軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百九十三話 Sideエヴィー 悩み

Sideエヴィー

それは少し時間が遡って、六条屋敷で祐太と別行動になり、一ヶ月ほどした時のこと。私と美鈴がシルバーエリアで探索を始めてまだまだこれからという時。

【大統領首席補佐官スカーレット】

私と同じくテレビによく出ていたから知ってる。若く綺麗で大統領の護衛も兼ねているというスーパーウーマン、その人がシルバーエリアにいる私を訪ねてきた。アメリカでは探索者でありながら国への忠誠心が高く、人気の高い女性だ。

正直どうして居るのと驚いた。ここに現れるには日本のダンジョンのストーンエリアを渡らなければいけないはずで、おまけに最初に私に接触してきた時『私に会いに来た』と言うのだ。つまり大統領首席補佐官を辞めたことになる。

スカーレットは美鈴には気づかれない場所で話したいと言ってきた。悩んだがこんなところで奇跡的にも出会った同郷の人間であり、ママや妹たちのことも思い出された。有名人であり悪人とも思えなかったことも大きかった。

でも、美鈴には嘘をつきたくないから「同郷の人間と話したい」と言ってから森の中で待っているスカーレットに会いに行った。そして話してみて彼女は確かに悪人ではないと分かった。でも、それは私にとって良い話ではなかった。

彼女は言ったのだ。

「エヴィー。どうかアメリカを助けてもらえない?」

「私がアメリカを……どういう意味で言ってるの?」

私は理解できずに首を傾げた。

「あなたも知ってると思うけど今のアメリカはロロンとゲイルの言いなりなの。そしてその二人が、あなたに興味があると言ってきたわ。あなたがロロンのところへ行けばアメリカの治安維持に全面的に協力してもいいって言ってるほどなの」

せっかく同郷の人間と楽しく話ができると思ったのに、違う内容で失望した。何よりもそんな話信じるに値しなかった。私はまだレベル211だったし、ロロンが私を要求するメリットなどない。

「あなた本気で言ってる?」

「やっぱり私を疑う?」

「自覚があるのね。ええ、疑わしいわ。それに私にとって大事なのは祐太達とレベル1000を目指すこと。そもそも、中途半端にアメリカに帰って何をしろって言うのよ。私の召喚獣たちもそんなの納得しないわ。冗談なら他は当たってくれる?」

最初鼻で笑った。何よりも美鈴にだけはコソコソしたくなかった。二人で一緒に頑張ってるのだ。美鈴と二人で試行錯誤しながら頑張るのが楽しかったし、私が家族を思い出して泣いてると美鈴が何度も励ましてくれた。

私は美鈴と友達でよかったと思ってるし、祐太とも縁を切る気など全くない。だからはっきりと断った。スカーレットは私が相手にしないことが分かると、三日ほどでその姿を消した。私はそんな存在などすっかり忘れて探索に集中した。

しかしスカーレットは諦めてなかった。

二ヶ月ほどして現れた時、私を本気で悩ませることを口にした。

「弓神ロロンと瞬神ゲイルが『あなたに協力したい』と言っているの」

「私に?」

そのニュアンスに首を傾げた。私がロロンに協力するという話ではないのか? ロロンが私に協力する?

「意味が分からないわ。何が言いたいの?」

スカーレットは私と同じ金色の髪と青い瞳。その瞳が私を捉えていた。私はこの提案を本気で断るならシルバーエリアの場所を変えてしまうべきだった。そうしなかった時点でもうどうなるかは決まってたのかもしれない。

「あなたの死んだ家族のことよ」

「それは父のこと?」

「いいえ母親と二人の妹についてよ」

スカーレットは私が想像していた以上に準備をしていた。そのことが言葉を聞いて理解できる。私の情報を収集して、一番弱い部分をついてきた。私がもし祐太達から離れることがあるとすれば、自分でもその理由以外はないと思えた。

「どうしてそんなビッグネームが私の家族のことを気にするの?」

「理由は直接二人に聞いてほしいの。ただ、英傑の御二人はあなたにとても興味があるそうなの。『なくなった家族の"復活"をしてあげてもいい』と言ってるわ」

「ママたちを?」

そう聞いて動揺した。ずっと気になってる。死神に魂を抜かれた私の大事な家族。体だけはあるし腐らないようにマジックバッグにずっと入れて、傷つかないように気をつけてる。ただ生き返らせる自信は自分でもあまりなかった。

