軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百五十一話 エルフさん

「って、駄目だよな」

これほど考えてもそんなことしか思いつかない自分の頭をどうにかしたい。米崎がいればもうちょっとマシな案を出してくれるだろうか。いや、米崎も基本的なアウトラインは俺に考えさせる。迦具夜もそのつもりのようだ。

「どうして駄目だと思うの?」

迦具夜に聞かれる。日本に頼むなどダメな理由が多すぎる。自分で口にしたことなのにそう思えた。

「だって今の日本は戦争中だぞ。そして今の戦争は現代兵器じゃ役に立たない。探索者の実力にかかってる。そんな時に『俺の命がかかってるので、こっちを手伝ってくれませんか』なんて言えないだろ。そもそもそんなことをして許されるかどうかも分かんないし。ダメじゃないのか? 日本が大八洲国のいわば戦争に関わるなんて」

「微妙なところね。駄目といえば駄目だけど、大八洲が日本に関わることほど明確に制限があるわけじゃないわ。というか正直制限は特にないわ。それに日本人の探索者なら大八洲国にいること自体はおかしいことじゃない。例えレベルがいくつでもね」

「え……いいのか?」

まさかの答えに俺は目を瞬いた。

「協力関係を大っぴらにしなければ、そこまで問題にもならないでしょう。それに日本が戦争中だから探索者を引き抜くのはダメとも言い切れないと思うわ」

「どうしてだ? 協力してもらうってことは日本から戦力を引き抜くってことにならないのか?」

「なるわ」

「じゃあ駄目じゃないか」

日本がこれ以上窮地に立たされたら俺1人が死ぬよりもはるかに大問題だ。

「そうかしら」

「そうだよ」

「祐太ちゃん。これは要は"利益"の問題よ。四英傑は今、なんとかして自分たちのうちの一人が死ぬという事態を回避したいと思っているのでしょ?」

「表向きはまあそうだよ」

龍炎竜美を殺せということで始まった戦争だ。それを日本が呑まなかったのだ。

「確かに英傑が死ぬことを回避するには、日本は少しでも戦力が欲しいでしょうね。ただ同時に彼らは"別の可能性"も欲しいと思っているんじゃないかしら」

迦具夜の言葉の意味がわからなかった。別の可能性?

「それはどういう意味だ?」

「レベル1000を超えるとね【未来予知】とか【未来予測】というスキルが発現するものがいるの。おそらく12英傑の中にも1人はいるわ。祐太ちゃん。これはね。世界中のあらゆる情報をトレースして自分の情報の海にインプットして、量子的な計算をいくつも掛け合わせて天文学的な計算を行い、頭の中で"ほぼ"完全な未来予知を導き出すスキルなの」

「それって……なんか聞いたことがあるような」

覚えのあるスキルだと思った。翠聖様の住まう一層で俺が体験したこと。あの時、翠聖様は知ってるはずのない出来事を頭の中でシュミレーションで実行し、そしてほぼ知っているものとした。

真性の神様は自分が全く知らないことまで知れるのかと驚いたのを覚えてる。そして俺はその真似事を死神やメトと戦った時に行ったのだ。

「あの戦いの時に行ったシュミレーションのことでいいのか?」

「ええ、祐太ちゃんが私の計算能力を使って疑似的に行ったシュミレーション結果。あまり精度のいいものではなかったし、未来なんて全然見えないけど、それでもイージーミスを防ぐ為にかなり役立つでしょ。あらゆる情報を詰め込むことができるから、自動計算させると、うっかりミスが防げる。それってああいう短期的な戦いではとても有効なことだわ」

精度が悪すぎて長期的には使えない。迦具夜の計算能力を持ってしてもその程度しか精度が発揮できない。世界演算とでも言うべき能力は莫大な計算能力が必要になる。実際に使った今はそれがわかった。

「確かにそうだけど、予知なんてものが計算でいいのか?」

「祐太ちゃん。あなたが思ってる以上に時空間への干渉はルルティエラ様が許さないのよ。自分で時空間への干渉をできるほどに至る。それ以外の個人にそんな権能を一部でも与えたなんて話、聞いたことがなかったわ。それに、究極に計算が進化してレベル1000を超えると、本当にそれはもう【未来予知】と言っていいレベルのものになるわ。だって滅多なことでは外れないんだもの」

