ったらどうなるかな」
ロロンに根性が悪いと思われているのが分かる。そうだ。私は基本的に根性が悪くひねくれてるのだ。でも君も大概だからね。
「それにゲオルグが持って帰ってきた情報を聞く限り、六条祐太もトップ連中の探索者は結構嫌ってる人が多い。どうも彼、評価されすぎてる。一過性なら見過ごせるだろうけど宗教じみて鬱陶しい。たかがレベル400のくせに救世主は扱いされてるとか生意気だよね」
「なるほど」
「その辺をうまくつくんだ。そうするときっとお婆が死んでる状況じゃ抑えられない」
「なるほど私も三英傑が出てくるような気がしてきた」
太平洋の海に浮かびながら見つめる空がとても綺麗だった。こういう空を見ているといつも思い出すことがある。私の原風景はこういう空の下にあった。おじさんの声はいつもよく頭に鳴り響く。
『何をしているんだ! 怠けてないでしっかり働け!』
こんな太陽の下で毎日泥水にまみれて働いていた。
「 王(ワン) 」
「うん?」
「前から気になっていたんだが、どうして王と名乗ってるんだ?」
「おや? ロロンが私のパーソナルなこと聞いてくるのは珍しい。惚れたの?」
「勘弁してくれ。たとえ世界中の男に相手にされなくても、王だけは相手に選ばんよ」
「ひどいな。ロロンが望めば男になってあげるのに」
「不思議に思っただけだ。王は中国ではありふれた苗字なのだろう。だが麒麟の王はありふれてない。それなのにありふれた苗字でずっと通っているのは奇妙に思えてな」
「そんなに難しい話じゃない。私には"名前がない"。だから苗字を名乗ってる。それだけさ」
何でもないことのように私が口にしたのに、黒いビキニ姿で短い髪をしたロロンがこっちを見て目をまたたいていた。
「デリケートなことを聞いたか?」
「別にいいよ。聞かれたことはなかったけど隠してたわけじゃない。名前がないのはね。私の国で、子供は1人しか産んじゃいけないって決められていた時代があったから」
「ああ、聞いたことあるな。まさかそれで殺されかけたとか?」
「ふふ、ロロンは私の国をひどく思いすぎだよ。2人以上生まれても殺されるわけじゃない。かなり喜ばれないことになるだけだよ。30年ほど前、私は男の子がほしい家の次女として生まれた。私の母だった人は私の前にも女の子を産んだ。そこから3人目を産むかどうか悩んだようだけど、結局私の母は産んだ。そして3人目は男の子だった」
「へえ、じゃあ王と姉はどうなったんだ?」
「大学に入れて家を繁栄させるのは男の子の役目だからね。ブロンズエリアのように男でも女でも関係ないというわけにはいかない。私と姉は生まれてない子供。名前もつけられなくて『おい』とか呼ばれてたよ。だから私は名前がなくて苗字しかない。姉と二人でこの世に存在しない子供。最も私の姉は私が5歳の時にいつの間にかいなくなってたけどね。どこにいるのか未だにわからない」
「探してたりするのか?」
「そうだね。肉親として興味はある。実際のところ体が弱くてもう死んでるのかご飯がもらえなかったからもう死んだのかは知らないけど」
自分がこの家で全く喜ばれていないことをよく知っていた。私がいることをバレてはいけない両親は私を農村の家に隠すように養子に出した。言葉だけは綺麗だけど、ほとんど売られたようなものだ。子供でも労働力としてほしい。
農村部にはそういう家が多い。だから私は働き手として都会を離れ、農村部で暮らすことになった。それでも大人たちは私を大事にはしてくれなかった。最低限の食事で、晴れた空の下、汗水垂らして言われるままに働く。
夢なんてなかった。未来なんてなかった。饕餮と知り合ったのは、そこでだ。同じく子供を産みすぎて養子に出されたんだ。
「そこに現れたのがダンジョンというわけ。そして私はそこに入った」
「どうだった?」
「子供ぐらいの小さい生き物を殺せばレベルが上がる。それはすぐにわかった。あと私と同じように入っちゃった大人たちが殺されるのが爽快だった。あまりにも嬉しくてね。私は人が死にゆくのを見ながらニコニコしてた。大人たちのあの時の私を見る気味の悪そうな顔。映像で撮っておきたかったな」
これは歪みだろうか。虐げてきたものが嫌な目に合う。それを笑うのは至ってまともな精神だと思う。私は確かにあの時正常だった。そう言い切れる。
「私はちょうど『草刈りをしろ』って命令されててさ。逆らっても殴られるだけだから草刈り機でやってたわけ。で、そのまま草刈り機でゴブリンの首を狩ったんだ。そうしたらすぐにレベルが上がった。後で知ったんだけど健康状態が著しく悪かったり、かなり年齢がいってる場合、最初の一体を倒すだけで、レベルアップするらしい。そのレベルアップは結構質もいい。体のバッドステータスも一瞬にして治る」
肉付きが悪くて栄養失調であばらと腹が出ていた。目が落ち窪んで、頬もこけていた。そんな状態だったから20歳を過ぎてたのに身長だって子供ぐらいだ。それがレベルアップとともにみるみると身長が伸びてくる。
