軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話 桐山美鈴

翌日の朝早く、いつの間にか抱きついていた伊万里からなんとか逃れ、眠る伊万里を残して、マンションを出た。真冬の外は寒くまだ太陽が昇る気配はない。それでもチラホラとヘッドライトを照らした車が通り過ぎ、都会の街は街灯に照らされていた。

あまり見えない星を見上げた。

まだ日の出の様子もなかった午前4時半だ。

俺は寒さに震えながらもじきに暑くなることも分かっていた。国分寺駅に向かい4時52分発の快速電車に乗る。本当はもう一本早い始発に乗るつもりだったが、伊万里の抱きつきから起こさないように逃れるのに時間がかかってしまった。

車内の暖かさにホッとする。東京とはいえ、この時間ではガラガラの座席に腰掛けた。背負ったバックパックを座席の隣に置いても十分余裕がある。この中にはネットで検索して必要なものを詰め込んできた。

ダンジョンで使う武器や装備は、ダンジョン前にあるダンジョンショップで購入する予定だ。軍資金は5年前からずっと貯め続けてきたお小遣い52万6821円である。

「お金は本当にちゃんとくれるんだよな。産んでくれたことと、このことだけは感謝してるよ」

育児放棄したことは最悪だったが、親父が結構稼ぐので、お金の苦労だけはすることなく毎月生活費で10万円もらえた。学費やマンションの維持費などは払ってくれるので、食費に4万円を残して、残りは3万円ずつ伊万里と折半である。

毎月のお小遣いが3万円は多いと思うだろうが、自分の身の回りに必要なものは全部自分で買い3万円だと普通にやってれば足りなくなる。それでも探索者になった時に少しでも自分の生存率を上げるために必死に5年で52万も貯めたのだ。

「これでもまだ探索者の買い物には全然少ないぐらいだもんな」

探索者は初期費用が結構いる。ダンジョンに入るだけなら1円もいらないが、何の装備もなしでダンジョンに入ったら、冗談抜きで死ぬ。実際に初期の頃、何も知らずに無装備でダンジョンに入った人間はほとんど死んで帰ってこなかった。

【君の夢がそこにある! さあ池袋ダンジョンに行こう!】

池袋にできた日本で最初に確認されたダンジョンの中吊り広告を見た。池袋駅の周りにできたから池袋ダンジョンと言う。俺はそこに向かっていた。日本の国土内にダンジョンは現在89個あり、池袋ダンジョンである必要はない。

だが、家から近いことと、池袋が【特級ダンジョン】と呼ばれるものであることからそこを選んだ。ダンジョンは初級、中級、上級、特級とクラス分けされていて、本気でダンジョンに挑む者は最初から特級ダンジョンと相場が決まっていた。

「あの姿、探索者だよな?」

「そうだろ。関わるなよ。探索者に何されるかわからないぞ」

前の席から声がした。こんな時間からサラリーマンが2人座っていた。

「ちっ、探索者と一緒になるなんてな。二日酔いがひどくなりそうだ」

「あんなに若いのにきっと死ぬぞ。俺のニートだった兄貴もあそこで死んだんだ。まあ、死んでくれて良かったけどな」

「国に騙されてかわいそうに」

だから聞こえてるんだよおじさん達。

本当に探索者が嫌いみたいだ。ダンジョンではモンスターを倒すとレベルアップという現象を起こして、レベルが上がる。

探索者はレベルが上がるほど、人とは思えないような力が使えるようになり、それを嫌う人が多かった。俺はあまりに不躾な視線を向けてくる二人が嫌で、窓の方に目を向けた。大きなビルが暗がりの中に浮かんでいた。

「Dランか」

電車に揺られながら、車窓から池本が行くと言っていた武蔵野ダンジョン高校が見えた。暗がりの中でもその高い建物はよくわかる。国内で一番生徒数の多いDラン。敷地内に上級ダンジョンを抱えている。

Dランはどこでも敷地内にダンジョンを抱えている。その中でも上級ダンジョンを抱える高校は武蔵野だけだ。武蔵野にある高層ビル三棟が、Dランの校舎になっており、高校生にして探索者を心置きなくできる環境を提供していた。

「開校してから2年か。今年でようやく3年まで揃うんだよな」

ダンジョンが現れてまだ5年。今もまだ次々と新しいことが起きている。ダンジョン高校という学び舎が出来たのも2年前だった。今は2年生までいて、今年でようやく3年生まで全ての学年が揃うそうだ。

「そりゃ行きたい気持ちはあったよ。いや、むしろ行きたかったよ。でもDランに入ってまで、虐められるぐらいなら、ダンジョンで死んだ方がマシだ」

俺が伊万里の説得に成功したのもその想いを吐露したからだ。伊万里は俺が学校で虐められていることを知っている。そして俺がその状態を脱出するためにダンジョンに挑むと話したら納得してくれたのだ。

