軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百八十九話 大森林

見覚えのある巨木。濃い森の匂い。吹き抜ける風。どこか懐かしさを覚える空間。これでもかというほど強く握られた手。痛い。

「手が痛い」

まず今の問題を解決する。問題というのはこの玲香のことだ。

「ほっ。大八洲国に入った瞬間にいなくなったりしてないわね」

玲香は死ぬかもしれないギリギリの経験をダンジョンの中でしたことがない。外国でレベルアップに失敗した時も、安全な拳銃を持っていたし、1階層での集団行動をしていたから危険な状況になったわけではなかった。

だが心を読んでみるとそれがかなりの問題になっている。そう気づく。玲香は伊万里がレベル60ほどで下まで降りることができる地下迷宮にかなり苦労している。

子犬に噛まれることを怯える人のように、スペックは自分の方がはるかに高いのに、それでも常識で考えれば信じられないほど素早く動くモンスターに怯えてしまうからだ。

「そんなことより」

俺は探索者用のスマホを取り出した。大八洲の地図を確認する。今度出てきた場所は、大森林の奥ではなく、中間地点だった。以前階段から出された場所がかなりイレギュラーだっただけで、今回は正常な位置に戻されたようだ。

あれは 伊万里(勇者) がいないと起きない現象。そう見て間違いないようだ。階段の出現場所からして悪意のあったあの時よりはるかにマシ。何よりも急に人間が襲ってきたりもしない。そのせいか俺だとかなりヌルく感じる。

もっとハードでもいいと思うのだが。

《米崎。聞こえるか》

【意思疎通】を送る。なんともはや、我ながら偉そうにものを言うようになったものだ。でも呼び捨てにするとなるとこういう喋り方が、普通になってしまう。

《大丈夫。聞こえるよ。こっちにはすぐに来れそう?》

米崎は玲香が大八洲国に入れたかどうかも聞かない。本当に、人に求めるレベルが高いやつである。できて当たり前と思ってるんだろう。

《俺だけなら1日で行ける》

《では玲香君は置き去りにして来てくれるかな》

言うと思った。米崎なら玲香にそれぐらいスパルタなことをやるだろう。ただそれだと俺の見立てでは、

《そんなことしたら死ぬぞ》

クミカの読んだところによると、戦闘技術はかなりまだまだ。今も手が痛いほど繋がれている。この様子を見る限り、いきなり同レベル以上のモンスターが出てくる場所に放置すれば、結構な確率で死ぬと思った。

《まあそうだろうね。大森林の中間地点にいるモンスターの強さは、レベル200~300。玲香君と同じか君でも逃げた方がいいモンスターもいる。今の彼女はそれにうまく対応できないだろう。でもいいよ》

《いや、よくないだろう。一緒にそっちまで行くよ。美鈴の姉ちゃんを死なせるわけにはいかないし》

《優しいね》

《厳しくはする》

《時間がないのに?》

《どうせ動き出すまでに情報収集がいる。その辺は米崎に任せる》

《ふふ、まあ君が言うならそうしよう。彼女がいてここまで来るのに3日ぐらいだろう。五郎左衆をそれまでに調べられるだけ調べておこう。まあ精々、玲香君に誘惑されすぎないようにね》

《猿じゃない。あっちこっちに手を出したりはしない。それに本気で厳しくする》

《だといいね》

米崎のことだから俺がそう言うことも分かってたんだろう。でも言わなければ多分玲香は死んでしまう。美鈴の姉を大森林に放置して死なせたなどということになれば、寝覚めが悪い所じゃない。

「そんなにフラフラしてないっての」

「博士に連絡?」

「ああ、無事に到着できてよかったって喜んでたよ」

「それは嘘」

「まあうん。嘘だ」

俺は言いながら玲香に笑顔を向けてしまう。この顔でこうされるといくら興味がなくても効果があるようで、顔が赤い。この世には吊り橋効果というものがある。危機的な状況で惚れてしまう。そうならないように気をつけよう。

「玲香、木の上に登ると壁かなにかと間違えるぐらい巨大な【翠聖樹】が見える。そこに【翠聖都】と呼ばれる都がある。玲香が行ってみたい場所は多分そこだと思う。もう許可証があるから、門番に声をかけるとそれで入れてもらえるんだ」

「へえ、そうなのね。この木に登ると見えるの?」

「ああ、見える」

「じゃあ登ってみようかしら」

「いいんじゃないか」

「ちゃんとここにいてね」

俺はこくりと頷いた。玲香は俺が言った【翠聖都】を見てみようと、上がった身体能力で、巨木の一つに登る。その行動が美鈴と似ている。太い枝に飛び乗りながら巨木に登る玲香を見上げる。パワードスーツがお尻に食い込んでいる。

「凄い! なにあれ!?」

桁外れに大きすぎる翠聖樹に玲香は驚いた。富士山の裾野ぐらいの太い巨木である。それが天を突き抜けているわけだから、驚かないわけがない。玲香はそのあまりの光景に俺に向けていた意識が外れた。