「じゃあ翠聖様かやっていたことは未来予知?」

「そうよ。あの方の頭の中にはダンジョンの情報がほぼ全て入ってる。そして地球側の情報もほぼ全て入ってる。そういう【未来予知】は滅多なことでは外れないわ。そしてそれだけにあの方は生きることに飽きている。あらゆる事象の結果を考えただけでわかってしまうのだから」

「それって……まさか、12英傑はこの戦争の結果を知りながら戦ってる?」

もしそうだとしたら、この戦いはあまりにも不毛だ。

「いいえ、【未来予知】において正確性が高くなるには、インプットされた情報が多くなければならない。この条件の場合、不確定要素が入ってくるほど【未来予知】の精度が悪くなるの」

「つまり日本に協力を要請する場合、俺たちが不確定要素になるって事か?」

「その通りよ。私、祐太ちゃんみたいに察しのいい子が大好きよ」

「そ、それはどうも」

何と言っていいかわからない。

「ここで重要なことは8英傑側には大八洲国の情報が少ないということよ。ほとんどないと言っていいと思う。それならこちらが向こうにバレないように関わって、四英傑側の不確定要素を増やしてあげるの。それが増えれば増えるほど、【未来予知】を使えるものは困るはず。だって未来が見えなくなるもの」

「じゃあ俺が日本側に迦具夜が神の座につくことへの協力を要請するのは?」

「日本にとっても十分にメリットがある。もちろんこちらが向こうの戦力を引き抜くだけでは弱くなるだけだから意味ないけど、私が半年後に四英傑に支援を約束したらどう? もちろん表沙汰にはできない支援だけど、私が神になれたお礼として、祐太ちゃん個人に三種の神器を全て貸してあげるとか」

「それで不確定要素として十分なのか?」

「十分よ。余程のことがない限り、12英傑はサファイア級アイテムの中で、最上級のグレードのものは持ってないはずよ。だって、どれだけガチャ運がいいものでも、最上級グレードは出るのに何十年もかかると言われてる。隠神刑部様もガチャ運が良くて有名な神だったのだけど、その生涯をかけても出てきた最上級グレードのサファイア級は13個だったというわ。半神となって1000年かかってもその程度なのよ」

「サファイア級ってそんなに出にくいの?」

そうなれば三種の神器を俺が迦具夜から貸してもらえることはとんでもなく大きいことになる。サファイア級ガチャの最上級グレード。ブロンズガチャでいえばルビーカプセルが出る可能性と考えればいいのだろうか。

それが100年ガチャを回してやっと。やっぱり神ですらガチャを回すのだなと思いつつも、俺のガチャ運で是非ともサファイア級のガチャを回してみたいと思った。

「それどころかルビー級ですらなかなかよ。私はガチャ運が普通だったから、ルビー級の専用装備を揃えるのに200年以上かかったわ。12英傑はレベル1000を超えてまだ1年ほどでしょう。とてもサファイア級の最上級が出てるとは思えない。だから三種の神器を貸し出せば、十分、不確定要素が増えて【未来予知】がしにくくなり、この戦争に日本が勝てる方法も増える」

それはとても良いことに思えた。疑いようもなく良いことだ。そういうことにほど落とし穴がないのかと思えてしまうが、今のところは完璧に思えたし、それ以外の方法もないと思えた。

「今すぐ日本側に交渉しに行ってもいいと思うか?」

「あなたが考えた中で可能性があるのはそれだけだったんでしょう?」

「ああ、それ以外はかなり可能性は低いと思った。三種の神器を俺と迦具夜だけで見つけることが、あまりにも難しすぎる。なんとか迦具夜の配下を騙して全力で半年間動員しても、それでも見つけられるのは1つがいいところだ。全て揃える可能性があるとすれば、日本の"全戦力"を半年間に注ぎ込めるかどうかだと思った」

そうなのだ。たとえ日本側の協力をもらえたとしても、中途半端な人数では意味がない。大量動員して総当たり攻勢をかけるしかない。

「全戦力か……。大きく出たわね。じゃあ迷う必要はないんじゃない。向こうも嫌なら突っぱねるわ。自分たちの命もかかってるんだから、そこに情なんてものは入れないでしょう」

