軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十二話 美火丸ストーリー

「ここに階段があるのか……」

「うん」

伊万里が見つけた十一階層へ降りるための階段。それは伊万里がずっと探索していたピラミッドの下に広がる迷宮の最下層にあった。伊万里に案内され、そこまで到着する。道が分かっているというのに、到着するのに三日かかった。

「改めて思うけど、よくこんなとこ見つけられたね」

知能が通常の人と比べて異常なほど上がっている探索者は、ここまでの道のりを暗記できる。俺も一度通っただけだけど、不思議と道順をすべて覚えてしまった。だがこんなものを造ったやつの正気を疑うほどの複雑さだ。

「まあ本当に苦労したから」

伊万里のその言葉には実感がこもっていた。そして伊万里の話にあった女神像。清廉潔白さを示すように純白の大理石で造られたそれは神殿の奥、その中央にデカデカと鎮座していた。高さ50mぐらいはありそうだ。

その両脇にも、大小さまざまな石像が12個並べられている。その並べられた12個の石像。それらはすべて誰もが見知ったものだった。

「これって 1(・) 2(・) 英(・) 傑(・) だ(・) よ(・) ね(・) ?」

地球においてレベル1000を超えることができた12人の最強探索者。それは女神像の両側に六体ずつ並んでいた。俺の目にすぐ入ってきたのは、龍炎竜美の異様。炎を纏う美しき龍神。その名がプレートに刻まれていた。

「【龍炎竜美】……」

南雲さんがこんなところに祀られてる? 現役の探索者が神殿らしき場所に石像として祀られている。それは、なんだか、とても奇妙に思えた。おまけに日本にあるダンジョンだからか、日本語だ。

「カインに饕餮もある。うわー饕餮怖そー」

「どういう意味なのかしら? 12英傑といえどサファイアエリアの筈よね。私たちにとっては遥か彼方のことでも、特級ダンジョンでは、中盤をようやく超えられたぐらいのはず。いくらなんでもダンジョンの神殿に祀られるほど偉い存在には思えないのだけど?」

エヴィーが首を傾げた。12英傑ですら、特級ダンジョンの中盤である。降りることができていないエリアがまだ四つもあるのだ。

「まあ確かに。でもエヴィー、ブロンズにようやく届いた私たちが言うことじゃないと思うな」

「それはまあそうだけどね」

美鈴の言葉にエヴィーがおっしゃる通りと肩をすくめる。

「ただ下に降りないと分からない事情があるのかと思ってね」

「そりゃ知らないことだらけでしょ」

「レベル100といえば皆結構憧れるっていうのに、ダンジョンにとってはまだ1/10なのよね」

「私も憧れたよ。オリンピックのレベル100の部門すごかったし。【毘沙門天の弓槍】でアーチェリー競技に出てみんなの度肝を抜きたかったー」

「でも今から考えるとオリンピック選手って探索者としては落ちこぼれだったのね。アーチェリー選手で美鈴ほどの人間はいなかったように思う。10㎞が短距離走になってたけど、祐太ならあの人たちの半分ぐらいのタイムで走れそうな気がするわ」

「サファイアエリアの次って何だったっけ?」

「見る?」

改めてタブレットにエヴィーが、まとめていたダンジョンのエリアを表示した。

【ストーンエリア 1階層~10階層(レベル限界100)

ブロンズエリア 11階層~20階層(レベル限界200)

シルバーエリア 21階層~30階層(レベル限界350)

ゴールドエリア 31階層~40階層(レベル限界500)

ルビーエリア 41階層~50階層(レベル限界1000)

サファイアエリア 51階層~60階層

ダイヤモンドエリア 61階層~70階層

ミスリルエリア 71階層~80階層

オリハルコンエリア 81階層~90階層

ゴッドエリア 91階層~100階層】

こんなふうにダンジョンはできているという話だ。つまり12英傑ですらまだまだ先がダンジョンにはある。まあ考えるまでもないが、これほどの規模のものが、たったの五年で最果てまで到達するわけもない。