「ふざけてるの? そんなの簡単にできるわけないわ。だって私の家族は!」

「家族は死神に殺されたのですね?」

「……どこまで調べたの?」

私の家族が死んだことはどこかから噂を聞きつければ知ることができる。それでもそれを誰がしたのかまではパーティーメンバーしか知らない。パーティーメンバーでポロっと言ってしまいそうなのは、美鈴に思える。

でも美鈴はそういうところはちゃんと口が硬い。喋ってしまうとは思えなかった。

「不信感を持たれたくないから正直に言うわ。あなたと接触してほしいと言ってきたロロンは、私が接触できたことを報告すると、どうやったのかは知らないけど、あなたの情報を調べ上げてきたわ」

12英傑で最もレベルが高いロロン。そんな人間なら私の情報など調べるのは簡単だ。今の私が一般人の情報を調べるなど朝飯前なのと一緒だ。レベル差があれば大抵のことは力技で解決できる。しかし私に直接それはしてこないのか……。

「あと以前『エヴィーに信じてもらえなかった』と報告したら『これを上げて』と言われたわ」

そう言って机の上に金色の液体が入った瓶が置かれた。

「これは?」

「【蘇生薬】よ。『このまま使っても魂がない状態だと生き返らないから気をつけて』と言われてるわ。あと私は『とったら殺す』と言われたわね」

再び森の中で手渡された。アイテムなのに私以上の存在感を感じる。それは祐太が所持していた【エリクサー】や私にも配られた【仙桃】を超えている。つまりそれ以上のもの。【蘇生薬】と考えるのが妥当だと思えた。

「本当にロロンが私を求めてるの?」

「嘘はないわ。【蘇生薬】なんてもの簡単に用意するのは12英傑だけだって分かるでしょう。ロロンはこうも言っていた。『私は死神との窓口を持っている。エヴィーが私に協力してくれるなら、家族の魂は全て死神から返してもらえるように頼んであげる』とね」

「本当に!?」

私は思わずスカーレットに詰め寄り両腕をぎゅっと握っていた。

「え、ええ、それにもし家族を生き返らせたいなら急いだ方がいいそうよ」

「どうして?」

聞いたものの自分も、いつまでも時間をかけていいものではないと思っていた。魂のない体はマジックバッグから出せばすぐに腐る。それにバッグの中でも腐ってくる。バッグの中は時間が止まってるわけではない。

そう思えるほど腐ってこないだけ。私はその情報は黒桜から聞いて初めて知った。黒桜はおそらく肉体の限界は一年だと口にしていた。

「ロロンが言うには、死神は人の魂を自分のエネルギーとして使っているそうよ」

「そんなひどいことを平気でするの?」

「死神にとっては自国の人間以外の魂なんてどうでもいいそうよ。だから家族を復活させるのに、あまり時間をかければ、その魂は死神によって無駄にどこかで消費され戻ってこなくなる。ロロンはそう言ってたわ」

「……そんなこと」

ママたちの魂が死神のエネルギーとして無駄に消費される。考えただけでも悪夢だ。だから私はスカーレットを通じてロロンにお願いした。

「今すぐじゃないけど必ずアメリカには帰るわ。だからママたちの魂だけは死神から先に取り戻しておいてほしい」

それがどういう選択なのかは分かってる。祐太や美鈴への裏切りにつながるとも思う。でも今すぐに頼んで動かなければもう二度と家族に会えないと思うとそうするしかなかった。

そうしてさらに一ヶ月後、

「エヴィー。ロロンたちから返事が来たわ。そのまま伝えるわね『死神からちゃんと魂は取り戻した。母親のエイラ、次女のケイス、三女のイーダ、全員の魂を知り合いの死霊使いに頼んで保管してある。あとは肉体さえあれば、いつでも生き返らせてあげよう。さて、こちらは約束を守ったよ』とのことよ」

それを聞いて私は不覚にも泣いた。涙が止まらなくて美鈴にも心配された。ともかく家族の命は確保できた。それでも私は自分の行動に悩んだ。今美鈴を見捨てるのは祐太を見捨てるよりも残酷な選択だと思う。

美鈴をシルバーエリアで一人になんてとてもできない。それに私がロロンに付けば、祐太を敵に回すかもしれない。それだけは嫌だ。そんなことを考えてズルズルとともかく祐太と会える『二ヶ月後まで待って欲しい』と言った。

祐太が帰ってきたら美鈴とともに正直にこのことを相談しようと思った。ロロンは『それでも構わない』と言ってくれた。話の通じる相手だ。だから、ロロンとゲイルを四英傑側に戻したいとも考えるようになった。

