軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百七十一話 ミズガルズ

ガチャゾーンから出ると早くユグドラシルに戻らなきゃいけなかった。それでもここに何かあるのではと思う気持ちで、出て行きがたく思う。【飛行】を使い空に舞い上がり、本来行くべきだった世界、シルバーエリアを見渡す。

悪魔という存在がいる淀んだ場所。本当ならきっとあそこを一斉に狩り尽くしたのだろう。そしてここにいる支配階級の者たちと殺し合い、和解を模索したり、それでも無理なら戦争をし、支配地域をどんどんと広げたはず。

「迦具夜。もしここに来ることがなくなったら、ゴールドガチャはどこで回すんだ?」

シルバーガチャがあるのはシルバーエリア。ゴールドガチャがあるのはゴールドエリア。そこに行くことがなくなってしまったら、ガチャが回せなくなる。この問題がある以上来なければ仕方がないはず。

そしてできればそうしたかった。新たに立ったという勇者がどんなやつか確かめたい。

「ダンジョンが祐太ちゃんをどう判断するかによるわ。四ヶ月後に祐太ちゃんのレベルがルビー級まで到達したら、祐太ちゃんにゴールドガチャだけ用意して、シルバーとゴールドを飛ばし、『ルビーエリアに行け』と言うかもしれない」

「ガチャを俺のためだけに用意するのか?」

「そんな例は過去にもあるそうよ。祐太ちゃんの特殊性から可能性はゼロではないわ。ダンジョンにとってガチャを用意すること自体は簡単なことでしょうし、ルビー級のものをゴールドエリアに入れずに済むもの」

「でも『ここに来てゴールドガチャを回せ』と言うかもしれないだろ?」

そうなるとシルバーエリアのクリアが必須条件となる。半年出遅れても、このクエストに生き残れた俺の強さは桁違いになる。その状態で、レベル350に落としてこのレッドを支配し、世界を支配せよと言われるかもしれない。

おそらくレベル350でも この世界(レッド) に来た探索者を相手にするなら楽勝だ。ゴールドエリアにはルビー級がいる以上、勝てない相手もいるが、勇者を確かめたい俺としてはそれでもこの世界にきたい。

「そうね。特例を認めるよりはそっちを取るかもしれない。今のところ可能性は半々ね。結局その時にならなきゃどうなるかわかんないわ」

「まあそりゃそうだけどさ」

迦具夜に言われればそこまでだった。今すぐにでも伊万里のために動きたい。でも迦具夜の問題を先になんとかしないとあと四ヶ月で死んでしまう。

「ここで確かめてる余裕はもうないわ。祐太ちゃん、今は自分が生き残ることを優先しましょう。東堂伊万里は少なくとも寿命が迫ってるわけじゃないのよ」

空から降り立つと綺麗になった路地裏に到着する。扉に手をかけて開けると再び俺はフランス、リヨンの昔ながらの街並みを見る。そうすると叫び声が聞こえた。

「Au secours! Aidez-moi!」

一瞬理解できない言葉。多分フランス語。先ほどの魔法書の経験からフランス語も理解できるかと言語理解のプログラムを組み上げて、今の言葉を放り込んだ。そうすると今聞こえた言葉だけでなく、生きてきて聞いたことのあるフランス語。

その記憶から引っ張り出して、類推して、1つの言語の意味を頭の中で組み立てていく。

「た、助けて!」

「だからこの街から逃げようって言ったじゃない!」

「どこに逃げるんだよ! ダンジョンを見張ってた探索者が急に全員いなくなったんだぞ! どこもかしこも同じだ!」

「ギャア!」「ギャギャ!」「ギャア!」

ゴブリンジェネラルに率いられた群れの声と、どうやら追いかけられている人間のカップルがいるようだった。声からそれを判断していると隣に巨大な影が現れたのを感じて慌てて見る。それはダンジョンのストーンゲートだった。

ダンジョン崩壊したストーンゲートから、巨大な蠍がぬるっと出てくるのが見えた。統合階層で生息しているやつだ。

「 死毒蠍(しどくさそり) ね」

それを見ていたって落ち着いて迦具夜が言う。

「そんな名前なんだ」

俺も死毒蠍程度に慌てる必要はないと普通に言った。

「ええ、大八洲国にも砂漠とかにいるわよ。こいつはレベル110ね」

迦具夜は第三の目を開いて鑑定眼を使っていた。

「統合階層のモンスターだよな。ダンジョン崩壊してから四年ぐらいで、もうそんなに奥の方のモンスターまで出てきてるんだ」

「普通ならもっと早いわ。きっと一生懸命止めてたのでしょうね」

その防衛態勢を崩したのが他ならぬパーティーメンバーになってくれてる千代女様。おまけにその証拠は何も残していないのだという。その千代女様は悪びれるわけでもなく涼しい顔をしている。