特にサファイアからの難易度は異常で、レベル限界はいまだ不明。12英傑ですらなかなか探索を進める事が出来ず、この間のガチャでトップランキングを確認してみたが、南雲さんのレベルは5しか上がっていなかった。

「ゴッドエリアってさ。レベル限界いくつだと思う?」

美鈴が女神像へ歩きながらつぶやいた。

「想像でしかないけど同じような倍率でレベル限界が上がっていくのだとしたら、サファイアは1500、ダイヤモンドは2250、ミスリルが3000、オリハルコンが4000、ゴッドで5000ぐらいかしら?」

「それって何年かかるの?」

「12英傑ですらペースが落ちてるぐらいだし、50年……いいえ、そもそも人間が到達できる場所なのかしら?」

エヴィーが喋るのを聞きながら、美鈴はさらに女神像へと近寄った。

「祐太、祐太」

慌てたように美鈴が呼んだ。女神像の足下にあるプレートを見ながら騒いでいる。気になることでも刻まれていたのかと俺も女神像の足下へと近寄った。

「美鈴、どうかした?」

「ねえ。これ、【 ル(・) ル(・) テ(・) ィ(・) エ(・) ラ(・) 】って刻まれてるよ」

奥の真ん中にある女神像を美鈴が確認した。他とは違う巨大な女神像。そのプレートには確かに【ルルティエラ】と刻まれている。それを見ながら思う。この名前、地上では全く知られていない名前だ。

でもこんな場所にある女神像が、全く無名の存在だとは思えなかった。

「ひょっとするとこの名前って——」

美鈴が言いかけた瞬間。

「ダンジョンを創った女神様らしいですよ」

伊万里はごく当たり前のように口にした。

「へえ……って、え?」

美鈴が目を瞬いて伊万里を見つめた。俺もその言葉に驚いて伊万里を見た。

「伊万里、どうしてそんなことを知ってるんだ?」

「ここで女神像を拝んでいたリッチグレモンが教えてくれたの」

「そんなことまで?」

「うん。『我が主、ルルティエラ様です。あなたたちにとってはダンジョンを創った御方だと言った方が、ルルティエラ様の凄さを理解できるでしょうか?』だって」

「リッチグレモンはルルティエラに仕えているからここにいたということか?」

俺は女神像を見上げた。ロングの髪。その右手に錫杖を持ち、頭には光輝く宝石がちりばめられたティアラをつけている。ロングドレスを纏い。瞳が赤く輝いていた。どうやらティアラと瞳は本物の宝石らしき輝きだ。

盗む者は居ないのだろうか? いや、いないか。ここまでダンジョンに入って来た探索者で、この女神像に妙なちょっかいをかける度胸のある探索者はきっといない。何よりも神秘的で犯しがたい雰囲気に包まれている。

「伊万里。リッチグレモンはダンジョンがなんの目的で創られたか話してたか?」

「うーん、目的は“救済”だとか言ってたな。でもその意味は言ってなかった」

「じゃあ12英傑の像の意味は?」

「それも言ってなかった。ちゃんと聞いておけばよかったよね。ごめん」

「あ、いや、いいんだ。俺の方こそ、問いただしてごめん」

伊万里はその時、死ぬ事を予言されたのだ。ダンジョンについての詳しい質問をするどころではなかっただろう。

「ただ、ダンジョンは私たちじゃ全然手が届かない存在なのは間違いないみたい」

「そりゃそうだろうね」

なんだかこんなふうに見ると、自分がまだまだちっぽけな存在に思える。美鈴が12英傑の像の方を見て回りだし、俺は改めて女神像に近づいてその前に立った。

「【ルルティエラ】か……」

ただ、静かに佇む女神像。一瞬微笑んだような気がしたが、それはきっと気のせいなのだろう。

「そんな名前だったんだな」

女神像に触れてみる。まるで女体を触ったような感触がして、それがあまりにも奇妙だった。真っ白な大理石でできた巨大な像に見えたけど、暖かくて柔らかい感触がする。俺は自分の手を見つめた。