どうしてかは分からないが私は必要とされてる。それなら私が仲間になれば、再び四英傑と組めるように私が頑張ってみるのだ。そうすれば私は祐太を裏切らないですむ。

とにかく祐太にこのことを早く相談したかった。祐太なら私より良い案を思いつくかもしれない。だから四ヶ月半が経ち、帰ってきた時、実は祐太と会えることを期待してたのは私の方が大きかったと思う。

そして月城様の話を聞いた。私以上に祐太は大変な状況に追い込まれ、自分が失敗すれば日本がかなり危険な状態になる。そのプレッシャーの中でなんとか自分なりに最良を掴み取ったのだと知った。

「月城様。祐太が帰ってくるのは10年後に間違いないのですね?」

10年後……長い……待ってられる時間じゃない。

「ええ、【呪怨】が消えるにはそれだけ必要なのは間違いないみたい。だからそれまでに帰ってくることはないと思うわ」

月城様にそのことだけは何度も確認し、そして問題の伊万里が帰ってくるのを見た。私は自分の考えがうまくまとめられなかった。ただこれ以上祐太たちの情報を私が持つのは良くないと思った。だから美鈴に一言だけ言って会議室を出てきた。

「どうするにゃ?」

そのまま私は六条屋敷を出た。ずっと何も喋ってこなかった黒桜がどうやってか自分から召喚されて表に出てきた。私よりもレベルの高い猫。そのせいかこの猫はかなり自由に動く。そしてこの猫は私の全ての事情を知っていた。

「このままアメリカに帰るのが一番いいのでしょうね……」

帰りの飛行機は米軍基地からいつでも出せるようにスカーレットが用意してくれてる。四英傑とロロン達が対立している状況だが、米日の関係はそれほど悪くない。アメリカも今自分の立ち位置に悩んでいた。

四英傑にはポーションの融通や治安維持の協力など、かなり世話になってる。少なくとも森神と龍神はアメリカが立ち直るまで支えてくれようとしていた。それを裏切るのは国民感情的にも難しい。

そうしてどっちつかずの微妙な立ち位置になってる。まさに私の状況だ。私はずっと米軍基地から出る飛行機に乗ることを躊躇してきた。

「10年は長すぎる」

「そうにゃよね。困ったにゃ。どうしてこうなるにゃ」

黒桜は私の肩に乗っかりながら口にした。さっきまで美鈴と歩いていた温泉街の湯けむりの中、六条屋敷から離れていく。それが無性に寂しくなってくる。

「でも祐太は私の知らない間にびっくりするようなことをやってのけた。私も自分で決めるしかないということかもしれない」

家族は捨てられない。でも祐太達と仲間であることも捨てたくない。だから私は私の考えを実行しようと思った。ロロンだってかつては龍神とも仲良くしてたのだ。私の考えも悪くないはずである。それならもう動くしかない。

「決めたにゃ?」

「ええ、アメリカに帰る。そしてロロンを説得してみるわ」

「猫寝。出てくるにゃ」

白い猫が反対の肩に乗ってきた。この猫も私が召喚していなくても簡単に出てくる。というか黒桜に喚ばれて出るのはさすがに違うんじゃない?

「何ですか?」

猫寝も私より黒桜を気にしている。ここは主としてビシッと注意しようと思った。いや、でも、この二体の召喚獣は大八洲国の貴族だ。大八洲国は完全に日本贔屓であり、私がアメリカに行っても言うことを聞いてくれるんだろうか?

無理ならここに置いていくべきか。それにクーモも祐太から離れる私の言うことを聞くのか? いざ自分の行動に移そうとして、この三体は置いていくべきではと考える。

「黒桜。白猫あなたたち……」

口にしようとして黒桜がストンと地面に着地した。そして私の下に移動すると巨大化した。そのことで私は黒桜に騎乗する。そして黒桜の体毛が逆立っていた。召喚獣としての繋がりから今まで感じたことないほどの緊張が伝わってくる。

「どうしたの?」

「主。これからちょっと困ったことが起きるにゃ」

「困ったこと?」

「自分がいた状況をよく思い出すにゃ。レベル900以上の女が三人。祐太は相変わらず意味わからないぐらい女を落とすのが上手にゃ。三人ともかなり入れ込んでるにゃ。それなのに主は話してる間中、アメリカに行かなきゃいけないことばっかり考えてたにゃ」

