軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第73話 破滅

ラガルドの言葉に、フォンタニエ伯爵は目を瞬かせる。

彼の発した『終わり』という言葉の真意を何とか汲み取ろうとした彼は暫し考えた後に納得したように頷く。

「終わり……ええ、そうですね。例の研究の回収についてはこれで一段落と言えるでしょう。この後は、待たせている協力者と連携して――」

「聞こえなかったか? ドナシアン・フォンタニエ。お前の役目は」

フォンタニエ伯爵の声を遮ったラガルドは、彼の目の前に鎖で繋がれた魔導具を吊り下げる。

『夢の香霞』。他者を簡単に狂わせる魔導具。

それを見せつけながら、ラガルドは悪意に歪んだ笑みを浮かべた。

「――終いだ」

「……な」

フォンタニエ伯爵がその言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。

始め、何を言い渡されたのかを理解できなかった彼は呆然としていたが、突如、その顔色が蒼白になっていく。

「な、何をおっしゃいますか、ラガルド殿下……!」

動揺、恐怖、憤り。

これまで全てを手中に入れ、計画通りだと高を括っていた男の余裕は完全に消え去っていた。

「私がどれだけ長い間、貴方様にお仕えして来たと……ッ! 全ては貴方様の為を思って――」

「僕の為……?」

フォンタニエ伯爵の必死の訴え。

それがラガルドの心を――どれだけ、踊らせるものであったことか。

彼はそれに気付いていなかった。

フォンタニエ伯爵が荒げた声を聞いたラガルドは、あろう事かそれを笑った。

大きく、高らかな笑い声が響き渡る。

「ああ滑稽、滑稽だ。まさか未だにそんな言葉を信じる愚か者だと思われていたとは」

腹を抱え、身を捩るラガルドの豹変ぶりにフォンタニエ伯爵は顔を強張らせ、言葉を失う。

ラガルドは喉の奥でくつくつと笑う。

しかし口元を押さえて笑う彼の瞳だけは、視線だけで他者を殺せてしまうように錯覚する程の、鋭さと冷たさを孕んでいた。

「貴様が忠誠を誓うのは僕ではなく母上だろう? そしてそれすら――真の忠義ではない。どこまでも己が利の為。欲に溺れる醜悪な獣の本性に、僕が気付かないとでも思ったか?」

ラガルドは魔導具に魔力を込めつつ、言い放った。

「貴様のような存在は今後毒にしかなり得ない」

「こ、これまでの結果は全て私の助言があったからではありませんか! 私なしでこの先どう生き残るおつもりですか!」

「幸いにも粗方の環境は貴様が整えた後だ。喜んで利用させてもらう。……ああ、それと、僕は例の研究室に足を運んでいない」

「な……っ!」

「貴様の犯した罪の証拠などいくらでも現れるだろうな」

フォンタニエ伯爵の顔が徐々に歪んでいく。

そこに見え隠れするのは、裏切られた悲しみではない。

見下し、思うがまま動かしていた駒が自分の計画を狂わせたのだと知った、憤りだった。

「ここで私を見限れば、必ず後悔するでしょう、殿下。私を裏切った先に待つのは破滅ですよ!」

「破滅……? ハッ、笑わせる」

ラガルドは剣を抜く。

そしてそれをフォンタニエ伯爵の太腿に突き刺した。

激痛による絶叫が路地裏に響き渡る。

「そんな話、今更だろう」

『夢の香霞』から煙が漂う。

甘い香りが充満する中、出血する脚を抱えて情けなく蹲るフォンタニエ伯爵を見下ろしながらラガルドは口を開く。

「貴様が関わった騒動の全て。その首謀者はお前だ。僕は一切関わっておらず、全ては今の国への不満を持った貴様とその一派による暴走だった」

ラガルドはフォンタニエ伯爵の頭を指で差し、言葉を投げる。

その声を聴く内、フォンタニエ伯爵の悲鳴は小さく、また彼の瞳は虚ろになっていく。

そして路地裏が静寂を取り戻した時。

悲鳴を聞きつけたように、複数の足音が近づく。

(恐らく兄上の命を受けた騎士だろう。昨晩時点でこいつの周辺を調査させていてもおかしくはない。どうせ面が割れていた時点で使い道など限られていた訳だが……追手すらまともに撒けないような奴は切り捨てて当然だったな)

ラガルドは足元に放っていた紙束を拾い上げると、足音が聞こえる方角とは正反対の道を進んでいく。

彼が曲がり角を曲がって姿を消した時、フォンタニエ伯爵が蹲る道に変装をした数名の騎士が辿り着く。

その騒ぎを背に、ラガルドは離れていく。

――先に待つのは破滅ですよ!