厳しくする。

まずその一段階目。俺は【韋駄天】を唱えた。そして走り出した。玲香にばれないようにこっそりと離れていく。とにかく玲香のビビり症を治さなきゃいけない。時間がないので荒療治だが、しばらく1人にしてみる。

《それは可哀想……》

クミカがそんなことを言ってる。人の頭を平気で爆発させるクミカだが、仲間に関してはどんなダメ人間に対しても甘い。相手をダメにするぐらい甘い。だから俺の行動には賛成していない。でも玲香はこうしなければいけない。

99人の魂を1人に集めた。集めてもらった人はなんの苦労もなくレベル200になることができた。だがそれは得をしたと言えるだろうか? 言い換えれば99人分の心を背負ったのと同じなのだ。

その全ての心は、玲香が強くなってくれることを望んでいる。

「頑張ってね。きっと玲香はもっと強くなれる」

そんなことをつぶやきながら、聞こえてくる「薄情者おおおお!」という心からの叫びを無視した。当然、本当に離れてしまうわけではない。死にそうなら助ける。大森林の奥と違い、中間のモンスターは、なんとかできるモンスター。

勝てないモンスターでも逃げることはできる。バカでないのなら生きるためにできることをしようとする。【気配遮断】をかけ【探索網】で玲香の存在を掴む。1㎞程の距離。今なら1秒ほどで駆けつけられる。

「嘘よね。本当に行ってないわよね?」

怯えながら周囲を見渡している。お尻がこっちを向いてる。残念そっちじゃない。1㎞離れると美鈴でもない限り【気配遮断】を使った相手の居所を掴むのは難しい。これで完全放置か【意思疎通】は繋ぐか悩む。

俺が南雲さんにしてもらったこと……。

今から思い出すと【意思疎通】はつないでくれてたんだよな。南雲さんがしてくれたなら俺もしなきゃいけない。俺は玲香に【意思疎通】を繋いだ。

《玲香、俺が離れたことで安全な状況ではなくなった》

《良かった。私のこと見てくれてるの?》

本当に安心しているのが伝わってきた。これで正しかったのか。いや、でも完全放置はただの無責任だと思う。少なくとも南雲さんは俺に対してそう思ってくれた。

《玲香の場所まですぐには駆けつけられない所に移動した。油断すれば死ぬ。そこは理解するんだ》

《……分かったわ》

まずすべき行動は玲香も俺と同じく【気配遮断】だ。その基本をやっていない。まずそこから言おうと思った瞬間。

「誰か来てる」

気配を消すことも忘れている玲香が言う。普通にしゃべるとモンスターに聞こえる。だから危険な場合探索者は喋らない。それに誰か来たことが分かった時点ですぐに【探索網】。その基本も分かってない。

《【探索網】。まず基本だ》

《あ、ああ、そういえばそんなスキルがあったわね》

知識としてはあるはずなのだが、怯えてしまって忘れてる。

「鷲とライオンが合体したような個体。4体いるわ」

《しゃべらない。もう今更遅いけど普通はモンスターに見つからないようにまず【気配遮断】だ》

《ごめんなさい。今から使えばいい?》

玲香はゲームもアニメも全くと言っていいほど見てこなかった人間。スキルや魔法に馴染みがない。かなりのスキルや魔法を持っているのだが、どういう時に使い、どうすれば効果的なのか、ほとんど分かってなかった。

玲香を発見したモンスターは、玲香が気づいた瞬間に、玲香が逃げられないように素早く四方に散る。玲香は戦いに慣れるために弱いモンスターに遭遇するまで逃げる。その行為には失敗している。こいつらは結構強い。

《グリフォンと呼ばれるやつらだ。情報では狡猾で残忍。群れで現れた場合、レベル200でも苦戦するそうだ。玲香。そいつらからはもう逃げられないぞ。まずどうする?》

《どうするって……助けてくれないの?》

《くれない》

《そんな……》

俺のしてほしいことをクミカが理解する。グリフォンの心を読むのだ。喋れる種族ではない。風を使うことを得意とし、魔法で獲物の足を切り落とし、身動きできなくなったところを食らう。

《奇妙な服を着た人間。人間は食べると美味しい。そう考えてるぞ》

《こ、怖がらせないでよ!》

《そいつらは魔法攻撃と直接攻撃と防御。それぞれの役割で動く。レベルは200~230。魔法攻撃をする個体が一番レベルが高く、リーダー個体だ》

《え、ええ、いや、ちょっと待ってよ》

喋れないから明瞭な心ではない。それでも怯えている玲香の判断力より早くものを考えている。玲香はこれを切り抜けることができなければ五郎左衆のクエストは無理だ。

怯えている獲物ほど狩りやすいものはない。グリフォンは楽勝だと思ってるだろう。玲香はここから抜け出す方法を持ってる。グリフォンを倒すことだってできる。いろんな人の才能が合わさっているのだ。

