軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第53話 全てが遅すぎた

ヴィーは賢く、合理的だ。

そして同時に、優しくもある。

私とは異なる想いとはいえ、彼が私を大切に想ってくれている事は理解している。

だからこそ彼は今、迷っているのだろう。

(協力を仰ぐべきか、私を自分の役割から遠ざけるべきか)

グザヴィエ殿下とアンセルム様は会場の客席から動くことが出来ない。

そしてヴィーもまた、試合に出場している以上は研究棟を気に掛け続けることが出来ない。

合理性を追求するなら、別の人物に協力を仰ぐべき。

そう理解していたからこそ、彼は私を振り払わずにここまで連れてきたはずだった。

けれど、そうして私に協力を求めるべき今になって、彼は躊躇している。

私を危険に巻き込む可能性と、私を利用する形になる事に。

だから、明確に切り出せない。

(馬鹿な人)

私は彼の手を取る。

私より一回りは大きい掌。

それを両手で包み込み、自分の胸へ持っていく。

「私は、貴方の婚約者よ。今更何かがあったとして、貴方を嫌う事にはならないわ」

驚いたように見開かれた瞳が、私を真っ直ぐと見つめている。

それを見上げて、私は笑みを深めた。

「貴方と同じ重荷を背負う覚悟くらい、もう済んでいる」

「……ニコル」

「利用して。……ううん。私が、貴方の役に立ちたいの」

まめを何度も潰して硬くなった大きな手は、彼が才に胡坐を掻く天才ではない事を物語っていた。

彼もまた人であり、抱え込める問題には限りがある。

だからこそ彼を支えられる人間が必要で……私がその立場を担いたいのだ。

視線の先、ヴィーは瞬きを繰り返していた。

握られた手と、私の顔を交互に見た彼はやがて、空いている手で私の肩を抱き寄せた。

「私、今日、貴方が校内デートに誘ってくれたの、嬉しかったのよ」

「……ああ。ありがとう、ニコル」

普段より強い腕の力に包まれながら、私は彼の背に手を回す。

「大会、頑張ってね」

「ん」

私達はそれから、研究棟の周辺をのんびりと歩き、それぞれの馬車に乗って帰宅するのだった。

***

翌日。

トーナメントの続きから始まった大会。その準決勝まで勝ち進んだヴィクトルは直前に控える試合に備えて屈伸や伸びをし、体を解す。

(準決勝の相手はラガルド殿下。……ということは、明日の全学年総当たり戦も殿下は出場する事が決まっている。警戒すべきは、彼が試合の参加を辞退する事、だが)

係の案内で、試合場まで進み出るよう促されたヴィクトルは外へと繋がる通路を進む。

眩い陽の光に照らされ、晴れた視界の先。反対側からはラガルドが進み出ていた。

(少なくとも、今回はその心配はなさそうだ)

ラガルドと向き合ったヴィクトルは明るい笑みを顔に貼り付ける。

「やっと当たりましたね! ラガルド殿下!」

「フン、剣術バカの噂は伊達ではないらしいな」

「なっ、バカって俺の事ですか!?」

「お前以外にどこにいる?」

軽口を交わしている内、審判に剣を構えるよう指示をされ、二人はそれぞれそれに従う。

「ヘヘッ、よろしくお願いします! 殿下!」

ヴィクトルの言葉にラガルドは声を返さない。

彼は少々顔を強張らせ、鋭い瞳でヴィクトルを見据えていた。

ラガルドは剣の才に恵まれている。

だからこそ彼は気付いていた。

――ヴィクトルとの力量差に。

「――始めッ!」

合図と共にヴィクトルは地面を蹴る。

瞬き程度の間。

ラガルドが気付いた時には音も立てずに、目と鼻の先に敵の姿があった。

「……ッ!」

ラガルドは咄嗟に剣を振り上げる。

目にも留まらぬ速さで振り下ろされた刃がぶつかった。

思わず剣を取り落としてしまいそうな衝撃。

それにラガルドが耐えたのも束の間。

二撃目、三撃目がヴィクトルから繰り出される。

「く……っ」

後退を強いられながら、ラガルドはそれを捌いていく。

(……俺の動きについて来ている。やはり、ラガルド殿下の剣の感覚は鋭い。磨けばもっと伸びるはず)

ヴィクトルは四撃目を左側から繰り出すと見せかけ、反対から剣を振るう。

ラガルドはそれに対処したものの、大きく体勢を崩した。

(だからこそ、惜しい)

傾く姿勢。

その隙を逃さず、ヴィクトルはラガルドの死角へ回り込んで剣を突き付けた。

(もし互いに手を組めたのなら、この国の未来も盤石なものとなっただろうに)

王座に就くグザヴィエと、彼に忠誠を誓い、戦場を取りまとめるラガルド。

ラガルド自身の長所を正しく扱うことが出来る未来があったなら、きっと今よりも望ましい光景が広がっていただろうとヴィクトルは思った。

(けど……それを望むには、全てが遅すぎた)

体勢を整えながら身を捻り、剣を振り上げるラガルド。

しかしその首筋をヴィクトルの剣先がいち早く捉えていた。

「そこまで!」

周囲から歓声が沸く。

ラガルドはその場に座り込んだまま、肩で息をしながらヴィクトルを見上げていた。

ヴィクトルはそんな彼へ笑顔で手を伸ばす。

「やっぱすごいですね、ラガルド殿下! 楽しかったです!」

「……息も乱さず、よく言う。お前からすれば僕なんて取るに足らない存在だろうに」

鼻で笑いながらも、ラガルドの表情はどこか険しい。

見え切った世辞を並べられていると感じたのだろう。

彼はヴィクトルの手を乱暴に振り払った。

「おっと……。んー」

ヴィクトルはそんな彼の態度を気にするそぶりも見せずに小首を傾げる。

「俺が殿下より強いのは事実ですけど、それって関係あります?」

「な……っ!」

挑発されているのかと、ラガルドが怒りを滲ませながら顔を上げる。

しかしヴィクトルは悪意を感じさせない表情のまま続けた。

「俺が強い事はラガルド殿下が強い事の否定にはならないですよ。ここまで勝ち上がって来たんですから、大半の生徒より強いのは紛れもない事実でしょ?」

「……っ!」

ラガルドがハッと息を呑む。

ヴィクトルは満足そうに笑みを深め、今度は無理矢理ラガルドの手を取った。

「だから、ほら! 握手しましょ」

「……調子の良い事を。だが」

ラガルドはヴィクトルに腕を引き上げられて立ち上がる。

それから気が抜けたようにフッと吹き出し、喉奥で笑った。

「阿呆の割には、気の利いた事を言う」

「でしょう!」

得意げに胸を張る裏。

(誰か、彼個人を認める存在がいたのなら、未来も変わっていたのだろうに)

ヴィクトルは誰にも気づかれないよう、ひっそりと視線を落とすのだった。