「祐太。どうかした?」

伊万里に聞かれて顔をあげる。

「いや、なんでもないんだ。ところで伊万里。階段はどこにあるんだ?」

どこにもそれらしきものが見当たらなかった。女神像と12英傑の像以外には何も見当たらないのだ。

「それがさ」

『全員でここに降りてくるといい。そうすればわかる』

「それもリッチグレモンが言っていたのか?」

「うん」

今のところ何か起きる気配はなかった。いつの間にかエヴィーは傍に立ち、美鈴を探すと田中の像の前で、興味深そうに田中を見ていた。田中の等身大の像だった。美鈴は熱心に顔の部分を見ていた。

田中の顔まじまじと見るなんて美鈴は一体何をしているんだろう?

は!?

いや、そうか!

「なるほど美鈴。ついにっ!」

俺は美鈴の気持ちに気づいた。どうやら美鈴も田中の良さに気づいてきたようだ。12英傑らしくない人ランキングなんてものがあれば間違いなく、田中が一位だったであろう。サラリーマンのような背広を着たひょろっとした男だった。それが般若の面を付けている。般若の面と顔は同化しているのか、決して取れることがないのだ。それが田中の虹装備の一つとしても有名な【天夜叉】。日本人としてはとても馴染みのあるお面。そして今や子どもの寝物語に『早く寝ないと天夜叉様に襲われる』。そう言われるほど怖いお面。それに見惚れるとは美鈴もよく分かっている。神々しくも荒々しい12の像の中でサラリーマンの姿に猫背でお面だけが怖い浮きまくりの田中。田中だけ何かチョイスを間違えたんじゃないかという姿。相変わらず田中は最高だ。

「美鈴。田中に興味があるの?」

これから一時間ぐらい語り合うべきだろうか? 田中ファンは少ない。布教はとても大事なことである。

「あ、全然。ただ虹装備を見てただけだよ。私が祐太以外の男に興味持つわけないじゃん」

「……」

田中のファンは少ない……。

「美鈴。女神像の前に集合してみましょう。 召喚獣(あなた) 達も全員こっちにおいで」

「はーい」「了」「にゃー」「がう」「……」

美鈴が走り寄ってきて、四体の召喚獣も全員揃って、女神像の前に立った。田中ブームが到来する日は遠そうだ。俺がそう思っていた瞬間だった。地面が揺れた。そして神殿の中央から音が聞こえて振り返る。

全員が神殿の中央を見ていた。地面が揺れている。震源地が崩れだした。そしてそのまま何か地面からせり上がってくる。

「おお」

それは門だった。地面からダンジョンの門らしきものがせり上がってきたのだ。

「へえ、全員で女神像の前に立つことが階段の出現条件だったのかしら?」

今まで見てきたそれよりもかなり大きい規模だ。それこそラーイたちでも簡単に潜ることができそうな門が、地響きを上げながら出現する。そして下へと続く階段が門の中に現れた。

「なんかこれぞダンジョンって感じ。階段の出現の仕方からして今までとは違うね」

「ああ。これが階段で間違いないんだよな?」

覗き込む。高さが10mぐらいある巨大な構造物。一段一段の階段の長さも5mぐらいある。俺は試しにそこに足を踏み入れてみた。その瞬間。鼻腔いっぱいに広がる草木の匂いを感じる。

「これは……」

足を踏み入れた瞬間に空間転移したのだと思った。さらに前に進むと木漏れ日のさす空間へと出た。森林の中のようだった。爽やかな風が吹いている。周囲を見渡す。樹齢何百年もありそうな樹木があちこちに生えていた。