ただ、俺が死んだら後追いして死ぬと宣言している。多分本気だ。それぐらい二人で生きてきたからわかる。

「頑張らないとな」

国分寺にある自宅から中央線の快速に乗って、新宿で電車を乗り継ぐと池袋駅で俺は降りた。

池袋ダンジョン。それは池袋駅の前にできたダンジョンだった。地下を通って通りに出ると駅に併設された百貨店の前にある広い道路。真ん中に堂々と現れた巨大な入り口が見えた。

アスファルトが盛り上がり、まるで洞窟みたいに口を開いている。

「ダンジョンの入り口……」

池袋駅の前の道路に10個も口を開いた。ダンジョンの入り口の数はそのダンジョンの深度によって違い、池袋ダンジョンは池袋駅の前に10個並んでいる。

「10個の入り口が特級ダンジョンの印……さすがに雰囲気あるな」

入居者がいなくなった周辺ビルが撤去され、ダンジョンの入り口を避けるように道路が敷き直されている。街灯に照らされているとはいえ、暗がりにぽっかり空いた穴を見ているとどうしても恐怖をもよおした。

「やっぱり1番目以外はこっちから入れないんだ」

俺は試しに10番目の入り口、91階層への入り口に触れてみた。

見えない壁のようなものがあり、そこから先に進めなかった。順番に触れていくが、北から2番目の入り口までどれも手が通ることはなかった。だが一番北の最初の入り口だけ手が入った。

しかし、すぐにひっこめた。

「ううう、寒いっ」

かなり冷え込んでいて吐く息が白い。

手袋をしていても手がかじかんできそうだ。まだ朝の6時前で、入り口の前には誰もいない。最初の頃ならたとえこの時間でも、足の踏み場もないほどにダンジョンは人で溢れかえっていた。

物見遊山でみんな見に来たのだ。しかし実際にこの入り口からモンスターが出てきて人が殺される姿がいくつも動画でアップされると、遊び気分で訪れる者はいなくなった。

「担任の言うように本当は自衛隊とかが、攻略したら一番いいんだろうな」

どの国でもきっとそうしたい。でもダンジョンは警察や軍隊を受け入れない。あくまで自分の意思でダンジョンに入ろうとするもの以外を受け入れず、誰かに命令されてダンジョンに入ることができない。

「それでいて、誰も入らなかったらモンスターが溢れ出る。ほんと何なんだろうな」

ダンジョンは長く誰も入らずに放置すると崩壊する。そして無限にモンスターを吐き出す穴となる。すでにダンジョンにまつわることで滅んだ国が23ヶ国もあり、滅びを回避したもののかなりダメージを受けた国も100以上に及んだ。

「日本は大丈夫と思ってた矢先のあれだから、ほんとパニックだったよな」

日本ではダンジョン崩壊と呼ばれるそれは、千葉県の山奥で起きた。山中のダンジョンに誰も気づかず、25万人以上の死者行方不明者を出して日本中蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「とりあえず買い物だな」

俺は池袋駅に併設された百貨店を見つめた。

あかあかと店内が照らされている灰色の大きな建物。

以前は地下から直接百貨店に入れたが、現在は地下部分はすべて閉鎖され、地上階しかない。そんな百貨店はダンジョンができても建物には何の支障もなく、国からの援助もあり、1階と2階がダンジョン探索者用のダンジョンショップと呼ばれるものになっていた。

さらにその上はダンジョン探索者用に貸し出すマンションだ。

つまり百貨店とは呼ばれているが、ダンジョンが現れたことで百貨店業務を止めていた。

世界中でダンジョンが崩壊する悲劇が起きていることで、ダンジョンに対する恐怖がはびこっており、この百貨店もその影響を受けて、客足が遠のき、存続の危機に追い込まれたからだ。

そこを開き直って建物自体を全て探索者用に立て替えて今に至っている。

「ダンジョンショップに入るのって、マイナンバーカードを出して、15歳以上になったことだけ証明したらそれでいいんだよな?」

「これからダンジョンに入るんですか?」

「ひょっ!?」

思わず飛び跳ねてしまった。声をかけられた。また電車の中のおじさんみたいな感じの人かと一瞬身構える。だが、声には嫌味がない気がしたし、若い女性の声だった。

「え、ええ、まあ、ショップで買い物してから行こうと思います」

後ろからの声だったから振り向きながら答えた。

「ひょっ!?」

俺は驚きすぎてまた体が跳ね上がってしまった。

「えっと……何か驚かせました?」

ネイビーブルーのブレザーの上下に、ワインレッドのネクタイ。俺と同じ国分寺中学に通う生徒がいた。と言うか 桐山美鈴(きりやまみすず) がいた。俺の好きな桐山さんだ。桐山さんはいつもの制服姿だ。