モンスターは知能が低いと、ダンジョンからの命令に忠実である。その命令は、非常にシンプルで【人間を殺せ】だと言われている。だからモンスターはダンジョン崩壊で地上に出てきても、積極的に人間を殺す。

隣に現れたばかりの死毒蠍がこちらに目を向けてきた。甲殻が黒光りする蠍に見下ろされる。探索者じゃないならこれだけで絶望する。

「バン!」

俺はミカエラを真似て無詠唱で【石弾】を放つ。死毒蠍の体の中心部に穴が開き、巨体が崩れ落ちていく。【石弾】でも今の魔力で唱えるとマッハ30を超える速度が出る。レールガンより速いのだから耐えられるわけもない。

ただあまりに速すぎて、他の体の部分には影響を与えず、あっさり貫通した場所が焼け焦げていた。突き抜けた弾丸は住宅地に激突すると危ないので消した。弁財天との意識の共有から、本当にできることが増えた。

「ふん」

俺は偉そうに鼻を鳴らした。これを人助けなどとは言わない。ただ鬱陶しい蠅を追い払っただけだ。

「祐太ちゃん、分かってると思いますが」

「分かってるよお姉ちゃん」

千代女様の言葉を遮った。俺はこれがどれほどの自己満足か分かってる。

「ただちょっと新しい装備スキルを試してみたくなったんだ。それならいいでしょ?」

甘えるように声を出す。千代女様はこれにすこぶる弱い。俺が狙ってやっている。それが理解できた上でも弱い。千代女様の頬がなぜか赤らんでいた。

「もう。仕方ありませんね」

「華」

《はい。主様。思う存分華を使ってくださいまし》

俺は手に入れた装備スキルを唱えるために力を集中し、手を空に掲げる。華には美火丸と焔将に存在した【短刀】がない。変わりに竜は雲を操るという伝承がある。それが本当だというように赤く染まった雲が空一面に現出する。

夕暮れの空よりもまだ赤い燃え盛る焔の塊。

焔が空に浮かび、地上は紅に照らされ、本当に空が燃え盛っていた。どこまで広げられるのかと俺は試してみた。その雲の範囲はどんどんと広がっていき、リヨンの旧市街を飲み込むほど天空で巨大になる。

「な、なんてこった。この世の終わりだ!」

「もういや! 探索者はどこに行ったのよ!」

「あいつらきっと俺たちを見捨てて自分だけ逃げたんだ!」

それは違う。ただ千代女様に自覚する間もなく殺されただけだ。まだ街の中には1000人以上の人間がいるのが感じられた。今ならヨーロッパ中がかなりの混乱状態にあるのが感じられる。

『ダンジョン崩壊をしていない日本よりも、ヨーロッパの方がはるかにひどい状況だ』

そうは聞いていたが、体験してみて改めて思う。

『このままではヨーロッパに人がいなくなる』

そう言われていたが、実際そうなってしまったヨーロッパの国もいくつもあるのだ。俺はそれを気まぐれに一時だけ助ける。何という傲慢な行為だろう。手から力を放つ。それに空を紅に染め上げ燃やす焔の雲が反応した。

「ゴールド級装備スキル開放」

俺は力ある言霊を発する。

【天が纏いしは焔の雲 慈悲の糸と合わさり 悪を滅する天上の焔と化せ】

以前狼牙と戦った時、アグニを使用したのと同じぐらいの力が体から抜けていくのを感じる。以前なら体が炭化してしまうほどの力。それも今となって大した負担があるとも思えなかった。

【 叢雲焔(むらくもほむら) 】

焔の雲から糸が幾筋も伸びていく。そして俺はその糸の動きを千代女様と創り上げた【スキル領域】で操り、【探索界】で見えないゴブリンやワイバーンや蠍の位置を知る。狙いは外さなかった。

4365体。

その全てに焔の糸が伸びた。触れた瞬間にゴブリンやワイバーンが燃え上がる。4365体分。【スキル領域】だけでは無理で俺本体の知能と力も加える。そうすると焔の揺らめきまでがこちらの制御下に入る。

昔は苦戦したとはいえ三階層のゴブリンジェネラルや、統合階層のワイバーンである。

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「グギャアアアアア!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

モンスターがかわいそうになるほどの絶叫が街中から響いた。【叢雲焔】。一番強いモンスターでもレベル100前後のものたちは、その熱量に抵抗できなかった。モンスターの体は一瞬で炭の塊となり死に絶えた。