昔、伊勢神宮に行ったことがあるのだけど、その光景とよく似ている。神聖な空気が漂っていた。まあ大木を見てそう思っているだけなのだろうが。

「うわー。 なんか神秘的な森だね」

「ここがブロンズエリア?」

「油断しないようにね。美鈴。【探さっ】」

『【探索網】で、まず調べてくれ』と言葉に仕掛けて止まった。最後尾にいた美鈴がゲートから外へと出た瞬間のこと。またもや地面が揺れだしたのだ。何か巨大なものでも襲って来たのかと警戒するが、そうではなかった。

今度は階段が地面へと沈んでいくのだ。

「なんで?」

空に向かって10mほど伸びていた階段。それがどんどん地面に沈んでいく。

「祐太。階段がこのまま沈んでいったら帰れなくならない?」

美鈴が言うけど出口部分が完全に地面の中に沈んでいる。そのまま階段などなかったかのように消えてしまった。

「なんか焦るね」

「ああ、少なくとも次の階段、もしくは外への門が見つかるまでここから出る方法がない」

【条件が達成されました。美火丸のストーリーが開放されます】

いつも聞いているダンジョンの声が頭の中に直接聞こえた。この声が【ルルティエラ】なのだろうか? 呑気にそんなことを考えた。いつもとパターンが違う。それでも、いつも通りクエストを確認しようと思って、

【見たいですか?

見たくないですか?】

ダンジョンの声はまだ聞こえた。美火丸のストーリーについて聞かれている? そんなの見たいに決まっている。専用装備を揃えると、その装備についてのストーリーも開放される。そんな話は聞いていた。

だが、美火丸のストーリーなど一向に開放されなかった。正直、それも眉唾だったのかとがっかりしたのだが、本当だったらしい。

【見たいですか?

見たくないですか?】

もう一度聞かれた。どうやらどちらかを選ばなきゃいけないらしい。見ないなどという選択肢などあるわけがない。だから俺は、

「見たい。見たいです」

そう答えた。

【了。美火丸ストーリー開放】

「祐太。どうしたの?」

俺が動かないので、伊万里が尋ねてきた。

「何かあった?」

伊万里の言葉。俺の頭に映像が流れ込んでくる。これはどうやら今すぐらしい。このタイミングは嬉しくない。伊万里を守ると決めているのに、意識が映像の方にもっていかれる。

「祐太、私の【探索網】に敵が引っかかったよ。早速お出ましだ。空を飛んで何か大きなものが、思いっきり私たちの方角に急接近してくる」

美鈴の声。空から何かの気配を感じる。

「ちょっと、あれ、なんだか竜っぽくない!?」

「上に誰か乗ってませんか?」

「赤竜にゃね。主と同じ召喚士にゃ」

「じゃあ敵じゃない?」

「うーん。【心色】……敵意が強い色。うん。逃げるにゃ」

「敵なの?」

エヴィーの焦った声。巨大な何かの陰がかかる。そちらを見ることができない。どんどんと意識が奪われていく。

「祐太! どうする!?」

「ああ、こりゃダメにゃよ主。祐太。ダンジョンからアクセスされてるにゃ。あいつそれを分かっていて襲ってきてるにゃよ。ダンジョンとグルにゃね。白蓮様の予想通りにゃ」

「エヴィーさん、美鈴さん、祐太が動か……」

みんなの声が遠くなっていく。意識が別の方向へと向けさせられる。たとえ何があっても大丈夫なぐらいの戦力なんて自信は無い。でも、俺がいないだけでピンチになるような弱いパーティーじゃない。

しばらく意識が戻らないかもしれないと伝えたかったが、それすらできなかった。専用装備を全て揃えることができれば、そのストーリーを見ることができる。そんな噂がまことしやかに語られていた。

だが、ダンジョンに入ったものすべてに専用装備はあり、約十億人にも上るダンジョンに入ったものすべてにちゃんとしたストーリーが用意されているとは思えなかった。だから半信半疑だった。

とんでもない数。その人数分を揃えるのに、どれほどの労力がいるんだろう? いやダンジョンなんてものを創り出す存在にとっては、それもまた造作もない事なのか? 何者かの声。それは美火丸の声なのだと不思議と分かる。