それだけだと寒いため桐山さんがいつも着ている黒いトレンチコートも着ていた。お腹のベルトがおしゃれで、スタイルの良さがよく分かった。簡単な服装なのにそれが妙に様になっていて、こんな場所で見るとあまりに綺麗な姿が驚きだった。

「……」

俺はあまりに驚きすぎて、ただただ目を見開いて桐山さんを見つめた。

「あれ?」

そうすると切れ長の桐山さんの瞳もこちらを見てきた。

「あんたまさか……六条?」

桐山もこちらに気付いた。クラスメイトにして中学生とは思えないほど完璧に綺麗な女の子。それが目の前に同じ白い息を吐いて立っていた。

「き、桐山さん。き、桐山さんもダンジョンに入るの?」

この時間にこんな場所にいるということは俺と同じ考えの人間がいたのかと、しかもそれが桐山さんなのかと胸がドキドキする。

「私がダンジョン?」

「う、うん」

「まさかー。武蔵野のDラン受ける予定なの。ちょっと受験前に国内最大の特級ダンジョン見に来ただけ。大体、Dランにも行かずにダンジョン入るのなんて親が認めるわけないじゃん」

初めて桐山さんとしゃべって俺の心臓はドキドキしっぱなしだった。まだ街は暗く、街灯に照らされる桐山さんは改めて綺麗だった。こんな綺麗な女子と喋れるだけでも生きててよかったと思う。と言うか女子と必要な時以外に喋ったのは初めてだ。

「そ、そりゃそうか」

それと同時に自分の行動を桐山さんに否定された気がして、落ち込んだ。

「六条、まさかダンジョンに入るの?」

「違、ちっ、いや……」

「違うの?」

「いや、そ、そのつもりだけど」

いくらダンジョンが15歳から受け入れてくれると言っても、Dランにも行かずにダンジョンに入ることがどれだけ非常識なことか、俺もよく分かっていた。思わず違うと言いそうになった。

それでも言わなかったのは、もう周りに合わせて、後悔ばかりする人生にうんざりだった。これから命をかけるのだ。今更結ばれるわけもない女子に馬鹿にされたところでなんだというのか。

「嘘ー!」

「う、嘘じゃないよ」

「えー、本当に本当?」

「本当に本当だけど!」

馬鹿にしたきゃしろと俺はさっきより大きい声を出した。

「マジかー。羨ましいー」

「ヘ?」

「ねえ六条。嫌じゃなければ連絡先教えてよ。私、周りにダンジョン潜ったことある人いないんだよね。どんな感じか教えてほしいんだ。もし六条がちゃんとダンジョンに入って帰ってこられるようなら、私も入ってみたいのよ」

「えっと、そんなこと言われても……お、俺は桐山さんのためにダンジョンに入るわけじゃないし!」

馬鹿野郎。さっさと連絡先教えろよ。変な格好つけるんじゃない。

「あ、ごめん。この言い方だとそういうふうに受け止められるよね。そんなつもりじゃないんだけど、そういうふうに聞こえるかー」

ずっと憧れ続けていた学年一の美少女。頭を掻く桐山美鈴は思った以上にさばけた喋り方をする女子だった。そこにまた新たな魅力を発見して俺はさらにドキドキした。もうドキドキしすぎて心臓が破裂しそうである。

「まあ仕方ないか。ごめん。急に変なこと言って」

「いや、いやいや、全然そんなふうには思わないけど、いやまあ、桐山さんのためにダンジョンに入るわけじゃないけど、電話番号ぐらいなら教えるし!」

むしろそっちの連絡先教えてほしい。

「いいの?」

「それぐらいならいいよ!」

むしろ教えさせてくれ。

「六条っていい奴なんだ。でも本当に命がけの人を利用しようとかそんなつもりじゃないから。ただ親がなかなかそういうのを認めてくれなくてさ。同年代で入ってる人がいるって言ったら、なんとか認めてくれるかなって」

「桐山さんのところは親が反対するんだ」

「うん? そりゃ反対するでしょ。と言うか六条さ。桐山さんって、私と君はクラスメイトでしょ。さん付けとかマジで笑える。桐山でいいから」

「え、あ、はい。桐山さん」

「本当にさんはいらないって」

桐山さんを呼び捨てにする。考えただけで頭が沸騰しそうだ。

「ところで桐山さん」

「人の話聞いてる?」

「えっと、ダンジョンに入りたいの?」

「もちろん」

「死ぬかもしれないのに?」

「Dランも行かずにダンジョンに入ろうとしている六条が言うかな。それにダンジョンなんて入らない方がバカでしょ。人間がゲームみたいにレベルアップできるんだ。夢が広がりまくりよ。ちなみに私ダンジョンに入って レ(・) ベ(・) ル(・) 1(・) 0(・) 0(・) 0(・) になって 1(・) 2(・) 英(・) 傑(・) になるんだ。それで世界を動かす人間になるのが夢なのよね」