一気に30cmは伸びたかな。あばらが浮いていたのが豊かな胸に変わり、お腹はくびれた。よく理解できなかったけど、服がぱっつんぱっつんになったのだけが、面倒だった。動きにくいから上着を脱いで下も脱いだ。
「饕餮が随分目のやり場に困っていたな」
「君の裸を見て唯一喜ぶ男だ」
「残念ながら饕餮は性欲がないらしい。未だに男女の関係というのを理解できないみたいでね。私をそういう風に見れないんだ」
「ああ、それは分かる。ゲイルもそうだから。『尊敬はしてる。でも女としては無理だ』。一度セックスしてみたくて頼んでみたら、そんな言葉を返してきたんだ。ひどい男だ」
ダンジョンに入り込んでしまった大人たちは、私のことなんか見てなくて、化け物を殺した草刈り機を見てた。すぐに草刈り機を無理やり取られて、何だかよくわからないけど、これで楽しいのももう終わりかって思った。
でもその大人たちはドジで、ゴブリンにその草刈り機を取られて首を切り落とされたんだ。私はゴブリンが捨てた棍棒を拾ってね。正直草刈り機よりそっちの方が取り回しは良かった。生き残ってた大人たちはとにかく急いで外に出た。
私と饕餮のことなんて気にしているやつは全くいなかった。私はレベルが上がったから、棍棒で簡単にゴブリンを殺せた。そして 饕餮(とうてつ) と頷きあった。外には出なかった。必死になって入り口から離れてダンジョンの中にどんどん走った。
今から考えるとよく生きてたと思う。お互いにお腹が空いた時その辺のネズミを狩ったりするのに慣れてた。生き物を殺すことに抵抗なんて何もなかった。
「ガチャの存在に気付いた時は嬉しかったな。私たちはそれで今まで食べたこともないようなごちそうを毎日食べれるようになった。便利な武器も出てきたけどさ、正直白カプセルが出る方が嬉しいぐらいだった。でも帰らなきゃいけないことだけが憂鬱だった」
「帰ろうと思ったのか? 村から逃げたかったんじゃないのか?」
「まあそうなんだけどさ」
ある程度進んだ時、怖くなってきたんだ。私は大人たちが死んだことを笑ってしまった。帰ったら必ず大人たちが怒り狂ってるだろう。それに何週間もダンジョンの中にこもりきりだった。帰りもしないからそのことでも怒られる。
帰ったらどんな目に遭わされるかと、饕餮と2人でそのことだけが不安で仕方なかった。階段も見つけて下にも降りた。三階層まで到達してたんだ。普通の人間なんかに勝てるわけない強さを手に入れてた。
でも、どれほどダンジョンの中で力が強くなっても、自分が大人たちより強くなってると思えなかった。
「3週間ぐらい過ぎた時かな。三階層でゴブリン軍を饕餮と二人で壊滅させた。一般人からしたら地上最強の象を相手にするよりも勝ち目がない。そんな相手にも勝てたんだ。それなのに大人たちへの恐怖の方が強くなっていく。饕餮と2人で怖いけど帰ろうって話し合ってね。帰ったんだ」
「へえ、どうなった?」
「死ぬほど怒られた。殴る蹴るの暴行三昧。でも全然痛くなくてさ。何をペチペチしてるんだって思った」
「だろうな」
レベルが上がると攻撃力だけではない防御力も上がる。レベルが10を超えている時点で、象も素手で殴り殺せるほどだ。そして象に踏まれても痛くない。三階層でやってみたことがあるから知ってる。
人間が私に勝てるわけがなかった。
「あんまり続くから鬱陶しくてさ。ちょっとやり返したら簡単に殺せた。それでこいつらより強くなったって気づいた。で、村の中の人間皆殺しにしちゃった」
「まあそれは殺すな。私でも殺すから仕方ない」
「でしょ。でも問題があったんだよ。こういうことすると公安が来るってことぐらいは知ってた。ピストルを持ってることもね。テレビで見たことがあったんだ。人数が多くてピストルを使う。村の人間全部殺すとさ。不思議と私の頭の中にあった靄が全部消えたみたいになって何でもよくわかるようになった。それで今の実力で公安と戦っても多分負けるなって分かった」
「逃げたのか?」
「その頃の私はまだまだ怖がりだったからね。走って走って逃げた。どこまで逃げたら大丈夫なのかわからなくてさ、どこまでも走った」
懐かしい話だ。私は海の上で体を起こした。南雲から連絡が来たのだ。私が提案をしてから、しばらく向こうで話し合っていたようだが、結論が出たらしい。私は体を浮かび上がらせた。海水が私の体から滴り落ちた。
「行くか?」
「ああ、ロロンは来なくていいよ」
「乗れ」
そう言って突然近くに巨大な生物が現れた。10mぐらいの体長。大きな2本の角を持ち、牛というかバッファローというか。どの生物とも違う6本の足がある。黒いフォルムと鋭い牙。不気味な瞳。誰もが彼を見ると怖がる。
「行こう饕餮。今日で戦争も終わりだ。最後は田中に死んでもらおう」
「わかった」
あの頃と本当に変わった。全てを蹂躙する力がある。世界だって壊せる。だから青空の下にいるとあの頃のことを思い出すのをどうにかしたかった。