作品タイトル不明
第36話 何か思ってたのと違う
その後のプレゼント選びでも、私達はそれぞれ同性の意見を聞きながら店を渡り歩き、結局この日はどちらも実際に買い物はせずに解散の流れとなった。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。お誘いいただき、ありがとうございました」
私達はそれぞれ異なる馬車に乗り、別れる。
一人、馬車に揺られながら私は今日見て回った贈り物候補の数々を思い浮かべる。
今日は絞り切れなかったけれど、まだ猶予はあるし、焦って決めるようなものでもない。
そう思い、プレゼントの事は一旦保留にしようと私は考えた。
目を閉じて、最近の事を思い出す。
遠出をして、海辺を歩き、彼の瞳と同じ色のイヤリングを貰い、サーカスを鑑賞し、襲撃に遭った。
友人に誘われて参加した仮面舞踏会で別人として振る舞う彼に出会い、ラガルド殿下と接触してしまったところを助けられて、バルコニーでダンスを踊り……爆発騒動の中、また助けられた。
(思えば、最近は色んな事が起こり過ぎているわ……)
願わくば、早く気が抜ける状況がやって来るようにと……アンセルム様と同じ望みを抱いてしまう。
それと同時に、私よりも忙しく動き回っているヴィーが休める時間が出来ればいいと思う。
窓際に凭れ掛かりながら、私は小さく溜息を吐く。
その時だった。
「……あ」
一つの考えが過る。
私は家に辿り着くまでの時間でそれを真剣に吟味し、そして最後には納得し、一人小さく頷いたのだった。
***
「あ……あっという間だったわ」
学園内……というよりもグザヴィエ殿下周りは相変わらず忙しく、ヴィーとは二人きりになる時間もないままに、三週間が経ってしまった。
約束の日。
事前に送った手紙通りの時間に、私はヴィーの家――正確には、アルナルディ伯爵家のタウンハウスを訪れた。
門番を通して少し待っていると、やって来たのはヴィーではなく、アルナルディ伯爵家嫡男でヴィーのお兄様に当たる、ベルナール様だった。
「ベルナール様、ご無沙汰しております」
「お久しぶりです、ニコレット様」
アルナルディ伯爵譲りの赤髪と灰色の瞳。しかしその顔立ちは穏やかで美しいアルナルディ伯爵夫人似のベルナール様。
瞳の色は違うけれど同じく顔全体の面影がお母様似であるヴィーと少しだけ雰囲気が似ている。
ヴィーの場合は瞳の色を除いた目元がお父様似で目尻が少し上がっているので、垂れ目がちなベルナール様の方がより柔らかな印象を抱きやすくはあるが。
「申し訳ありません、お時間通りに来ていただいたのに、迎えが本人ではなく」
「いいえ、お気になさらず。……あの、ヴィーって」
「ああ、どうやら最近は忙しくしているみたいで。今日も朝帰宅したようなんです。……普段なら、ニコレット様がいらっしゃる時は絶対に起きて来るんですけど」
「ああ……」
ヴィーに予定が空いているかを確認した時、グザヴィエ殿下は私の考えている事を悟っているようだった。
それに殿下は交わした約束は守る様最善を尽くす、誠実なお方だ。
何もなければ前日の夕方くらいには帰宅していてもおかしくない。
という事は……もしかしたら、彼らの周りでイレギュラーでもあったのかもしれない。
最近は特に状況が目まぐるしく変わっているから、そのような事があってもおかしくはない、と私は納得した。
私はベルナール様に案内されながら屋敷へ向かう。
「基本的に、人が近づくとすぐ目を覚ますんですけど。稀にこういう……眠りが深すぎて起きてこない事があるんですよ」
「確かに、ヴィーが熟睡している所って見た事がないかもしれません」
……正確には、『剣術バカ』を演じている時の居眠りをしている姿なら見た事がある。
ただ、大口を開け、いびきを掻いて眠るあの姿は恐らく芝居によるものだと私は踏んでいるので、熟睡には含めていない。
「少しお待たせしてしまうかもしれませんが……客室に案内しますね」