『私は生まれたころ、体が弱かった』

俺の目の前に現れたのは、美火丸という名前の割には特に美しいわけでもない男だった。かなり使い込まれた甲冑を身にまとった侍と呼ぶべき男。

『あなたが美火丸?』

『そうだ。私の心を見ながら話を聞いてくれ。お前には知っておいてほしいのだ。手を』

美火丸は手を広げて前に出してきた。俺はなんとなくその手と自分の手を重ねた。そうすると、その侍姿の男の記憶が俺の頭の中に流れてきた。

六条祐太よ。

ここまで私を連れてきてくれたことに心より感謝する。

その感謝のしるしというわけでもないのだが、お前に私を知って欲しいのだ。

お前にとって今都合の悪いときだということは重々承知している。

だが時は今しかないのだ。

すまぬが心を静めて聞いてもらいたい。

《分かった》

外はかなり切迫した状況。だがそのことから意識が切り離されていく。俺の美火丸のことを知りたいという思いが強くなっていき。外のことが些事に思えてくる。だから奇妙なほど心が落ち着いていた。

すまぬ。

では語ろう。

つまらぬ人生の話だ。

私にはお前と同じように好きな子がいた。

しかし、お前と違い、相手にされることはなかった。

いつもその子は私の前を通り過ぎるだけだった。

好きになったと言っても見ているだけだ。

ただそれだけのこと。

別に何かをその人にできたわけでもなかった。

頭の中に流れ込んでくる映像には、どこか美鈴を思わせる美しい少女が、巨大な和風の建物に通い、勉学をし、同じくそこに通う美火丸が、ただ、憧れて目で追う姿があった。それはまるで俺が探索者をやらなかった姿のように見えた。

美火丸は学校を卒業し、普通に探索者になった。そこは俺と違った。俺は学校を卒業するまで待ってられなかった。そして本来なら死ぬような道を選んでいた。それは偶然にも成功した。でも美火丸は……。

私は学び舎に通い、みんなと同じレールに乗ったことでどこか安心していた。

きっとお前のように突き動かされるような不幸が私にはなかったのだ。

お前の驚くような成長を見るたびに私はお前の不幸が羨ましかった。

《変わったことを羨ましがるんだな》

そうであろうか?

きっと今のお前を見れば過去に出会ったほとんどの人間はお前の不幸をうらやむだろう。

《不幸をうらやむ?》

そうだ。

《あの苦しみが羨ましいか……》

ああ、どうして不幸なのにうまくいくのかと羨ましくなるのだ。

私はごく平凡に学校を卒業して探索者となっただけだ。

だが私は探索者となって一つ気づいたことがあった。

それはとても臆病だということだった。

いやそれはほかの人たちも同じで皆命が惜しく平均的に臆病だったのだ。

またもや私は皆と同じ横並びであることに安堵した。

だが私の平凡な人生にも少しだけ嫌なことが起きた。

五郎座という面倒な探索者に付きまとわれたのだ。

私にとっての池本と言えばよくわかるかな?

《ああ、分かる。きっとこの世で一番嫌なやつだ》

その通りだ。

五郎座は勇気があるのに嫌な奴だった。

臆病である私を馬鹿にし、心を挫いた。

私はとても悔しくて、毎日毎日泣いていたのさ。

でも、悔しがるだけで、五郎座より上に行くことがどうしてもできなかった。

姿は全然違ったけど池本のように見える五郎座という男。これは俺の姿だと心から思う。きっと普通に生きているだけだったら、池本という鎖を俺は断ち切れなかった。俺の人生を壊そうとする池本を憎んで生きているだけだった。

優秀な五郎座。優秀ではなく臆病な美火丸。ふたりが一緒に居ると、五郎座の方が輝き過ぎていた。美火丸の悔しさはその映像を見る俺にしか伝わらず、映像の中の人々は誰も分かっていないだろうと思えた。

《こんな所まで似てるんだな》

だろ?