「上等だ」

先のフォンタニエ伯爵の声が頭の中で反芻され、ラガルドは鼻で笑う。

「僕はただ、行けるところまで行ってやるだけだ。たとえその先に待つのが――破滅であろうとも」

そう言い残したラガルドの姿は、伸びる影の中に吸い込まれ、消えていくのだった。

***

意識を失ったシャルル様に応急処置を施していると、突破された扉からカミーユを始めとした王宮の騎士が駆け付ける。

ヴィーはグザヴィエ殿下の封蠟とサインが施された書面を見せ、自分が王太子の代理としての発言を認められている事を告げるとその場で手際よく指示を出していく。

意識を失ったシャルル様の治療を急ぐ事、気を失っているテレーズ先生は気が触れている可能性があるとして拘束した上で移送する事、また残りの現場の捜査などの指揮をカミーユに任せると周囲の騎士に告げた。

「それと、捜査と並行でフォンタニエ伯爵邸や伯爵家のタウンハウス等へ取り調べの為の人間を派遣するように。既に王太子殿下が手を回していますが、人手は多いに越した事はありませんから」

「畏まりました」

「私は先んじて王太子殿下に報告に上がる為、ここで失礼します」

ヴィーはカミーユに最低限の伝達事項を告げてから一度だけ私を見た。

私は小さく頷く。

彼の正体は気付かれない方が良い。特に……ラガルド殿下には。

となれば、ラガルド殿下が闘技場から姿を消した時間と同じくしてヴィーも大会を抜けた事実が明るみになるのは避けたい。

要は、ヴィーが剣術大会に参加し続けていたというアリバイが欲しいのだ。

グザヴィエ殿下の計らいで、優勝候補の試合の後のヴィーの試合は不自然にならない範囲で時間が空けられているはずだが、恐らくはその時間が迫っているのだろう。

早急にこの場を離れる必要がある様だった。

ヴィーは私から目を逸らすと、外套のフードをより深く被り、窓から飛び降りた。

「え、あ、ちょ……!」

ここは三階。

何の躊躇いもなく窓の外へ飛び出たヴィーにカミーユら騎士がぎょっとする。

カミーユは慌てて窓へ駆け寄り、身を乗り出すが、何かを確認するとすぐに安堵の溜息を吐いた。

恐らくは難なく着地したヴィーを確認したのだろう。

その後カミーユは咳払いをして気を取り直すと、騎士達へ的確な指示を出していく。

私もまた、自分の無事を伝えつつ、捜査に手を貸すのだった。

***

次の試合の対戦相手の名が呼ばれる。

ヴィクトルの名を聞いたグザヴィエは注意深く入場口を見つめる。

優勝候補同士の試合。

その直後からラガルドが試合に不参加となり不戦敗している事を、観戦していたグザヴィエは勿論把握している。

恐らくはニコレットやヴィクトルが恐れていた事態が起きたのだろう。

そう考えていたグザヴィエにとって、真っ先に事態の進捗を把握する方法こそが、この試合にヴィクトルが姿を現すかどうか、だったのだが。

名が呼ばれた直後。

グザヴィエの心配など露ほども知らないというように当然のように、見知った顔が試合場へ姿を現す。

「……そうか」

(どの様な形であれ、一先ず片はついたという事だね)

詳しい話は後程聞くとして。

一先ずは最も警戒すべき段階を越えたらしい事を悟ったグザヴィエは小さく息を吐く。

その背後へ近づく気配があり、グザヴィエはそちらへ視線をやる。

「おかえり」

「ただいま戻りました。ご無事で何よりです」

アンセルムはグザヴィエの背後から試合場へ視線を移すと、ヴィクトルの姿を見つけて深々と溜息を吐き出した。

ヴィクトルが腹痛を訴えて退場した直後、アンセルムは他の騎士にグザヴィエの護衛を任せて離席していた。

素性を隠して行動する時、ヴィクトルはアンセルムの容姿の特徴に寄せて行動する。

全ては彼こそが王太子派閥の要であるという事を気付かれないように――アンセルムがその立場であるように見せかける為。

だがヴィクトルが研究棟へ駆けつけた時間帯、客席にアンセルムが残っているところがラガルドと繋がっている者に見つかれば研究棟に駆け付けた人物とアンセルムが別人である事が確定してしまう。

だからこそグザヴィエは一時の間、敢えてアンセルムを離席させていたのだ。

「何とか剣術大会は終わりそうですね」

「そうだね。ただ……『夢の香霞』の影響を前に、どれだけ対応できたのかは……きちんと確認しなければならない」

二人の視線の先では対戦相手との試合に勝ち、無邪気に喜ぶ『剣術バカ』の姿がある。

しかし彼の明るい表情とは裏腹に、グザヴィエとアンセルムの声色は重く、緊張を孕んでいるものだった。