「じゃあ行こうか」

それを誇るつもりもなかった。所詮は自己満足。何かと急がなきゃいけないので俺はさっさとダンジョンの中へと向かった。

「祐太ちゃん。そこは違いますよ」

「分かってる」

「もう」

ダンジョン崩壊を起こしている"ストーンエリア"のダンジョンゲートをくぐった。その中を見た瞬間気持ち悪くなる。一階層は凄まじい数のモンスターがひしめき合っていた。ゴブリンもゾンビもゴーレムもスライムも足の踏み場もないほど、一階層でぎゅうぎゅうに詰まっている。

【ダンジョン崩壊】

溢れたモンスターにダンジョンが逃げ場所を求めるように崩壊を起こす。それはつまりここまでダンジョンの中にモンスターが溢れるということ。こいつらが狭い入り口から次々と外に出てきている。

「華」

《はい! 思いっきり行きましょう主様!》

俺は竜の紋章は入った刀を構えた。居合い斬りの構えになる。

「ゴールド級装備スキル開放」

【焔を一筋の閃光とせよ それは地上を照らす輝き 地上の存在全てを貫け】

これで2度目の力が抜けていく感覚。それでもまだSPが半分以上の残ってる。飛躍的に強くなれたことがわかる。しかしそれでもまだ強さが足りない。

【 焔閃光(ほむらせんこう) 】

焔の閃光がダンジョンの一階層をかける。目の前の180度の範囲。全てが閃光に呑み込まれる。

「うん。祐太ちゃん、とてもスキルの使い方が上手になりましたね。お姉ちゃんも教えがいがあります」

「怒らないの?」

「はい。どうせ無駄ですから」

「そうなんだね」

さらに進撃して、全てのモンスターを斬り刻んでいく。華に斬られただけでも瞬く間に炭の塊となったモンスターが無数に出来上がっていく。一階層のモンスターを数分とかからず掃除した。

「お姉ちゃん。もう少しだけいいかな?」

「まあ1つのダンジョンが解放されたぐらいじゃこの戦争には影響しないでしょう。いいです。祐太ちゃんが望むならお姉ちゃんも手伝ってあげましょう」

仕方ないなという感じで千代女様が折れてくれた。

「そういうことなら私も協力するわ。さっさと片付けてこのままストーンエリアからユグドラシルに降りてしまいましょう」

弁財天も文句はないようで二階層への階段をすぐに見つけてくれて、下へと降りていく。そこにもモンスターがぎゅうぎゅうになっていた。それにしてもひどいものだ。

【超重力】

弁財天が重力魔法を唱えたと同時だった。そのぎゅうぎゅうにひしめき合っていたモンスターが全て地面にペタッと平面に潰れた。三階層に降りると千代女様が手を一薙ぎにする。そうすると全てのモンスターの首が落ちた。

そうして俺たちは統合階層に来るのに、1時間もかけることはなかった。ストーンエリアの構造はほとんど変わらないようで、ピラミッドの奥へと入りこんだ。苦戦などするわけもない。気づけば再び女神の神殿に来ていた。

こんなに簡単なことだったのだから1箇所ぐらいいいよな。

俺はそう思う。

でも、そこで現実を知った。

いつも通りその神殿にはルルティエラの女神像とともに、12英傑の神像が安置されていた。龍炎竜美や田中の鬼の面を見て、なんだかほっとする。しかしその中に1つだけあるはずの像がなかった。なぜか台座だけがあるのだ。

「……エルフさんの像がない?」

そのことに気づいてぎゅっと心臓が締め付けられる。12英傑であるはずのエルフさん。いつもそこにあるはずの石像がなかった。

「嘘……像がないってことはエルフさんが死んだのか?」

分からなくて迦具夜達に確かめた。

「そうなるわ」

迦具夜が冷静に答えてくれた。

「戦わなくていいようにしたはずじゃ……」

今度は千代女様を見る。そうすると千代女様は何か分かっているように答えた。

「祐太ちゃん。多分これ以上は誰も四ヶ月以内には死にません。ですがそれを過ぎればいつ誰が死んでももうおかしくなくなります。当然、祐太ちゃんもそんな状況になれば死んでるということでしょう。お姉ちゃんはそれだけは避けたい。だから人のことにかまっている場合じゃ本当にないのですよ」

一時間ぐらい別にいいと思った。目の前で苦しむ人を助けるぐらいはいいだろうと思った。でもそんな場合じゃなかった。これは戦争で、これが終わった後どちらが優位に立っているか決まるのだ。そして俺はその鍵を握ってるんだ。

自分が言い出したことだ。だから自分に一番責任があるんだ。思いっきり頬を叩いた。俺はルルティエラの像に触れた。

「ルルティエラ様。俺が好きだというのなら少しでもいい味方をしてくれ」

そうつぶやいたと同時に統合階層からブロンズエリアへと降りる階段が現れる。

「気休めにしかならないとは思うけどリヨンにいるモンスターは一掃した。行こう」

助けたのだ。後悔しても仕方がない。それに国全体の規模から見ればほんの一地方のことである。国全体のダンジョンが崩壊しているのだ。どこからでもモンスターは入り込んでくる。だから本当に気休めである。

