作品タイトル不明
第93話 面白い事
レグリアス王宮内。
広く長い廊下をラガルドが歩いていると、前方から華やかなドレスに身を包み、高価な装飾品に彩られた美しい女性が歩いてくる。
水色の髪に、ラガルドとよく似た目元の特徴を備えた女性。
「ご機嫌よう、母上」
彼女との距離が縮まると、ラガルドは深く頭を下げた。
しかし女性――王妃は鋭い視線で彼を貫く。
「フォンタニエ伯爵が捕らえられたとか」
「はい。誠に残念ながら」
王妃は深く長い溜息を吐く。
「流石は王座へ座する未来を奪われた出来損ない」
扇で口元を隠し、王妃は無慈悲な言葉を吐き捨てる。
空気はあまりにも冷え切っており、会話の内容も雲行きが怪しいことこの上ない。
だというのに、ラガルドや王妃の周囲にいる者達は一切顔色を変えない。
この場には王妃もしくはラガルドの息が掛かった者しかいなかった。
「わかっているでしょう? 私が貴方に期待するのは一つだけ。……それを以てでしか、私の信頼は戻らない」
王妃は何の躊躇もなく、淡々と告げた。
「――あの忌々しい庶子を殺しなさい」
この言葉をラガルドは数え切れない程聞いている。
予想通りの言葉をラガルドは無心で聞く。
そしてゆっくりと顔を上げ、彼は美しい微笑と彼女が求める答えを返した。
「畏まりました」
重い静寂が訪れる。
親子共に動く事なく、互いに見つめ合う事数分。
最初に視線を外したのは王妃だった。
「 例の計画(・・・・) ――あれを仕損じれば、もう二度と貴方に希望はやって来ませんからね。……努々、忘れぬよう」
彼女はラガルドから目を逸らすと、そのまま彼の脇を通り過ぎて離れていく。
「全く、ここまで手を掛けてやっているというのに未だに成果も上げられないなんて。本当にどうしようもない」
コツコツと踵を鳴らし去っていく王妃の声が廊下に反響する。
それを背中で受けるラガルドの顔には既に笑みはなく。
彼はどこまでも冷たく昏い顔で前方だけを見ていた。
***
翌日。
ヴィーの熱は下がり、普段通りに登校した。
お昼休憩にアンセルム様を連れてやって来たヴィーはすっかり元通りで、後遺症などもなさそうなその様子に私は安堵する。
……因みに、その後のダニエル様とマリー様は――なんと両想いになったとか。
真偽は定かではないが、何でも、マリー様は素直になれない性格を拗らせ、自分自身ですらダニエル様への想いに気付いていなかっただけだった……とかなんとか。
惚れ薬の騒動の数日後、風の噂でそんな話を耳にした。
私は偶然その場にいたヴィーと共に顔を見合わせ、苦笑し合うのだった。
何はともあれ、これにて一件落着……
――とはならない、大きな問題が残っている。
「ニコレット」
放課後。
抱いていた不安も解消された事で、元通りの距離感に戻った私とヴィーは久しぶりに馬車寄せの前で落ち合う約束をしていた。
しかし移動の際中、私は背後から呼び止められる。
愉悦を孕んだその声音に嫌な予感がしながら私が振り返ればにこやかに手を振るラガルド殿下の姿があった。
「……ご機嫌よう、ラガルド殿下」
「ああ。……どうした? 随分と機嫌が悪そうだが」
「いいえ、そんな事はありません」
機嫌が悪いというか、厄介な人物に見つかって困り果てているというか。
……という違いは些細な事だろう。
私が嫌そうな反応をしてしまった事が楽しくて仕方ないと、顔に書いているかのような活き活きとした笑顔だ。
「ただ、先を急いでおりまして」
「ほう? 王族である僕をおざなりにしてまで優先する用があると? 是非とも聞かせてもらいたいものだな」
王族の地位をチラつかせる彼の発言の返答に私は頭を悩ませる。
このままでは彼の愉悦に付き合わされたまま足止めを喰らってしまう。
そう、思っていたのだが。
「まあ、いいさ。どうせヴィクトルの元へ向かうんだろう?」
「……え?」
「今日は兄上もいらっしゃらないようだし、奴は今日一日中、アンセルム・ブランシャールに対し、婚約者と会える放課後が待ち遠しいと言う話を延々と繰り返していたからな」
「ヴィー……」
またもや手を焼かされているアンセルム様の姿がありありと浮かび、また『剣術バカ』としての芝居の為とはいえ、他者の前で私の話を繰り返していたらしいという事実に羞恥を覚え、私は呆れ果ててしまう。
「こういう時にお前を引き留めても、奴が必ず邪魔をする。……残念ながら、いつの間にやら関係も修復されてしまったようだしな。だから――趣向を変えよう」
「趣向……?」
「少々面白い事を思いついたんだ」
何かを企むような妖しく歪な笑みを浮かべるラガルド殿下。
彼の様子に胸騒ぎを覚えた。
「面白い事、というのは――」
「お前には教えてやってもいい、とは思ったが――残念」
ラガルド殿下はふと私の背後を見て肩を竦める。
直後、背後から腕が伸び、私の体は引き寄せられる。
「で~ん~~~かぁ~~~~~……」
恨めしそうな声はヴィーのものだ。
振り返ればじとりとラガルド殿下を睨んで不服そうに口を尖らせる彼の姿を認める。
「わかった、わかった。今日のところは引いてやるから、いつものように喚きたてるのは」
「ニコルは俺の婚約者だって、いっっっっつも言ってますよね!? ってか今日はって何ですか! 昨日も今日も明日も十年後も死ぬまでずっとニコルは俺のものですけどぉっ!?」
「煩い」
ラガルド殿下の制止は意味をなさず。
ヴィーは声を張り上げ、それは周囲に響き渡る。
私はとりあえずヴィーのものになった覚えはないとだけ断りを入れておいた。
……が、しかし。
緊張感の欠片もないような光景の中。
私の胸の内では、嫌な予感が膨らみつつあるのであった。