軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話 襲撃

開け放たれた扉から飛び込んで来た男の姿。

それは日中、私が見た不審な人物の一人だった。

彼は片手にナイフを持っていた。

しかしその切っ先を向けるべき相手を見つけるよりも先――ヴィーが足を高く蹴り上げる。

それは男の顎に命中し、鈍い音を響かせた。

脳震盪によって倒れる男。

しかし一息吐く間もなく新たな刺客が扉から現れる。

二人目はヴィー目掛けてナイフを突き出した。

しかしそれを難なく躱したヴィーは相手の鳩尾を肘で深く突き、意識を奪う。

――ヴィーはその場から殆ど動かなかった。

この客席の出入り口は一つ。

そして扉は二人が並んで通り抜けることが出来ない程度の大きさのものだ。

こちらは正面から戦えるのがヴィー一人である事に対し、相手は複数人。

しかし同時に相手をする必要がないのであれば……一対一の戦いであれば、ヴィーに勝るものはそうそういない。

『剣術バカ』の二つ名は伊達ではない。

彼は剣術に於いても、正真正銘の天才なのだ。

故にヴィーはとにかく扉の内側に敵が入り込まない戦い方を徹底した。

三人目のナイフを剣で弾いた後に気絶させ、倒れる敵の体を扉へ向けて突き飛ばし、入室を試みていた四人目に激突させる。

四人目が体勢を崩した事で生まれた隙を衝いて剣の柄で後頭部を殴り、気絶させる。

次いで飛び込んで来た五人目がナイフを突き出すも、彼はそれを軽々避け、ナイフを持っていた敵の手を掴むと捻り上げてしまう。

こうして五人目の動きを封じたところで、襲撃の勢いは止まった。

「ふぅ……一先ず大丈夫そうですね。ただ事前の情報だとあと一人はどこかに潜んでいるはずなので、注意して移動しましょう」

『事前の情報』というのは浜辺で私が伝えた話の事だろう。

「助かったよ、ヴィー。お疲れ様」

「いいえ~。これしか取り柄ないですし」

(大嘘ね……)