ちゃんとそれを使えばできる。

そう伝えた。

「無理よ。六条君居るんでしょ! 助けてとは言わないから一緒に戦ってよ!」

大声で叫んだりすると他のモンスターまで呼ぶ。あまり気配を撒き散らすと収拾がつかないほど寄ってくる。やってはいけないことを全部やってる。焦ると頭が良くても関係ないらしい。そういえば米崎が言ってたな。

頭が良くてもゴブリン大帝から逃げた。と、いや、むしろ頭がいいから逃げるのか。

「ねえ!」

《祐太様。ダメです。彼女は突然のことすぎて完全に怯えてます》

俺が全く助ける気などないことを分かっているはずなのに、クミカは助けたくてたまらない。でも俺の意志が分かるから、動こうとしない。グリフォンが森の中から出てくる。大きい。高さ3mほどか。四体全てが玲香を見つめている。

グリフォンの魔法が同時に飛んだ。風の刃がこれでもかというほど大量だ。

【鉄壁!】

焦って唱える。少しぐらいは攻撃の威力を減らせた。だがそれでもグリフォン本体が向かってくる。玲香は腰が引けながら躱す。だが、体勢が崩れる。グリフォンは見逃さない。体勢が悪くなった玲香の右腕に噛み付いた。

《馬鹿! そっちが利き腕なんだから、意地でも守らないとダメじゃないか!》

「痛い!」

まるでダンジョンに初めて入った時の俺みたいだ。怖すぎると体が固まって動かなくなる。玲香にとっては本当に初めて殺されかねない相手と戦っている。吐き気がするほど怖いはずだ。

「無理よ!」

《次が来る。剣を抜くんだ! 20連撃! 使え!》

「に、【20連撃!】」

グリフォンはビビりまくっている。なんとか未来的な剣を抜き放ち、攻撃を放つことができたが、それでも体勢が悪い。腕に噛みつかれたことで地面に尻餅をついている。腕の力だけではグリフォンの皮膚は斬れない。

それ以前に、

《腕に噛みつかれているのをなんとかしろ! 千切れてしまう! 食いちぎられたら、エリクサーじゃないと再生しないぞ!》

「痛い。本当に痛いからやめて!」

さらに足に噛みつかれ、腹にも噛みつかれる。

《助けます》

まだなんとかする方法はある。そう思いながら見ていると、クミカが俺の影から首だけ出てきて、赤い瞳を光らせた。瞬時に1㎞先で爆発が巻き起こる。爆発によって肉がはじける音が響く。

玲香の腕に噛み付いていたグリフォンが首を吹き飛ばされて崩れ落ちていく。グリフォンたちはすぐに玲香に噛みつくのをやめて、魔法が放たれた場所を感知している。こちらを捉えた。

《クミカ》

《ダメです。あれでは死にます》

《死ぬって……》

クミカがちょっと俺に怒ってるのが分かる。あれぐらいなんとかできると思うんだが、クミカ的には無理らしい。どの道グリフォンの敵意が完全に俺の方に移った。

《クミカ。俺に怒ってる?》

《……いえ》

逆に反省しているようだった。

言われていたのに助けてしまった。嫌われて捨てられる。そのことに怯えている。俺とクミカの心は常に【意思疎通】で全開に繋がったような状態になってる。クミカの恐怖がよく分かる。アンナのことを思い出して動いてしまった。

《いや、いい。俺がダメなことをしていたらまた怒ってくれ》

《祐太様……》

大好きと思っているのも伝わってくる。混じり気のない好意。俺もそれを心良く感じている。肉体的なものよりも心。クミカはそれが嬉しい。残ったグリフォンが3体同時に向かってくる。連携の取れた動きだ。

【炎蛇二十連撃!】

脅威とは感じない。俺の攻撃をグリフォンは躱したり風の刃でなんとか受けようとしてくる。それでも一体に炎の傷が三本走る。その間に横から攻めてこようとしてくる。【韋駄天】で躱す。そして二体を【縛糸】で絡め取る。

動きが阻害された瞬間に首を刎ね飛ばした。グリフォンを始末しながら、玲香にポーションを飲ませてあげるかと近づいた。俺が簡単にグリフォンを始末してしまうのを見て、玲香は泣きそうな顔をしている。

この人もこの人で、自分が“使えない女”だと思われることを怖がってる。

「大丈夫だ」

怯えきっている玲香を安心させるために頭を撫でる。

「怖い中をよく頑張っていた。今のは俺がいきなりレベルを上げすぎた。悪かった。でも、徐々にでもいい、ちゃんとしたレベル200になれるように頑張らなきゃな」

「……すん。分かったわ」

鼻水をすすった玲香がこくりと頷いた。99人背負ってる。やめるなんて言い出さない。涙目の彼女にちょっとやりすぎたと反省する俺だった。