軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話 奇跡の湯

「女将さん! また傷病兵を連れてきました! 今度は五人です!」

レオンが玄関先で声を張り上げた。その背後に、包帯を巻いた軍人たちが並んでいる。

二週間前から、カイの部下たちが銀嶺の湯を利用するようになっていた。最初は二人、三人。それが五人、七人と増えていく。

「お連れしますわ。傷の状態を見せていただけますか」

わたくしは一人ずつ傷を診た。深い切り傷。打撲。古い火傷の痕。

母の調合手帳を開き、傷ごとに異なる薬湯を調合する。硫黄泉に白檜の樹皮を加えたもの。蓬を煮出した汁を混ぜたもの。傷の種類と深さによって配合を変える——母が残してくれた知恵だ。

そしてもうひとつ。わたくしの手の中で、薬草の効能が微かに高まる感覚がある。

精錬魔法。ヴィンター侯爵家に代々伝わる、薬草の力を引き出す血筋の魔法。大きな力ではない。けれど調合と組み合わせれば、薬湯の効き目は格段に上がった。

「女将さん、これ……すげえ」

一人の兵士が、薬湯から上がった後に包帯を外して目を丸くした。三日前には赤く腫れていた傷口が、もう塞がりかけている。

「通常の三倍は速いぞ、この回復」

「精錬魔法って聞いたことあるか? 薬草の効能を高める魔法。あの女将さん、それを使えるらしい」

兵士たちの間に、どよめきが広がった。

——奇跡の湯。

いつからか、そう呼ばれ始めていた。

◇ ◇ ◇

夜。厨房の隅で、レオンが湯呑を片手にカイに話しかけていた。

わたくしは帳場で帳簿をつけていたのだが、厨房との間の壁が薄い。聞こうとしなくても声が漏れてくる。

「将軍。最近、あの宿の女将さんをやたら気にしてませんか」

「気にしていない」

「毎朝の薬湯、昼の視察同行、夕方の帳場での打ち合わせ。一日三回ですよ。部下の湯治の付き添いにしては多すぎません?」

「薬湯の効果を確認しているだけだ」

「ええ、ええ。確認ね」

「レオン」

「はい、はい」

わたくしは帳簿に目を落としたまま、小さく首を傾げた。

(……何の話かしら)

カイが宿に来る頻度は、確かに多い。けれどそれは部下の治療の進捗を確認するためだろう。将軍が部下の健康を気にかけるのは当然のこと。

(レオンさんは、からかうのがお好きなのね)

それ以上は、考えなかった。

◇ ◇ ◇

アルベルトの執務机に、封蝋を施した書簡が届いていた。

グランツ公国大使からの公式抗議文。

『貴国第三王子殿下の名で送付された外交文書について——冒頭の挨拶形式が当国の慣習と異なり、受取人の称号に誤りが含まれております。従前の文書には見られなかった初歩的な誤りであり、当大使館はこれを正式な文書として受理いたしかねます。速やかな差し替えを求めます』

アルベルトの拳が、机を叩いた。

「なぜだ——なぜこんな初歩的な——」

いつもなら、外交文書は完璧な形で殿下の署名を待つだけの状態になっていた。挨拶の形式も、相手国の称号も、全て確認済みで——

それを確認していたのが、誰だったか。

「クラウス。リディアを呼び戻せ」

側近が一瞬、息を呑んだ。

「……殿下。リディア様は婚約を破棄された身です。呼び戻す法的根拠がございません」

「知ったことか。あの女が黙って逃げたのが悪い」

「しかし——」

「使者を送れ。辺境にいるらしいな。すぐに連れ戻せ」

クラウスは黙って一礼した。

その夜。国王の私室で、老いた王が外交報告書を広げていた。以前とは明らかに質の落ちた文書の束を読み終え、静かに溜息をついた。

「……アルベルトは、いつからこれほど外交が下手になった?」

——否。下手になったのではない。元から、この程度だったのだ。

誰かが支えていた。その「誰か」が、いなくなっただけだ。