軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第43話 ちょろ過ぎるかも

ドクン、と心臓が跳ねる。

頭が真っ白になった私を安心させるように、回された腕が優しく背中を叩いた。

「ヴィクトル。それはお前の婚約者か?」

「ら、ラガルド殿下……ッ」

先程の囁きのような真剣さではなく、普段のような明るい声でヴィーが言う。

彼が僅かに体を捻って、後ろを振り向くのを感じた。

「如何にも色恋なんて疎そうなお前が、まさか夢中になる異性がいるなんてな」

「いや、どういう意味ですか! 俺だって婚約者は大事にしますよ」

「ふぅん? それにしても、そんな素振りは全く見せていなかったように思えるがな」

「そ、そりゃ、恥ずかしいじゃないですか! ラガルド殿下って揶揄って来そうだし」

「ヴィクトル、相手は殿下よ。あんまりあけすけに思った事を言うものではないわ」

「気にしませんよ、今更。彼がそのような配慮の出来ない阿呆である事はわかっていますし」

「んな……!」

揶揄ってきそう、などという言葉を簡単に向ける彼に対し、ジュリエンヌ様が一応の苦言を呈する。

しかしラガルド殿下は愉快そうに喉の奥で笑うだけで、気を悪くした様子はなさそうであった。

「それよりも気になるのは……兄上の婚約者であるジュリエンヌ様が懇意にしているようなご令嬢と一切顔を合わせる機会がなかった事でしょうか。そんなにも……僕から遠ざけたい人物なのかと、変に疑ってしまいますね」

未来の王太子妃。その友人。

私の立場は勿論、第一王子派の中でもグザヴィエ殿下に近しい位置にある。

要は、『自分との接触を警戒する程に王太子にとって重要な人材なのか』……そう、ラガルド殿下は探りを入れてきているのだ。

そんな声を聴いたジュリエンヌ様がヴィーの隣に立ちつつ、扇で口元を隠しながら目を細めるのが見えた。

「あら、そんな事でしたか。でしたら単純な事ですわ」

ジュリエンヌ様は凛としたたたずまいに余裕そうな笑みを浮かべながら私達へ閉じた扇の先を向ける。

「一つ、ニコレットは今傷心中であまり他者と関わる心の余裕がないのです」

「傷心中?」

「ええ。仮面舞踏会での爆破事件はご存じでしょう?」

その場の空気が冷え切るのを感じた。

あの事件に関与していたラガルド殿下としても、堂々とこの話題に触れられれば流石に警戒するだろう。

しかしジュリエンヌ様はその空気を一切ものともせずに話し続ける。

「あのパーティーの主催であったバリエ伯爵のご息女はニコレットの友です。彼女はあの事件以降、ショックからご隠居中のお爺様の元で過ごしておりますが、文を送ろうとも返事すら来ない状況。それをニコレットは気に病んでいるのです」

「……なるほど?」

仮面舞踏会の事件絡みで気に病んでいる。

その話題をわざわざ出した裏には、『仮面舞踏会を彷彿とさせるような人物からは遠ざけたかった』という意図も隠れている。

ラガルド殿下は不服そうながらも一応は納得したような姿勢を見せた。

彼が関与していた事実について、ラガルド殿下もジュリエンヌ様もどちらも明言はしなかったが、ラガルド殿下はジュリエンヌ様がそれを知っていてもおかしくはないという体でいるように感じられた。

「第二に」

「第二に?」

ジュリエンヌ様はそこでわざとらしい溜息を吐く。

それから直前までの真剣さから一変、明るい声で、けれど呆れるように言った。

「ヴィクトルがニコレットを溺愛しすぎているんです」

「は?」

微妙な空気感の中、実に気まずい空気が流れる。

ジュリエンヌ様はこほんと咳払いを一つした。

「彼は幼い頃からニコレットにぞっこんなのです。お陰で、新しく彼女に近づこうとする異性がいれば過剰な程に引き離そうとする始末。そんな状態ですから、今回だってそもそも、ヴィクトルがニコレットを殿下から遠ざけようとしていたのです」

これはジュリエンヌ様からの助け舟だった。

それに便乗するように、ヴィーは私を強く抱きしめながら言う。

「トーゼンでしょ! だってラガルド殿下って同性の俺から見てもカッコいいし、こう、王族特有の孤高さとか高貴さとか、そういうのがあるじゃないですか! 万が一にでもニコルが取られたら嫌ですし!」

「な……」

大きな声による主張。

それに呆気に取られたラガルド殿下は数秒の間を空けてから大きく咳払いをした。

「ま、まぁ、確かにお前の不安も尤もではあるか。僕のような魅力などお前は微塵も持っていないからな」

(あ、この王子ちょろ過ぎるかも)

先程までの緊張がすっかり消えた空気感に気が抜けてしまい、まるでヴィーのような失礼な言葉が過ってしまった。

勿論これは、ヴィーが気難しいラガルド殿下の警戒を解かせる程に取り入った結果であって、誰に対してもそうなのではないのだろうが。

「とはいえ、ただの侯爵令嬢一人にこの僕が靡くとでも? ましてや婚約者がいる相手に? そちらが心を奪われる事はあれども僕が相手にするわけがないだろう」

「それが嫌だって言ってるんですよ! それに、殿下がニコルを気に入らないかどうかなんて、まだわかんないですからね。だって俺には勿体ないくらいすごいいい奴なんですから!」

称賛が聊か過剰なような気はするけれど、嬉しいことには変わりない。

私は彼の言葉に少し満足してしまながら二人のやり取りを聞いていた。

「ほう? 面白い事を言うじゃないか。そこまで言うなら僕の前で一度挨拶をさせてみろ。リヴァロル侯爵の娘だろう? 挨拶をした覚えはあるが……生憎と、名前に覚えがあるだけで顔や人となりまでは覚えていなくてな」

「いーやーでーすぅーっ!! ほら、殿下、次の講義があるでしょ! さっさと行きますよ!」

「あ、お、おい!」

「ほら、ニコルとジュリエンヌ様も!」

「ええ、そうしましょうか。お話ありがとうございました、殿下。楽しゅうございましたわ」

パッと、ヴィーが私から離れる。

手を離す瞬間、私はヴィーやラガルド殿下から背を向くように促され、更に背を軽く押された。

気にせず離れるように、という合図だろう。

更に、ジュリエンヌ様が私とラガルド殿下の間に割って入る気配があった。

私は二人に感謝しながら歩き出す。

幸い、ラガルド殿下がその態度に対し憤る事はなかった。

「あ、おい! わかったから背中を押すな!」

そんな声が聞こえてきたので、恐らくはヴィーが無理矢理彼を反対方向へ向かせて進みだしたのだと思う。

「……黒髪、か」

うわ言の様に呟かれたそんな声。

小さく聞こえたそれに思わず振り返りかけたのは、私の後ろについてくださっていたジュリエンヌ様が私の肩を叩く事で止めてくれた。

私はそのまま、ジュリエンヌ様に促されながら振り返ることなく次の講義の教室へ向かうのだった。