「あ、あの」
屋敷の玄関まで辿り着き、ベルナール様は私を客室まで先導しようとする。
そんな彼を私は呼び止めた。
「……もし問題がなければ、彼の傍で待たせていただいても……?」
「傍で?」
私が頷くと、ベルナール様は何か悩むように顎に指を添えて視線を彷徨わせる。
しかしその悩みの結論を見出したのか、やがて彼は頷きを返した。
「分かりました。まあ、ニコレット様なら中に通しても気にしないと思いますし。……お待たせしたまま日が暮れる、なんてことがあっては申し訳が立たないですしね。あのパターンだと、こちらが声を掛けても基本起きてこないので」
「そんなになんですか」
「そんなになんです。……さあ、こちらです」
ベルナール様は私をヴィーの部屋の前まで連れていく。
彼の部屋には何度もお邪魔した事があるけれど、こんな形で訪れるのは勿論初めてだった。
「ヴィクトル、ニコレット様がいらしたよ」
ベルナール様は扉をノックしてそう声を掛けたが、中からは反応がない。
「うん、やっぱり駄目ですね」
「みたいですね」
「中に通してしまうからね」
ベルナール様は一言断りを入れてから扉を開ける。
そしてにこやかに私を見た。
「どうぞ、ニコレット様」
「あ、ありがとうございます」
「ああ、中に入るのは構わないのですが、一つだけ」
ヴィーの部屋に足を踏み入れた私の背に、ベルナール様が声を掛ける。
「今のヴィーにはあまり近づかないでくださいね。大丈夫だとは思うんですけど、念の為」
「え?」
「では、何かあれば使用人を通じて呼んでください」
何が『大丈夫』で、『念の為』なのか。
それを問う間もなくベルナール様は「ごゆっくり」と扉を閉めて去っていってしまった。
彼の言い残していった言葉が気になったけれど、私の意識はすぐに部屋の中へと向けられる。
物は多くなく、比較的片付いた印象を受ける室内。
こういうところにも普段の振る舞いとのちぐはぐさが感じられる。
さて、久しぶりに訪れたヴィーの部屋を見回しつつそんな事を思っていた私だけれど……実は少しだけソワソワとしていた。
これまで、ヴィーが芝居で眠っている時の他、長距離移動の馬車の中で一緒に眠っていた事もあったけれど、私が彼の顔を盗み見ようとすると決まって彼は元から起きていたかのように瞼を開けるのだ。
恐らくあれは、私が起きる前に目を覚ましているのか、私が起きた気配で目を覚ましたかのどちらかだったのだと思う。
つまり……私は、彼が眠っている姿を見た事がない。
長年過ごしていて未だに見た事がない彼の素顔。
正直……大分興味があった。
だからこそベルナール様に無理なお願いをしてしまい、こうしてお邪魔してしまった訳だ。
私はソワソワとしながらベッドへ視線を向ける。
「……え?」
しかし……そこにヴィーの姿はなかった。
驚いた私はベッドの二度見し、やはり彼の姿が見当たらない事を確認してから辺りを見回す。
そして――見つけた。
部屋に備え付けられたローテーブル。その傍に配置された大きなソファにそれらしき姿があった。
それらしき姿、という言い方になってしまったのは、彼の頭が見当たらなかったからだ。
そのソファは背凭れが扉側へ向けられている。
そしてその背凭れには長い脚が一本だけ乗り上げており、残りが全て背凭れの奥に消えていた。
いや、正確にはもう一本の脚だけは、ソファに入り切らずに足首くらいから先がはみ出ていたが……問題はそこではないだろう。
脚が高い位置にあり、頭側が逆に沈んでいるこの姿勢。
その原因を分析するならば……背凭れ側から無理矢理、座面に向かって頭を突っ込んだ……といった流れだったという事になる。
「……一体どういう寝方してるのよ」
恐らくは疲労が溜まっていたが故にベッドまで辿り着く気力がなく、より扉に近いソファで休もうという考えに至ったのだろうが。
それでもそうはならないだろうという、何とも滑稽で無様な格好だった。
――何か思ってたのと違う。
そう思わずにはいられなかった。