似ていると言えば私にも妹が一人いた。

君とは違う実の妹だった。

とてもとても大事でね。

こんな私のことを慕ってくれる妹だった。

だが、私を頼って妹が探索者になったのに、いつの間にか妹が五郎座に惹かれていた。

そして私が好きだった子も五郎座に惚れた。

それは俺の想像の中での一番最悪だ。美鈴が俺ではなく池本を好きだったと想像したことがある。あの想像が一番俺を惨めな気分にさせた。

《美火丸はリアルでそうだったのか?》

そうなのだ。

好いた女は五郎座ばかり気にする。

普通に臆病なだけなのに、五郎座と比べられ、いつしか妹からもバカにされるようになった。

妹は私の勇気の無さにあきれた。

そういえば伊万里によく言われたな。どうして池本を殴り返さないのかと。俺はどうしても池本を殴ることができなくて、不思議なほど、殴られるまま。伊万里は俺の勇気のなさにあきれた。でも、俺は南雲さんとの出会いで鎖が切れた。

《美火丸には南雲さんがいなかったんだな》

いいや、私にも良い出会いがあったよ。

だが私はそれを掴もうとしなかった。

《どうして?》

どうしてだろうな。

今から考えると不思議な話なのだが、私にはそのチャンスが不幸になることのようにしか見えなかったんだ。

逆に不幸になることの方が幸せに見えた。

優秀な五郎座がレベル100を超えている頃。

私はようやくレベル10を抜けた。

《どれぐらいかかったんだ?》

三年だ。

《それは……》

お前も私に呆れるか?

《いや、そんなことはないが……》

気を使うな。

実際私は平均的なほうでもその下のほうだった。

あまりに彼らのそばに居るのが惨めで、そこから逃げ出したほどだ。

泥水に汚れて必死に逃げている美火丸の姿。俺の目から見てもみっともないと映った。どうして一度でいいから勇気を出さなかったのかと思えた。たったの一度でさえ勇気を出さなかったから、落ちるところまで落ちてしまったのだ。