桐山さんの動機は思った以上に壮大だった。

「あ、それ俺も」

とはいえ俺も目的は一緒だ。ダンジョンに入るほとんどの人の目的はこれだと言っても過言ではない。そして俺にはもうひとつ理由がある。俺のことを馬鹿にしている池本や、育児放棄したバカ親を見返したかった。

「え? マジ? 嬉しいなあ。クラスの女子はこの気持ち、理解してくれなくてさ。とはいえ男子には私友達いないし」

「桐山さん、よく告白とかされてるって聞いたけど」

「確かに変な告白は、やたらされるんだけどなんか気持ち悪くって。『桐山さんみたいに綺麗な人と付き合いたいんだ』ってさ。残念。私綺麗なのは顔だけだから。性格はダンジョンに行ってモンスターぶっ殺したい系の女子だから」

告白してしまった男子と全く同じこと思っていた俺は、血迷って告白しなくて良かったと心底思った。同じ言葉を言ってしまって、その他大勢と同じように玉砕する自分の姿がありありと脳裏に浮かんだ。

「でも学校ではそんなふうには見えなかったけど」

「なんか変な思い込みで、みんなから綺麗でイケてる女子設定みたいなのされてさー。私も中学でクールぶったのが悪いんだけど、今更キャラチェンできないじゃん。おかげで今が窮屈で窮屈で死ねる。武蔵野ではもう絶対変な格好つけずに、この素のキャラで行こうで決めてんだ」

「そっか。でも、それって大事なことだね」

程度が違うが俺もよく考えたら、学校で虐められることを気にして、何ひとつ自分らしいことをできなかった。ダンジョンの事が誰よりも好きなのに、ダンジョンのことを誰にも語ったことがないし、水泳が得意だったのに、水泳部にも入らなかった。

どちらも俺なんかが、陽キャのように頑張っても、どうせ馬鹿にされるだけだと思って何もできなかったのだ。

「自分は自分。人は人。分かってはいるんだけどね」

「そうだよ。分かっちゃいるけど、つい格好つけちゃうのよ」

「桐山さんでもそうなんだ」

「おかげで3年間むちゃくちゃ窮屈しましたよ。でも私は進学先も結局貫ききれなくてDランに行くんだけどね。本当ならいきなりダンジョンに行きたいんだけどさ。さすがに親に泣きつかれて無理だった。死亡率5割なんて初期の話なのに『今でも危ない』の一点張りで譲ってくれないのよ」

「泣いてくれる親がいるだけいいよ。うちの両親なんてもう5年ぐらいほとんど顔も見てないし」

「え?」

不用意な自分の一言に桐山さんがこちらを見てきた。

「あ、いや何でもないんだごめん! 買い物してから行くからそれじゃ!」

思わず余計なことまで喋ってしまった。両親のことなど誰にも言ったことがないのに、浮かれた気分で喋ってしまったことが恥ずかしかった。

「ちょっと待って六条。今のってどういう意味?」

「意味……」

この事に関しては触れてほしくないと思いながら振り向いた。おかげですごい顔になっていたはずだ。

「こら、六条。そんな顔しないでよ。嫌なら聞かないわよ」

よっぽど俺の顔が嫌そうだったのか、桐山さんの顔も眉間にシワがよって嫌そうな顔になる。それでもすぐに笑ってくれて桐山さんがスマホを取り出した。

「今のは聞かなかったことにするからさ。連絡先、交換しよ」

「連絡先って……本気で俺なんかと?」

「そんな嘘ついてどうするのよ」

桐山さんがカラッと笑うのにつられて、俺もスマホを取り出した。しかし、家族以外に登録先のないスマホを見られるのが嫌で、どうしたものかと悩む。

「ホイッと」

躊躇していると桐山さんにスマホをあっさり取られ、まごついている俺のことなど気にせず桐山さんの連絡先が追加された。

「六条。私あんたの生き方かっこいいと思うよ。親に泣かれて諦めた私よりずっとかっこいいよ。だから堂々としなよ」

桐山さんはそう言ってスマホを返してきた。

「それと、さん付け禁止!」

「分かったよ桐山さん」

ますます桐山さんが好きになってしまった。余計ドキドキがムネムネである。想像していたのと桐山さんの性格は全然違ったけど、むしろ好感度が増した。それにしてもさん付けを禁止とか無理である。『桐山』なんて呼び捨てにしたら心臓が爆発してしまう。