軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第61話 交錯する思惑

「ラガルド」

血走った眼が自分を映す。

白く細長い指が伸ばされる。

薄暗い部屋の中、両手が自分の顔を包み込み、恐ろしい形相が目と鼻の先から向けられている。

「貴方は王になるのよ。あんな下劣な女の子に負けるだなんて許さない。貴方には陛下と私の清く尊き血が流れている。それを無下にするなんて……私の人生を無駄にするなんて、絶対に許さないわ」

日中、王宮の片隅で息を潜めていた親子の姿を思い出す。

人目を避け、声を押し殺し、それでも笑い合って寄り添っていた兄とその母。

「貴方は王になる。そうでなければ、貴方が生まれてきた意味も価値も、何一つないのだから」

――価値がない。

昼間に見たあの女性はきっと、そんな言葉を兄には向けないのだろう。

それは彼が優秀だからという事だろうか。

自分の母が憎悪と憤怒に塗れた顔を向けるのは、自分が不出来だからなのだろうか。

「何をしてでも勝ちなさい、ラガルド。たとえアレを――殺める事になったとしても」

母はそう言ってから、直前までの恐ろしさが見間違いだったかのように優しい笑みを浮かべた。

「お母様の為に、出来るわよね?」

……自分が彼のようになれれば、あんな風に愛してもらえるのだろうか。

「は……い」

強い恐ろしさと僅かな期待を抱き、自分は掠れる声で答えた。

***

ラガルドは小さく歌を口遊む。

幼い頃、音楽の授業で学んだものだった。

夜道を歩く彼の片手から吊り下げられているのは件の香炉。

鎖が擦れる音を鳴らしながら歩む先。ある街頭の下で身なりの良い男が立っていた。

「お待ちしておりました、殿下」

恭しく頭を下げた中年の男は笑みを深め、視線だけをラガルドへ向ける。

「ご機嫌なご様子ですね」

「そう見えるか?」

「私には。歌を口遊むほどですから」

ラガルドは肯定せず、鋭い光を帯びた瞳を静かに細めるだけだった。

「貴様とは違い、無駄話をする余裕は僕にはないのだが」

「おっと。それは失礼しました。確かに、長話をしている場合ではありませんね。本題に入りましょう」

「忠告しておこう、フォンタニエ伯爵。僕は貴様に絶対的な信頼を置いている訳ではない。貴様が使えないと判断すれば、僕は他の連中同様に容赦なく切り捨てる。たとえ――母上が貴様を気に入っているとしてもだ」

「勿論、心得ておりますとも。私は、私の有用性を結果を以て殿下に示し続けるのみです。……それでは早速、お話を」

中年の男――フォンタニエ伯爵は妖しく微笑みながら言った。

「明日、剣術大会最終日の――計画を」

***

王宮へ戻ったグザヴィエはいくつか遣いを回してから溜息を吐く。

それから傍に控えていたアンセルムへ視線を投げかけた。

「悪かったね、セル。遅くまで付き合わせて」

「いいえ。俺はあいつとは違って大会に参加する訳でもありませんから」

「今日は王宮で休むといい。部屋の手配も済ませているから、今日はこの辺りで解散にしよう」

「畏まりました」

ヴィクトルやアンセルムはグザヴィエに付き従う事が多い。

故に帰宅せず、王宮で泊まる事も珍しくなかった。

アンセルムは頷き、扉へと向かう。

それから何かを躊躇うように視線を彷徨わせた後、意を決したように振り返った。

「殿下」

「ん? どうかした?」

「その……大丈夫ですか」

その言葉に、グザヴィエは目を瞬かせる。

僅かな間の後、彼は困ったように笑いながら肩を竦めた。

「やれる事はやったさ。学園を去る前にヴィーから共有も受けたしね。既に学園側には話を通し、監視の為に王宮からも人を派遣した。ニコレット嬢の助力があってよかったね。流石はヴィーの婚約者だ。まあ、『夢の香霞』にどこまで太刀打ちできるかは、正直未知数ではあるけれど……」

「いえ、そうではなく」

アンセルムは皆までは言わず、グザヴィエへ訴えるような視線を向ける。

しかしその想いが汲まれる事はなかった。

「暗殺の件も、君がいるから問題はないだろう? 君は本当に心配性だね」

眼鏡の奥、アンセルムは視線を落とした。

彼の脳裏に過ったのは幼い頃にグザヴィエとヴィクトルと王宮を駆け回った時の記憶。

「疲れているせいもあるんだろう。ほら、早く休みなよ」

「……そうさせていただきます」

グザヴィエは満足そうに頷き、穏やかな笑顔でアンセルムを見送る。

いつもと寸分違わない微笑み。

それを視界に映しながら、アンセルムは頭を深く下げ、グザヴィエの執務室を後にするのだった。

***

小鳥の囀りと、カーテンの隙間から差し込む朝日で目覚める。

ゆっくりと体を起こした私の目はすぐに覚めた。

カーテンを開け、大きく伸びをする。

快晴。

私の不安や学園に潜む危険の事などまるで知らないような青空が、今日ばかりは少し恨めしかった。

「いよいよね」

この日を乗り越えれば、恐らく外部の人間やラガルド殿下にとっての分かりやすい好機は暫く訪れない。

気が抜けきらない日々は続くだろうが、それでも多少なりとも息を吐く間は生まれるだろう。

「――剣術大会、最終日」

私は不安を振り解き、気を引き締めるように頬を叩いてから窓から離れるのだった。