私は実家に帰ってね。

好きでもない女と結婚した。

結果、生まれた息子が私の希望だった。

この息子だけでも私のことを尊敬してくれるかもしれないと思った。

しかし、その目論見も外れた。

息子は八歳の時にゴブリンに襲われて死んでしまった。

そのすぐ後に嫁とは離婚することになった。

昨日も今日も明日も苦しい。

毎日毎日なんの変化もない。

妹も、好きな女も奪われる。

そして大事にしていた息子は死んだ。

だから死のうと。

そう決めたのだ。

でも死ぬならせめて最後。

自分より強いレベルアップができる可能性のあるモンスター。

それと戦って死のうと思ったのだ。

皮肉なものだね。

死んでもいいと思っていた私が、自殺のためにオークと戦った。

勝ててしまったんだよ。

死ぬ事を求めてモンスターを殺した私は、その日から死ぬことを求めてモンスターを殺し続けた。

そして私は禁忌に手をかけた。

人として、してはいけないはずのこと。

自分のために人の幸せを奪い、人を殺したのだ。

《何をした?》

探索中の五郎座に襲い掛かって殺した。

今の自分にならできると思って止められなかった。

お前が池本を殺したのとは違い私にはなんの正義もなかった。

それどころか五郎座を殺しておいて、何くわぬ顔で二人に近付いた。

《呆れるほど卑劣だ》

全くもってその通り、名にある美しさなど欠片も無い罪人。

失望したであろうな。

《美火丸もまたミカエラと同じく狂ってしまったんだな》

ミカエラの方がまだまとも。

自らが幸せのためだけに私は狂った。

五郎座が死んで泣き崩れる二人に、優しい言葉をかけた。

自分が殺したというのにまったくもって醜きこと。

私はずっと欠かさずにしていた息子の墓参りをやめた。

息子の前に立つ気になれなかったのだよ。

自分のあまりの醜さを息子にだけは見せたくなかった。

そして、ある日。

私はね。

自分の醜さに耐えきれなくなったんだ。

だから、二人に自分の罪を告白して、二人に私を殺してくれと願った。

二人は私を殺してくれた。

私の醜き人生が終わった瞬間だった。

あーよかった。

これで少しはマシな人生だったと思った。

そんな時、私の前にルルティエラ様が現れた。

かの御方は妹と、愛した人が私の後を追うように死んだことを教えてくれたのだ。

二人とも五郎座を殺した私を憎んだ。

だが五郎座が死んだ後に励ました私の事が本当に好きになっていたのだ。

私は五郎座を殺した自分の罪を二人に告白するべきではなかった。

どれほど苦しくても墓の中まで持って行くべきだったのだ。

《それも美火丸の罪か?》

ああ、そんな罪人にルルティエラ様が提案してきたんだよ。

【あなたの心は醜いけれど、魂はとても強い。ですから一つの武具になりませんか?】

とね。

当然、意味が分からなかった。

人間が武具になるとはどういうことなのかと尋ねた。

【人の魂を材料にして武具を創ることができるのです】

ルルティエラ様はそう言うのだ。

私はなんのメリットがあるのかよく分からなくて断ったよ。

でも、ルルティエラ様が言うのだ。

【あなたは大きな後悔をして死んだ。もっと早くに自分より強いモンスターに挑んでいればよかった。そうすれば好きな人も妹も失うことはなかった。五郎座を殺す必要もなかった。違いますか?】

とね。

そのとおりだった。

【あなたをこのまま消すのは簡単なことです。輪廻の輪に魂が戻り、記憶を消し、再び新しい命へと生まれ変わる。それももちろんいいでしょう。しかし、一つの可能性があります。あなたの魂を浄化する一つの可能性があります。ある男の子の武具になってほしいのです。その男の子は、そのままならばきっとあなたと同じ人生を歩みます。もしかしたら、あなたより悲惨な人生かもしれません】

そんなものが存在するのか?

【ごく、ありふれてますよ】

私の不幸がありふれているのか?

心底衝撃を受けて私はかの御方に尋ねた。

【ええ、不幸などこの世にあふれていますよ。どうでしょう? あなたはその男の子の剣となり、鎧となり、そして男の子の人生を……その男の子の命を守ってみませんか?】

私の願いは一つも聞いてくれなかった神様よ。

人の願いを叶えろというか。

【そうです。男の子。いえ、六条祐太の命を守るならば私があなたを助けましょう】

どこの誰とも知れぬ男子の命を守るか。

この時、私の脳裏には大きくしてやれなかった息子の姿が浮かんでいたんだ。

迷惑であろうが、私は君をずっと息子のように思っていた。

六条祐太。

《うん》

映像がそこで途切れた。美火丸はそれ以上語る必要がないと思ったようだった。

どうだろう?

私をこのまま連れて行ってくれないか?

《連れて行く?》

ああ、これを。

赤い首飾りが俺の手の上に乗せられた。そして身に纏っていた剣と鎧が消えていた。

持って行って貰えるか?

私と、そして私の憧れた美しき強さを持つアウラ殿の全てが詰め込まれている。

それをもっていれば、私とアウラ殿の魂がすべてお前の中に残る。

鎧の強度、そしてバフと呼ばれるもの。

剣の攻撃力もだ。

《分かった。美火丸を俺が使おう。アウラと共に》

この醜さを知っていて尚そう言えるか。

やはり私とお前は違うな。

一歩を踏み出せたものだ。

俺はそれを受け取った。だが同時に俺の中に一つの疑念が浮かんだ。ルルティエラ様……。顔も名前も知らなかった女神様。だがどうしてだろう。奇妙なことに俺はその女神様からの執着を感じた。

そんなことを思いながら意識が浮上していく。そうだ。俺は今とても危険な状態だったのだと思い出した。