「……そうだな」

俺は立ち上がった。自分の中での方針が決まった。それが無理なら可能性は低いが最後までブロンズエリアを飛び回って迦具夜と2人で探し回るしかない。他の方法もあるが、結局妨害されることを考えると隠密性がある方がまだましだ。

成功しなきゃほとんど自殺みたいなことを続けることになる。

生き延びるためには何とかして成功するしかない。

そう決めて日本側へと渡ることにした。

池袋にあるダンジョンゲートから日本へと帰ってくる。本当にもう当分の間帰ってこないと思っていたのに、相も変わらずすぐに帰ってきてばかりである。俺はいつになれば本当にダンジョンに籠もりきりになるのだろう。

「なんか間抜けだな。覚悟を決めて南雲さんと別れたのにすぐに助けてくださいとか」

「ふふ、大丈夫よ。あの男あなたが大好きだもの」

迦具夜は小さな精霊の姿で俺の肩に乗り、レベルも落としているようだった。そしてまた少しだけレベルを解放して、周囲の情報を収集してくれる。すぐに俺の頭の中にも現在の日本の状況が、流れ込んでくる。

日本ではまだあの日から大きな争いは起きていないようだ。今は小康状態であり、防衛に必要な最低限を日本に残し、かなりの探索者がダンジョンの中にいるらしい。少しでもレベルアップさせることが、戦いを有利にする。

全員が分かっているから、出来るものはそれをしている。ただ1箇所に大きな気配がたくさん集まっている場所があった。おそらく日本の有力な探索者が一堂に会しているようだった。戦争について話し合われているのかもしれない。

運がいいと言うべきか何と言うべきか。話すべき相手はダンジョンの中にはおらず、有事の際だからということもあり、ちゃんとこちらにいてくれるようだ。これなら話しに行ける。南雲さんの気配も感じられた。

「いるな……」

思わずため息が出る。いてくれたことは良かった。でも、本当に俺みたいな新米が、日本のトップクラスが一堂に会しているような空間に行くのか。しかも日本の運命に関わるような、大それたことを提案しに行くのか?

考えただけで胃が痛くなる。

「向こうもこっちに気づいたわね。まあいいわ。さて祐太ちゃん、日本の全戦力を引っ張り出すための交渉の窓口ってどこなの?」

そんなものがあるのなら俺も知りたい。当然ないから、とりあえず知ってる人を当たるしかない。まず当然のように南雲さんからである。というか南雲さんしかいないとも言える。【意思疎通】をつないでみる。

日本国内だとこれで繋がるはずなのだが、滅多に繋がったことはない。意外と嫌われていたらショックだ。

やばい。

南雲さんへの【意思疎通】が、日本の有力な探索者がたくさん集まっている場所に繋がった。

そのことが感覚的に感じられた。

空気を読めと言って南雲さんに怒られるかもしれない。

《うん? どうした祐太?》

《えっと、南雲さん俺です。元気ですか?》

《おう。元気だぞ》

《今、何してますか?》

《ババアたちと今後の方針だ何だとつまらん話ばっかりだ。ああ、面倒臭い。楽しいことでもないかって考えていたところだ。お前は何かあったのか?》

《ああ、それがですね》

いよいよ胃が痛くなってくる。成功しなければ困るのだけど、成功したらかなり嫌な場所に行かなきゃいけなくなる予感がした。

《ちょっと待て。言った通り、つまらん話ばっかでうんざりしてたところだ。お前の顔を見たら明るくなれる。ババアに一言言ってからそっちに行く》

《あっ》

俺が何か口にする前に南雲さんは【意思疎通】を切った。

「どう?」

「南雲さんがすぐにこっちに来てくれるって……」

「南雲ってあの男よね」

迦具夜は死神と戦うずっと前から俺につきまとっていたらしい。つまり俺と南雲さんが宇宙で2人でいた時も、実はこの女はそばにいたということだ。思いっきりストーカーだな。

