軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第84話 年相応の姿

ただ、義務的に親しい関係性を主張する為ならば不必要に距離を詰める必要はない。相手に対し後ろ向きな感情を抱いているのならば猶更だ。

それは、ニコレットとて同様であったはず。

これまでヴィクトルに対し恋愛的な感情を向けて来なかったのだとしても、彼に対し悪い感情を抱いていないからこそ、少々異常ともいえる彼の距離の詰め方を拒絶しては来なかった。

しかしニコレットの婚約が決まったのは幼少期。

彼女が恋を知るずっと前から、彼女にとって家族以外で身近な異性はヴィクトルくらいだった。

それ故にヴィクトルの振る舞いに慣れが生じ、客観的に見ればすぐに気付くような常識にすら鈍感になっていたのだ。

そしてその鈍感さ故に後ろ向きになっていた気持ちを、アンセルムは後押しする。

「もし、何か不安に思う事があるのなら本人に直接聞くのが良いでしょう。俺から語れるような事は多くはありませんが……あいつの友である俺から見ても、ニコレット嬢に対して悪い感情を抱いていない事は確かです」

(傍から見れば明白ではある真実だが……。あいつがまだ明かしていない気持ちを俺が赤裸々に語るのは褒められた事ではない。そもそも、この調子ならこれ以上の助け舟が無くとも、いずれ進展するはずだ)

アンセルムはヴィクトルの恋心については伏せながらも、ニコレットの不安を払拭する立ち回りを選ぶ。

「貴女が好意的な態度を見せる事で、あいつが嫌な顔をするなど、あり得ない事でしょう。ですからどうか、自信を持ってください」

「じ……自信……」

これまで数え切れない程繰り返されてきたヴィクトルの愛情表現でも思い出しているのか、ニコレットの顔の赤みが増す。

アンセルムが困ったような顔で視線を落とす彼女からジュリエンヌへ視線を移すと、不敵な笑みと共に片目を閉じられる。

(求められた役割は全う出来た、という事ですね)

どうやら、ジュリエンヌがアンセルムを呼び出した目的についても、充分に果たせたようであった。

「あ、ありがとうございます、アンセルム様」

「……いいえ。何かお役に立てたのであれば、幸いです」

日頃の冷静な一面からは外れた、ニコレットの年相応の反応。

恥ずかしそうに赤面し、普段よりも覇気のない声ともじもじとした振る舞いを見せるニコレットの姿をアンセルムは微笑ましく思った。

(そうか。日頃の振る舞いから忘れがちではあるが、彼女だって十六の少女だったな)

上位貴族として生まれた以上、どうしたって若い頃から社会性や知性を求められる。

中でもニコレットは年不相応に落ち着いた空気を纏っている事があるが、それとは反面に、きちんと十六年しか生きていない少女らしい一面も秘めているらしい事をアンセルムは再認識したのだった。

彼はこっそりと笑いを漏らすのだった。

***

とはいえ、恋心に振り回される初心なニコレットが、現状にすぐ順応し、ヴィクトルといつも通りの関係を築けるなどとは、アンセルムは考えていなかった。

だからこそその日の放課後、遠目でアンセルムの隣にいるヴィクトルの姿を見かけたニコレットが咄嗟に逃げの姿勢を取ってしまったのも、ある程度仕方のない事であると彼は理解していた。

たとえ客観的に見ればそう身構えるような事でないとしても。

相手の心の内を聞くのにも、自身の不完全な部分を晒すのにも、ある程度の心の準備を必要とするものだろう。

だがそれを理解できるのは、アンセルムにニコレットの本心を知るきっかけがあったからこそ。

隣に立つヴィクトルは彼女が背を向けて離れていく理由を知らないのだ。

そしてこの一週間、避けられ続けながらも人前では何とか明るい笑みを顔に貼り続けていたヴィクトルの我慢はついに――限界に達した。

笑顔のまま固まったところまでは最近と全く変わらない反応だった。

しかし瞬き一つの内に、彼の笑顔は鳴りを潜め、鋭い眼光がニコレットの背中を捉えていた。

日頃滅多に怒らない人物の、それも整った容姿を持つ人物の真顔程、空気を凍らせるものはない。

「おい、ヴィクトル――」

感情が抜け落ちたような、冷たい表情になったヴィクトルを見て、これはまずいと本能的に悟ったアンセルムであったが、時すでに遅し。

アンセルムがヴィクトルを呼んだ時には、彼は突風を伴ってアンセルムから離れた直後だった。

地面を強く蹴り上げ、全力で前へ飛び出したヴィクトルは周囲の柵や植木を軽々と飛び越え、障害物や道を無視した最短距離でニコレットへと距離を詰める。

先にその場を離れたニコレットや、恐ろしい形相のまま、全力疾走でそれを追いかけるヴィクトルの姿はアンセルムの視界から消える。

しかし程なくして――離れた場所から、これまで聞いた事もないような困惑と恐怖に塗れたニコレットの悲鳴が響き渡る。

「……すみません、ニコレット嬢」

目にも留まらぬ速さで駆け抜けていったヴィクトルや、後から聞こえた悲鳴などに驚き、ぎょっとしたままそちらを見やる周囲の学生ら。

アンセルムは彼らと共に立ち尽くし、遠い目をしながらニコレットの無事を祈る事しか出来ないのであった。