「何かダメだった?」

黒桜だって私がどれほど悩んでたかは知ってるはずだ。悩むことぐらい許してほしかった。しかし私はそこまでレベル差というものを理解してなかった。あまりにもレベルが違うものとなんて正面から戦ったことがなかった。

「どうせ無理だから言わなかったにゃ。でもダメなものはダメにゃ。全部、主の頭の中身が千代女に筒抜けにゃよ。レベル差がありすぎて主の罪の意識が見えてるにゃよ」

「それって……」

「あの中で一番容赦がないのが千代女という女にゃ。あの女は殺すと決めた相手は本気で殺すにゃ。情けはないにゃ。主が裏切ってると感じた瞬間、千代女は躊躇せずに殺しに来るにゃ。黒桜は主を死なせたくないにゃ。必死に逃げるから猫寝は絶対に介入しようとしちゃダメにゃ。正直足手まといにゃ」

「……いえ、お松様。ここでなら私の方がいいんじゃ。私なら一時的に契約を破棄してルビー級に戻れます」

「いいからそうするにゃ。猫寝じゃ無理にゃ」

黒桜ははっきり戻れといい猫寝が渋々戻る。私は何が起きるのかまだ予想しかねた。それでも黒桜が私の判断など待たなかった。待ってたら死んでたからだ。

【異界反応!】

黒桜が私ごと魔法を唱え駆け出した。その瞬間、私の首に何かが通り過ぎた気がした。なんとなくわかる。今一瞬でも遅れてたら私の首が落ちてた。寒気がする。そして先ほどまで聞いていた声が聞こえてきた。

「痛みもなく死んだこともわからず殺してあげようと思ったのに、苦しみを長く続けてどうなるんですか? ねえ、猫ちゃん」

すうっと何もない空間から現れた人がいた。黒桜と並走しているそれはおかっぱ頭でくノ一の服を着ている人。それは忍神千代女様に間違いなかった。

「エヴィーちゃん。裏切り者は暗殺しちゃうぞ」

ニコッと笑ってくるけど目が笑ってなかった。

「ま、待って私は別に祐太を裏切ろうとはしてない!」

慌てて叫んだ。黒桜は【転移駅】に到着してちょうど【転移門】が作動したところだった。頭の中でお金の引き落としの声が聞こえる。そのまま門をくぐった。運のいいことに本洲に飛んだ。

「へえ、襲撃を予想してましたね。【転移門】が開く時間をちゃんと調整してる。相変わらずお利口な猫ちゃんですね」

「ちゃん付けはやめろにゃ。私の方が年上にゃ」

400年以上生きているという黒桜。千代女様との面識もあるようだ。大八洲国内で400年以上生きているような貴族など大体知り合いなのかもしれない。

「見逃せにゃ。主は祐太の不利益になるようなことはしないにゃ」

「嘘はよくありません。エヴィーちゃん、あなたは不審な点がいくつかあります。分身を使って今もあなたのこと私調べ続けてるんです。エヴィーちゃんはこの状況下でアメリカに行こうとする人間ですよ。祐太さんの不利益以外の何者でもありません。そもそもエヴィーちゃんがロロンちゃんに何かできると思いますか?」

私を見た瞬間に私の罪の意識を感じ取り、私が祐太の話を聞いてる間に、私のことをもう全部調べた? ゾッとした。これがレベル差。裏切り者を許さない絶対的な姿勢。外から調べられたら私は確かに裏切り者にしか見えない。

「話し合いぐらいはできるかもしれないにゃ。それに祐太は絶対にこんなの賛成しないにゃ」

「だ・か・ら・何ですか? エヴィーちゃんはとても悪い子ですね。あなたは祐太さんから散々助けてもらったのではないのですか? そのあなたが調べるほどに裏切り者だって出てきますよ。ああ、そうそう、スカーレットって女は殺しておきました」

とても冷たい声を出し、その目はゴミを見るようだった。私という汚いものをこれ以上見るに堪えない。そんな思いが伝わる顔をしている。レベル900を超えているという日本の忍者。私がアメリカ人だからだろうか。

逃げられる気がしない。スカーレットの首が私の足元に投げられた。コロコロと地面を転がる。スカーレットは拷問でもされたのか目玉がくり抜かれていた。それは一瞬後の私の姿。千代女様の姿がすうっと消える。

「まずいにゃ。やっぱり見えないにゃ」

「さっきは避けられたんじゃないの?」

「あれはちょっとずるしたにゃ。千代女はその命の続く限り気配を消すことだけに専念してきたような変な女にゃ。どこにいるか見えないにゃ」

いくら家族の命のためとはいえ、これまでの仲間を裏切る。そういう形になる。そのことに対するこれは罰か。確かに私がロロンを説得できる可能性など低く、逆に私がいいように利用される可能性の方が高い。

