軽量なろうリーダー

いつか立派な剣になる

作者: マンムート

本文

わたしは聖剣である。

名前はまだない、と言いたいが聖剣である。

かつては聖剣以外の名前があったが、忘れた。

男か女かそれ以外だったかも、忘れた。

自分の顔すらも思い出せない。

雑居ビルの屋上で、手すりにもたれてタバコをふかしていたら、不意に手すりが、ぽきっとなって落下して、そのままお陀仏。

築55年のビルであるから、手すりが腐食していたのであろう。

なんとも間抜けな死に方である。

その直後、足元に、頭がぱっかーんと割れて潰したトマトみたいになった死体を見て『あ、これわたし?』と思ったら、いきなり空にひきあげられた。

まぶしい光の中で、なんだか神様っぽいものがおっしゃることには。

「お前は手ちがいで死んだので、転生させてやろう」

そこでわたしは、落ちても死なない、いや、とにかく死なない体が欲しい。

ついでに、家と会社の往復の日々、しかも毎日残業で、早朝と深夜以外の世界が懐かしかったから、いろいろな景色を見られたらいいなぁ、と欲張ってみた。

まぁ、かなえられんだろうな、と思ってたら。

「物好きだな。だが ち(・) ょ(・) う(・) ど(・) い(・) い(・) 。よかろう。では、転生!」

え、いいの? と思ったら、なんだかもっとまぶしくなって。

気づいたら、なにやら暗いところに、立っていた。

足元は何かで固定されていて、動けない。

「どゆこと?」

思わずつぶやいたが、声が出ない。

なんだこれは? わたしは何になったのだ?

と、急に、がやがやと声がして、

ランプらしきゆらめく灯りが近づいてきて、4人の人間が現れた。

先頭の男は立派な鎧を着ていて。

その次のは半裸の屈強な斧もち男。

それに続くはローブをまとった、薄暗い感じの男。

最後が、純白のローブを着た、いかにも聖職者っぽい女だった。

なんかRPGのゲームキャラみたい。と思ったら。

「おお! 言い伝えの通り岩に刺さった剣! そして鎖で縛り上げられた金色のさや! これが聖剣か!」

と先頭の奴がいった。

いや、ちがいます、わたしはそんなものではありません……と答えたかったが、ではなんだと言われても答えられないので、黙っていた。

先頭の男は、わたしの首根っこをつかむと、えいや、と引き抜いた。

すぽっ。

わたしはあっさりと岩から抜けて、そいつの手に握られた。

汗くさくて、ごつそうな手だったが、幸いなことに、そういう感覚はないらしい。

「抜けたぞ! オレが勇者だ!」

いや、わたしなんか抜いても、大したもんじゃありませんよ? と思っていたが、他の3人も大騒ぎなので、水をさしては悪いと思って黙っていた。

男に握られたまま、暗闇から外へ。

わたしがいたのは洞窟だったらしい。

男は、わたしを高々と掲げた。

その姿が泉に映っていた。

男が、剣をもっていた。

マジですか!? わたしは剣ですか!?

と思わず叫んだが、声は出ない。

剣がしゃべれるわけがなかった。

死なない体、と言ったが、人間で、とは言っていなかった。こちらのミスである。

こうして、わたしの冒険の旅(?)がはじまったのだが……。

ほとんど景色を見ることはできなかった。

なぜなら、剣は普通、さやにしまわれているからだ。

しかもこのさや、完璧にわたしに合わせて作られてるらしくて、隙間がなくて、全く音が聞こえない。

そして、さやから抜かれる時は、戦闘シーンの時だけである。

手入れされる時は?

聖剣なので、いつでもピカピカ、手入れをする必要がないのだ。

そういうわけで、いろいろな場所へ行ったが、見るのは殺し合いばかり。

しかも、剣なので鎧を割り、皮膚を裂き、首を飛ばし、内臓をまき散らす光景ばっかり!!

すさむー。

確かに、いろいろな景色を見たいとは言ったよ。言いましたよ。

でも、常に、振り回されているので、景色を見ている余裕なんかない。

なんというか、勇者の旅のダイジェスト(戦闘シーンオンリー)を見せられるだけである。

で、最後。

頭に角のある、いかにもな魔王との戦闘シーン。

いつものように、目まぐるしくふりまわされ、周りを見る余裕もないうちに、終了。

かちゃり、とさやにしまわれて、真っ暗。

で、気づいたら、最初の場所に戻っていた。

また魔王が現れるまで、わたしはこのままらしい。

この時だけ、さやは外れているので周囲が見えるが、洞窟である。

真っ暗な洞窟をどう楽しめと!?

……

落ちても死なない、いや、とにかく死なない体が欲しい。

ついでに、家と会社の往復の日々、しかも毎日残業で、早朝と深夜以外の世界が懐かしかったから、いろいろな景色を見られたらいいなぁ。

とか神(?)の前でほざいたわたしを、後ろから蹴ってやりたい!

だが、おそろしいことに人間は慣れるものだ。

何度も何度もそれこそ回数も忘れるほど。

暗闇とスプラッターシーンのみのダイジェスト冒険につきあわされているうちに。

いつしかほとんど何も感じなくなった。

内臓飛び散るスプラッターシーンでも、退屈のあまりあくびが出る。

剣なんで出ないけどね!

そしてわたしの心が穏やかになればなるほど、剣としての切れ味は上がるのだ。

不動の心が切れ味を呼ぶのかもしれない。

うれしくないけど。

こうしてわたしは身も心も立派な剣になった。

唯一の望みは、いつか折れる時。

今度こそ転生なんて絶対に願わない、ということだけだ。

でも、聖剣って折れることあるのかなぁ……。

どこからか声がした。

「死なない体なのでありません」

わたしの心は死んだ。

こうして聖剣は、揺らがず折れぬ立派な聖剣として完成した。