後はあの街の人間が、自分でダンジョンに入って自分を守るしかない。

「はい! 祐太ちゃん、頑張りましょう!」

その千代女様の声はいたって元気で、エルフさんが死んだことに動揺している様子は微塵もなかった。俺はといえば改めて戦争をしているのだと思い知らされた。身内は死なないなんてことは幻想で死ぬ時は死ぬ。

だからこそ早くこの戦争を終わらせる。それが何よりも大事なのだ。中途半端に助けることに意味はない。俺は階段を降りた。いつもよりも長くて俺は階段をしばらく下へ降りていく。すぐに到着するはずなのだが妙に長かった。

ユグドラシルへの階段がこういう感じなのだろう。地域によっていろいろあるものだ。

「そういえば一つ気になったんだけどリヨンのダンジョンゲートから出て、地球経由で、池袋のダンジョンゲートに入ったらどうなるんだ?」

そうするとすごい短縮になるのではと思ったのだ。二ヶ月かかる行程が、この方法なら1分もかからずに池袋まで行けてしまうかもしれない。俺の疑問には迦具夜が答えてくれた。

「ふふ、今回参加した日本の探索者の数はかなり多いし、試してみた人はいるでしょうけどね。私たちも試してみる? 無駄かもしれないけどやってみなきゃ分からないわね」

こんな風に言うところを見ると実際どうなってるのかは迦具夜も知らないようだ。

「いや、いい。無駄なペナルティになっても嫌だし、多分時間の無駄だろう」

ダンジョンの中ではバグ技みたいなものはすぐに修正される。例えば東京やニューヨークや上海を再現した街などでは、本物のダイヤを簡単に手に入れられる。しかしダイヤは持ち出そうとしても持ち出せないようになっている。

そこから考えても、簡単な短縮行為は事前の対策が取られてしまっている可能性が高い。

「光が見えてきましたよ」

「何分か歩いたよな。珍しい」

階段の先に光が見える。下の階層に降りる階段で、降りているという感じがしたのは初めてだった。

「ひょっとするとルルティエラ様の女神像に祐太ちゃんが変なおねだりをしたからじゃない?」

「階段を出してほしいという意味で願っただけだ。他の意味で受け止められるとは思えない」

俺たちが外に出ると地上に向かって10mほど伸びていた階段が地面に沈んでいく。周囲を見渡す。街の中に出たことは間違いなかった。周囲にかなりの人間がいる。四番目の世界ミズガルズであることも間違いなさそうだ。

何しろ住人は、レベル100を超えないものがほとんどだ。石畳の道。ユグドラシルの神様を祀っているのか西洋教会のような建物が見える。人の気配が多く、以前の街よりは賑わっているように感じた。

普通で考えればリヨンのダンジョンゲートから入ったのだから、先ほどと同じ場所に出てもおかしくない。しかしここはどうも違う。大きな時計塔が見える。それがビッグ・ベンに見えたのだ。

「ロンドン……」

ビッグ・ベンはウェストミンスター宮殿に付属する時計塔の愛称である。それがある場所はイギリスだ。もし、ここがイギリスの人間がブロンズエリアに到達した場合に来る場所だとしたら……。

「迦具夜」

どうしても1人の英傑の顔が浮かぶ。

「了解」

迦具夜の左目が青く光った。クミカからの能力による【心眼】。情報収集はできるだけ目立たずにする方がいい。迦具夜は街中にいる100人ほどの心を奥まで確認していく。いちいち聞き込みをする必要がないというのは非常に楽だ。

「……よくないわね。やっぱり祐太ちゃん。変にルルティエラ様にお願いなんてするものじゃないわ」

「やっぱりここって」

「"イギリスの探索者"が主に使っている街ね。どうもユグドラシルの神の中で、カインに相当入れ込んでる女がいるみたい。その女が、この街をカイン好みの見た目に改造してしまったようね。だらしない女だわ」

「神の中にもお前みたいなのがいるんだ」

「……私は違うわよ」

自覚がないって素晴らしい。

「ちなみに名前は何て言うんだ?」

「愛美神アフロディーテ。カインの言うことを何でも聞いてあげてるみたい。しかも本気で求婚して、カインと結婚しちゃったみたいね」

「……面倒な。真性の神か?」

「どうもそのようね。3000年以上生きている神で、恋をし続けることでこの世への興味を今も強く持っている。それがこの街でも有名なことみたいね」

「ここに出たのってルルティエラ様のせいじゃなくて、その女のせいじゃ」

「……カイン?」

弁財天が疑念を向けると千代女様が不意にそんなことを口にした。