「ああ、日本の英傑の一人だよ」

「じゃあ、とりあえず連絡はついたわね。後は祐太ちゃんの交渉次第ね」

美しいその顔で、小さな精霊の迦具夜が微笑んでくれた。

「え、あ、うん。もちろんちょっとは手伝ってくれよ」

そうしなかったら俺が精神的に死ぬ。そんなことを思いながら南雲さんを待つ。南雲さんの方はそれから10分ほど経過した時だった。

「——よ。どうしたんだ?」

南雲さんはサングラスをかけたいつもの姿だった。迦具夜も言っていたが、ある程度のレベル以上になると、本来の姿などというものはなくなり、自分の好きな姿でいることが普通なのだという。

女のように見える美少年の南雲さんもいいが、こちらの姿が南雲さんにとって本来の姿だというなら、それが南雲さんにとっての本質なのだ。そう思った。

「すみません南雲さん。わざわざ直接来てもらわなくてもよかったんですけど、どうしてもお話というか提案したいことがあって」

「おう……」

南雲さんが視線を俺の肩に乗っている迦具夜に向けた。

「前に付きまとっていた女か」

「どうも」

「召喚獣のつながりがあるみたいだが……祐太、お前召喚士だったか?」

不思議そうに南雲さんに聞かれた。

「そのことも含めて話そうと思っていることがあるんです。できれば南雲さんがいつもババ、いや、お婆さんって呼んでる人。エルフさんと話をさせてもらえないでしょうか?」

「ババアとか……」

当然事情を聞かれると思ったので、事情を話そうとした。

「理由は」「言わなくていい。俺とお前の仲だ。その肩に乗ってる女からして面白そうだしな。いいよ。ババアを紹介してやる。ちょっと待ってろ」

さすがにダメと怒られるかと思った。有事の際である。南雲さんたちにとって俺はぺーぺーもいいところだし、エルフさんといえば四英傑の長老みたいな人だ。日本の運営に対する発言権も一番強いと言われてる。

総理大臣より大事な人と言われ、この日本における最重要人物であり、12英傑の中ですらその発言権は大きかったと言われてる。この人が良識人だったから、この世界はまだ均衡を保てていたのだとすら言われていた。

それなのにすぐにOKしてくれたから驚いた。

「いいんですか?」

「いいぜ。お前は瞬間的とはいえ死神とメトを退けた。それで八英傑側の名声にはかなり傷がついた。ババアだってお前に興味を持ってるみたいだしな。でも、祐太、お前気をつけろよ」

「何を?」

「コシチェイだよ。あの爺。マジでしつこいぞ。簡単に諦めるタイプじゃない。どこかで必ずまたお前を狙ってくる。それだけは覚悟しておけ」

「俺なんて狙う必要ないのに……」

なぜかその言葉は俺の胸の中に嫌なざわめきを起こした。

「まあ死なないように気をつけろ。で、その肩に乗ってるのはアレだよな。力の気配からして、死神の時にお前を手伝った女だろ」

「えっと、そうです。今回俺と協力関係になってる月城迦具夜様です」

俺は人前では彼女の顔を立てることにした。どう考えても500年以上生きている迦具夜を俺が呼び捨てにするのは外分が悪すぎた。迦具夜が俺の肩の上で軽く一礼する。とても優雅な礼だった。

「ほお、またすごい有名どころを連れてきたな」

「あら、ご存知なの?」

「そりゃ大八洲国一の行き遅れ——よし、許可が取れた。ババアところに連れて行くぞ」

おそらく俺と話しながらも【意思疎通】でエルフさんとも話していたのだろう。そしてエルフさんとの話し合いは終わったようだった。迦具夜の顔が引きつってる。南雲さんは、なんでもはっきり言いすぎだ。

「月城殿。自分で飛べるか?」

南雲さんが迦具夜を見つめた。

「私たち大八洲国の貴族が、こっちで派手に動くのも問題があってね。他国の人間に気づかれないように動きたいわ。だから見ての通りレベルは隠してるの。できれば連れて行ってくれるかしら?」

「OK」

南雲さんは口にすると俺たちに触れる。すぐ後に五感の歪むような感覚。どこか懐かしさすら覚えたそれはすぐに収まった。目の前に白く大きな建物が建っていた。エルフさんの住んでる場所というから森の中をイメージした。