その結果、美しさとはほど遠い、最低な女の骸が残るだけ。それなのに、どうしてこの黒い猫は私を守ろうとしてるんだろう。召喚獣だから? いえ、召喚主だからわかる。この猫はその気になれば私から簡単に離れられる。

それなのにどうして助ける。何かメリットがあるのか。黒桜が消費の激しい【異界反応】を唱えたまま必死に走ってるのがわかる。その行き着く先に仲間はおらず、家族のために走っている。

「美鈴、祐太、伊万里ごめんね。なんとかあなたたちと敵対しなくていいように私は頑張るから。ロロンのいいなり人形になんかならない。絶対にまた笑って会えるように頑張るから」

私は自分に言い聞かせるように口にした。みんなと一緒に入った大八洲国の本洲にある池袋へ繋がるゲートを見つける。

太陽の光が照りつける中、それをくぐった。

「え?」

そして空が暗いことに気づく。大八洲国と日本は時差が同じだ。だから今は昼間のはずなのに夜のように暗い。人の気配もなくひっそりしてる。そこに黒桜が急速にレベルを戻してる。

桜の紋様が体中に伸びて、さらに一回り大きな猫になった。

黒桜がレベル解放をした。

「【森神の守護】……ものすごい規模。こんなことしたら森神は死んじゃうにゃ」

「樹が日本を覆っている?」

今の視力だから暗くても見ることができた。信じられないほど広範囲にわたって日本が樹木によって、守られるように覆われて見えた。

「そうです。卯都木さんは命をかけた。だから無駄ですよ。この守りは猫ちゃんでも抜けられません。外には逃げられませんよ」

「黒桜、この暗さは何なの?」

「森神が死んだにゃ」

「意味が分からない。もう少し詳しく教えてよ」

「ふふ、どうして私が外に逃げるのを許したと思いますか? 激しい戦いになって大八洲国の交戦規定に引っかかると色々と面倒なんですよ。本洲は特にうるさいですから。それに表沙汰になって、10年後に祐太さんにばれたら嫌われちゃいます」

何か迫ってくる。

「ま、待てにゃ!」

そして右腕に激痛が走った。何事かと自分の右腕を見ると、私の右腕がなかった。肘から先が暗い空間に飛んで地面に転がっている。

「だーるまさんがこーろんだ」

そして次の瞬間、足に激痛が走る。慌てて足を見ると、左足がない。

「アメリカ人はだるまって知ってます? 体がなくて頭だけなんですよ?」

知ってる。そして人間の手足がなくなった状態を日本ではだるまと表現する。それはかなり残酷な殺し方の一つだ。これがレベル差。黒桜が【異界反応】は唱え続けてるはずなのにそれでもダメージが通ってくる。

「くそ野郎! 何するにゃ!」

「目玉のないだるまをもう一つ作ろうと思っただけですよ」

千代女様がすうっと姿を現した。

「千代女は短絡的すぎるにゃ! 何でもすぐに殺して解決するものじゃないにゃ! 主は家族が人質に取られてるようなものにゃ! 祐太達と敵対しようなんて思ってないにゃ!」

「うるさいですよ」

千代女様が巨大クナイを投げて、それが黒桜の首に刺さって地面に縫い付けた。かなり大きな体になってるはずの黒桜をまるで普通の猫のように扱ってる。絡め手が得意な黒桜は多分千代女様との相性が悪い。

同じタイプだともろにレベル差が出てしまう。白猫があまりの惨状に出て来ようとするが、この状況でも黒桜がそれを止めてるのが伝わってきた。

「さて、できるだけ苦しまないように殺してあげようと思ったのに逃げるから、こんなに痛い思いをすることになるんですよ。まあ、安心していいですよ。あなたが裏切ったことは祐太さんにも誰にも言いません。エヴィーちゃんは綺麗なイメージのまま死にましょうね」

「ひ、一つだけ最後にお願いがあるの!」

「おや、そういうの面倒ですね。まあ同情できる点はあるようですし、聞きましょうか?」

「ママと妹二人をロロンに頼んで生き返らせて欲しいの」

「気が向いたら頑張ります」

千代女様の手が一瞬ぶれた。その次の瞬間自分が死ぬのだと分かった。ただ、キンッと何かが弾かれる音が聞こえて、私はその音をさせた人を見た。