軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第23話 香炉型の魔導具

ニコレットと別れ、ホールへ戻ったヴィクトルは出入口の扉近くへ戻るべく足を進める。

脳裏を過るのはバルコニーで対話し、共に踊ったニコレットの姿ばかり。

速まる鼓動を抱えながら、彼は深く息を吐く。

彼女との時間に思いを馳せたい所ではあったし、これからの自分が彼女にどう接していくべきかも考える時間は欲しかったが、今は任務中だ。

恋に現を抜かし、仕事すらろくにこなせないとなれば彼女に合わせる顔もない。

(今は……自分のすべき事を)

深呼吸を一つする。

それを合図に、ヴィクトルの顔には冷静さが戻る。

彼は扉の付近まで戻ると、周囲の様子を慎重に観察する。

そうして時間を過ごしていた時。

ふと背後に近づく気配があった。

「いかがされましたか」

声を掛けられるよりも先、ヴィクトルはそちらへ振り向き、問いを投げる。

立っていたのは今回の第二王子派の捕縛を担当する味方の一人だった。

「っ、申し訳ありません」

味方はヴィクトルに声を掛けられると彼の耳元へ顔を寄せる。

「第二王子並びに、本パーティー主催のバリエ伯爵に逃げられました」

周囲に聞こえない程度の声量による報告。

ヴィクトルは静かに目を細めるのだった。

***

「殿下、こちらです」

ラガルドはバリエ伯爵と共に人気の少ない夜道を走っていた。

しつこい追手は曲がりくねった路地を利用して撒き、後は有事の際にと遠くに停めていた馬車へ辿り着くだけ。

「全く。結局目的は叶わずか」

ほとほと嫌気が差しているように、ラガルドは不満を零す。

「申し訳ございません。しかしながらすぐに別の場が設けられる事でしょう。……あの場にいた味方が多く捕らえられてしまった事は痛手ではございますが」

「味方……? ああ、駒か。そんな事はどうでもいい」

ラガルドは懐から鎖で繋がれた球体の道具を出す。

金色の輝きを帯びたそれは複雑で豪奢なデザインがあしらわれおり、中の空洞に繋がる穴がいくつも存在していた。

平たく言うならば小型の香炉。

それを取り出したラガルドは醜悪な笑みを浮かべながら、それをバリエ伯爵の前で振った。

その時だ。

二人の進路を塞ぐようにして、人影が飛び出す。

「……っ!」

思わず足を止めた二人が、姿を現した相手を見る。

その正体に気付いたラガルドは途端に不機嫌そうに顔を歪めた。

「やはりこの道筋でしたか」

「お前、先程の」

「間にあったようで安心しました。追手が随分粘り強く頑張ってくれたようで」

そう言って二人に立ちはだかったのはヴィクトルだ。

彼は仮面で素顔を隠したまま、腹の底が見えない笑みを貼り付ける。

「手荒な真似はしたくありませんから、このまま素直に従っていただけると大変助かるのですが」

「貴様、誰に向かって命令している?」

ヴィクトルは微笑んだまま、ラガルドの言葉には応えない。

ラガルドはそれに苛立ちを覚えたが、すぐに勝ち誇ったように口角を釣り上げた。

「まあいい。そろそろ兄上の息がかかった人間が欲しかったところだ」

ラガルドは持っていた香炉を掲げる。

彼がその香炉に魔力を注ぐ。

すると、甘い香りと共に煙が生まれた。

煙は辺りを漂い、空気に解けて消えていく。

「先程はよくも僕に恥を掻かせてくれたものだな。精々、これからは馬車馬のように――」

高らかと笑う声。

しかしそれは隣にいたバリエ伯爵の顎が蹴り付けられる音に遮られる。

「……は?」

ヴィクトルは一瞬の内にバリエ伯爵と距離を詰め、彼の意識を奪ったのだった。

「な、貴様……っ!」

ラガルドは即座にヴィクトルから距離を取る。

バリエ伯爵を失神させた直後、躊躇なく伸ばされていたヴィクトルの手がラガルドの香炉を掠めた。

ヴィクトルは更に距離を取ろうとしたが、次の瞬間、鋭く尖った氷柱がどこからともなく放たれ、ヴィクトルの眼前を掠めた。

回避を優先して動きを止めたヴィクトルの視線の先、ラガルドを庇うように数名の男性が彼の前に立った。

彼らは皆、バリエ伯爵と同様に虚ろな目をしている。

「……貴様、 知っていた(・・・・・) な?」

男達の後ろでラガルドは忌々しそうにヴィクトルを睨む。

ヴィクトルはラガルドの問いに応じる事はせず、代わりに男達へと距離を詰めた。

「殿下! お逃げください」

「チ……ッ」

男達に促されたラガルドは、その場を離れていく。

一方、残った男達は魔法で氷や炎を発現させ、ヴィクトルを狙う。

しかしそれは全て避け切られてしまい……ラガルドが去ってから物の数分で、その場にいた者達は全員が気を失って倒れ伏す事となった。

敵を倒したヴィクトルは顔を上げる。

どこからか馬車が離れていく音が聞こえ、ラガルドが離れていくのを彼は察した。

(バリエ伯爵と共にいた現場を押さえた上でならラガルド殿下を捕らえても問題はないとは思ったが……流石に厳しいか)

ヴィクトルは肺に溜めていた息を鋭く吐く。

酸素の供給を止めていた体に空気が巡り始め、ヴィクトルは自分の体が軽くなったのを感じた。

( 息を止めたまま(・・・・・・・) では深追いも出来ない。バリエ伯爵を捕らえる事が出来ただけでも上々だ)

倒れている男達の両手を慣れた手つきで縛り上げながらも、彼の脳裏にはラガルドが持っていた香炉が過る。

「出来る事なら、 あれ(・・) だけでもどうにか取り上げておきたかったんだがなぁ」

離れた場所から近づいて来る足音がある。

それが味方のものであると知っているヴィクトルは、拘束した男達の傍で待つ。

やがて、その場に仮面舞踏会の参加者に扮した味方が五名ほど現れた。

「申し訳ありません。ラガルド殿下は逃してしまいました」

「いいえ。応援感謝いたします。パーティー会場の現場は既に押さえていますし、後は我々にお任せを――」

ヴィクトルの謝罪に対し、味方の一人がそう答えたその時。

大きな爆発音が離れた場所から響き渡る。

「――っ!」

足から伝わる僅かな地響き。

それを感じながら、その場にいた者は一斉に音のした方を見た。

「っ、何だ!?」

「爆発……?」

困惑と混乱。

味方は次々と口を開いた。

その騒ぎの中、再び同じ方角から爆発が響く。

「待て、あの方向は……」

誰かが、そう言った。

「……っ!」

しかしその声よりも早く、ヴィクトルは走り出していた。

(っ、ニコル――ッ)

爆発が繰り返される方角。

そこにあるのは――仮面舞踏会会場だった