しかしそんなものではなく、日本でよく見かける建物のパターンの一つだ。どうやら、どこかの施設のようだ。

「ババアのいる老人ホームだ」

南雲さんはそう言うと先導して中へと入っていく。中にかなり大きな気配を持つ存在が多数いるようだった。それを隠そうとする気もないようだ。

「ついてきてくれ」

「了解です」

南雲さんが歩き出す。少し早いペースだったが普通に歩いていた。施設でよく見かける入り口の透明な自動ドアが開き、中へと入っていく。車椅子に乗った本当のお年寄りたちがいた。

おそらくからくり族と思われる人間が、そのお年寄りたちの世話を見ている。今だからわかるが、上のレベルの人たちになるとすでにからくり族を使っている人がいるようだ。

「人間と変わんなく見えるけどな。全員ババアが使ってる木製のからくり族だ。レベルは50ぐらいとか言ってたな。前は本物の探索者が面倒を見てたが、今はそいつらもちょっと忙しくてな」

「エルフさんってここに住んでるんですか?」

「仮住まいだがな。旦那の遺体を腐らないように加工して安置してるんだ。どうもそばを離れるのが嫌なんだと。ババアが動かないもんだから、仕方ない。会議室を増設してもらった」

「そうなんだ」

怖くなるほど綺麗な人だったのをよく覚えている。迦具夜と比べてもまだ美しいとすら思えたあのエルフさん。それはそうだろう。【万年樹の木森】の2つ名を持つエルフさんは、噂が本当なら世界一の美しさを持つと言われていた。

俺もダンジョンに入らなければ、きっとこういうところで最後はお世話になったのだろうか。ちょっと寂しそうで嫌だったが、人に起こった運命は、自分にも起こるものだ。今はほとんどのお年寄りがこういうところに入っているのだ。

自分だけは入らないと思っている方がどうかしてるだろう。そんなことを思いながら、お年寄りがいるエリアを抜けて施設の廊下を奥に歩いていく。そうすると【会議室】と表札に書かれた部屋があった。

「ババア。連れてきたぞ」

ノックもなしにいきなり南雲さんがドアを開けた。

「ちゃんと話さずにすぐに出て行くし、ちゃんと話さずにすぐに連れてくるし、あんたはいつも突然だね」

綺麗な声なのに、喋り方はどこか年寄り地味ていた。あの時見たあの美しい女の人がいた。探索者の初めに見た女の人。『エルフさんと呼べばいい』と言っていた。そして他にも……。

「!!」

俺の呼吸が衝撃によって止まった。物理的な衝撃ではない。精神的な衝撃だ。

「よく来たね」

「……」

俺はあまりのショックに言葉を失った。

こんなことがあっていいのか。

こんな。

こんな。

こんな!

「南雲君。この人がお客様ですか?」

「南雲、男友達いたんだ」

それは、

それは、

「ああ、田中。鈴。月城迦具夜殿と、俺のダチの六条祐太だ」

田中?

田中がいる!?

般若面をしたサラリーマンっぽい人。間違いない田中だ。やばい。本物を見てしまった。後でジャックに死ぬほど自慢してやろう! いや、それよりもあいつのためにサインをもらおう。サインくれるかな。

「ああ!」

他にもたくさん人がいたけど、そのことはあまり気にならなかった。

「サイン色紙忘れた!」

バカか俺は、もしかしたら田中に会うかもしれないという可能性をなぜ考えなかった。これだから俺は考えが足りないというのだ。ああ許せない。自分が許せない。田中がいるのにサイン色紙を持っていないなんて。

なぜか部屋から失笑が聞こえてくる。こんな大事なことなのになぜ笑う。

「鈴さん。またお仕事ですよ」

「仕方ない。普段はサインなんてしないけど、南雲の友達なら1枚ぐらい書いてあげる」

「ああ、お前じゃない」

南雲さんが口にした。

「え?」

頭に輪っかのついたすごく可愛い女の子が目をパチクリさせた。

「田中。こいつお前の大ファンなんだよ。ちょっと1枚書いてやってくれ」

「え、僕ですか? 君、僕のファンなの? 鈴、じゃないフォーリンさんじゃなくて?」

俺は今ひょっとして田中に話しかけられてる? そのことが信じられなかった。