ヴィーが慣れた手つきで五人目を拘束し終えた頃。

客室の外で控えていた護衛が部屋の中に飛び込んで来る。

「情報を集めたい。生かしたまま捕らえてくれ」

グザヴィエ殿下は護衛に後始末を任せると先導するヴィーに続いて廊下へと出た。

私とジュリエンヌ様もそれに続いて観客席を後にする。

「あーあ、サーカスもっと見たかったなぁ」

「そんな暢気な事を言っている場合ではないでしょう!?」

開演中により、空いている廊下を走りながらヴィーがぼやけば、流石に困惑したジュリエンヌ様が言い返す。

「なんだか緊張感に欠けるなぁ。一応私、命を狙われたはずなんだけどもね」

「いや、殿下は流石に危機感持っていただかないと……」

「ふふ、分かってはいるんだけれども。君の婚約者のお陰で、大体いつもこんな感じなんだよ」

グザヴィエ殿下まで暢気な事を言い出した時は流石に耳を疑った。

ヴィーの良くないところを引き継いでしまっているのかもしれない。

そんなこんなで無事に会場を抜けた私達はそのまま行き交う人々に紛れて停めていた馬車まで向かう。

襲撃から逃走までとんとん拍子に進んだお陰で、すぐに馬車が目前まで近づいてくる。

その時だった。

すれ違う人の中、見覚えのある顔を私は見つけた。

日中に見かけた――先の襲撃で見かけなかった顔。

「っ、殿下!!」

私はその男とグザヴィエ殿下の間に飛び出す。

瞬間、男がナイフをこちらへと投げつけたのが見えた。

それは的確に、私へと向かって飛び込んで来る。

銀色に光るそれに私が身を強張らせ、目を閉じようとした、その時。

私の視線を、大きな背中が遮った。

「ヴィ……」

瞬間、ヴィーは足を高く振り上げる。

その爪先は飛んできたナイフを的確に弾き飛ばし、銀の刃は人がいない場所へと飛んでいく。

そのナイフの軌道を無意識的に目で追っていると、視界の端でヴィーの背中が消える。

彼は剣を抜き、ナイフを投げた男へと距離を詰めていた。

相手の体を強く蹴り上げ、その場に転ばせると馬乗りになって相手の動きを封じる。

ヴィーの剣が大きく振り上げられる。

その横顔は酷く冷たく、鋭い眼光が与える大きな威圧は相手が思わず引き攣った悲鳴を上げる程だった。

――殺してしまう。

そう思った。

彼はこの瞬間に相手を殺してしまうだろうと確信してしまう程の気迫がそこには確かにあったのだ。

剣が勢いよく振り下ろされる。

「……ッ、ヴィー!」

私は思わず叫んだ。

しかし彼は動きを止めず、剣は男の頭へ向かい――

…………彼の顔を掠めるようにして、地面に突き立てられた。

「よかったな」

シン、と辺りが静まり返る。

「彼女に傷が出来ていなくて」

そう言って静かに笑む彼の眼差しは相変わらず冷たかった。

しかし次の瞬間、彼はパッと普段の明るさを顔に貼り付けて辺りを見回す。

「あ。おーい、こっちこっち」

どうやら私達の後ろを警戒していた護衛を見つけたらしく、手招きをする。

その頃には驚きの余り息を呑んでいた周囲の人々によるどよめきが走りだしており、辺りは随分と騒ぎになっていた。

更に遅れて警ら隊も駆け付け、ヴィーは事の顛末を説明する為にその場に留まる事になる。

私やグザヴィエ殿下、ジュリエンヌ様は他の護衛に連れられて先に現場を後にするのだった。

***

「いいの? 同じ馬車に乗らなくて」

無事に馬車まで辿り着いた私達。

先程の襲撃の件もあり、グザヴィエ殿下とジュリエンヌ様は先に王都へ戻る事となっていた。

私が同じ馬車に乗って来たヴィーを待ってから戻ると伝えればジュリエンヌ様は心配そうに声を掛けてくださった。

「はい。護衛の方も数名残してくださるという殿下のお心遣いもありますし、勝手に帰ったら拗ねてしまいそうなので」

という建前を述べてはいるものの、実際には功労者を放置してさっさと帰るという事に気が引けたというのが本音だ。

……彼は私を庇ってくれたのだから尚更。

「……そう」

「では、私達は先に失礼するよ。……ニコレット嬢、先程はありがとう」

「いいえ。殿下の御身が最も優先されるべきであるのは当然の事ですから」

至極当然の事を述べただけのつもりだった。

しかし何故か殿下は私の返答に苦い顔をする。

「気持ちはありがたいのだけれど……どうか、君は君自身も大切にして欲しい。でなければ……彼が気が気ではなくなるだろうからね。君にゾッコンな男の事も多少は気に掛けてやってあげておくれよ」

「……はぁ」

思わず気が抜けるような返事をしてしまう。

(殿下はもしかして……私達の関係をご存じないのかしら)

ヴィーとは幼馴染だし、傍から見れば気心知れた仲に見える。

だからこそそういった話をした事がなくても、ある程度察せられているものと思っていたのだが……であるならば彼が私にゾッコンなどという話は出ないはずである。

私が不思議に思いながら首を傾げていると、何故か同情するような視線を殿下から感じた。

彼は確かに私を見ているはずなのに、その視線は私ではない誰かへ向けられている様な気がしてならなかった。

***

自らの身元を明かし、警ら隊へ事情を説明した上で襲撃者の身柄を引き渡してもらう交渉をする。

それらを終わらせたヴィクトルが馬車へ辿り着いたのは夜が更けた頃だった。

日中は並んで止まっていたはずの馬車は一台足りず、先に馬車へ向かった三人は既に帰ったのだろうと悟る。

ヴィクトルは周囲を見張っていた護衛や御者に声を掛けてから馬車の扉を開け……

「……は?」

そこで、間の抜けた声を漏らす。

馬車の座席に座る影が一つ。

ニコレットだ。

彼女はお行儀よく座っていながらも、眠気に耐え切れなかったのかこくこくと船を漕いでいた。

「……何で」

疑問が頭を過るが、同時に馬車の周囲を見張っていた護衛の存在を思い出し、彼等が残されていたのはそういう事かと一人納得する。

「全く」

(仮にも危険な目に遭ったばかりだっていうのに、どうして残ろうとするんだ)

呆れ混じりの溜息を吐く。

しかしその口元は途中で緩み、吐き出された息には僅かに笑う気配が滲んだ。

「ほんと、君は予想外のことばかりするな」

ヴィクトルは自分のジャケットを脱ぐとそれをニコレットへと掛けてやる。

それから行きのように正面に座るのではなく、彼女の隣に腰を下ろした。

不安定な頭を自分側へ寄り掛かるように頬に触れて促してからヴィクトルは御者へ発車の合図を送った。

「無防備だなぁ」

ゆっくりと動き出す馬車。

その揺れに身を委ねながら、ニコレットの寝顔を眺めていたヴィクトルは、その頬を優しく撫でる。

「……好いてくれとは言わないが」

その手がするりと彼女のイヤリングを揺らし、それから――

「少しくらい、意識してくれてもいいんだがなぁ」

白くきめ細やかな頬に、口づけが落とされる。

「んん……」

何かを感じたのか、眉をきゅっと寄せて呻くニコレットが愛おしくて、ヴィクトルはフッと小さく笑う。

その微笑みは、ニコレットが見たことがない程に甘く、優しい顔だった。